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『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』西口一希|成長が止まるのは、経営者が顧客を見失うからだ

戦略・経営・事業 ✍ 西口一希
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『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』
目次

会議で「今期は売上20%増で」と告げられ、その数字の中身を誰も語らないことに、かすかな居心地の悪さを覚えたことはないだろうか。誰が、なぜ、その20%を払ってくれるのかは宙に浮いたまま、現場は施策の数だけを増やし、広告と値引きを繰り返す。

それでも数字は動かない。西口一希『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』は、この手詰まりの正体を「経営が顧客を見失っていること」に求める。

P&G、ロート製薬、ロクシタン、スマートニュースで実務を積んだ著者が、顧客理解を経営の中心へ引き戻すために書いた本である。

「顧客のため」の掛け声と「顧客起点」はどこで分かれるのか

「顧客第一」「お客様のために」という言葉は、どの会社の壁にも貼ってある。だが本書の言う顧客起点は、その耳あたりのよい標語とは似て非なるものだ。

著者の定義はシンプルで、顧客の視界に立って自社と競合を眺めること。自分たちの都合や技術の自慢から出発するのではなく、顧客の目に映る世界を起点に考える姿勢を指す。

ここで著者は「顧客視点」と「顧客起点」を分ける。自社製品を前提に「うちの商品をどう気に入ってもらうか」を練るのが顧客視点。自社をいったん脇に置き、顧客が本当に達成したい上位の目的から逆算するのが顧客起点だ。

両者は一字違いだが、出発点がまるで異なる。そもそも顧客の頭の中では、自社と競合はきれいに並んでいない。業界の外にある代替品や、「今回は何もしない」という選択肢まで、同じ土俵に上がっている。

この視点の切り替えを、本書は便益と独自性という二語で受け止める。便益は顧客が実際に受け取る利益で「買う理由」に、独自性は他では代えがたい特徴で「他を選ばない理由」になる。

プロダクトそのものに価値はなく、その便益と独自性を顧客が「自分ごと」として認めたとき、初めて価値が生まれる。価値の決定権は最後まで顧客の側にあり、「良い製品だから売れるはずだ」という作り手の確信は、たいていこの一点でつまずく。

ドラッカーの哲学を、測れる道具へ翻訳した

本書の背骨にある主張は一行で言える。経営が顧客の心理を把握し、投資も組織活動も常に顧客を理由に決めている企業だけが伸びる、というものだ。似た響きの言葉は昔からある。

ピーター・ドラッカーは「企業の目的は顧客の創造である」と書いた。美しいが抽象的で、明日の会議ではそのまま使いにくい。

本書の価値は、この哲学を測定可能な道具へ翻訳したところにある。次にまた買いたいかという意向を数値にし、顧客を層に分け、市場を静止画ではなく動く映像として捉える。

哲学をサイエンスへ橋渡しした、と言ってよい。個人的には、この「測れる形にした」という一点こそが、前著『顧客起点マーケティング』から本書への進化だと感じる。

理念で終わらせず、翌朝の指標に落とせるかどうかが、フレームワークの生死を分けるからだ。

会社が100人を超えると、経営者から顧客が消えていく

なぜ多くの企業が、ある規模を境に顧客を見失うのか。著者の観察では、組織が100人を超えたあたりから経営者は実在の顧客から遠ざかる。人事、財務、組織づくりと、意識を内側へ引っ張る仕事が増え、外にいる顧客への関心が薄れていくからだ。

本書はこれを大企業病の入り口と呼ぶ。経営学者グレイナーの成長モデルでも、規模拡大の途中段階で社内の情報が劣化し、顧客理解が失われやすいとされる。

処方箋として差し出されるのが「横串」という発想だ。営業、開発、財務と縦割りになった部門を、一本の共通言語で貫く機能である。そしてその串になり得るのは、立派なビジョンではなくリアルな顧客理解だと著者は言う。

誰に何を届けているのかが全部門で共有されれば、間接部門の仕事さえ顧客戦略とつながる。理屈は美しいが、ここには留保も要る。共通言語を全社に通すには相応の権限と胆力が要り、現場任せでは横串は途中で折れる。

本書が経営者に向けて書かれている理由も、おそらくそこにある。

昭和の成長方程式が、令和で効かなくなった事情

そもそも、なぜ今これほど顧客理解が問われるのか。売上を最も素朴に分解すると「顧客数×単価×頻度」になる。人口が増え続けた昭和は、放っておいても顧客数が増えた。

だから大量に作り、マス広告で認知を広げ、販路を伸ばせば成長できた。令和はその前提が反転している。人口は減り、スマホの普及でニーズは細かく多様に割れた。

この環境で伸びるには、どの顧客に投資すれば効くのかを見極める深い顧客理解が要る。

ところが実態は寒い。コンサルタント7人が145事業を調べた共同調査では、狙える市場全体の顧客数(TAM)を定義していた事業はわずか26%、日系に絞ると15%だった。

「顧客数×単価×頻度」を数字で見える化していた日系企業も43%どまりで、半分以上が自社の売上を生む顧客の数すら把握していない。部署をまたいで顧客セグメントの合意ができていた日系企業に至っては、ゼロだった。顧客起点が経営の常識になる手前で、その土台となる数字の共有すら大半で欠けている、という現実がここにある。

