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『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』佐宗邦威|「妄想」が戦略に先立つ

思考法・問題解決 ✍ 佐宗邦威
約7分で読めます

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『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』
目次

「2035年までに人類を火星へ移住させる」。イーロン・マスクのこの宣言を、たいていの人は絵空事として聞き流す。だが佐宗邦威が本書の冒頭で促すのは、その荒唐無稽さを笑うことではない。着目すべきは、妄想が「戦略」や「市場ニーズ」よりも先に口にされていた、という順序のほうだ。

私たちが習った企画の作法は逆である。まず市場を調べ、勝てる戦略を組み、その枠の中でゴールを設定する。ところが本当に世界を書き換えたイノベーターたちは、勝算が立つ前に妄想を宣言していた。

『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』は、この「妄想を起点にする思考」を、一部の天才の資質ではなく再現可能な技法として分解する試みだ。

著者はP&Gやソニーを渡り歩いた自称「左脳型」の人物で、だからこそ感覚的なものを手順へ翻訳することにこだわる。ここに本書の信頼感がある。感性を語る本は多いが、感性を「作業」に落とせる書き手は少ない。

思考には4つの土地がある — イシューからビジョンへ

著者の主張は一枚の地図に凝縮される。人の思考には4つの土地があるという見立てだ。過去データの改善を積む「カイゼンの農地」、競合からシェアを奪う「戦略の荒野」、ユーザーの課題を共創で解く「デザイン思考の橋」、そして自分の内から湧く妄想を描く「人生芸術の山脈」。

前の三つはどれも、出発点が自分の外側にある。既存の課題、競合、ユーザーの困りごと——外部の問題から思考を起こすこの構えを著者は「イシュー・ドリブン」と呼ぶ。

マイナスをゼロへ引き上げる発想であり、「小さく始めて大きく育てる」を信条とする。手堅く、実務では強力だ。ただし、その積み上げの延長線上には、まだ誰も見ていない未来は現れにくい。

改善の得意な組織ほど、気づけば競合と同じ結論に収束していく——著者がP&G時代に体得した強みを、あえて弱みとして語り直すこの視点は率直だ。

ここに本書の問題意識が重なる。変動し不確実で複雑なVUCAの時代には、過去の改善だけでは変化に追いつけない。だから外の課題ではなく自分の妄想から始める「ビジョン・ドリブン」が見直される、というのが議論の骨格だ。

もっとも、これを「論理は不要」と読むのは早計だろう。著者自身が左脳型の実務家であり、狙いは論理の否定ではなく、論理に先立つ駆動力を取り戻すことにある。

本書はその妄想の生成から表現までを「妄想・知覚・組替・表現」の4段に切り分け、各段に手を動かすワークを添えていく。抽象論で終わらせない設計が、この本を単なる思考論から実践書へ引き上げている。

妄想を生む「創造的緊張」と余白のデザイン

第一段の「妄想」で確保するのは、ゼロからプラスを生む駆動力だ。鍵になるのは「創造的緊張」——理想と現実のギャップを直視したとき、その差を埋めようとするエネルギーが立ち上がる、という力学である。

だから著者は、届きそうな目標ではなく「実現できそうにないほど途方もない目標」を勧める。10%成長ではなく10倍成長、いわゆるムーンショットだ。

逆説的なのは、10%より10倍のほうがむしろ考えやすいという指摘である。10%は今の延長での消耗戦になるが、10倍は前提から作り直すしかなく、かえって発想が解き放たれる。

ムーンショットの真の狙いは、達成そのものより、そこへ至る過程で新しい技術と価値が生まれ世界が動くことにある。この視点は目標管理の常識をひっくり返す。

数値目標を「達成する対象」ではなく「発想を強制的に飛躍させる装置」として使うわけだ。

とはいえ妄想は放置しても湧かない。しかも「実現できるのか」と問うた瞬間に熱を失う。そこで要請されるのが「余白のデザイン」だ。私たちの一日は「やらねばならないこと」と、他人の目を意識した「他人モード」で埋まっている。

その反対にある、内なる声に向き合う「自分モード」を意図的に取り戻す。方法は徹底してアナログで、毎朝15分ノートに浮かぶことを書きなぐる「モーニング・ジャーナリング」を続ける、カレンダーに「何もしない時間」を予約する、といった具合だ。

問いの形も変える。「どうすれば実現できるか」ではなく「もし実現したらどうなるか」。前者は制約に思考を縛りつけ、後者は妄想の熱を保ったまま未来へ視線を飛ばす。

著者はもう一つ、逆向きの問いも忍ばせている。「もし妄想が実現したら、どんな困ったことが起きるだろう」。人は自分の変化に無意識のブレーキを踏むもので、その抵抗をあえて言葉にすると、自分が本当は何にひるんでいたのかが輪郭を持つ。

