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『戦略質問』金巻龍一|戦略の8割は、最初の40分で見えている

戦略・経営・事業 ✍ 金巻龍一
約7分で読めます

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『戦略質問』
目次

3カ月かけて分厚い戦略資料ができあがる。整ったグラフ、隙のない論理、誰も反対しない結論。ところが読み返すと、どこかで見た当たり障りのない中身になっている——。そんな覚えがあるなら、本書の刃はまっすぐ刺さってくる。

『戦略質問』の著者・金巻龍一は、日本IBMの常務執行役員などを歴任した戦略コンサルタントだ。その金巻が、自らの仕事をこう振り返る。3カ月の戦略コンサルティングのうち、答えの8割は経営者に会ってから最初の40分で見えていた、と。

ではあとの日々は何をしていたのか。社内調整と資料づくりである。本書はこの「工業化された戦略づくり」に別れを告げ、鋭い問いひとつで核心を一気にあぶり出す方法を説く。

編集部として惹かれるのは、これがフレームワーク集ではなく、「問いの質が戦略の質を決める」という一点を執拗に掘り下げた本だという点だ。

戦略の95%は「勝つため」ではなく「社内を納得させるため」に消える

金巻はまず、一般的な戦略立案プロジェクトを解剖する。3カ月のうち市場調査に約2割、分析に1割、社内調整の支援に約2割半、資料作成に約3割。では肝心の「戦略を発想する」時間はどれだけか。

全体のわずか5%、12週間のうち1週間にも満たないという。残りの95%は、勝つための発想ではなく、社内を納得させるための作業に費やされている。

しかも厄介なのは、時間をかけるほど各部署から「できない理由」が持ち込まれ、アイデアの角が丸くなっていくことだ。ネットで誰もが同じ情報を拾い、同じフレームワークを使う今、行き着く先は戦略の同質化になる。どの会社の戦略も似たような幕の内弁当になる、という指摘は痛いところを突く。

ここで本書が持ち出すのが「判断」と「決断」の区別だ。判断は論理で正しさを説明できる決定、決断はどちらを選んでも一長一短でリスクが必ず残る状況を、自分の責任において引き受ける選択。

戦略の魂は後者にある。だから金巻は、優れた戦略には必ず欠点がある、と言い切る。八方美人な計画ほど、実は何ひとつ選んでいない——この逆説を出発点に据えたのは巧みだと思う。

「言い切る問い」で相手の脳にスイッチを入れる

本書の中核が「ウールーム」だ。もとは軍隊の作戦司令室を指し、非常時に少人数が集まって短時間で対策を練る場を意味する。金巻の実験では、経営者とファシリテーターなど最小3名ほどの極小人数で行う。

大人数だと各部署の代表が自部門の不利益回避に動き、ゼロベースの発想が死ぬからだ。日本企業特有の忖度も加わって、誰も反対しない代わりに誰の心も動かさない結論に落ち着く。

武器になるのが質問の技術で、要諦は「言い切る」ことにある。「あなたのモットーは何ですか」と漠然と聞けば答えに詰まるが、「あなたのモットーは誠実さですよね」とあえて決めつけると、相手の中に「いや、そうではなくて」という反発が生まれ、本音が引き出される。

他人に言い切られると脳にスイッチが入る、という人間の性質を逆手に取っているわけだ。ここは日常の会議でもすぐ試せる、本書で最も実用的なくだりだと感じた。

問いには角度もある。時間軸を伸ばすズームアウト、タブーを破るチェンジアングル、緊急ではないが重要な論点に切り込むディープダイブ、経営者の暗黙の野心を言語化するインサイドアウト。

この4つの角度と、市場・顧客・組織・マネジメント・商品・人材・プロセスといった「6つの梃子」のどこを動かすかを掛け合わせ、打ち手の仮説を一気に描く。

合成樹脂を1000種以上抱えたT社が「多品種が逆に強みを消している」と見て製品数を3分の1に削り経営危機を脱した例、数十万円の映像デバイスが売れず苦しんだK社が「デバイスを売る」枠を外し「広告を映して掲載料で稼ぐ」モデルへ転換した例——いずれも突破口を開いたのは、時間ではなく問いの角度だった。

経営者を揺さぶる10の質問が、組織の「思考の真空地帯」を照らす

ウールームで使われるのが、本書の看板である10のセントラルクエスチョンだ。答えを集めるためではなく、答える側の脳に非日常の刺激を与えるために設計されている。

たとえば「もし会社が突如この世から消えたら、誰が悲しむか」。自社の存在意義が期限切れになっていないかを確かめる問いだ。「このままだと事業の終焉はいつ来るか」は、絶好調のときほど危機感を植える。

「新しい戦略でどこが弱くなるか」は、本物の選択と集中ができているかを検証する。「社員が他社に移ったら大活躍する予感があるか」は、社内でしか通じない価値に安住していないかを突く。

面白いのは、これらが即答できるか言葉に詰まるかで、その組織の「思考の真空地帯」がどこにあるかを浮かび上がらせる仕組みだ。答えの中身より、詰まった箇所こそが診断結果になる。

