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『突き抜けるまで問い続けろ』蛯谷敏|答えを出す力は、もう武器にならない

戦略・経営・事業 ✍ 蛯谷敏
約7分で読めます

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『突き抜けるまで問い続けろ』
目次

転職エージェントに何十人も会うと、奇妙な共通点のなさに気づく人がいます。金融もあれば、畑違いの事業会社の企画職もある。紹介される求人に、脈絡がまるでありません。

南壮一郎さんが感じたのが、まさにこの違和感でした。突き詰めていくと、答えは仕組みの側にありました。ヘッドハンターの実入りは、求職者ではなく採用側の企業から出ている。だから紹介される案件は、最初から企業の都合でふるいにかけられているというわけです。

この一つの疑問から生まれたのが、求職者本人を企業に直接見つけてもらうダイレクト・リクルーティングサービス、ビズリーチです。蛯谷敏さんの『突き抜けるまで問い続けろ』は、ビズリーチの創業から、持株会社ビジョナルとして時価総額2400億円超で上場するまでの12年間を追ったノンフィクションです。

この本の強みは、主張が抽象論のままで終わらないところにあります。著者の蛯谷さんは経営陣だけでなく、会社を離れた元社員にも15人近く取材しており、大量離職や目標未達が続いた時期も、都合よく削らずそのまま書き込んでいます。

本書が最初から最後まで置き続けるのは、ひとつの逆転した主張です。与えられた課題を早く正確に解く力は、これから先どんどん価値を失っていく。かわりに武器になるのは、そもそも何を解くべきかを自分で見つけ出す力だと、本書は言います。

図解

「正しく答える力」が武器でなくなる理由

長く、日本の教育や会社が評価してきたのは、出された問題に早く正確に答える力でした。テストで高得点を取る力、と言い換えてもいいでしょう。

本書はこの力が、社会の成熟とテクノロジーの進歩でありふれたものになりつつあると見ます。誰でも身につけられる技術は、いずれ価値を失う。だとすれば、これから稀少になるのは、そもそも何が問題なのかを見抜く力のほうだ、という理屈です。

この見立ては、生成AIが定型的な調べものや資料作成を肩代わりし始めた今のほうが、かえって説得力を増しています。与えられた問いに素早く正確に答える作業ほど、機械に置き換えやすいからです。

背景にあるのは、既存の成功パターンをそのまま延長しても未来につながらないという時代認識です。本書はこれを、変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の頭文字をとったVUCAという言葉で説明します。問題文そのものが配られない試験で、自分で問題文を書く力。それが本書の言う課題発見力です。

もっとも、この対比を額面通りに受け取ると、正確に答える力そのものが不要になったかのように誤解しかねません。本書が実際に描いているのは、答える力を土台にしたうえで、どこに時間を割くかという配分の転換です。

次の章で見るセンターピン探しも、地道な分析と検証があって初めて機能する手順であり、思いつきで問いを立てる話ではないからです。

センターピンは、根性ではなく手順で見つかる

では、解くべき問いをどう見つけるのか。本書が紹介する手順は、意外なほど地道です。

南さんが投資銀行から新設のプロ野球球団、楽天イーグルスへ移った修業時代、上司の小澤隆生さんから叩き込まれたのが「要素分解」でした。プロ野球という事業を、入場料、放送権料、広告料、物販、スタジアムの運営益、ファンクラブ会費という単位まで細かく切り分けていきます。

そのうえで世界の類似する成功事例を集め、各社の成功要因と失敗要因を縦横のマトリクスに並べていく。

ここまで手を動かしてから、ようやく「センターピン」を探します。ボウリングで1番ピンを倒すと他のピンが連鎖して倒れるように、それさえ解決すれば残りの課題も一気に好転する、本質的なボトルネックのことです。

イーグルスの場合、それは球団とスタジアムが別会社で運営されているという、業界の当たり前でした。球団は毎年、高額な賃借料を球場側に払い続けていた。宮城県側と交渉し、スタジアムの改修費を肩代わりする条件で営業権をまとめて球団側へ移す一体経営に切り替えると、収益構造が一変しました。

戦績は38勝97敗1分と大きく負け越した年でしたが、初年度から営業黒字1億5600万円を達成しています。当時のパ・リーグは全球団が赤字で、平均赤字額は40億円ともいわれていた時代です。試合に負けても黒字になる仕組みを、勝敗の前にすでに作っていたことになります。

とはいえ、この解決策がどの現場でも同じように再現できるとは限りません。自治体が改修費の負担と引き換えに営業権を手放す交渉に応じたのは、球団側の粘りだけでなく、当時のスタジアムの老朽化や自治体の財政事情という、外部の条件がそろっていたからでもあります。

要素分解とセンターピン探しという手順は再現できても、交渉相手が動く条件までは、本書は保証していません。

論理より涙が効いた夜

課題を見つける力は、あくまで分析の技術です。本書がおもしろいのは、この分析だけでは人も組織も動かないと、途中で自ら踏み込んでいくところです。

創業直前、開発を請け負っていたシステム会社が撤退し、ビズリーチはサービスを作れなくなります。共同創業者の永田信さんが持ちかけたのが、当時目をつけていたエンジニア、竹内真さんを口説き落とせなければ起業自体をやめようという賭けでした。

