「やる気を出すには、ポジティブに考えること。報酬で釣ること。そしてとにかく褒めること」。職場でも家庭でも、これらは半ば常識として語られてきました。あなた自身も、誰かにそう言われた経験があるはずです。
ところが、その通りにしても動かない人がいる。励ましても顔が曇るだけ、報酬をぶら下げても腰が重い、褒めても次でつまずく。もしかすると、その「動かない人」はあなた自身だったかもしれません。
本書の出発点は、いささか挑発的です。人の心に火をつける、たった一つの万能の答えなど存在しない。コロンビア大学でモチベーションを研究するハイディ・グラント・ハルバーソン氏は、そう言い切ります。
世にあふれる「やる気の出し方」の大半が効かないのは、方法が悪いからではなく、相手を取り違えているからだ、というわけです。
たとえば風邪の人と胃もたれの人に同じ薬を出す医者がいたら、誰もがヤブ医者だと笑うでしょう。やる気もこれと同じで、出ない原因は人によって違う。だから処方箋も違って当然なのです。この一貫した態度が、本書全体を貫く通奏低音になっています。

「特効薬はない」と認めるところから始まる
本書がほかの数あるやる気本と決定的に違うのは、最初に「特効薬はない」と潔く認めるところです。万能の魔法を売り込まない自己啓発書、というだけでも珍しい。
そのうえで著者は、人のやる気を三つのものさしで診断します。マインドセット(思考の癖)、フォーカス(関心の向き)、自信(自己効力感)。この三つを組み合わせると人は八つのタイプに分かれ、それぞれに合った関わり方が変わる。
著者はこの役割を、医者になぞらえて「モチベーション・ドクター」と呼びます。
大切なのは、まず診断し、それから処方するという順番です。多くの人は診断を飛ばして、いきなり手持ちの「やる気スイッチ」を押そうとする。だから空振りする。相手のどこが詰まっているのかを見極めずに励ましたり叱ったりしても、ボタンと配線が噛み合っていないのだから動くはずがありません。
面白いのは、慎重で批判に敏感な人を「直すべき欠点を抱えた人」とは見ないところです。それは活かすべき強みであり、無理にポジティブへ作り変えようとするほうがむしろ間違いだ、という立場を本書は一貫して取ります。
なお著者の前作『やり抜く人の9つの習慣』は、自分自身のやる気を保つための本でした。本書はその知見を、人を動かす側、人を育てる側へと拡張した一冊だと位置づけられます。マネージャーや教師、親として誰かの背中を押す立場にある人にこそ、効いてくる内容です。
「すごい人だと思われたい」が、足を引っ張る
最初のものさしがマインドセット、つまり思考の癖です。本書はこれを二種類に分けます。
証明マインドセットは、自分の能力を周囲に証明し、すごい人だと認められたいという思考。成長マインドセットは、能力そのものを伸ばして、本当にすごい人になりたいという思考です。
一見似ていますが、向いている方向が正反対です。前者の関心は他人の評価に、後者の関心は自分の伸びしろに向いています。
証明マインドセットの人は、いつも他人と自分を見比べます。ミスをして「無能だ」とバレるのが怖いので、確実にできると分かっていることにしか手を出さない。困難にぶつかると「自分には無理だ」と早々に諦めてしまう。挑戦が、自分の評価を下げるリスクに見えてしまうからです。
一方の成長マインドセットの人は、他人の目をさほど気にしません。比べる相手は他人ではなく、昨日の自分。だから困難すら成長のチャンスと受け取り、粘り強く続けられます。同じ壁に直面しても、片方は引き返し、もう片方は登ろうとする。
ここに、本書を象徴する実験があります。著者は教え子のローラ・ゲレティ氏とともに、両方のタイプに難しい問題を解かせ、その最中にわざと邪魔をして集中を妨げました。
