星野リゾートの再生劇を、私たちはつい「星野佳路さんの天才的なひらめき」で片づけてしまう。ところが本人は、その見立てをきっぱり否定する。自分に芸術的な経営判断をする資質があるとは思っていない、と言い切るのだ。
では、次々と赤字リゾートを黒字へ反転させた武器は何だったのか。答えは拍子抜けするほど地味で、書店の棚で誰にも見向きされず、ほこりをかぶった古い経営書だった。
本書『星野リゾートの教科書』は、日経トップリーダーの中沢康彦さんが2年をかけて全施設を歩き、その「教科書経営」の中身を丸ごと解剖したドキュメントである。以下では、星野さんが実際に開いた教科書と、それが現場でどう形になったのかを追いながら、この手法がどこまで真似できるのかまで踏み込んで考えていきたい。
才能ではなく「サイエンス」で経営する
星野さんの発想の出発点は、驚くほど素朴な一文に集約される。「教科書に書かれていることは正しい」。この前提を疑わず信じ切るところから、すべてが動き出す。
経営には、経営者の資質がものを言う「アート」の領域と、論理で詰められる「サイエンス」の領域がある。星野さんは前者の才能が自分にないと認め、だからこそ後者に徹すると決めた。
一流の学者が膨大な調査から絞り出した理論は、囲碁や将棋でいう「定石」にあたる。定石さえ外さなければ、大きな判断ミスの確率は最小にできる。これが教科書経営の土台だ。
ここで見落としがちなのが、理論の効き目が数字だけでなく「精神」の面にも及ぶことだ。根拠のある理論を握っていれば、成果がすぐ出ない苦しい時期でも「自分の判断が間違っていたのでは」と揺らがずに耐えられる。凡人が非凡な結果を出すには、正しさそのものより「ブレなさ」のほうが効く——この読み替えは、現場で意思決定に迷う人ほど腑に落ちるはずだ。
本書が何度も釘を刺すのが、理論の「つまみ食い」である。都合のいい部分、導入しやすい部分だけを抜き出して満足する。これで多くの人がつまずく。理論が「3つの対策が要る」と言うなら、3つとも愚直にやり切る。
中途半端に実行すると、成果が出なかったときに理論が悪いのか実行が甘いのかを切り分けられなくなるからだ。この一貫性への執着こそ、凡庸に見えて最も真似しにくい部分かもしれない。
もう一つ、教科書経営は大企業より中小企業にこそ効く、という逆説も面白い。体力の薄い会社ほど一度の判断ミスが致命傷になり、しかも組織が小さいぶん方針は速く末端まで届く。「うちは小さいから戦略などいらない」という言い訳を、本書は静かに突き崩す。
客室を半分に減らして黒字化した「集中」の戦略
戦略パートの主役は、マイケル・ポーターの『競争の戦略』だ。差別化・コストリーダーシップ・集中という3つの基本戦略のうち、星野さんが選んだのは「集中」だった。限られた資源をすべての客層へ薄く配るのをやめ、特定のターゲットだけに絞り込む考え方である。
舞台は島根・玉造温泉の「華仙亭有楽」。周囲と同じく団体客と個人客の両取りを狙い、サービス体系が二重になって収益が沈んでいた旅館だ。星野さんはターゲットを「高品質を求める個人客」へ絞り、団体棟を解体、客室を半分の24室まで減らして全室に露天風呂を付けた。
客室を減らせば売上も減る——常識ではそう考える。ところが結果は逆だった。サービスを個人客向けに一本化したことで業務のムダが消え、コストが下がり、収益性の高い高級旅館へと生まれ変わった。削ることが増やすことにつながる、という戦略の逆説がここに凝縮している。
外資系ホテルが日本の旅館業へ本格参入しにくい理由も、同じ論理で説明される。分業して作業を共通化する彼らの手法は、部屋数の少ない旅館では採算が合わない。
だからスタッフの兼務、いわゆるマルチタスクが旅館ならではの武器になる。
立ち位置そのものを組み替えた例が、北海道の「アルファリゾート・トマム」だ。使われた教科書はコトラーの競争地位別戦略。5大リゾートの後追いに終始する「フォロワー」として赤字に埋もれていたトマムを、星野さんは小さな市場で一位を狙う「ニッチャー」へ振り切った。
狙いは、かつて滑ったが今はやめてしまった休眠スキーヤー層。彼らが親になり、子連れで楽しめる家族向けゲレンデへと打ち手を全振りする。託児コーナーや乳幼児連れ向けの客室を圧倒的な速さで投入し、「100年に一度」と言われた不況期にすら宿泊客を前年比で伸ばした。
市場を大きく捉えるか小さく捉えるかで、勝ち筋はまるで変わる、という好例だ。
「全額返金」が客ではなくスタッフを動かした
マーケティングとサービス品質のパートには、読むと発想がひっくり返る施策が並ぶ。象徴が、福島のスキー場「アルツ磐梯」のレストランで人気のカレーに付けた「おいしくなかったら全額返金」だ。クリストファー・ハートのサービス保証システムが下敷きになっている。
スタッフは不正な返金請求の殺到を恐れた。ところが蓋を開ければ、10万食で返金はわずか10件ほど、率にして0.01パーセント程度。悪用はほとんど起きなかった。