精神論に流れやすいテーマを、こうして具体的な問いへ落とし込む手つきに、著者の実務家らしさがよく出ている。

世界を複雑なまま知覚し、要素を組み替える

第二段の「知覚」は、妄想を育てる養分を外界から取り込む工程だ。情報過多のなかで私たちはつい複雑さを単純化して安心したがるが、著者の要求は逆で、「世界を複雑なまま知覚せよ」と説く。

ここで引かれる安宅和人の言葉が示唆的だ。人は自分が価値を理解しているものしか知覚できない——つまり見えている世界の広さは、その人の理解力そのものだという。

知覚を鍛えれば同じ景色から拾える情報が増える、という理屈である。

著者はこの取り込みを三つの動きに分けて整理する。ありのままを捉える「感知」、それを自分なりに読み解く「解釈」、そこに意味を与える「意味づけ」——一連をまとめてセンス・メイキングと呼ぶ。

単純化して分かった気になってしまうのは、たいてい途中の解釈を飛ばしているからだ、という診断はなかなか鋭い。鍛え方も身体的で、文字を意味で追う言語脳をいったん止め、ペットボトルをありのままにスケッチしたり、絵を逆さにして描いたりして、既成概念を通さず対象を捉え直す。

視覚以外の体感覚や聴覚も意識してオンにし、心が動いた瞬間を写真やメモに留める。この「立ち止まる訓練」が知覚の解像度を上げる。

第三段の「組替」で、ようやく独自性が生まれる。土台はシュンペーターの「イノベーションの本質は新結合にある」だ。新しさはゼロからではなく、既存要素の組み合わせを変えることから生まれる。

まず妄想を細かなパーツに「分解」するのだが、ここで著者は箇条書きを警戒する。箇条書きはアイデアを固定してしまうからだ。代わりにポストイットへ要素を書き、大きな紙の上で自由に動かす。

分解は「あたりまえ」を洗い出し、「違和感」を探し、最後にあまのじゃくになって裏返す。この裏返しから新しい問いが立ち上がる。著者はこの壊して作り直す営みを「De-Sign」と名づける。

概念をいったん壊し(De-)、組み直す(-Sign)。語呂合わせのようでいて、デザインの原義に立ち返らせる命名は手順の本質を言い当てている。

たとえばワインの売り方から日本茶の戦略を発想する、といった具合に、別分野の構造を借りる「アナロジー」も、発想に思わぬゆらぎを与える道具として効く。

要素を分けて、疑って、裏返して、別の文脈をあてがう——独自性を「才能の産物」から「操作可能な工程」へ引き下ろすこの割り切りが、本書のいちばん実務的な貢献だろう。

「作りながら考える」表現と真・善・美の旗印

最後の「表現」で、著者は「表現しなきゃ思考じゃない」とまで言い切る。デザイン思考の「Build to Think(考えるために作る)」——考えてから手を動かすのではなく、まず不完全なものを作り、それを足場に思考を深める。

この順序の逆転が肝だ。VUCA時代の勝負どころは、うまくやることではなく「いかに早く失敗するか」にある。荒削りでいいから素早く形にし、フィードバックをもらって作り直す。

レゴブロックでアイデアを組む練習まで紹介されるあたりに、著者の徹底ぶりがにじむ。試作は一人では磨けないので、信頼できる仲間——著者いわく「ビジョンメイト」——に見せ、何に見えるか、どんな可能性を感じるかを率直に返してもらう。

他人の目を通すことで、自分では気づけなかった輪郭が立ち上がる。

表現のゴールは「他人に影響を与えること」だ。聞き手の理解コストを下げる「メタファー」で未知を既知に橋渡しし、さらに強力な武器として「ストーリーメイキング」が置かれる。

神話の「英雄の旅」の構造——ユーザーを主人公、課題を試練、自社の商品をメンターに据える——はそのままビジネスの語りに応用できる。こうして磨いた要素を一枚に束ねたものが「ビジョン・ポスター」で、妄想を人に手渡せる形にする最終成果物になる。

そして4段の土台には、もう一つのテーマが横たわる。変化のすべてに真面目に応じれば無理が出る時代に、自分の営みの「目的」へ立ち返る力——その拠りどころが「真・善・美」という価値基準だ。

何のために技術を使い、何を美しく善いとするのか。この問いを持つことが、妄想を独りよがりで終わらせず社会へつなぐ旗印になる。SDGsのような枠組みも、個人のビジョンを世界へ接続する回路になりうる、と著者は視野を広げていく。

ここに本書のいちばんの凄みがある、と編集部は受け取った。私たちが良いアイデアを潰すとき、理由はたいてい正しい。予算がない、前例がない、リスクがある。

どれももっともだ。だが、そのもっともらしさこそが、生まれかけた熱を冷ましてきたのではないか。佐宗が差し出すのは、その熱を守るための一連の手順である。

留保をつけるなら、本書のワークはいずれも一人の内面と少人数の対話に閉じており、組織の合意形成や収益化の局面までは深く踏み込まない。妄想を事業に着地させる道筋は、読者自身が別途組み立てる必要がある。

それでも、白いノートを一ページ開くところから始められる敷居の低さは、他の思考法本にはない確かな魅力だ。


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