すると成長マインドセットの人は、妨害を「能力を試す機会」と捉えてむしろ成績を上げ、証明マインドセットの人は集中を乱されて明らかに成績を落としたのです。
考え方の癖ひとつで、まったく同じ妨害が、ある人には追い風になり、別の人には向かい風になる。これは示唆に富みます。職場の理不尽な横やりも、突発的なトラブルも、それ自体が成果を決めるのではない。
受け手のマインドセットが、出来事の意味を塗り替えてしまう。だからこそ本書は、成長マインドセットへの転換を、すべての処方箋の第一歩に据えています。
称賛で燃える人と、損を防ぎたい人
二つ目のものさしがフォーカス、やる気がどちらを向いているかです。
獲得フォーカスの人は、達成や利益、称賛を求めて動きます。チャンスがあればリスクを取り、スピードを重んじる。抽象的で実験的な発想を好み、新しいものに飛びつく。半面、詰めが甘く先延ばしにしがちな弱点も抱えています。
回避フォーカスの人は、安全や信頼、損失を最小にすることを求めて動きます。批判を避け、責任を全うすることに動機づけられる。分析的で具体的、正確さを重んじ、一度始めたことは最後までやり遂げ、期限をきっちり守る。
著者は、自身の夫婦関係を例に挙げます。小さな子どもの育て方をめぐって、いつもぶつかっていたそうです。夫は自由に冒険させたい獲得フォーカス、著者はケガを心配する回避フォーカス。
「子どものため」という同じゴールを掲げているのに、進め方が真逆だった。互いのフォーカスの違いに気づいてから、なぜアプローチが食い違うのかが腑に落ち、相手の見方を尊重できるようになったといいます。
ここで強調しておきたいのは、どちらが優れているかという話ではない点です。著者は、最良のパートナーシップとは獲得と回避をバランスよく併せ持つことだと述べます。スピードと正確さは、どちらが欠けても組織も家庭も回らない。だから相手を自分色に変えようとせず、組み合わせて補い合う。
慎重さや批判への敏感さは、損を防ぐために磨かれた立派な能力である。
世の中の成功法則は、たいてい獲得フォーカス向けに書かれています。リスクを取れ、ポジティブでいろ、大胆に動け。だから回避フォーカスの人は、そうした本を読むたびに「自分はダメだ」と感じてしまう。
けれど著者の見方では、その慎重さは欠陥ではなく性能です。問題は性質そのものではなく、その性質を活かせる場所に置かれているかどうか。守りに強い人を攻めの最前線に放り込めば力は出ない。
逆に守りの要に据えれば、その人は誰よりも頼れる存在になります。
ポジティブに考えるほど、成功から遠ざかる
三つ目のものさしが自信、心理学でいう自己効力感です。望む結果を得るために必要な能力が、自分には備わっているという確信を指します。アルバート・バンデューラが提唱した概念で、漠然とした楽観や根拠なき強気とは区別される、静かな手応えのことです。
本書には印象的な数字が出てきます。自己効力感と成功の相関係数は0.34、一方で仕事に必要な技能テストの結果と成功の相関係数は0.19にすぎない。
つまり技能そのものより、「自分はできる」と信じられるかどうかのほうが、成功をよく言い当てる。能力があっても自信がなければ発揮されず、能力がそこそこでも自信があれば踏み出せる、ということです。
その自己効力感の源は四つあるとされます。最も強いのが、難しい課題を実際にやり遂げた成功体験。次に、自分と似た人が成功する姿を見る他者の体験。三つ目が「あなたならできる」という他者からの保証ですが、効果は限定的。四つ目がその時の気分で、影響は最も小さい。
この順番には意味があります。いくら周囲が「君ならいける」と励ましても、自分の手で成し遂げた経験には遠く及ばない。だから人を育てるなら、言葉でなく小さな成功を積ませる設計が要る。
