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『任天堂“驚き”を生む方程式』井上理|スペックで競わない会社が、世界一になった

戦略・経営・事業 ✍ 井上理
約7分で読めます

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『任天堂“驚き”を生む方程式』
目次

100年に一度と言われた不況のただ中で、名だたる大企業が数千億円の赤字に沈んでいた時期がある。そのなかで、たった一社だけが過去最高益を叩き出していた。

売上高1兆8200億円、営業利益5300億円。営業利益で国内製造業の首位に立ち、あのトヨタ自動車すら抜いた。従業員一人あたりの利益は約160万ドルで、ゴールドマン・サックスやグーグルを上回る世界最高水準だった。

2009年3月期の任天堂である。

日経ビジネスの記者だった井上理さんが3年間密着して書いた本書は、秘密主義で知られるこの会社の内側に入り込み、相談役の山内溥さん、社長の岩田聡さん、専務の宮本茂さんという当事者に長時間インタビューした稀有な記録だ。

読み進めるほど見えてくるのは、任天堂の強さが景気とほとんど無関係だという事実である。ある証券アナリストは、任天堂は不況に強いのではなく景気と関係ない、つまらないものは好況でも売れないからだ、と評した。

強さの正体は運や時流ではなく、独自の「方程式」にあった。本稿では、その方程式を編集部なりに読み解いていく。

図解

敵は競合ではなく、顧客の「飽き」

本書の核心にある問いは明快だ。任天堂は誰と戦っているのか。ソニーでもマイクロソフトでもない。答えは、顧客の「飽き」である。

2000年代初め、任天堂は深刻なゲーム離れに直面していた。ハードが高性能になるほどゲームは複雑化し、マニア向けに尖っていく。岩田さんは、自分たちがより素晴らしいゲームをと頑張るほど、時間やエネルギーを割けない人たちが静かに立ち去っていた、と振り返る。

作り手の善意が普通の人を置き去りにする——任天堂はこれを「高度化の罠」と見抜いた。

ここで見逃せないのは、競合を打ち負かすのではなく、そもそも戦う土俵から降りたことだ。掲げたのは「ゲーム人口拡大戦略」。年齢も性別もゲーム経験も問わず、これまで縁のなかった人を取り込む。2画面とタッチペンで直感的に遊べるニンテンドーDS、振って遊べるWiiは、その産物だった。DSは世界累計1億台を発売から4年3カ月で突破して家庭用ゲーム機の史上最速、Wiiは据え置き型で最速の記録をつくった。市場を奪い合うのではなく、市場そのものを広げたのである。

枯れた技術を、アイデアで化けさせる

任天堂のものづくりを一言で表すのが「枯れた技術の水平思考」だ。開発者・横井軍平さんが残した哲学で、岩田さんはこれを「本来、娯楽って枯れた技術を上手に使って人が驚けばいい」と言い換えている。最先端かどうかは問題ではなく、人が驚くかどうかが問題だ、というわけである。

「枯れた技術」とは、すでに広く普及して価格が下がり、不具合も出尽くした成熟技術のこと。「水平思考」は、それを本来とはまるで別の用途に転用する発想である。

象徴がWiiリモコンだ。先端にはデジカメ用の安価なCMOSセンサー、テレビ脇のバーには数十円の赤外線LED。どちらも秋葉原で手に入るありふれた部品を組み合わせ、リモコンが画面のどこを指しているかを瞬時に割り出した。

この発想は決して新しくない。相性占いに電気抵抗テスターを転用した1969年の「ラブテスタ」、電卓向けに安くなった液晶を携帯ゲームに使った1980年の「ゲーム&ウオッチ」。

最先端を追わず、安いコモディティをアイデアで化けさせる。これは資金や技術で劣る側こそ真似できる、再現性の高い勝ちパターンだ。巨額を投じて最新チップを開発する体力がなくても、身近な部品と発想の切り替えだけで驚きは作れる、と本書は教えてくれる。

「お母さん」に嫌われないための引き算

Wiiの開発を貫いたのが「お母さん至上主義」である。遊ぶ子どもではなく、家庭で購買の決定権を握る「お母さん」に嫌われないことを最優先にした。

当時、お母さんにとってゲーム機はテレビを占有し、コードを散らかし、電気代を食う邪魔者だった。家族の誰からも嫌われなければゲーム人口は広げられない、と岩田さんは考えた。

そこで任天堂は、スペック競争のロードマップをあえて外れる。他社が処理能力を何倍にするかを競うなか、任天堂は消費電力を何分の一にできるかを追った。

本体は岩田さんの発案でDVDケース2〜3枚分まで小型化し、待機通信機能の消費電力も抑えて、年間電気代は競合機の約8000円に対して約1730円と桁違いに安い。

岩田さんは技術陣に、寝ている間は絶対にファンを止めろ、音がすればお母さんが電源を抜いてしまうから、と命じたという。

高性能という足し算ではなく、生活者の不快を消す引き算。設計の軸がここまで顧客の生活動線に寄り添っている例は珍しい。派手な機能追加よりも、じつは邪魔にならないことのほうが市場を広げる——この逆説こそ、本書のなかでも編集部がもっとも唸らされた部分だ。

ソフトが主、ハードは従という企業体質

この序列は、任天堂の体質そのものである。山内さんは会社を「ソフト体質」と「ハード体質」に分けて考えた。自動車や家電は生活必需品で、より良いものを安く大量に作るのが勝負。