問いの目的は答えを集めることではなく、答えられない領域を可視化することにある。裏を返せば、この10問は用意した相手にはただの雑談で終わりかねない。

効くかどうかは、投げる側が相手の急所を読み切れているかにかかっている。

ビジョンは飾りではなく、尖った価値観で人を引き寄せる磁石

本書はビジョンを戦略の生命線として扱い、3つに分解する。ミッション(社会が自社を必要とする理由)、デレクション(方向性)、バリュー(価値観)だ。

方向を決めるとはやることの範囲を決めること、すなわちやらないことを決めることと同義だ、という定義が、そのまま選択と集中に直結する。存在意義が成熟や時代変化で寿命を迎えていないかを確かめる作業が、あらゆる戦略の出発点になるという順序立ても腑に落ちる。

象徴的なのが、探検家シャクルトン卿が出したとされる隊員募集広告だ。「求む隊員。至難の旅。わずかな報酬。極寒。暗黒の日々。絶えざる危険。生還の保証はない。

成功の暁には名誉と賞賛を得る」。楽さや安心ではなく、挑戦そのものを正直に打ち出したこの広告に応募が殺到したという。会社を本当に変える人材は快適さではなく尖った価値観に引き寄せられる、という主張は、後段の人材戦略とも一本の線でつながっている。

足りない武器は「明日には手に入る」と棚上げして構想を描ききる

弱者が強者を倒す番狂わせを、本書は「ジャイキリ(ジャイアントキリング)」と呼ぶ。ここでの敵は、経営計画という名の数字合わせだ。目標の帳尻を合わせる作業から逆転劇は生まれない。

生まれるのは高い目線の妄想からで、アインシュタインの「一見して馬鹿げていないアイデアは、アイデアではない」という言葉を引きながら、既存サイクルの外で自由に構想せよと促す。

そこで必ず壁になるのが「足りない武器」だ。斬新な構想ほど「うちには技術も人材もない」というミッシングパーツが顔を出し、多くの日本企業はここでアイデアを捨てる。

本書の処方箋は割り切っている。ミッシングパーツは「明日には手に入っているもの」として一旦棚上げし、まず魅力的な構想を描ききる。調達手段は後から考える。

M&Aやアウトソーシングが当たり前の今、不足は諦める理由ではなく対応策の裏返しだ、という発想の反転は実務家らしい。

構想を育てる道具も用意されている。事業を3つの地平に分けるスリーホライズンモデルだ。中核のHorizon1は利益で、成長のHorizon2は売上とシェアで管理する。

そして新規のHorizon3には財務目標を持ち込まず、マイルストーンの達成度だけで育てる。IBMはこのHorizon3で5年間に25分野を選び、22分野を成功させ、150億ドル超の事業を生んだという。

数年後の成功が新聞で絶賛されたと仮定して各自が見出しを書く「新聞作戦」も紹介される。記者という他人の目を借りると、批判される恐怖がやわらぎ、生々しい「ありたき姿」が言葉になる——冷静な義務感である「あるべき姿」と、意志が宿る「ありたき姿」を分けた着眼は効いている。

戦略を動かすのは論理ではなく「自分にとっての得」

本書がもうひとつ力を入れるのが人材戦略だ。社員を管理すべき人員として囲い込むHRMから、投資対象として市場価値を高めるHCMへ——という転換を説く。

逆説的なのは、いつでも辞められる社員こそ会社を強くする、という主張だ。市場価値の高い人材は「ここにいれば腕が磨ける」と集まり、戦略を変えるときも社内専用スキルに塩漬けされた人より送り出しやすい。

人が流動するエコシステムこそが、会社の変身を軽くする。社内評価の高かった人事部長が、自分の転職市場価値を5000万円超と踏んで調べたら実際は600万円だった、という逸話は、社内価値と市場価値が別物であることを数字で突きつける。

そして戦略に実行力を注ぐ最大の触媒が「WIIFM(What’s in it for me=自分にとって何の得があるのか)」だ。どれほど論理的に正しい戦略でも、現場の社員が自分の得を語れなければ実行されない。組織の底にはレイオフの恐怖やポスト喪失といった生々しい感情が流れており、そこにワクワクを設計できるかが、絵に描いた戦略と動く戦略を分ける。

もうひとつの触媒が期限付きの危機感「X-Day」。このまま推移したら事業はいつ寿命を迎えるか、絶好調のときほどこの問いを組織に投げる。金巻が、破滅する架空のシナリオを動画化して役員に見せ、涙ぐむほどの危機感を共有させた「ホラーストーリー作戦」まで語るあたり、問いは分析ではなく感情を動かす装置なのだと理解しているのがわかる。

もっとも本書には、金巻自身が認める限界がある。ウールームが成立する前提は、参加者が相応の打ち手の引き出しを持っていることだ。経験の浅いメンバーだけで回せば、尖った仮説ではなく、ただの無謀な妄想で終わりかねない。

問いはあくまで着火装置であって、燃える薪がなければ火はつかない。それでも突きつけられる事実は重い。あなたの会社の戦略が退屈なのは、時間が足りないからではなく、問いが鈍いからかもしれない。

まずは主軸事業について、信頼できる数人と昼休みの30分だけ「このままなら、事業の終わりはいつ来るか」を自問してみる。生々しい変革の芽が、その場で顔を出すはずだ。


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