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『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』奥野一成さん|真面目に働くだけが、一番のギャンブル

投資・資産形成 ✍ 奥野一成さん
約8分で読めます

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『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』
目次

真面目に働いて、コツコツ貯金していれば、人生はなんとかなる。

その常識が、いま一番危ないんです。

「終身雇用を前提に、将来のことを考えずに日々の労働だけして生きるほうが、ギャンブル性の高い時代になっています。」

そう警告するのは、農林中金バリューインベストメンツでCIO(最高投資責任者)を務める奥野一成さん。本書は、激動の時代を生き抜くための「投資家の思考法(インベスターシンキング)」を、株の買い方ではなく働き方と生き方の問題として解き明かす一冊です。

投資の本を装いながら、その実、これは「どう働き、どう生きるか」を扱った思考の書だと言ったほうが正確かもしれません。

「投資=銘柄選び」だと思っている人ほど刺さる

この本のいちばんの特徴は、投資の話を一度も「どの株を買うか」だけに落とさないところにあります。冒頭から「株を買うだけが投資ではない」と前置きし、自分のスキルや時間そのものを投資対象として扱う。だから読み終わったあとに残るのは、銘柄リストではなく、ものの見方そのものの変化です。

奥野さんの言う「インベスターシンキング」とは、突き詰めればそのビジネスがなぜ儲かるのか、付加価値を生む構造を見抜く力のことです。

面白いのは、この力が金融資産を増やす道具であると同時に、自分自身が社会に価値を提供する「自分資産」を磨く道具にもなる、と説く点です。投資と仕事を、別々のものではなく同じ思考の上に乗せてしまう。

ここに本書の射程の広さがあります。

その土台として、奥野さんは働き方を三段階で捉え直します。言われた仕事を時間と引き換えにこなす「労働者1.0」、自ら課題を見つけて自分の才能を売る「労働者2.0」、そして他人の才能や時間を使って価値を生み出す「資本家」。

この階層で見ると、いま自分がどこに立っているかが嫌でも突きつけられます。奥野さんがはっきり言うのは、1.0のままでいることこそ最大のリスクだ、ということ。

時間の切り売りは、自分という資産を切り崩しているのと変わらないからです。耳が痛い人ほど、読む価値があります。

お金は「ありがとうのしるし」――この一点で世界が変わる

本書を貫く視点が、お金の捉え方です。

「お金は決して汚いもの・卑しいものなどではなく、『ありがとうのしるし』なのです。」

給料も利益も、誰かの問題を解決した対価にすぎない。だからこそ、より難しく複雑な問題を解ける人や企業にお金は集まる――この一行を腹落ちさせるだけで、稼ぎ方の探し方が「いい仕事はないか」から「解くべき課題はどこか」へと反転します。

お金を「もらうもの」と捉えるか「ありがとうの量」と捉えるか。その違いだけで、仕事への向き合い方は根っこから変わってくるはずです。

奥野さんはここで因果関係の取り違えを鋭く突きます。

「付加価値の高い事業をやっている企業しか、従業員に高い給料は払えません。」

頑張ったから給料が上がるのではなく、付加価値の高い事業に身を置いているから高い給料を払える。「どこで働くか」という選択が、努力の前にすでに勝負を決めている、というわけです。

この身も蓋もない指摘を、奥野さんはキーエンスという企業で裏づけます。平均年収2180万円、従業員わずか8000人。この会社は単にセンサーを売っているのではありません。

営業担当がコンサルタントのように顧客の現場へ入り込み、顧客本人すら気づいていない課題を発見して提案する。だからこそ5年平均で粗利益率82.1%、営業利益率53.4%という、製造業とは思えない高収益体質を保てるのです。

「頑張れば報われる」という精神論ではなく、構造として儲かる場所に身を置いているか。そこを問い直せという指摘は、転職や配属を考えるすべての人に効きます。

投資家は「鵜匠」である――抽象思考という武器

では投資家とは何者か。奥野さんはこれを「鵜匠」にたとえます。鵜匠は自分で魚を獲らず、優れた鵜(企業)の得意技を見極めて働いてもらい、その成果を享受する。

投資家もまた、自ら稼ぐのではなく優れた事業のオーナーになる存在だ、というわけです。この比喩が秀逸なのは、投資を「お金を増やすゲーム」ではなく「優れた働き手を見抜き、任せる行為」として描き直してくれる点にあります。

だから本物の投資家は、目先の株価に一喜一憂しません。彼らが見ているのは株価ではなく、その奥にある事業の実体です。

「この一連の関係を私は、『株価は利益の影、利益はビジネスの影』と表現しています。」

株価は短期では需給で揺れるけれど、長期では企業の利益を映す影にすぎず、その利益すら事業の強さを映す影にすぎない。この「影」の比喩はとても美しく、株価下落をむしろ良い企業を安く買い増せる好機として歓迎できる視点へと読者を連れていきます。

日々のチャートに振り回されている人ほど、この一段深い視座は救いになるはずです。

強い事業は「3つの要素」で決まる

では、強いビジネスとは具体的に何か。奥野さんは「事業の経済性」を三つの要素に分解します。

ひとつめは付加価値。その財やサービスが、顧客の問題解決に本当につながっているか。ふたつめは競争優位性。他社が容易に真似できない圧倒的な強み、つまり参入障壁があるか。

みっつめは長期潮流。人口動態のように、元には戻りにくい不可逆な変化の波に乗っているか。この三つが揃った企業が、一時的なヒットではなく構造として持続的に利益を生みます。