これがハード体質。一方、ゲームのような娯楽はなくても困らないものだから、面白くなければ即座に見放される。ゆえにスペックではなく遊び体験というソフトで勝負するしかない。

これがソフト体質だ。

任天堂には手痛い失敗の記憶がある。「NINTENDO64」で圧倒的な処理能力を追った結果、ソフト開発が難しくなりすぎ、ソフトメーカーが離れていった。

山内さんはこれを、ハード体質に陥った反省点だと位置づける。だから人材の基準も明快で、外様だった岩田さんを社長に抜擢した理由も、その人がソフト体質を持っているか否かだったという。

技術の高さより体験の面白さを起点に考えられる人を、この会社は上に置く。岩田さん自身、名刺の肩書きは社長でも頭の中はゲーム開発者、心はゲーマーだと語っている。

作る側の視点と、遊ぶ側の純粋な感覚。その両方を手放さない二重性が、ソフト体質という言葉を体現していた。

その外様の岩田さんが、号令ひとつで組織を動かせるはずもなかった。武器にしたのは丁寧な対話とデータである。就任直後に部長40人と開発者150人の全員と個別面談し、なぜ入社したのか、何が辛く何が楽しいかを聞いた。

さらに「伝統にサイエンスを」を掲げ、山内さんの天性の勘に頼る経営を、膨大なデータと推移グラフで裏づける経営へと接続した。勘ではなく確信で全員を同じ方向へ向かせ、縦割りだった携帯型と据え置き型の開発部署の壁まで統合している。

ちゃぶ台返しと「肩越しの視線」

品質へのこだわりを象徴するのが、宮本さんの「ちゃぶ台返し」だ。開発が最終段階に入っても、面白くないと判断すれば根本からやり直させる。英語圏でもそのまま通じる言葉になっているという。

Wiiと同時発売予定だった『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』では、マスターアップ直前に序盤の村の滞在期間を延ばす指示を出し、走っていた各国の翻訳を止め、プログラムやマップを大幅に作り直す修羅場になった。

狙いは、リモコン操作に慣れて物語へ入り込みやすくすること。結果は傑作だった。

過酷なやり直しが現場に受け入れられるのは、宮本さんが壊すだけでなく、こうすれば劇的に面白くなるという的確な指針を必ず添えるからだ。破壊と再建がつねにセットになっている点は見落とせない。

もう一つ独特なのが「肩越しの視線」である。今ゲームに熱中している人の意見は当てにならない、と宮本さんは言い、ゲームをしない社員にコントローラーを握らせ、後ろから無言で観察した。

アンケートには出てこないリアルなつまずきを、そこで拾う。熱心なファンではなく無関心な人を観察するという逆張りが、新規顧客の発見につながっていた。

好調のときこそ、自分に冷水を浴びせる

強さの根っこには、山内さんの座右の銘「失意泰然、得意冷然」がある。うまくいかないときは慌てず努力を続け、うまくいっているときこそ浮かれず次の仕込みに入る。

娯楽は勝てば天国、負ければ地獄の世界だからこそ、好調時ほど自らを戒める。DSやWiiが世界的に売れても岩田さんは謙虚さを崩さず、Wiiのお披露目で会場が総立ちになり社内が沸きかけたときも、5分触って笑顔になるのと売れるのは別だ、と冷水を浴びせた。

この禁欲は事業戦略にも表れる。任天堂は自らを「笑顔創造企業」と定義し、面白いもので人を笑顔にすることを目的に置く。『脳トレ』で教育を、『Wii Fit』で健康分野を切り開きながら、教育ビジネスや健康サービスに自ら参入することは決してしない。

私たちは娯楽の会社だから、というわけだ。強みにリソースを集中させ、事業を分散させない。この集中こそが最も効果的なリスク管理だという逆説は、手を広げたがる多くの会社が学べるところだろう。

1兆円超の現金を無借金で抱えるのも同じ思想で、一度の失敗で2000億〜3000億円が吹き飛ぶハード事業では、倒産しない土台があってはじめて挑戦できるからである。

丁寧さは製品の外にも及ぶ。壊れたDSを修理に出したら、子どもが貼ったシールが新品の同じ位置に貼り直されて戻ってきた——そんな逸話がネットで広がり、絶大な信頼を生んだ。

携帯機は高さ1.5メートルから10回落としても、Wii本体は80キロで踏まれても壊れない過剰なほどの耐久基準も、根っこは同じだ。必需品なら多少の不便は我慢してもらえるが、娯楽は一瞬で捨てられる——この厳しさが、任天堂の圧倒的に快適なUIを鍛えた。興味深いのは、これほど徹底しながら社是も社訓も一切持たないことである。

岩田さんは、明文化されたルールがないことこそ任天堂イズムだと言う。他と違う面白いことをしろと求める会社が成文のルールで社員を縛るのは矛盾する、というわけだ。

任天堂の方程式は、突き詰めれば山内さんの「よそと同じが一番アカン」という一言に行き着く。少し違うのではなく、決定的に違う価値を出す。そのために最先端ではなく安い技術を選び、性能ではなく生活者の不快を消し、成功しても浮かれない。

同じ機能を競い、同じ土俵で値下げに疲れているなら、まずは手元にある「枯れた技術」を一つ書き出すところから始めたい。驚きは、いつも最先端の外側に転がっている。


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