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『プリンセス・マーケティング』谷本理恵子|女性は「武器」ではなく「魔法」を買う

マーケティング・営業 ✍ 谷本理恵子
約8分で読めます

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『プリンセス・マーケティング』
目次

ダイエットジムの、痩せる前と痩せた後を並べたビフォーアフター広告。多くの人が「効果が一目でわかる、よくできた訴求だ」と思うあの定番を、著者の谷本理恵子さんがある女性たちに見せたところ、返ってきた言葉は予想外でした。「汚い」「見たくない」「痩せてこの程度なら、いらない」。

効果を証明したつもりの写真が、なぜ拒絶されたのか。痩せた後の姿が、その人が思い描く「本来の自分」のイメージに届いていなかったからです。ここに、女性向けマーケティングの大きな落とし穴がある。

多くの企業が無意識に使う「悩みをえぐり、最高の解決策を突きつける」という王道の売り方は、実は極めて男性的な発想だった、と本書は指摘します。

『プリンセス・マーケティング』は、セールスコピーライターである谷本さんが、女性特有の購買心理を「男性との比較」という補助線で解き明かした一冊です。この記事では、本書の根っこにある「物語の構造の違い」と、そこから導かれる7つの大原則を、要点を端折らずに追っていきます。

図解

核心は「生きている物語が違う」という一点

本書を貫く発見は、たった一つの対比に集約されます。男性は「ヒーロー物語」を生き、女性は「プリンセス物語」を生きている。

男性の物語の主人公は、試練を乗り越え、武器や装備を増やし、レベルアップしながら社会的な名誉や勝利を勝ち取っていきます。今いる地点から一歩ずつ上へ登っていく、足し算の成長物語です。

一方、女性の物語は向きが逆だと谷本さんは言います。今の自分は「呪いをかけられた仮の姿」であり、何かのきっかけで制約から解放され、もともと持っていたはずの輝き=「本来の自分」を取り戻す。

新しい誰かに進化するのではなく、元あった姿へ帰っていく物語です。

この違いがどこで効くのか。女性は現状を「悩み」ではなく「違和感」として捉えている、という点です。「今の自分は、何かがおかしい」。だから女性は、いつでも本来の自分に戻れる『魔法』を無意識に探している──ここに谷本さんは女性向けコピーの常識をひっくり返す視点を見ています。

男性に効く「客観的な真実を突きつける」やり方は、女性には響かないどころか逆効果だ、と。冒頭のビフォーアフターが拒まれた理由も、これで腑に落ちます。

本書の優れたところは、この抽象的な物語論を、購買プロセスの各段階に落とし込んで7つの大原則として体系化した点です。順に見ていきましょう。

解放を売り、悩みは「承認」で扱う(原則1)

最初の原則は、語るべきストーリーの違いです。男性には現在の延長線上にある輝かしい未来を「手に入れる手段」として語り、女性には運命を変えて主観的な満足を取り戻す道として語る。

ダイエット商品なら、男性には「鍛えてモテる自分になろう」と他者評価で響かせられますが、女性には「あの頃の私らしい姿を取り戻して、自信を持って毎日を楽しもう」と内面の満足に寄り添うほうが効く。

ここで実務的に効くのが悩みの扱い方です。女性に「太っていますね」と事実を突きつけても反発されるだけ。今の状態は「仮の姿」なので、それを直視させること自体が苦痛だからです。

谷本さんは、問題を指摘するより「承認する」ほうが効果的だと言います。「毎日頑張っていらっしゃいますね」と先に肯定し、「そういえば気になっていた」と思い出させる程度にとどめる。

共感こそが、女性にとっての承認なのです。よかれと思って課題をズバリ言った一言が地雷になる理由が、ここにあります。

努力ではなく「魔法」を、売り手は脇役に徹する(原則2)

