本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『シン読解力』新井紀子さん|本をたくさん読んでも、読む力はつかなかった

学習・インプット ✍ 新井紀子さん
約10分で読めます

※ 本記事はアフィリエイトリンク(Amazonアソシエイト)を含みます。

『シン読解力』
目次

「本を読めば読解力がつく」。なんとなく、そう信じていませんか。

私もそう思っていました。だから読めない自分は読書量が足りないんだと、ずっと考えていた。

でも、それは間違いだったのかもしれません。著者の新井紀子さんは、50万人規模の読解力テストのデータを分析した結果、読解力と読書量のあいだに、私たちが期待するような相関はまったく見られなかったと言い切ります。

それどころか、読書で身につけた自己流の「物語の読み方」が、教科書の読解をかえって邪魔することさえあるという指摘は、なかなか刺さりました。

この本が言う「シン読解力」とは、小説を味わう力ではありません。教科書やマニュアル、新聞といった「知識や情報を伝えるために書かれた、自己完結した文書」を、書いてあるとおりに正確に読み解く力です。そして今、この力がAI時代の決定的な武器になりつつある――というのが本書の主張です。

図解

読む力は「才能」ではなく「スキル」だった

著者の新井紀子さんは、AIに東大を受けさせる「東ロボくん」プロジェクトを10年率いた数学者です。前著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』で、多くの中高生が教科書を読めていない実態を突きつけ、社会に衝撃を与えました。

本書はその続編にあたり、前著の「読めない」という問題提起から一歩進んで、「ではどう鍛えるか」という処方箋まで踏み込んでいます。

核心はシンプルです。シン読解力は、生まれつきの才能でも、読書好きかどうかでもない。水泳や楽器と同じで、適切なトレーニングを積めば後天的に身につくスキルである、と。

「シン読解力」とは、才能や感性ではなく、トレーニングによって身につけることができるスキルである。

18歳を過ぎた大人でも、人生で困らない程度までは鍛えられる、と著者は明言します。ここがまず救いです。読めない自分を「頭が悪いから」「気合いが足りないから」と責めてきた人は多いはずですが、本書はそれを真っ向から否定する。

スキルなら、習えば伸びる。責めるべきは自分ではなく、ルールを教わってこなかった環境のほうだった、というわけです。

ではなぜ今、この力がこれほど重要なのか。理由は2つあります。1つはAIの台頭。もう1つは、終身雇用が揺らぎ、誰もが自力で学び続けなければならない時代になったから。順に見ていきます。

AIは平気でウソをつく。しかも自信満々で

なぜ今この力が重要なのか。最大の理由はAIの台頭です。

ChatGPTは流暢な文章を書きます。だから、つい信じてしまう。でも著者は、ここに大きな落とし穴があると言います。AIは意味を理解しているわけではなく、「次に来そうな自然な言葉」を確率で計算しているだけ。目指しているのは「正しい情報の生成」ではなく、人間が書いたかのような「自然な言語生成」なのだと。

だから情報の少ない領域では、もっともらしいウソ――いわゆるハルシネーション(AIの幻覚)を、ためらいなく出力します。

実害も出ています。ニューヨーク州のある弁護士は、ChatGPTが作った資料をそのまま裁判に提出しました。ところがAIが引用した判例は、存在しない架空のものだった。

結果、裁判所から罰金を命じられています。Googleの対話型AI「バード」も、公開デモで宇宙望遠鏡について誤った回答を流し、親会社の株価を大きく下げました。

流暢さと正しさは別物だという事実を、これほど分かりやすく突きつける例もありません。

もう一つ、AI特有の弱点として著者が挙げるのが「外れ値の罠」です。AIは統計と確率で動くので、めったに起きない例外的な状況で必ず失敗する。香川県三豊市が試したChatGPTによるごみ出し案内の自動応答は、正答率を94.1%まで上げたのに、本格導入は見送られました。

20件に1件は間違える可能性があり、行政サービスには使えなかったからです。94%は、人間にとっては「ほぼ正解」に聞こえます。でも社会インフラの現場では、その残り6%が命取りになる。

この温度差こそ、AIの限界を見抜く感覚として持っておきたいものです。

だからこそ著者は、AIと張り合うのではなく、AIに乗っかって賢くなればいいと言います。「AI vs. 人間」ではなく「人間×AI」だ、と。ただし、それには条件がつきます。

AIと組んで生産性を上げるには、AIと遜色のない読み書きスキルが要る。AIの出力を正確に読み、論理のおかしさに気づき、一次資料で裏を取る。そのシン読解力がなければ、AIは生産性を上げるどころか、誤情報をそのまま実務に流し込む装置になりかねない。