なかでも付加価値を考えるとき、現代では「機能的価値」より「意味的価値」が効く、という話が示唆に富んでいます。トヨタは移動手段を売るが、フェラーリは「フェラーリを持っている自分」というステータスを売る。だからトヨタの粗利率が約20%なのに対し、フェラーリは50%を超える。

同じ「車」でも、顧客が本当に対価を払っている価値はまったく別物なのです。自分の仕事は「機能」を売っているのか、それとも「意味」を売っているのか。

需要の側から問い直すこの視点は、そのままキャリアの差別化にも効いてきます。

「3つの視点」と「5つのプロセス」で事業を読み解く

事業の経済性を見抜くために、奥野さんはさらに具体的な「三つの視点」を示します。産業全体を大づかみにする俯瞰的に見る視点。ここで面白いのは、付加価値が川中(組み立て・製造)で低くなり、川上(原材料・企画)や川下(顧客接点)で高くなりやすいという「スマイルカーブ」の構造です。

次に、技術革新や新規参入による産業構造の変化を捉える動態的に見る視点。今の勝者がそのまま勝ち続けるとは限らない、という戒めです。そして業種の固定観念を捨て、アナロジー(類推)で本質をつかむ斜めから見る視点。

視点が決まったら、企業分析を五つのプロセスで進めます。過去20年分の数字を数値化・可視化する、競合や過去と比較する、単価×数量のレベルまで分ける、仮説に関係ないノイズを思い切って捨てる、そして抽出した仮説を未来予測へと組み立てる

奥野さんが繰り返し強調するのは、過去の数字から直線を引くのではなく「なぜそうなるのかを自分の頭で考える」こと。情報の量と考える量は反比例する、とまで言い切ります。

情報を集めるほど考えた気になるが、実は思考は止まっている――この警句は、データに溺れがちな現代人への強烈な一撃です。

「利益確定をしない」という常識破り

本書には、多くの人の投資観をひっくり返す主張がいくつも仕込まれています。なかでも刺激的なのが、奥野さんが「利益確定」や「高配当」を明確に否定するくだりです。

価値が増え続ける優良企業の株を売れば、約2割の税金を払い、何も生まない現金の比率を高めるだけ。配当もまた「売る必要のない株を強制的に売らされているのと同じ」だと言い切ります。

本当に強い企業は、利益を配当に回さず事業に再投資して複利で価値を増やす。だから配当は、その複利効果を殺してしまう「タコ足食い」だ、というわけです。

高配当だから安心、利益が出たら確定、という多くの人が当然と思っている作法を、ファイナンスの論理で正面から疑ってみせる。賛否は分かれるでしょうが、自分の運用スタイルを言語化して見直す格好の刺激になります。

ジブン・ポートフォリオで自立する

そして本書の到達点が「ジブン・ポートフォリオ」という考え方です。自分で稼ぐ「自分資産」と、自分以外に働いてもらう「金融資産」を一つの階層で統合して管理し、会社や国に依存しない「会社ニュートラル」な自立を目指す、という構想です。

両輪を回すことで、はじめて誰かに依存しない生き方が成立する。

「自己投資は、金融資産の投資に比べても、とりわけ若いビジネスパーソンにとってははるかに安全確実で高利回りだと考えます。」

特に若いうちは、これから稼ぐ生涯収入という巨大な「自分資産」を持っています。大卒男性の生涯賃金は約2.7億円。この巨大な元手を磨くことが、何よりの高利回り投資になる――だからお金と時間をまず自己投資に振り向けるほうが効率的だ、という結論には説得力があります。

ちなみに奥野さんは、お金に依存して社会とのつながりを断つFIRE(早期リタイア)には批判的。それは真の自立ではない、と。このあたりの価値観も含めて、賛同するにせよ反論するにせよ、自分の生き方を点検させられます。

どんな人に効くか

この本が刺さるのは、毎日真面目に働いているのに将来に漠然とした不安を抱える人、株は気になるが「どの銘柄か」の話に食傷している人、そして自己投資と資産運用をバラバラに考えてきた人です。

逆に、具体的な売買ルールだけを手早く知りたい人には回りくどく感じるかもしれません。本書が渡してくれるのは魚ではなく、釣り方の、そのまた手前にある「ものの見方」だからです。

読み終えてまずやってみたいのは、自分の仕事が「誰の、どんな問題」を解決しているかを一行で書いてみること。次に、自分資産と金融資産の割合をざっくり把握し、価値を生まない過剰な現預金がないかを確認する。

そして興味のある企業の20年分の数字をグラフ化し、「なぜこの会社は利益率が高いのか」という仮説を立ててみる。投資家の思考は、その小さな問いから始まります。

お金が集まる場所には、必ず誰かの問題を解決した跡がある――その温かい視点を手に入れるだけで、明日の仕事の景色は確実に変わります。


合わせて読みたい

『教養としての投資』奥野一成さん 本書は同じ著者による前作の実践編にあたります。「投資と投機の違い」や「構造的に強靭な企業」という土台の思想を先に押さえると、本書の3つの視点や5つのプロセスがより深く腹落ちします。

『転職と副業のかけ算』moto 自分を「自分株式会社」として経営し生涯年収を最大化する発想は、奥野さんの「自分資産」「ジブン・ポートフォリオ」とそのまま重なります。自己投資をキャリア戦略に落とす具体策が学べます。

『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』橘玲さん 真面目に働くほどお金が貯まらない構造を解き明かす一冊です。本書が説く「労働者から資本家へ」のマインド転換を、制度とお金の仕組みの側から補強してくれます。


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