著者は学生時代、母が手際よく料理する姿を見て自分にもできると思い込み、レシピを確認するよう言われたのを無視してチキン料理に挑んで失敗し、料理への自信を少し失った、という自身の体験も率直に書いています。
ここでも効いてくるのが、原因の置き場所です。同じ失敗でも「準備を飛ばしたからだ」と捉えれば次に直せますが、「自分には向いていない」と捉えれば自信だけが削れていく。失敗の解釈ひとつが、次の一歩を左右します。
そして本書で最も意外なのが、ポジティブ・シンキングへの明確な否定です。理想の未来や成功した場面だけを思い描くことは、目標達成の力をむしろ阻害し、実際に成功する確率を下げてしまう、と著者は言います。
夢を鮮明に思い浮かべるだけで満足し、脳が「もう手に入れた」と錯覚して行動のエネルギーが抜けてしまうからです。
代わりに勧められるのが「よいネガティブ・シンキング」です。乗り越えるべき障害をしっかり見据え、それでも自分には越える力があると信じて対策を練る。
困難から目をそらして得た自信は、本物ではないからです。新製品の発売でいえば、うまくいくシナリオだけでなく、起こりうるトラブルとその代替案までセットで用意しておく。
この「最善を信じ、最悪に備える」両構えこそが、成功率を確かに引き上げます。
三つの軸を掛け合わせると、八つのタイプになる
ここまでの三つのものさしを掛け合わせると、人は八つのタイプに分かれます。証明か成長か、獲得か回避か、自信があるかないか。二択が三つで二の三乗、ちょうど八通りです。
それぞれに、中二病、うざいやつ、臆病者、退屈な人、やる気の空回り、まじめな見習い、新星、熟練の匠、と名前がついています。このうち新星と熟練の匠が、力を十分に発揮できている優秀な層にあたります。
たとえば中二病は、証明マインドセットと獲得フォーカスを持ちながら自信がないタイプ。「どうせ無理」が口癖で、努力そのものを避けます。本気を出せばできるはずだという逃げ道を残すために、あえて準備をしない。
失敗したときに「本気じゃなかったから」と言い訳できるようにする、プライドを守るための防衛です。
うざいやつは、同じ証明と獲得に自信が加わったタイプ。自慢が多く注目を浴びたがり、批判を聞き入れず、失敗を隠そうとする傾向があります。能力はあるのに、評価への執着が周囲を疲れさせてしまう。
ここで著者自身が、はっきり釘を刺します。これらの軸は固定的なものではなく、状況によって移ろう。同じ人でも、得意分野では新星のように振る舞い、苦手分野では臆病者になることがある。
だからタイプ分けは、相手にレッテルを貼る道具ではなく、今この場面でどう関わるかを考えるための出発点として使うべきものです。診断はラベルではなく、入り口に過ぎません。
全タイプに効く、三段階の処方箋
八つのタイプそれぞれに細かな対処はありますが、本書は全員に共通する三段階の処方箋を示します。
第一段階は、成長マインドセットへの転換です。証明マインドセットがもたらす不安、拒絶される恐れ、自分を守るために築いてしまう壁。これらが人の学ぶ力を奪う。だからまず、この回路から相手を外してやる。「うまくやれ」ではなく「学べ」と語りかけるだけでも、土台が変わります。
第二段階は、スキルと自信を身につけさせることです。自信がない相手には、現場の訓練を通じて小さな成功体験を反復させ、自己効力感を育てる。教えるだけでなく、「できた」という手応えを本人に積ませる。先述の通り、励ましの言葉より実際の達成のほうがはるかに強く効くからです。
第三段階は、フォーカスに合った環境を与えることです。獲得フォーカスの相手には、大きなビジョンを語り、ポジティブなフィードバックを頻繁に送り、自由にアイデアを試させる。
回避フォーカスの相手には、過剰な称賛を控え、「ここでへまをすると全部が台無しになる」と建設的に伝え、急かさずじっくり正確に取り組ませる。
