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『生成AI時代を勝ち抜く事業・組織のつくり方』梶谷健人さん|核心は「意義」と「意味」のデザイン

AI・テクノロジー
約8分で読めます

「生成AIがすごい」というニュースは毎日流れてきます。でも、自分の仕事や会社にどう使えばいいかは、誰も教えてくれません。

この本は、まさにその溝を埋めるために書かれました。著者の梶谷健人さんは、XR領域のスタートアップを経営し、多くの企業の新規事業づくりを支えてきた実務家です。

だから本書は「AIの技術解説」でも「便利なプロンプト集」でもありません。事業・サービス・組織を、生成AI前提でどうつくり替えるか。その実装の教科書になっています。

こんな人におすすめ

この本の核心――AIは脅威ではなく、育てるパートナー

著者の主張は一貫しています。これからは「AIをどれだけ良きパートナーにできるか」というAIパートナー力が、人や企業の価値を大きく左右する、と。

その根拠になる実験があります。ハーバード・ビジネス・スクールの研究チームが、BCGのコンサルタント758人を対象に行ったものです。AIを使ったグループは、使わなかったグループに比べて平均で12%多くタスクを完了し、25%速く終え、40%も高い品質のアウトプットを出しました。

注目すべきは、底上げが起きた範囲です。優秀な人だけが伸びたのではなく、ローパフォーマーを含めた全体の分布が右側にシフトしました。AIは「できる人をさらに伸ばす道具」ではなく、「全員を引き上げる道具」だったわけです。

「AIは競争相手ではなく、パートナーである。そして、これからの時代、AIを良き友にできた企業やクリエイターは強い。」

著者は、生成AIを本気で活用した組織とそうでない組織の間には、今後2〜10倍の生産性差がつくと予測しています。

成功する事業の鍵――「意義」と「意味」のデザイン

では、生成AIで事業をつくるとき、何から考えればいいのか。著者の答えが、本書を貫く背骨です。

「生成AI領域で成功する事業・プロダクトづくりのポイントを一言で表すと、『意義』と『意味』のデザインだ。」

ここでいう「意義」とは、解決しようとする顧客課題の価値の高さです。本当に深く困っている課題かどうか。「意味」とは、その解決手段に生成AIを使う必然性です。

多くのプロダクトが失敗するのは、技術の目新しさに頼り、そもそも誰も困っていない課題を解こうとするからです。だから着手の順番は「意義」が先。徹底した顧客理解で「本当に困っている課題」をあぶり出してから、AIを乗せます。

このとき使うのがJavelin Board(ジャベリンボード)です。「誰の」「どんな課題を」「どう解決するか」という仮説を付箋で書き出し、最も不確実な前提を洗い出して、実際のユーザーとの対話で検証していきます。

著者は、デスクトップリサーチでスマートに済ませようとせず、生のユーザーと直接話すことに勝る学びはないと釘を刺します。

生成AIの「7つの本質的な価値」

「意味」をデザインするとき、生成AIの価値を7つに整理しておくと、アイデアが発想しやすくなります。

この7つのどれを使うのかを明確にすると、「AIだから新しい」という曖昧な企画から抜け出せます。

MOATは完璧を求めない

生成AIサービスは、コア機能を外部API(OpenAIなど)に頼ることが多く、機能だけでは長く差別化できません。だから著者は、独自データの蓄積やスイッチングコスト、独自チャネルなど6つの堀(MOAT)の設計を勧めます。

ただし注意があります。

「MOATは完璧を求め過ぎず、むしろ即興性と柔軟性の高いチームに資金を張れるかという観点が重要なのではないだろうか。」

変化が激しすぎて、完璧な防御壁など誰にも描けない。それなら濁流に飛び乗れる柔軟なチームのほうが武器になる、という挑戦的な視点です。

UXが命――ユーザーにプロンプトを強いるな

機能で差がつきにくいぶん、生成AIサービスではUX(ユーザー体験)が勝負どころになります。著者はUXを一つの式で表します。

UX = u(便益)+ e(情緒価値)- f(フリクション)