2つ目は登場人物の設定の違いです。男性は武器を集めてレベルアップしますが、女性は努力ではなく「魔法」で一気に次元の違う世界へ行くことを望む。

この「魔法」が本書最大のキーワードです。女性はすでに価値ある「お姫様」なのであって、努力して別人になりたいわけではない。だから苦労や試練を介さず、商品を使った瞬間に本来の姿へ戻れる、という見せ方が刺さる。

女性たちは「武器」ではなく「魔法」を買う。(谷本理恵子『プリンセス・マーケティング』)

では売り手はどう振る舞うべきか。答えはシンデレラに魔法をかける、あの魔法使いです。主役は商品でも売り手でもなく、変身したい顧客のほう。売り手は変化のきっかけを与えて背中を押す「キーパーソン」であり、脇役に徹するのが正解だと本書は言います。

商品を主役にして売り込んだ瞬間、物語は壊れる。ここは売り手の自意識が最も試されるところでしょう。

「私らしさ」が動機の源泉になる(原則3)

3つ目はモチベーションの源泉です。男性は「モテたい」「勝ちたい」という他者からの評価で動きますが、女性が求めるのは自分自身の主観的な満足、つまり「私らしさ」だと谷本さんは言い切ります。

他人にどう思われるかより、いかに自分が満足できるかを訴えるほうが圧倒的によく売れる、と。ヨガ教室なら「スタイルが良くなって褒められる」より「毎日を心穏やかに、自分らしく過ごせる」のほうが響くわけです。

面白いのは、女性同士のマウンティングの読み解きです。あれは勝ち負けを競っているようでいて、実は他人を「自分の満足度を測る鏡」として使っているだけだ、と。

白雪姫の継母が「世界で一番美しいのは誰」と鏡に問い続けて壊れたのも、客観的な優劣に囚われて主観的に満たされなかったからだ、と本書は読みます。

動機は常に内側を向いている。

谷本さんは、従来の「F1層」「F2層」といった年齢区分のセグメントにも疑問を投げます。「妻だから」「母だから」という世間体による分類はすでに崩れていて、物理的な年齢より、その人を取り巻く環境や「本来の自分を取り戻したい」という欲求で切るべきだ、という現代的な視点です。

購入は「決定」ではなく「お試し」(原則4)

4つ目は意思決定の中身の違いです。男性はスペックを徹底比較して「客観的な最高の一つ」を決めてから買いに行く。女性は直感的な「運命の出会い」にときめき、「とりあえず試してみよう」と動く。

ここで重要なのは、女性にとって購入は最終的なコミットメントではなく「お試し」だ、という指摘です。だから「いつでも休める」「初回限定お試しセット」のように、気軽に一歩を踏み出せる入口が効く。重い決断を迫るほど、足が止まるわけです。

そして女性にとって理想の売り手は、お城に出入りしてお姫様の好みを熟知した「出入りの商人」。数ある選択肢から「これがあなたにぴったりです」とベストを差し出してくれる存在です。

比較検討は面倒だが、自分で選んだ納得感は欲しい。この矛盾を両立させるのが、選択肢を2〜3個に絞って見立てる提案です。「気分で選べる3つのプラン」のように、選ぶ楽しさは残しつつ、面倒は肩代わりする。

全部見せて選ばせるのは、実は不親切なのです。

第一印象から「減点」していく(原則5)

5つ目に、本書で最も実務的な洞察が詰まっています。男性は証拠やデータを「加点法」で積み上げて評価するが、女性は逆で、第一印象のときめきから100点満点でスタートし、その後で欠点を探す「減点法」を取る。

だから第一印象がすべてを決めます。パッと見の「よさそう」を裏切らないことが大前提で、ちょっとした欠点でお役御免になりかねない。梱包材やお礼状の言葉遣いまで細部に気を配るべきなのは、女性が直感的な違和感に敏感だからです。

ここで女性が見ているのは「ゆがんだ鏡」だと本書は言います。客観的事実ではなく、脳内で合成した「理想の姿」を現実として見ている。だから広告に現実離れした美女を起用しても効くのです。

