「工場は稼働率を上げるほどいい」。多くの経営書はそう教える。ところが、稼働率をあえて70%で頭打ちにし、残り3割を平時から空けたまま維持している会社がある。アイリスオーヤマだ。
遊休設備は、財務の理屈で言えば真っ先に削られる対象だろう。それでも同社は2020年12月期、感染症で世界が止まりかけた年に、売上高を前期比で4割近く積み増す計画を実現している。空けていたはずの3割が、危機のたびに利益へと転換してきた。
『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』は、アイリスオーヤマ会長・大山健太郎さんが、56年におよぶ経営者人生で組み立てた仕組みを、金型の保有数から日報の文字数制限まで、実務の解像度でそのまま開示した一冊だ。
読み終えると「効率化」という言葉の意味が一段書き換わる。編集部として線を引いたのは、どの仕組みも根っこに一つの原体験を抱えている、という点だった。

「もう二度と」から逆算された仕組み
父をがんで喪い、大学進学を諦めた19歳の大山さんが継いだのは、従業員5人だけの町工場だった。27歳のとき7億円超を投じて仙台に新工場を構え、オイルショック後の特需の波に乗る。
だが1975年を境に需要は急に細り、わずか2年で売上はほぼ半分まで落ちた。創業の地だった東大阪の工場をたたみ、196人のうち約100人に辞めてもらうことになる。
本書はこの経験を率直な筆致で振り返り、経営理念の第一条にこう刻んだと書いている。
「いかなる時代環境においても利益の出せる仕組みを確立する」
この一文が、本書全体の設計思想になっている。稼働率のコントロールも、日報の書式も、人事評価の仕組みも、単体で見れば経営効率化の工夫に見える。
だが根っこをたどると、どれも1975年のあの解雇に行き着く。本書が語る「仕組み化」は、多くの経営書が言う「効率のための工夫」というより、同じ悔恨を二度と味わわないための備えとして組まれている。
ここを読み違えると、稼働率7割という数字だけが独り歩きしてしまう。
空けた3割が、有事にそのまま利益になる
需要は外的要因で簡単に5割動く——これが本書の前提だ。だからアイリスは稼働率を7割以下に抑えておく。単純な計算で、100の力を7割で運用しておけば、予測を4割ほど上回る注文が来ても、既存の設備と人員だけでそのまま追いかけ生産に入れる。
この余白が実際に効いた場面が、本書には具体的に描かれている。2009年の新型インフルエンザ流行では、当初計画の10倍にあたる月産6000万枚までマスク生産を引き上げ、年末にはさらにその倍、1億2000万枚規模まで伸ばした。
2011年の東日本大震災で角田工場が被災した際は、埼玉工場から人員を送り込み、他拠点に金型を移して生産を止めなかった。部品調達で身動きが取れなくなった同業他社を尻目に、節電需要で伸びたLED照明ではシェアを伸ばしている。
2020年のコロナ禍では、もともと使っていなかった倉庫のスペースをクリーンルームに改造し、マスクを増産した。
平時に7割で止めておいた3割が、有事にはそのまま利益へと化ける。ただし、この3割は「何もせず空けておくだけ」ではない。金型は約2万型を自社保有し、年間1000型以上を内製する。何に使うかをまだ決めていない段階から汎用ロボットを買い増し続け、各工場では稼働させないまま50台前後を控えとして置いてある。自動化ラインを組む専門人員も200人を超える。身軽さを優先するなら外へ委ねる場面のはずが、あえて設備と人を社内に抱え続けるのは、取引網のどこかが止まった瞬間に生産そのものが動かなくなる怖さを知っているからだろう。本書はこの選択を軽やかに語るが、実際には遊休資産を維持し続けるコストと、それに耐えられるキャッシュ体力があってこそ成立する話であり、その重さは読み手が自分で補って読む必要がある。
値段は原価から逆算しない
本書は製品開発の起点を3つに分ける。作り手の都合で発想する「プロダクトアウト」、問屋や小売の都合に応える「マーケットイン」、そして実際に使う生活者の不便を起点にする「ユーザーイン」。
厄介なのは、マーケットインが顧客志向の顔をして紛れ込んでくることだ。同じ商品でも、陳列棚を任される側の損得勘定と、それを買って家で使う側の実感は、案外別物として扱ったほうがいい。
この違いを言い当てる例が、農薬用の噴霧器だ。薬剤の変質を防ぐという理由で、当時タンクの色は黄色が業界標準だった。大山さんは薬剤の説明書に「使い切りは当日中」と書かれていることに目を留め、それなら日光の影響は無視できる、残量が見えたほうが使い手には親切だと考えた。
問屋には猛反対されたが、半透明のタンクは市場に受け入れられ、最終的に黄色いタンクを駆逐した。
同じ発想は値決めにも及ぶ。原価を積み上げて値段を決めるのは、使う人には関係のない作り手都合の理屈だと本書は切り捨てる。2010年当時、LED電球の相場は1個5000円ほどだった。
アイリスは先に「主婦が1年で電気代の元を取れる金額」を2000円と定義し、そこから内製化でコストを削って実際に2000円を成立させ、国内シェアで大手を上回った。