便益と情緒価値を高め、摩擦を減らす。この摩擦の代表格が、ユーザーに難しいプロンプト入力を求めることです。

「ユーザーにプロンプトエンジニアリングの学習や実践を強いられるのは大きなフリクション(f)にほかならない。」

たとえばWebサイト作成ツールのWixは、ユーザーに「業種」や「テーマ」を入力フォームで埋めさせるだけ。裏側で複雑なプロンプトをシステムが自動で組み立てます。ユーザーは呪文を覚えなくていい。

ほかにも実践的な工夫があります。入力例を示して最初の「WOW体験」を確実に届ける。1つの答えではなく複数の選択肢を提示して選んでもらう。一気に完成形を出さず、途中で方向性を確認する。既存サービスにAIを足すときは、過剰に支援せず、ユーザーの主体性を残す。

こうした積み重ねが、生成AIサービス特有の低い定着率を救います。

業務効率化――ChatGPTは「新卒1年目の後輩」

組織の中でAIを使い倒すには、指示の出し方が要です。著者のたとえが秀逸です。

「ChatGPTへの指示へのコツは、ChatGPTは『めちゃくちゃ物知りだが、全然融通が利かない新卒1年目の後輩』として扱うことだ。」

知識は膨大だが空気は読めない後輩。だから背景も目的も前提も、細かく具体的に渡す必要があります。

基本となる6つの技法はこうです。冒頭で役割を定義する。変数で詳細条件を与える。必要な情報をまずAI自身に教えてもらう。出力フォーマットを指定する。採点基準を示して5回ほど自己改善させる。良いアウトプットの基準を箇条書きで渡す。

ライティングなら「黄金フロー」があります。自己改善プロンプトで構成案をつくらせ、構成と文体ルールを指定して本文を生成させ、必要なら自社メディアの文体を学習させる。

会議の議事録なら、音声認識AIのWhisperで文字起こしし(1時間の音声がわずか50円ほど)、ChatGPTに要約させる。従来は数千円から2万円かかっていた書き起こしが、数百分の1のコストになります。

組織を動かすのは「北風」でなく「太陽」

個人のスキルアップだけでは、組織は変わりません。著者は生成AIネイティブな組織への道筋を「3→3→1のステップ」として示します。

ここで効いてくるのが姿勢の話です。

「私は、組織に生成AIをスムーズに導入するためには、『北風』的なアプローチではなく『太陽』的なアプローチを用いるべきだと考えている。」

人員削減の恐怖で使わせるのではなく、楽しさやメリットで自発的に巻き込む。新しい技術の導入には「2:6:2の法則」が働きます。積極層が2割、中間層が6割、否定層が2割。

真ん中の6割を動かすには、スモールテストでの定量的な成功体験と、前向きなビジョンが要ります。だから社内AIツールの週次利用率(WAU)をKPIにして、用途別テンプレートや勉強会で定着を後押しします。

AI時代に陳腐化しないスキル――クリエイティブディレクション力

AIが実作業をこなすほど、人間に残る価値は「指揮する力」になります。著者はこれをクリエイティブディレクション力と呼び、6つの要素を挙げます。

社内研修も、プロンプトのテクニックを教えるだけでなく、この6つを鍛える内容に変えていく必要があります。

そして著者は、もっと遠い未来も描きます。これから15〜20年で、AIは人間にとって新しい脳の皮質――いわばAI新皮質になる、と。

脳とAIの接続が進めば、AIを拡張機能として持つ集団と持たない集団で1000倍の能力差が生まれる可能性すらあります。人間の価値は「個体の能力」から「AIとの接続数・スペック・速度」へとシフトしていく。

SF的に聞こえますが、本書はその入口に今いると教えてくれます。

明日から何を変えるか

おわりに

この本を読み終えて残るのは、危機感より高揚感です。AIに奪われるかどうかという問いの立て方そのものを、著者は組み替えてしまいます。

AIは脅威ではなく、不眠不休で働いてくれるパートナー。そのパートナーをどう育て、どう指揮し、どう組織に根づかせるか。問われているのは技術ではなく、私たちの想像力と姿勢のほうでした。

明日、ひとつだけでいいので、面倒な作業をAIに任せてみる。その小さな一歩が、2〜10倍の差が開いていく時代の、最初の差になるのかもしれません。


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