女性はそこに本来の自分を投影して見ているから。逆に、痩せる前の現実的な写真には「私はここまでひどくない」と目を背ける。冒頭のビフォーアフター拒絶も、まさにこれでした。

伝え方も変わります。「2週間で1.5kg減」「53歳女性」と数字を並べるより、「スーッと浸透」「しっとり」「もっちり」という擬音語・擬態語のほうが女性には伝わる。抽象的な説明を読むと「結局、私に何をしてくれるの」とイライラするからです。五感に訴えて疑似体験させる。これが減点を防ぎ、感情で「欲しい」と決めた後に、その気持ちを正当化する言い訳まで売り手が用意することにつながります。

「私たち」という横の関係を築く(原則6)

6つ目は関係性の築き方です。男性はリーダーとメンバーのような「縦の関係」を好みますが、女性は価値観を共有するフラットな「横の関係」、つまり「私たち」を築きたい。

売り手が「プロが教えてあげます」と上から構えると、女性客は「説教されている」と感じて離れる。そうではなく「私も以前は同じように悩んでいたんです」と共感を示し、伴走者として寄り添う。リピーターやファンを生むのは、この横のつながりだと谷本さんは言います。

示唆的な失敗例があります。ある大手企業がアプリのプッシュ通知で「無料クーポンを、今だけ、あなただけに」と送った。一見パーソナルですが、これは1対多を1対1に見せかけているだけで、女性が本当に求める「私とあなた」の関係にはなっていない、という指摘です。

フレンドリーさの一歩先、同じ価値基準を共有できるグループを目指すことが、長く愛されるブランドの条件になります。

「じわじわ効く魔法」を見せ続ける(原則7)

最後は未来の見せ方です。男性には「3ヶ月で結果が出なければ全額返金」のように数字で結果を保証してリスクを下げるのが有効。女性には、過去の経験から「どうせ私には無理」と悲観しやすい自信のなさを払拭するサポートが要ります。

ダイエットや学習のようにすぐ結果が出ない商品では、途中で「効果がない」と魔法が解けてしまう危険がある。だから使い続けること自体を肯定し、「そろそろ内側から変化を感じる頃ですね」と励まし続ける。

効果をじわじわ効く魔法として見せ、プロセスに伴走することが、女性向けのリピート設計です。

ここで効くのが現状肯定のメッセージです。「あなたは今のままでも十分素敵だけれど、これを使えばさらにあなたらしく輝ける」。不安を煽って今を否定するのではなく、現在を肯定したうえで一歩を促す。

リピート優待も「使うほどランクアップ」より「すでにお姫様として認められていて、お得で当然」という権利付与の見せ方のほうが喜ばれる、という細部まで一貫しています。

二元論という留保を抱えて読む

正直に言えば、本書は「女性はこう、男性はこう」という二元論の傾向が強い一冊です。BtoBの論理的な購買や、スペックを好む女性消費者にそのまま当てはまるわけではなく、著者自身もあくまで「傾向」として柔軟に捉えるよう促しています。

性別で人を一括りにする危うさは、読み手が常に意識しておくべきでしょう。

そこを差し引いてなお、ここまで具体的に行動へ落とせるマーケティング論は珍しい。明日からなら、まずコピーの「努力」「克服」を「本来の○○を取り戻す」に書き換え、商品説明に擬音語を一つ足し、お客様の相談にはまず共感だけを返してみる。

女性は武器ではなく魔法を買う──この一文を持ち帰れたら、それが「本来の自分を取り戻す旅」へお客様を案内する最初の一歩になります。


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『THIS IS MARKETING』セス・ゴーディン スペック競争から降り、共感でつながる「最小の市場」を見つける発想は、プリンセス・マーケティングの「私たち」という横の関係と地続きです。誰に売るかを問い直したい人に。

買う気なかったのに、なぜ買ってしまったのか 論理ではなく感情が先に動く、という購買のメカニズムをコラムとして読みやすくまとめています。本書の「お試し」や「正当化」の話と響き合います。


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