耳が痛い人は、私を含めて多いはずです。

「読める」と「読めた気になる」は別物

そもそも、なぜ普通に日本語を話せる人が、教科書や新聞を読めないのか。鍵は「生活言語」と「学習言語」の区別にあります。

生活言語は、日常会話や物語で使う言葉。学習言語は、教科書やビジネス文書のように、知識や論理を正確に伝えるための言葉です。著者によれば、生活言語を獲得しているからといって、自動的に学習言語が身につくわけではない。

しかも学習言語は一枚岩ではなく、数学には「数学語」、社会科には「社会科語」があり、教科ごとにルールが違う。著者自身、数学が大嫌いだった理由を、自己流の物語の読み方であらゆる教科書を読もうとしていたからだと振り返っています。

大学で証明文を真っ赤になるまで添削され、ようやく正しい読み方の「型」を手に入れたそうです。

この「読めていない」実態は、データに残酷なほど表れます。「0は偶数か奇数か」を定義に照らして正しく判定できるか――この問題の正答率は、小学6年生で60%、中学3年生で28%でした。

学年が上がるほど下がっている。「0は特別な数だ」という思い込みから抜け出せない大人も少なくありません。あるいは「水星・金星・地球と火星」と「水星・金星・地球や火星」。

「と」と「や」のたった1文字で文の意味は変わるのに、同じ意味だと誤読する大人が大勢いる。読めているつもりと、本当に読めていることのあいだには、これほどの距離があるわけです。

そして著者がもっとも厳しく指摘するのが、この現実です。

誤読しようがない説明文を誤読した人にできるアドバイスは「ちゃんと、しっかり読みなさい」以外、実は存在していないのです。

部下にも、子どもにも、そして自分にも、何度この言葉を投げてきたか。読めないのは気合いの問題だと、どこかで思っていた。でも「ちゃんと読め」は何の解決にもなりません。

どの言葉でつまずいたのかを構造的に分析しない限り、誤読は直らない。逆に言えば、構造を見れば直せる、ということでもあります。

あなたの読む力は、たぶん15歳で止まっている

ここが本書でいちばん背筋が伸びるところです。

50万人以上のリーディングスキルテスト(RST)のデータを分析した結果、シン読解力が学力をほぼ決定していることがわかった、と著者は言います。

知識をいっさい問わない読解力テストの結果と、全国学力テストの全教科の成績には、相関係数0.4〜0.7以上という強い相関があった。ある県の高校3年生では、RSTの平均能力値と偏差値の相関が0.89、有名私大の合格者数とも0.90という高さだったそうです。

読解力こそが、すべての学習の土台だということです。数学が苦手なのも、計算力ではなく「問題文を式に翻訳する読解」、つまり和文数訳でつまずいているケースが多い。

数学は計算の科目である前に、読解の科目なのだ、と。

そして衝撃的なのが、この力の伸び方です。中学3年生まではある程度自然に伸びる。ところが15歳前後を境に、成長がぴたりと止まる。高校の授業では、偏差値帯に関わらずほとんど伸びない。つまり多くの人が「15歳のシン読解力のまま」大人になっているのです。

しかもそれは子どもだけの話ではありません。新聞記事の係り受け、つまり主語と述語の対応を正しく読めた大人は、ある問題でわずか24.4%。代名詞が何を指すかを補う照応解決の問題でも、大人の正答率は32.5%にとどまった。

3人に2人以上が、新聞を正確には読めていない計算になります。しかも年齢は関係なく、40代50代の管理職のほうが20代30代の若手より読解力が低いケースも多々あるという。

「最近の若手は読めない」という思い込みも、データの前では揺らぎます。なぜ15歳で止まるのか。著者は、タブレット中心の学習やプリントの穴埋めが増え、文章を正確に書き写したり構造を意識して読んだりする機会が減ったことを一因に挙げています。

なぜ読めないのか――脳の容量と語彙

つまずきの正体を、著者は認知科学から説明します。鍵はワーキングメモリ。情報を一時的に保持して処理する脳の作業領域で、容量には限界があります。人間が一度に覚えられる無意味な記号列は7プラスマイナス2程度しかない。

この貴重な容量を、本来の学習とは関係ない作業で食いつぶしてしまうことを「課題外在性認知負荷」と呼びます。指定のページを探す、板書を写す、タブレットを操作する。

そうした周辺作業に脳を使いすぎると、肝心の内容が頭に入らなくなる。だから百マス計算や漢字の書き取りといった地道な反復は、時代遅れどころか有効だと著者は言います。

基礎を自動化して、脳の容量を本丸の思考に回せるからです。「最近の教育は反復を軽視しすぎだ」という直感に、認知科学の裏づけを与えてくれる議論で、ここは膝を打ちました。

土台になるのは語彙です。語彙が足りないと、先生の説明や教科書の言葉そのものが理解できない。著者は、小学3年生までに8000語、できれば1万語の基本語彙を目標に挙げます。