開発の現場では、こんな一言が判断の物差しになっているという。
「おまえの嫁さんなら、この製品を買うか」
値段は原価の積み上げからではなく、使う人が財布を開く金額から逆算して決める。市場調査への態度も徹底していて、見たことのない製品を人は言語化できないのだから、アンケートから需要創造は生まれない、という立場を取る。筋は通っているが、これは作り手の直感が当たる前提に立った、諸刃の考え方でもある。噴霧器やLED電球のように直感が的中した例だけを見ると危うい。読みながら、外れたときにどう軌道修正するのかという記述の薄さが、少し気になった。
根回し禁止の会議と、事実ではなく意思を書く日報
開発の速さを支えているのが会議の設計だ。役員クラスから商品企画、開発、品質管理、製造の担当者、さらに映像回線をつないだ地方工場の担当まで、毎週決まった曜日に50人を超える顔ぶれがひとつの部屋に集まる。
ここでのルールはただ一つ、事前の根回しを禁じることだ。一回の会合でさばく案件はおよそ60件、一件あたりにかけられる時間は数分から10分程度しかなく、その場に居合わせたトップがその場で白黒をつける。
根回しがまかり通ると、社員の視線は使う人ではなく決裁者の顔色に向いてしまう、というのが禁止の理由だ。
もう一つの柱が、意思日報「ICジャーナル」である。現場の作業員を除く約1万人が毎日書く。字数は200字以内で、その日にやったことの羅列は禁止。
許されているのは、仕入れた情報をどう解釈し、次に自分が何を仕掛けたいのかという一人称の判断表明だけだ。全社員が互いの書き込みを検索して読める状態にあり、大山さん自身も朝と昼と夕方、1日3回これに目を通しているという。
コロナ禍の初期、現地社員が書き込んだ武漢の生の状況を経営陣が早い段階で拾い上げ、マスクの国内増産準備を前倒しできた、という具体例が本書には載っている。
情報が特定の人に溜まり続けるのを防ぐ工夫もある。同じ持ち場に長くいれば詳しくはなるが、業務がその人だけのものになってしまう。この発想から、拠点の責任者は3年から5年で強制的に異動させ、技術者もあえて専門外の領域へ飛ばす。
異動直後の1年は業績が落ちるものの、2年目以降になると前任者が見落としていた無駄を見つけ出すようになるそうだ。
ここで一つ留保を置きたい。この情報流通の仕組みは、大山さんという一人の読み手を前提に組み上がっている。1万件の日報を毎日読み、週次の意思決定を自ら60件さばく体力があって初めて回る仕組みであり、次の世代が同じ密度を引き継げるかは、本書の外側に残された宿題だろう。
予算を組まず、投資は都度判断する
利益管理の話でまず驚くのが、部門ごとの予算枠が存在しないという点だ。会社側が先にお金を割り振ること自体、使う人には関係のない自社都合だと本書は捉える。代わりに、案件が出るたびに、いま本当に必要な投資かどうか、どの程度で回収できるかを個別に判断する。
放漫にならないための歯止めも二つ用意されている。一つは、経常利益のうち半分を、毎年自動的に新しい市場の開拓や予備の設備へ回してしまう財務上の取り決めだ。
短期の見栄えを優先して投資を渋る力学を、あらかじめ制度で断ち切っておく発想になっている。もう一つは、開発担当者が試作から価格決定、発売後3年間の損益までを一貫して自分で追い続けるルールだ。
営業や事業責任者にすべてを託してしまうと、数字が振るわないときに、開発側の企画そのものが悪かったという話にすり替えられて終わりがちだ。自分がかけた時間が人件費として跳ね返ってくると分かっていれば、開発のスピードにも自然と敏感になる。
予算というガードレールを外し、判断の重さをその都度の当事者に戻す。合理的だが、これは同時に、個々の担当者に高い判断力を要求する設計でもある。
本書が教育や研修にかなりの分量を割いている背景には、この重さに日々耐えられる人材を絶えず育て続けなければ回らない、という事情も透けて見える。
この仕組みは、誰にでも移植できるわけではない
本書自身は明言していないが、読みながらずっと気になっていた前提が二つある。
一つはトップの関与量だ。ここまで見てきた仕組みはどれも、大山さんという一人の経営者が膨大な情報を読み、膨大な決定を自らさばくことで、ようやく機能している。「仕組み」という言葉から連想される「誰がやっても回る」状態からは、実はかなり遠い場所にある。
もう一つはガバナンスだ。稼働率を意図的に下げ、使っていないロボットを50台単位で寝かせておく判断は、短期の資本効率を確実に押し下げる。四半期ごとに投資家へ説明責任を負う上場企業が、同じ判断をそのまま通すのは簡単ではないはずだ。
この本を、そのまま他社に移せる完成図として受け取るのは早計だと思う。むしろ、自分の持ち場のどこにわざと空白を残せるかを問い直すための、点検リストとして手元に置いておきたい一冊だ。
会議のどこかに、根回し抜きで即決できる場をつくれないか。日報を行動記録ではなく意思の記録に変えられないか。自分のチームで確保できる3割の余白はどこにあるか。
効率だけを詰め込んだ組織は、平時には強く見えて、有事には脆い。大山さんの56年間が教えてくれるのは、この単純な事実だ。
