今朝の一滴は、今井晶也さんから。
『Sales is 科学的に成果をコントロールする営業術』が示す、営業を「運任せ」から「再現可能な技術」へと変える方法論に迫ります。
「今月も目標未達。なぜ売れないのか分からない」
その違和感、放置していませんか。
多くの営業現場では、いまも勘と根性に頼った精神論が幅をきかせています。売れたときは「自分の頑張りのおかげ」、売れなかったときは「運が悪かった」。そうやって成果をファンタジーな要素に委ねている限り、来月も再来月も、結果は風まかせのままです。
著者の今井晶也氏は、営業支援会社セレブリックスで膨大な商談データを蓄積してきた人物です。本書が突きつけるのは、営業とは才能やセンスの問題ではなく、分析と設計でコントロールできる「科学」だという主張。今回は、その核心である3つの戦略を編集部の視点で読み解いていきます。

顧客の82%は「買わない」──だから着目すべきは「売れた理由」ではない
新規営業における商談受注率は、わずか18%。
裏を返せば、実に82%の顧客は「買わない」という決断を下します。電話からのコール受注率にいたっては0.4%程度。1,200件かけて受注はわずか5件、という過酷な世界です。
なぜここまで難しいのか。理由はシンプルで、アウトバウンド営業は「そもそも買おうと思っていない顧客」を相手にするからです。買う気のない人にアプローチする以上、断られるのが標準状態。これを前提として受け入れることが、第一歩になります。
ここで多くの営業担当者は、成果が出たときに「なぜ売れたのか」を振り返ろうとします。一見すると正しい姿勢に見えますが、本書はこれを明確に「間違い」だと言い切ります。
なぜなら「売れた理由」には、再現できない偶発性が多く混じっているからです。「ちょうど先方が検討を始めた時期だった」「共通の知人がいて雑談が弾んだ」──こうしたラッキーパンチをいくら追いかけても、安定した成果にはつながりません。偶然は、設計できないのです。
では、何を分析すべきか。答えは逆側にあります。
「買わない」という顧客の決断には、必ず明確なロジックが存在する。これが本書の出発点です。
「この製品で本当に課題が解決できるのか分からない」「もっと安い他社製品から試したい」「上司の決裁が下りない」。こうした「買わない理由」は、一人の顧客に固有のものではなく、ほかの見込み客にも共通して現れる障害である可能性が高い。つまり、再現性があるのです。
トップセールスが徹底的に観察しているのは、まさにこの「買わない理由」です。一件ずつ拾い上げて分類し、営業プロセスのどの段階で、どう先回りして潰すかを設計していく。
偶然に左右される部分ではなく、自分でコントロールできる部分にこそ頭と時間を投じる。この発想の転換が、成果を安定させる土台になります。
ここに本書の凄みがあると編集部は感じます。「売れた要因の再現」という、誰もが直感的に正しいと思う行動を、データの非対称性を根拠にひっくり返してみせる。気持ちのいい成功体験ではなく、痛い失注にこそ宝が眠っている、という主張です。
営業力より「探客力」──会うべき相手を間違えると、技術は意味を失う
どんなに高性能な釣り竿と熟練の技術を持っていても、魚のいない場所に糸を垂れていては一匹も釣れません。
本書が「探客」と呼ぶのは、この「腹をすかせた魚が集まる場所」を見つけ出す活動です。そして著者は、新規営業の成果は営業トークの巧拙よりも、この探客の精度で大半が決まると断言します。
象徴的な事例があります。あるセキュリティメーカーが、画期的な入退管理システムを開発しました。ところがリリースから1年、受注はゼロ。製品が悪かったのではありません。原因はターゲット設定の甘さでした。
「倉庫や病院」といった漠然としたくくりでアプローチしても、返ってくるのは「今は困っていない」という言葉ばかり。そこでセレブリックスが探客にテコ入れします。当時、社会的な関心が高まっていた「食の安全対策」というニーズに的を絞り、食品業界へとターゲットを再設定したのです。