「かさ」や「さかん」といった、日常会話では使わない和語も含めて、です。3男1女を東大医学部に合格させた佐藤亮子さんが、子ども1人あたり1万冊の絵本を読み、童謡を1万回歌ったというエピソードも紹介されます。

平均の倍以上の語彙を身体に染み込ませ、学習のスムーズな入り口を作ったわけです。

書き写すだけで、読む力は戻ってくる

では、止まった読解力をどう取り戻すか。著者が提案する中心メソッドが「RSノート」です。

やることは、視写と音読。教科書の定義文など「ここだけは読めてほしい」一文を選び、声に出して読み、時間を測って一言一句正確に書き写す。最後に「この文の主語は何か」といった短いクイズで確認する。

これを毎日10分ほど続けるだけです。地味です。子ども向けの宿題のように見えます。でも効果は出ている。鹿児島県西之表市や新潟県燕市の学校現場が導入したところ、全国平均を下回っていた学力テストの成績が、短期間で県内上位3位まで跳ね上がったそうです。

大人にも効きます。ポイントは「文構造への意識」です。日本語は主語や目的語が省略される(ゼロ照応)。新聞のリード文を読みながら、省かれた主語や目的語を補って読む。

これだけで、誰が何をしたのかを正確に捉える力がつく。もう一つ、助詞への意識も大切です。著者によれば、RSTの能力値を左右する最もプリミティブな要素は、助詞の使い方の流暢さらしい。

「てにをは」を抜いた文に正しい助詞を入れる穴埋めが、文構造の意識を鍛えます。そして大人が自分の文章でやるべきは、ねじれ文のチェック。「私の特技は、英語が得意です」のような、主語と述語が噛み合わない文を防ぐには、送信前に音読するのがいちばん効きます。

職場全体の読む力を底上げする

個人だけでなく、組織にも効く話です。読めない・書けない社員がいると、仕様書の誤読や意味不明な報告書が生まれ、上司の修正負担が増え、生産性が落ちる。

これは性格ややる気の問題ではなく、読解力という言語スキルの問題だと著者は言います。採用で見抜くのも難しい。SPIなどの適性検査と、実際の文章を読み解くRSTには相関がないからです。

組織の処方箋として、著者は文書ルールの標準化を挙げます。「主語と述語をねじれさせない」「『〜であり、〜で、』という連用中止法を3回以上連続で使わない」「グラフの説明では数値や比率を具体的に示す」。

こうしたルールをチェックシート化して運用すれば、修正コストが減る。効果も実証済みで、著者のチームは毎朝「日経電子版の見出しとリード文を1文にまとめる」訓練を約7ヶ月、150回続けた結果、参加者全員の文章作成時間が半減し、チームの生産性が1.5倍に向上したそうです。

読解力は個人の資質ではなく、組織の生産性そのものだという視点は、マネジメント層こそ受け取るべきものでしょう。

おわりに――今日からできる小さな一歩

この本を読んで、いちばん刺さったのは「ちゃんと読みなさいは何の解決にもならない」という指摘でした。読めないのは気合いの問題だと、どこかで思っていた。でも違った。読み方のルールを習っていないだけ。だから、習えば変わる。

AIが流暢にウソをつく時代に、人間に残された仕事は、書いてあることを正確に読み、そのウソを見抜くことです。その力は、15歳で止まったままでも、今日からの視写で取り戻せる。

明日から変えるなら、まずこの3つです。AIの出力は必ず一次資料と突き合わせる。メールや報告書は送信前に音読して、主語と述語のねじれや省略をチェックする。

そして1日10分、新聞のリード文や仕事の定義文を1つ、時間を測って書き写す。

読めるようになった気がするときほど、一度立ち止まって声に出して読んでみる。そこから始めてみてください。


合わせて読みたい

「読解力」が、すべての知性の土台になる理由 本書が証明する「読解力が学力をほぼ決定する」という主張を、もう一歩日常に引き寄せたコラムです。なぜ読む力があらゆる思考の土台になるのか、その理屈が腑に落ちます。

『学びとは何か-〈探究人〉になるために』今井むつみさん シン読解力が目指すのは「自力で学び続ける力」です。知識を貼り付けるのをやめ、本当に身につく学びとは何かを掘り下げた一冊。本書のトレーニング論と深く響き合います。

生成AIを入れても生産性が上がらない会社の共通点 本書の経営示唆そのもののテーマです。AIを導入しても社員に読み解く力がなければ生産性は上がらない。なぜそうなるのかを、組織の視点から具体的に掘り下げています。


この記事をシェア:

次に読む一冊

同じテーマを、もう一段深く考えるための一冊です。

学習・インプット『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』西林克彦|「わかった」が読みを止める本を一読して「なるほど、わかった」とスッキリする。その瞬間に、読解はもう止まっています。『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』(西林克彦)の要約。