顧客を5層に割り、次回購買意向で未来を先読みする

顧客を平均の「マス」でひとくくりにする——事業が拡大する過程で、多くの組織がこの思考の病にかかる。本書はまず、顧客を利用状況で5層に分ける5segs(ファイブセグズ)を土台に置く。

ロイヤル、一般、離反、認知はしているが未購買、そして未認知の5つだ。著者がロクシタンの社長だった頃、年間売上の60%と最終利益の100%が、全購買者のわずか16%のロイヤル顧客から生まれていた。

平均で眺めていたら、この偏りは永遠に見えない。

面白いのは飲食チェーン2社の対比だ。2019年のデータで、ロイヤルホストのロイヤル層は1%、離反は51%。マクドナルドはロイヤル32%。数字だけならロイヤルホストは苦しく見える。

だが著者の読みは逆だ。その離反51%は嫌って去ったのではなく「なんとなく行かなくなった」好意的な層で、戻る余地の大きい潜在市場だと解く。同じ数字が、層で切ると意味を変える。

この5segsは「今」を写した静止画にすぎない。そこへ時間軸を足したのが9segs(ナインセグズ)で、次にまた買いたいという次回購買意向(NPI)を掛け合わせ、9層に割る。

NPIが効くのは、それが成長の先行指標だからだ。同じロイヤル顧客でも、心から好きな層と、他に選択肢がなく仕方なく買う「消極ロイヤル」がいる。

後者は不満を漏らさぬまま、競合が現れた瞬間に静かに離れる。この「サイレント失注」を、行動データだけ見ていると見逃す。ミスミのmeviy事業は、5segs調査とN1インタビューから離反の最大要因が自動見積もりの失敗だと突き止め、見積もり時間を92%削減。

約1年で単月粗利3000万円超を、営業一人で達成したという。

著者はこの層から層への移動そのものを「カスタマーダイナミクス」と呼ぶ。新しく獲得し、ロイヤルへ育て、離反を防ぎ、離れた人を呼び戻す。市場をシェアの奪い合いという静止画ではなく、顧客が層から層へ動き続ける動画として捉える——ここが本書のもっとも独創的な視点だ。アマゾンのジェフ・ベゾスはこれを地で行った。

ネット通販の狙える市場を「流通しうるすべての商品とサービス」と大きく定義したうえで、最初の商材に浸透率の高い書籍を選ぶ。まず「ネット購入は便利だ」という便益を広く配って潜在的なロイヤル顧客を最大化し、その土台の上に後の多角化とクロスセルを積み上げた。

着眼の順序が、そのまま成長の設計図になっている。

たった一人を深掘るN1分析と、値引きに逃げない物差し

顧客の本音は、平均値の中には落ちていない。だから本書は、実在する一人(N=1)の心理と行動を掘り下げるN1分析を武器にする。ヘンリー・フォードの逸話がわかりやすい。

顧客に望みを聞けば「もっと速い馬が欲しい」と答える。言葉どおり受け取れば速い馬の改良になるが、その裏には「速く移動したい」という上位の目的がある。

そこを読めば答えは自動車になる。顧客は答えそのものは知らないが、答えへのヒントは必ずくれる。

象徴的なのがロート製薬の化粧水「肌ラボ」だ。あるインタビューで顧客が「ベタつきがいい」と漏らした。アンケートでは長年ネガティブに処理されてきた声である。

チームはこれを反転させ、ベタつくほどの保湿は「もちもち肌になる証拠」だと訴求した。たった一人の声から生まれた価値が、15年以上のロングセラーになった。

N1は「例外の声」に見えて、実は多くの人が言語化できずにいた欲求の入り口だった、というわけだ。

最後に、本書の底を流れる思想に触れておきたい。ビジネスは戦争ではない、という一節だ。既存の戦略論の多くは競合を打ち負かすことを目的に組まれるが、著者は敵を屈服させることが目的ではないと言う。

目的は顧客への価値創造を最大化し、支持と対価を得ること。競合に勝つのは、独自の価値を届け続けた結果にすぎない。だから顧客が「値段が高い」と去るとき、値引きで引き戻そうとするのは筋が悪い。

「高い」の正体は、対価に見合う便益と独自性が顧客の目に見えなくなった状態だからだ。気づかれていない便益を提案し、誰に何を届けるのかという価値そのものを組み直すことが要る。

デジタルやDXへの投資も同じで、顧客戦略が抜けたまま手段だけに資金を注げば、むしろ大企業病を加速させ、収益性を削るだけに終わる。手段(HOW)の巧拙を評価する前に、誰に(WHO)何を(WHAT)届けるのかを紙に書いて貼る。

本書が勧める作法は拍子抜けするほど地味だが、経営のPDCAはこの一枚がなければ回らない。本書を閉じたらまず、自社のファンを一人思い出し、その人がなぜ自分たちを選ぶのかを言葉にしてみるといい。

答えは、その一人が必ずヒントとして持っている。


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