すると、提案と顧客課題の解像度が一気に噛み合いました。結果、アポイント獲得率は一般的な2〜3%を大きく超え、10%以上にまで跳ね上がります。同じ製品、同じ営業手法。変えたのは「誰に売るか」だけです。探客がいかに大きなレバレッジになるかを、この数字が物語っています。
では、勝てるターゲットリストの条件とは何か。本書は4つの要素を挙げます。
精度は、顧客ニーズと提供価値のマッチング度合いです。企業規模や業種といった「企業属性」で機械的に並べるのではなく、「なぜその顧客が買うのか」という購買動機を起点に絞り込むことが肝になります。
鮮度は、検討が「旬」を迎えたタイミングで当たること。セレブリックスでは「いつ・なぜ検討するか」が明確になったリードを「SOL(Sales Opportunity Lead)」と呼び、優先的に攻めます。
具体性は、アタック情報の詳細度です。「人事の責任者」といった曖昧な情報ではなく、「○○部○○課の担当者名、直通番号、企業のクチコミ評価」まで踏み込んだ情報が、初動の質を左右します。
絶対数は、目標達成に必要なリスト数を物理的に確保すること。精度を上げても母数が足りなければ、数字は積み上がりません。
ここで本書は、印象的な対比を投げかけます。100時間かけたリスト作成は「投資」だが、1,000時間費やした見当違いの営業は「浪費」でしかない、と。
新規営業の成果は、営業力よりも「探客力」で決まる。会うべき顧客を科学的に見極めること。それが、すべての始まりなのです。
商談の勝敗の7割は「課題設定」で決まる──聞くな、見つけにいけ
「お客様の課題を教えてください」
丁寧で誠実に見えるこの質問を、本書はあっさり「間違い」と断じます。
理由は明快です。買う気のない顧客が自分で自覚している課題は、たいてい緊急性が低い。「気にはなるけれど、今すぐお金を払ってまで解決する必要はない」レベルのものばかりなのです。それをそのまま受け取って提案しても、優先順位の低い案件として後回しにされて終わります。
だから優れた営業は、顧客の言葉を鵜呑みにしません。リサーチと問いを駆使して、顧客自身が気づいていない課題を「見つけにいく」「特定しにいく」。受け身のヒアリングではなく、主導的に課題を立てにいくスタンスです。
この姿勢を本書は営業とは、顧客の価値基準に合わせて情報を加工し、提案する「情報加工業」だと表現します。ただ情報を渡すのではなく、相手にとって意味のある形に編集して届ける。営業の役割をこう定義し直すところに、本書の知的な面白さがあります。
その実践フレームが「コンサルティングセールスプロセス」で、商談を7つのステップに分解します。
- アカウントプラン(商談準備)
- アプローチ(第一印象と関係構築)
- ファクトファインディング(課題発見)
- オーダーコントロール(意思決定プロセスの把握)
- 企画作成(提案書作成)
- プレゼンテーション(提案)
- クロージング(受注)
このうち最重要が3つ目のファクトファインディング、すなわち課題設定です。
商談の勝敗の7割は、この段階で決まる。提案書の見栄えやクロージングの粘りよりも、その手前の課題設定こそが本丸だ、というわけです。
課題設定の道具が「3C+2C×マクロ環境」分析です。顧客の顧客・顧客の競合・顧客(3C)に、自社・自社の競合(2C)を加え、さらに社会情勢やトレンドといったマクロ環境を重ねて読み解きます。
先ほどの入退管理システムが、ここで活きます。当時、食品の安全問題が社会で問題化していました(マクロ環境)。その食品メーカーの顧客であるスーパーや外食チェーンは、安全性の説明責任を強く求められていました(顧客の顧客)。
この構造を踏まえ、営業担当者はこう課題を設定し直します。「御社の取引先が求める安全性の証明に、入退管理システムが貢献できます」。これにより、提案の意味が一変しました。
