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『ソニー再生』平井一夫さん|復活の核心は戦略ではなく「情熱のマグマ」だった

リーダーシップ・組織

2012年、ソニーの連結最終赤字は過去最大の4550億円。株価は1000円を割り込み、32年ぶりの安値を付けていました。

その会社が2017年度、連結営業利益7348億円。実に20年ぶりに最高益を更新します。

何が起きたのか。再建の指揮を執った元社長・平井一夫さんの答えは、拍子抜けするほど静かです。奇策でもなんでもない、当たり前のことを当たり前に実行してきたまでだ、と。

本書は、その「当たり前」の中身を明かした記録です。事業の選択と集中でも、天才的な戦略でもない。自信を失った社員の心の奥底で煮えたぎっていた「情熱のマグマ」を解き放つこと。著者はそれを再生の核心に置きます。

こんな人におすすめ

役職に就いた途端、部下の本音が聞こえなくなった気がする。そんな感覚がある人には特に効く本です。

3つ目に心当たりがあるなら、なおさらです。本書の主役は「強いリーダー」ではなく、弱みを隠さないリーダーですから。

カリスマではなく、EQで率いる

平井さんは、ソニーの主流であるエレクトロニクス部門の出身ではありません。音楽、そしてゲーム。本人の言葉を借りれば「辺境」を歩いてきた人です。

そのキャリアの出発点には、父の一言がありました。「これからの世界、ソフトには無限大の可能性があるぞ」。ハードウェア全盛の時代に、ソフトの将来性を見抜いた助言です。

幼少期は家族とともにニューヨークへ。英語が話せないまま現地の小学校に通い、母親は「トイレに行きたい」「気持ちが悪い」「親に連絡してほしい」と書いた3枚のカードを持たせました。

常にマイノリティ、常に異邦人。この原体験が、後のリーダーシップ哲学の土台になります。

組織を動かすのに必要なのはIQよりEQ、心の知能指数だ、というのが本書の中心主張です。EQとは、相手の感情を理解し、自分の感情をコントロールする力のこと。

「この人なら考え方が違っても意見を聞いてくれる」と思われなければ、本心からの意見は集まらない。戦術や戦略だけでは、組織はよみがえらないんです。

3度の修羅場を、段階的に上っていく

本書の構成は、再建の舞台が段階的に大きくなっていく物語です。

最初はアメリカのゲーム子会社SCEA。派閥争いで崩壊状態だった組織の立て直しです。次がゲーム事業全体で、PS3の巨額赤字との戦い。そして最後が、社員16万人のソニーグループ全体。

どの現場でも「現場との対話」「異見の尊重」「逃げない決断」という同じ原則が貫かれていきます。スケールが変わっても本質は変わらない。この構造そのものが、本書のメッセージになっています。

「肩書で仕事をするな」――部下の票を勝ち取る

30代半ば、平井さんは崩壊状態のSCEAの経営を任されます。本人いわく「仮免許」の社長です。

当時のSCEAは派閥争いで、社長が二代続けて機能不全に陥るほどの混乱期でした。会長の丸山茂雄さんは「俺は毎週、東京から来る」と宣言し、本当に太平洋を毎週往復してみせます。言葉ではなく行動で示すリーダーの姿が、目の前にありました。

そこで平井さんが学んだのが、つらい仕事こそトップ自らがやる、という原則でした。政治的な動きで足を引っ張り合う幹部に対し、1対1で直接「卒業」を宣告していきます。

この姿勢は、ソニーの社長になっても変わりません。猛吹雪で定期便がすべて運休した日、会社のプライベートジェットでニューヨークへ飛びます。激しい乱気流で墜落の恐怖を味わいながら、それでも幹部への宣告を直接やり抜きました。

「こんな気乗りしないつらい仕事を人任せにするようなリーダーに、人はついてこない」と著者は言います。

逃げない姿勢は、危機対応でも同じでした。サイバーアタックで情報流出が起きたとき、訴訟リスクを理由に謝罪へ反対する法務の声を押し切り、自ら記者会見を開いて頭を下げています。

そして本書には、背筋が伸びる問いが出てきます。

もし部下による選挙が行われたとしよう。自分が当選する自信がありますか?

リーダーの地位は会社が与えるもの。でも、人がついてくるかどうかは部下の「票」で決まる。肩書で仕事をするな、という戒めです。

「臨場感が危機感を生む」――2300億円の赤字との戦い

2006年末、平井さんが引き継いだゲーム事業は2300億円の大赤字を抱えていました。原因は、高すぎる理想を詰め込んだPS3です。

ここで平井さんが取った行動が面白い。社長自ら、部品一つひとつのコストダウン会議に出席し続けました。

社長が毎回その席に座っている。それだけで現場には「本気だ」という空気が走ります。言葉で危機を訴えるより、姿を見せる。「臨場感が危機感を生む」という本書の鉄則です。

結果はどうなったか。当初6万2790円で発表されたPS3は段階的に2万9980円まで値下げされ、5キロあった本体は2.1キロまで軽くなりました。

累計出荷は8740万台以上。死にかけたゲーム機は、ソニーの屋台骨に育ちました。

「KANDO」――バラバラの巨艦に、一つの針路を

2012年、社長就任。映画、音楽、ゲーム、そして赤字に苦しむエレクトロニクス。主力部門はバラバラの方向を向いていました。

平井さんが掲げたのは、精緻な戦略ではなく一つの言葉です。KANDO。人の五感に訴え、心を動かす感動こそソニーが生み出すべき価値だという旗印で、後に「『ラストワンインチ』の感動」とも表現されます。

