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『シン読解力』新井紀子さん|本をたくさん読んでも、読む力はつかなかった

学習・インプット
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「本を読めば読解力がつく」。なんとなく、そう信じていませんか。

私もそう思っていました。だから読めない自分は読書量が足りないんだと、ずっと考えていた。

でも、それは間違いだったのかもしれません。著者の新井紀子さんは、数十万人規模の読解力テストのデータを分析した結果、読解力と読書量のあいだに、私たちが期待するような関係は見られなかったと言います。それどころか、読書で身につけた自己流の「物語の読み方」が、教科書の読解をかえって邪魔することさえあるという指摘は、なかなか刺さりました。

この本が言う「シン読解力」とは、小説を味わう力ではありません。教科書やマニュアル、新聞といった「知識や情報を伝えるために書かれた、自己完結した文書」を、書いてあるとおりに正確に読み解く力です。そして今、この力がAI時代の決定的な武器になりつつある――というのが本書の主張です。

「ちゃんと読みなさい」が、何の役にも立たない理由

著者の新井紀子さんは、AIに東大を受けさせる「東ロボくん」プロジェクトを率いた数学者です。前著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』で、多くの中高生が教科書を読めていない実態を突きつけ、社会に衝撃を与えました。本書はその続編にあたり、「ではどう鍛えるか」という処方箋まで踏み込んでいます。

私がいちばん背筋を伸ばされたのは、ここでした。

誤読しようがない説明文を誤読した人にできるアドバイスは「ちゃんと、しっかり読みなさい」以外、実は存在していないのです。

部下にも、子どもにも、そして自分にも、何度この言葉を投げてきたか。読めないのは気合いの問題だと、どこかで思っていた。でも本書を読むと、それは精神論で片づく話ではないと分かります。どの言葉でつまずいたのかを構造的に分析しない限り、誤読は直らない。逆に言えば、構造を見れば直せる、ということでもあります。

本書の出発点はシンプルです。シン読解力は、生まれつきの才能でも、読書好きかどうかでもない。水泳や楽器と同じで、適切なトレーニングを積めば後天的に身につくスキルである、と。読めない自分を責めてきた人にとって、この一点だけでも読む価値があると私は思います。

AIが流暢にウソをつく時代に

なぜ今この力が重要なのか。最大の理由はAIの台頭です。

ChatGPTは流暢な文章を書きます。だから、つい信じてしまう。でも著者は、ここに大きな落とし穴があると言います。AIは意味を理解しているわけではなく、「次に来そうな自然な言葉」を確率で計算しているだけ。だから情報の少ない領域では、もっともらしいウソ――いわゆるハルシネーションを平気で出力します。

実害の例も本書には登場します。たとえばChatGPTが作った資料を裁判にそのまま使ったところ、引用された判例が架空のものだった、という事件。本書はこうした具体例を通じて、AIが統計と確率で動くがゆえに「めったに起きない例外」で必ず崩れる弱点を描き出します。どんな数字でその限界が露呈したのか、行政の現場ではどう判断されたのか――その生々しいくだりは、ぜひ本書で確かめてほしいところです。

著者の結論は、AIと張り合うな、AIに乗っかって賢くなれ、というもの。ただし、それには条件がつきます。AIの出力を正確に読み、論理のおかしさに気づき、一次資料で裏を取る。そのシン読解力がなければ、AIは生産性を上げるどころか、誤情報をそのまま実務に流し込む装置になりかねない。耳が痛い人は、私を含めて多いはずです。

あなたの読む力は、たぶん15歳で止まっている

本書でいちばんゾッとしたのが、この力の伸び方の話でした。

読解力は中学生のあいだはある程度自然に伸びる。ところが15歳前後を境に、成長がほぼ止まってしまう。つまり多くの人が「15歳のシン読解力のまま」大人になっている――著者はそう指摘します。しかも、新聞記事の主語と述語の対応や、代名詞が何を指すかといった基本的な読みで、現役のビジネスパーソンが驚くほどつまずいている。年齢を重ねれば自動的に読めるようになる、という思い込みも、本書のデータの前では揺らぎます。

数学が苦手なのも、計算力ではなく「問題文を式に翻訳する読解」でつまずいているケースが多い、という指摘も新鮮でした。数学は計算の科目である前に、読解の科目なのだ、と。

具体的にどれほど読めていないのか。その正答率の数字は、正直かなり衝撃的です。が、ここで書いてしまうと本書を読む楽しみを削いでしまうので、あえて伏せておきます。自分は大丈夫だと思っている人ほど、その章で一度足元をすくわれてみてほしい。

書き写すだけ、という地味な処方箋

では、止まった読解力をどう取り戻すか。本書には個人向け・組織向けにいくつものトレーニングが紹介されていますが、ここでは代表的な一つだけ取り上げます。「視写」、つまり書き写しです。

教科書の定義文など「ここだけは読めてほしい」一文を選び、声に出して読み、時間を測って一言一句正確に書き写す。地味です。子ども向けの宿題のように見えます。でも著者は、この地味な反復こそが大人の読む力を戻すと言い切ります。実際に学校現場で導入したところ学力テストの成績が短期間で跳ね上がった、という事例も語られます。

なぜ書き写しが効くのか。その理屈は認知科学のワーキングメモリの話につながっていくのですが、このあたりの「地味な反復が時代遅れどころか合理的だった」という論理の運びは、本書の読みどころのひとつです。残りのメソッド――助詞の感覚の鍛え方、ねじれ文の防ぎ方、組織の文書ルールの標準化――は、ぜひ本書で確かめてください。手順を逐一なぞるより、自分の仕事のどこに効きそうかを考えながら読むのがおすすめです。

どんな人に効くか

この本は、万人向けの自己啓発書ではありません。小説を味わう感性を磨きたい人や、地道なトレーニングを続ける気のない人には、たぶん響きません。

逆に刺さるのは、こんな人です。AIに資料を作らせたものの内容に確信が持てない人。部下の報告書への赤入れに疲れている管理職。子どもの「ちゃんと読みなさい」を本気で直したい保護者。そして、本は読めるのに契約書や仕様書になると急に頭に入らない人。

ひとつでも自分の話だと感じたなら、原因は能力でも気合いでもなく、読み方のルールを習っていないだけ――そう言い切ってくれる本書は、かなりの救いになるはずです。読めるようになった気がするときほど、一度立ち止まって声に出して読んでみる。その小さな一歩を、本書はていねいに後押ししてくれます。


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「読解力」が、すべての知性の土台になる理由 本書が証明する「読解力が学力をほぼ決定する」という主張を、もう一歩日常に引き寄せたコラムです。なぜ読む力があらゆる思考の土台になるのか、その理屈が腑に落ちます。

『学びとは何か-〈探究人〉になるために』今井むつみさん シン読解力が目指すのは「自力で学び続ける力」です。知識を貼り付けるのをやめ、本当に身につく学びとは何かを掘り下げた一冊。本書のトレーニング論と深く響き合います。

生成AIを入れても生産性が上がらない会社の共通点 本書の経営示唆そのもののテーマです。AIを導入しても社員に読み解く力がなければ生産性は上がらない。なぜそうなるのかを、組織の視点から具体的に掘り下げています。


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