意外なのは後者です。回避フォーカスの人は、まさにこの「台無しになる」という一言で最も力を発揮する。直感に反しますが、適度な悲観と建設的な批判こそが、このタイプのスイッチなのです。
同じ相手に同じ言葉が、片方には燃料、片方には冷や水になる。だから処方を間違えないことが、何より効きます。
才能を褒めると、人はかえって折れやすくなる
処方箋を実行するうえで、本書が繰り返し戒めるのが褒め方です。
褒めるべきは、その人がコントロールできるものにすべきだ、と著者は言います。「才能がある」「頭がいい」と能力そのものを褒められた人は、一度つまずいたときに「自分には能力がないからだ」と自己不信に陥りやすい。
能力は自分で変えられないものとして刷り込まれるため、失敗が即「資質の否定」に直結してしまうのです。
だから褒めるなら、やり方、工夫、粘り強さ、努力といった、本人が選べる行動を褒める。子どもが良い成績を取ったとき、「頭がいいね」ではなく「毎日コツコツ続けた工夫がいいね」と言う。違いは小さく見えて、次に失敗したときの立ち直りやすさを大きく変えます。
フィードバックも同じ筋です。相手を傷つけまいと厳しい事実を隠すと、物事が好転しないどころか、相手から成長の機会まで奪ってしまう。うまくいっていないときは事実を正直に伝え、どうすれば良くなるかを具体的に示す。
耳に痛いことを言わない優しさは、結局のところ相手を停滞させる。本当の優しさとは、相手の伸びしろを信じて正面から伝えることだ、というのが本書の立場です。
今日からできる三つのこと
第一に、目標を「成長」の言葉に言い換える。「人に認められるリーダーになりたい」ではなく「良いリーダーになるスキルを学びたい」と書き直す。学ぶ、改善する、成長するといったトリガーワードを使うと、失敗への恐れが下がり、挑戦が軽くなります。
第二に、成功も失敗も、コントロールできた要素で振り返る。うまくいったら「運がよかった」ではなく「準備をした」「諦めなかった」。失敗したら「能力不足」ではなく「どの戦略が間違っていたか」を分析する。原因の置き場所を変えるだけで、次への自信が静かに育ちます。
第三に、相手のフォーカスに合わせて言葉を変える。獲得フォーカスの人には、これを成功させると何が得られるかを語る。回避フォーカスの人には、これを外すと何を失うかを伝える。まったく同じ依頼でも、響くスイッチが違う。相手の配線に合わせてボタンを選ぶ、それだけのことです。
おわりに
本書を読んで一番ほぐれるのは、「やる気がない自分はダメだ」という思い込みかもしれません。
やる気が出ないのは、怠けているからではない。向いている方向と置かれた環境が噛み合っていないだけです。慎重さも、批判への敏感さも、置き場所さえ合えば立派な武器になる。性格を矯正するのではなく、配置を変える。本書が差し出すのは、その視点の転換です。
まずは一人、思い浮かべてみてください。動いてくれないあの部下、あの子ども、あるいは自分自身。証明か成長か、獲得か回避か、自信はあるか。三つのものさしを当ててみると、かけるべき言葉が、たぶん今までとは変わっているはずです。
合わせて読みたい
『スタンフォードの心理学講義』ケリー・マクゴニガル 「頑張る」と口にする人ほど報われない理由を、心理学から解き明かす一冊。本書の「ポジティブ・シンキング否定」や自己効力感の話と地続きで読めます。
『継続する技術』戸田大介 200万人のデータから三日坊主の治し方を導いた本。本書が説く「意志でなく仕組みと小さな成功体験で自信を育てる」考え方を、続ける技術の側から補強してくれます。
「頑張れ」が、なぜ相手のやる気を奪うのか 本書の褒め方・フィードバック論と真正面から響き合うコラム。なぜ励ましが逆効果になるのかを知ると、3段階の処方箋がより腹落ちします。