そして世界中の拠点でタウンホールミーティングを開きました。極意は、事前の質問集めを禁止すること。「この場にバカな質問なんて存在しない」と宣言し、プライベートの話で笑いを取り、社員が口を開ける場を作っていきます。

メッセージは「壊れたレコード」のように、何度でも繰り返し発信する。一度言って伝わるなら、16万人の組織は苦労しません。

「リーダーは自社の製品やサービスの一番のファンであれ」という言葉も印象的でした。現場に行き、部下の成果に本気で驚き、感動を伝える。エンジニアの魂に火をつけるのは評価制度ではなく、トップの熱量だという話です。

この信念の原点は、音楽時代の記憶にあります。全米デビューを目指し、ニューヨークで夜中まで妥協なくレコーディングを続ける久保田利伸さん。その熱量に「彼のために何ができるか」と周囲が巻き込まれていく様子を、著者は間近で見ていました。

「異見」を求める――イエスマンを参謀にしない

本書のキーワードに「異見」があります。単なる反対意見ではなく、異なる見解。自分にない視点のことです。

象徴が、吉田憲一郎さんの登用でした。ソネットの社長だった吉田さんは、「イエスマンにはならない」という条件でCFOとして復帰します。

実際、2人は米ベストバイの店舗内にソニー専用売り場を作るかどうかで激しく衝突しました。最後は平井さんが「責任は私が取る」と押し切ります。

異見を引き出す会議運営には、3つの原則があります。

1. リーダーはまず聞き役に徹する トップが先に話すと、部下は聞き役に回ってしまう。沈黙の「間」を恐れない。

2. 期限を区切る 結論が出なければ、いつまでにアップデートするかをその場で決める。

3. 最後は自分の口で決め、ハシゴを外さない 方向性を決めるのはリーダーの仕事。そして一度決めたら蒸し返さない。

議論の前は徹底的に戦わせ、決めた後は全員で実行する。この規律とセットだから、異見が機能するわけです。

ただし注意点もあります。本書の成功は、吉田さんや十時裕樹さんのように「異見を言い、かつ実行できる」人材に出会えたことへ大きく依存しています。そういう人をどう見つけ、口説くか。ここは読者に残された宿題です。

「量から質へ」――ノスタルジーと決別する

背景には、日本の電機メーカー全体の苦境があります。韓国・中国勢の台頭と、Appleのような革新企業。その間に挟まれてコモディティ化が進み、ソニーのテレビ事業は8年連続の赤字に沈んでいました。

改革には痛みが伴いました。社長就任直後に1万人の人員削減を公表。後にPC事業「VAIO」を売却して追加で5000人を削減し、テレビ事業は分社化。ニューヨークの本社ビルも11億ドルで手放します。

そのテレビ事業では、「シェア20%・4000万台」という販売目標を2000万台へ半減させました。規模を追えば、価格だけの競争に飲み込まれる。量から質への転換です。

実はこれ、原点回帰でもありました。ソニーの設立趣意書には「いたずらに規模の大を追わず」と書かれています。

そして理念には、規律を対にしました。3年後にROE(自己資本利益率)10%以上、営業利益5000億円以上という目標です。

ソニーの経営の目標が「KANDO」の創出にあるなら、ROEは経営の規律である

感動という理念と、資本効率という数字。両輪が揃って、テレビ事業は2014年度に11期ぶりの黒字化を果たしました。

マグマが形になり、そして「卒業」する

再生の仕上げは、社員の挑戦が形になる仕組みでした。

かつてのソニーは、久夛良木健さんが経営会議で猛反対されながら、大賀典雄社長の「DO IT!!」の一声でプレイステーションを生んだ会社です。設立趣意書の言葉でいえば「自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場」。

「やっちゃえ。やっちゃった者勝ちだ」というこの空気を、平井さんは取り戻しにいきます。

若手の提案から生まれた新規事業創出プログラム「SAP」は社長直轄で運営され、「MESH」や「wena」といった商品を生み、2021年3月末までに17件が事業化。販売終了していた犬型ロボット「aibo」も復活し、CES2020では電気自動車の試作車「VISION-S」まで発表されました。

面白いのは、ここからです。組織が自律的に回る「オートパイロット状態」に入ったとき、平井さんは物足りなさを感じてしまう。自分は危機にこそ心に灯がともるタイプだと自覚し、「120%の力でアクセルを踏み続けることができるのか」と自問します。

答えはノーでした。業績がよみがえったところで、50代の若さで社長の座を吉田さんに譲ります。引き際まで、本書はリーダーシップ論として一貫していました。

明日からの3つのアクション

本書のアクションプランから、今日の仕事に持ち込めるものを3つ選びました。

1. 会議の冒頭で「異見歓迎、後出しジャンケンなし」と宣言する そして自分は最初に発言せず、聞き役に徹する。沈黙が続いても、間を恐れずに待つ。

2. 知ったかぶりをやめる 専門外の用語が出たら、その場で素直に質問する。「助けてあげたい」と思われる関係が、現場の本音を連れてきます。

3. 嫌な通告ほど、1対1で自分の口から伝える 不採択、低い評価、プロジェクトの中止。相手の心が痛む話ほど第三者に任せず、直接理由を説明する。

どれも特別な権限はいりません。課長でも、チームリーダーでも、今週の会議から始められます。

おわりに

読み終えて残るのは、派手な戦略論ではありません。「もし部下による選挙が行われたら、自分は当選するか」という、ざらりとした問いです。

平井さんの言う通り、書かれているのは当たり前のことばかりでした。ただ、その当たり前を16万人の組織で愚直にやり通した記録は、ほかにそうありません。

「意志あるところに道が開ける」。本書を閉じた後、この言葉と一緒に、自分のチームの顔が浮かんでくるはずです。


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