単なる「セキュリティ強化」という低緊急の話が、「顧客満足度の向上と取引継続」という、放置できない経営課題へと格上げされたのです。
課題に「重要性」と「緊急性」を持たせる。営業主導で、顧客がまだ言葉にできていない真の課題を掘り当てる。これが商談を制する鍵だと本書は説きます。
失注は「金脈」である──明日から動かす3つの一歩
理屈を行動に落とすために、本書のエッセンスを3つのアクションに整理します。
ひとつ目は、「買わない理由」のデータベース化です。過去の失注理由を記録し、共通する障壁を抽出する。
「高い」「上司の許可が下りない」「競合のほうが安かった」と分類していくと、自社が繰り返しつまずく壁が浮かび上がります。週1回、チームで失注理由を共有し、それぞれの理由を営業プロセスのどの段階で先回りして潰すかを決めましょう。
ここで本書が強調するのは、失注を「運が悪かった」で片付けないこと。代わりに「なぜお見送りになったのか、率直に教えていただけませんか」と必ず聞く。失注は失敗ではなく、明日の受注を導くヒントが詰まった金脈です。この金脈を掘れるかどうかが、トップセールスと並の営業を分けます。
ふたつ目は、ターゲットリストの精度と鮮度を高めること。企業属性ではなく購買動機を起点に並べ、IR情報やプレスリリースから「旬な状態」の企業を見つけ出す。
月1回のメンテナンスデーを設け、各社の検討タイミングと理由をSOLとして管理しましょう。「会える人」で満足せず、「会うべき人」、つまり意思決定者との商談を優先するのが要点です。
みっつ目は、商談前の「3C+2C×マクロ環境」分析の習慣化です。顧客の顧客・競合・自社・マクロ環境を調べ、重要性と緊急性の高い課題仮説を立てる。
そのうえで「この状況は、将来的に△△というリスクにつながりませんか」と問いかける。機能を羅列する「売りもの提案」ではなく、顧客を主語にした「買いもの提案」へ。
営業は、相手が買うべきものを示す「買いものアドバイザー」だという発想です。
あなたにとって、Sales is 何ですか
本書を読み終えて編集部が強く感じたのは、これが単なるテクニック集ではなく、営業という仕事への向き合い方そのものを変える本だということです。
セレブリックスの調査では、一般の営業職の57%が「この仕事を人にはオススメしない」と答えました。ところがトップセールスに限ると、93%が「オススメする」と答えています。
営業職の幸福度は、結局のところ実績に強く左右される。成果が出なければ関係も自己肯定感も削られ、成果が出れば仕事は好きになり、頼られ、やりがいに満ちていく。
だからこそ、運に賭けるのをやめる意味があります。「なぜ売れたか」ではなく「なぜ買わないか」を見る。コントロールできない部分は手放し、できる部分に集中する。その積み重ねが、成果を再現可能にし、ひいてはあなた自身の市場価値を底上げしていきます。
今井氏は最後にこう問いかけます。「あなたにとって、Sales is 何ですか」。その答えをポジティブなものへ書き換える武器が、本書には詰まっています。まずは直近の失注を一件、率直に理由を聞くところから始めてみてください。
併せて読みたい
本書のテーマをさらに深めたい方に、関連する書籍をご紹介します。
📚 関連書籍
1. ジェフリー・ギトマー『営業の赤本』 顧客との信頼関係構築とクロージング技術を学べる、営業の古典的名著です。
2. ニール・ラッカム『SPIN営業術』 大型商談における質問技法を体系化した、課題発見型営業のバイブルです。
3. マシュー・ディクソン、ブレント・アダムソン『チャレンジャー・セールス・モデル』 顧客に新しい視点を提供し、営業主導で課題を設定する手法を解説しています。
4. ニック・メータ、ダン・スタインマン『カスタマーサクセス』 受注後の顧客エンゲージメント強化と、リピート・紹介を生む仕組みを学べます。