そして本当の効果は、客ではなく組織の内側に出た。返金という退路を断たれたスタッフが、米の炊き方から看板づくりまで自主的に工夫し始めたのだ。この保証は客向けの販促ではなく、現場の当事者意識を強制的に引き出す仕掛けだった——本書のこの読み解きは、施策の見かけと狙いがまるで別物でありうることを教える。
顧客対応の設計にも、次々と教科書が動員される。ヤン・カールソンの「真実の瞬間」は、客とスタッフが接するわずか15秒ほどの印象の積み重ねが施設全体の評価を決める、という考え方だ。
奥入瀬渓流ホテルは立ち位置や声かけを4カ月かけて磨き直し、全バイキング施設で顧客満足度トップに立った。星のや軽井沢では、現場が集めた顧客メモのうち使える2割だけを厳選してデータベース化する「CRMキッチン」を導入。
前回シャンパンを持ち込んだ客の部屋にはあらかじめクーラーを用意しておく、といった先回りで「非常に満足」の比率を35パーセントから50パーセントへ押し上げた。
味を「増やさない」判断も忘れがたい。子会社ヤッホー・ブルーイングの主力「よなよなエール」は、売上を補うために味の種類を足そうという現場の声を、星野さんが断固拒否した。
ライズとトラウトの『マーケティング22の法則』が説く、ラインの拡張は短期には売上を増やすが長期には無残な結果を招く、という警告を信じ切ったのだ。
一つの味というメッセージを守り抜き、代わりに製造工程の見直しとネット販売に力を注いで、赤字から数年で黒字へ回復させた。何を足すかではなく、何を足さないかを決める胆力の話である。
情報を全部見せると現場は自分で動き出す
組織づくりの核は「エンパワーメント」、ケン・ブランチャードの『1分間エンパワーメント』が教科書だ。ただ「自分で考えて動け」と号令をかけても、現場は上司の顔色をうかがうだけに終わる。
星野さんの答えは、徹底した情報開示だった。売上も利益も顧客満足度も、経営陣の意思決定プロセスまで、判断の根拠になる情報を丸ごと現場へ渡す。そのうえで「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」で評価するフラットな議論の場を用意した。
破綻施設の再生では、この過程がそのままドラマになる。青森屋では指示待ちに慣れたスタッフが、最初は口を閉ざした。総支配人は意見を口にしたこと自体を褒めるところから根気強く始める。
失敗を許す装置として置かれたのが「ミス撲滅委員会」だ。ルールは明快で、ミスを報告した人を絶対に叱らず、報告してくれたことをむしろ褒める。隠れていたミスが表に出るようになると、個人の責任を追及するのではなく、「同じミスが二度と起きない運営システム」へと仕組みそのものを直した。
方向づけにはコリンズの『ビジョナリー・カンパニー』を用い、「リゾート運営の達人」というビジョンと3つの数値目標を掲げた。この目標を、目覚まし時計が星野さんの声で読み上げるところまで作り込んで浸透させたというから徹底している。
巧みなのは、全体のビジョンは経営陣が示す一方、各施設が目指す姿である「コンセプト」は現場スタッフが自分たちで決める、と役割を分けている点だ。
タラサ志摩では全スタッフの半数が委員会に立候補し、徹夜でデータを集めて8時間の議論を重ねた。自分たちで決めたからこそ、本物の主体性が宿る。
未経験者を総支配人にできる再現性、そして残る留保
教科書経営の再現性を最もよく表すのが人材育成だ。星野さんは、化粧品マーケティング出身で旅館業の経験がまったくない菊池昌枝さんを、戦略拠点「星のや京都」の総支配人にいきなり抜擢した。
高級旅館のトップには現場叩き上げのベテランを充てる、という業界の常識をあっさり外したのだ。「顧客満足度のデータから課題を見つけ、教科書のロジックで戦略を磨く」という基本さえ共有していれば、業界経験は問わない。
その土壌を作るのが、星野さん自らが講師を務める社内研修「麓村塾」と、多様な経歴の人材が同じ理論という物差しで対話するための「共通言語化」である。
ここで編集部として一つ留保を付けておきたい。本書自身が弱点を正直に記している点は好ましいが、「書店に一冊だけ静かに差された古典が役立つ」と言うなら、その一冊を嗅ぎ分ける選択眼こそ、実は属人的な「アート」ではないのか。
理論を信じて不遇の時期に耐えられたのも、株主圧力から比較的自由な同族四代目という立場に支えられていた面は否めない。つまり、サイエンスを支える土台のところに、簡単には移植できないアートが残っている。この手法をそのまま持ち帰る前に、自分の環境で「信じ切る」条件がそろっているかは、冷静に見極めたほうがいい。
それでも本書が最後に残す余韻は、経営技術の話ではない。星野さんの祖父が内村鑑三から贈られたという言葉——「人生の目的は金銭を得るに非ず。品性を完成するにあり」。
資金も事業モデルも時代に流されるが、誠実に事業と向き合う姿勢だけは社員と企業文化に残り続ける。サイエンスを説き切った一冊の末尾にこの一文が置かれていることに、この本の本当の狙いがにじむ。
もしあなたが今、我流でこじらせている仕事があるなら、その課題にぴったりの古典を一冊、書店で探すところから始めてみてほしい。