ところが竹内さんは南さんの押しの強さを警戒し、誘いを断り続けていました。

南さんが最後にとった行動は、それまでの理路整然としたプレゼンとは正反対でした。自分の力不足をそのまま話し、断られても構わないから助けてほしいと、涙ながらに頭を下げたのです。竹内さんを動かしたのは、完成された計画書ではなく、困っている人をそのままにしておけないという感覚でした。

本書はこの動かし方を「情理」と呼び、緻密な論理と対にして描きます。優秀な人を口説く場面で最後に効いたのは、隙のない説得ではなく、弱さをそのまま見せる開示のほうでした。

一度だけの逸話を、そのまま万能の技術として真似るのは危険です。涙を見せれば誰でも動く、という話ではありません。ここから持ち帰れるのは、完璧に見せようとする構えを崩したときに初めて相手に届く領域がある、という一点に絞るべきでしょう。

「劇薬」を数字に変える現場のルール

創業期を越えると、今度は組織を測る技術が課題になります。営業部長として参画した多田洋祐さんが持ち込んだのが、営業活動の数値化でした。

アポイントの獲得から訪問までの工程と、成約後の顧客対応にあたる工程を分け、日次と時間単位の両方で架電数とアポ獲得数を管理する。本書はこれを、計器だけを頼りに飛ぶ操縦に見立てて「計器飛行」と呼びます。勘に頼った営業をやめる、という意味です。

多田さん自身がリーマンショックの頃に見たのは、未達が続くと結束の強いチームでさえ、社員が密かに転職先を探し始めるという現実でした。だから未達が3ヶ月目に入りそうな局面では、目標の水準そのものを調整してでも達成という結果を残し、「勝って当たり前」というチームの空気を保つことを優先しました。

同じ発想は、企業向けサービスが伸び悩んだ局面のテレビCMにも表れます。効果が読めないまま予算が溶けていく、いわば劇薬です。ビズリーチは視聴者を採用の決裁権を持つ層に絞り込み、放映と連動して検索数や問い合わせ、登録数の推移を測定するモデルを組みました。

数ヶ月で投資の大半を回収したといいます。

数字に変換できれば、次の一手を打てる。多田さんの一連の取り組みは、精神論や勘に頼っていた領域を、測定可能な対象に作り替える作業だったと読めます。

崩れた組織を立て直したのは、標語ではなく仕組み

ビズリーチが右肩上がりだった時期、皮肉にも社内は壊れかけていました。社員数が300人に迫った頃、急速な採用拡大で基準が緩み、放置された新入社員の不満が積み重なって、大量離職に至ります。

立て直しを託されたのが、創業メンバーで組織開発を担った佐藤和男さんです。やったことの中心はミッションとバリューの言語化でしたが、本書が強調するのはその先です。

標語を掲げるだけで終わらせず、人事評価の基準と採用の審査項目に組み込み、さらに働きがいを外部機関の調査で数値化して、スコアの低い部署に経営主導で1対1の面談を割り当てていきました。

言葉を額に飾るだけでは組織は動かない。評価と採用という、社員の利害に直結する仕組みへつないで初めて、標語は実効性を持ちます。

もう一つ、読みながら差し引いておきたい点があります。本書は、うまくいった新規事業には筆を割く一方、東南アジア市場から撤退した事業の反省にはほとんど紙幅を割いていません。

複数の事業を同時に伸ばす過程で必ず生じる、人員や予算の奪い合い、統治コストの重さにも踏み込んでいない。成功した側の記憶で編まれた記録である、という前提を置いて読む必要があります。

本書はここで、視点をもう一段深いところへ折り返します。市場や競合を分析して課題を見つける力を「外向きの問い」とすれば、自分が何に怒り、何に夢中になるかを見つめる力は「内なる問い」だと本書は呼びます。

南さんにとってそれは、転職活動で感じたブラックボックスへの怒りでした。本書はこの内なる問いの意味を、最後にこう言い切ります。

「問いを立てる力とは何か。それは『自分は何者か』を理解する力である」

分析の技術だけを取り出して仕事に持ち帰っても、使い続ける動機までは持ち帰れません。本書が最後に置くのは、そのための出発点です。

明日、変えられること

本書から今日動かせることを一つだけ選ぶなら、感情が動いた瞬間の記録です。

今週、強く苛立った出来事と、時間を忘れて没頭した作業を、それぞれ一つずつ書き出してみる。分析や解決策は後回しでいい。まずは事実として残しておくことが、外向きの問いだけでは見つからない「自分だけの問い」の入口になります。

南さんの上司だった三木谷浩史さんは、本書の中で南さんをこう評しています。

「しつこい。結果が出るまでやり続ける。僕も南もブレーキが壊れている。」

要素分解もセンターピン探しも、道具としては明日から使えます。ただし、その道具を使い続けるための動機は、道具の外側、自分が何にひっかかったかという記憶の中にしかありません。本書が12年分の記録を通じて伝えているのは、結局そのことでした。


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