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ブクドリ | BOOK DRIP

倍速で観る人は、怠けているのではない

約4分で読めます 学習・インプット
目次

映画を早送りで観る。10秒スキップで飛ばす。あらすじを読んでから確認だけする。

こうした視聴のしかたを、集中力の低下や作品への敬意のなさとして語るのは簡単です。

ただ、稲田豊史さんの『映画を早送りで観る人たち』を読むと、話がそこで終わらないことが分かります。倍速視聴は個人の性格ではなく、供給と時間と社会的圧力が重なった結果として説明できるからです。

しかも著者自身が、かつて8年以上にわたる倍速視聴の当事者でした。

まず、どれくらい広がっているのか

クロス・マーケティングが2021年3月に行った調査では、20〜69歳の男女のうち倍速視聴の経験者は34.4%でした。20代男性に限れば54.5%、20代全体でも49.1%です。

著者自身が2021年12月に青山学院大学の2〜4年生128名に行った調査では、倍速視聴を「よくする」「ときどきする」と答えた学生が66.5%。10秒飛ばしなどのスキップに至っては75.8%にのぼります。

そして倍速で観たいコンテンツの1位は、映画でもドラマでもありませんでした。大学の講義(57.8%)です。

一部の変わった若者の習慣ではなく、多数派の行動になっています。

供給量が、鑑賞という態度を壊した

なぜそうなったのか。まず、量が爆発しました。

U-NEXTの見放題作品は22万本以上、Huluは10万本以上。Netflixの年間コンテンツ製作予算は2021年度で170億ドル、日本円で約2兆円です。日本の年間映画興行収入の過去最高が2019年の約2,600億円ですから、その約8倍にあたります。

同時に、1本あたりの単価が消えました。Netflixのスタンダードプランで月10本観れば1本148円。Amazonプライムの学生会員なら、月10本で1本あたり25円です。

2時間かけて外れを引く損失が、はっきり意識される構造になっています。

大学生のAさんは、話題作を早送りで1時間もかけずに観終えて満足したと語ります。理由は明快で、2時間かけておもしろくなかったときの後悔のほうが大きいから。

作品を鑑賞するのではなく、コンテンツを処理する。安くて多いものは、そう扱われます。

財布と、社会的な圧力も効いている

もうひとつ、見落とされがちな数字が本書にあります。

私立大学新入生の家計負担調査によれば、2020年度の下宿生の月平均仕送りから家賃を除いた生活費は1万8,200円でした。この数字が過去最高だったのは1990年で、7万3,800円です。

いまの学生の親世代が大学生だった時期から、30年で4分の1以下になっています。時間対効果を考えざるを得ない条件が、そもそも違う。

そこに、別の圧力も重なります。探検家の角幡唯介さんは2020年、20代の地方紙記者から「角幡さんの探検は社会の役に立っていないのでは」と尋ねられました。絶句して問い返したところ、記者はこう答えたそうです。自分たちの世代は、社会への還元や生産性の向上を考えるべきだという圧力をすごく感じる、と。

無駄なことをしてはいけない。この規範の中で育った人が、2時間の映画を等倍で観ることに罪悪感を覚えたとしても、不思議ではありません。

明日からできること

誤解:早送りされるのは、観る側の問題 → 作り手の側も、すでに変わっています。

本書には、ライトノベルの編集者の証言が出てきます。中盤で主人公がクラス全員から無視されるという展開を描いたところ、Amazonレビューに「つらくて読むのをやめる」という星1つが相次ぎました。営業担当から言われたのは、「星1つがつく作品はもう作らないで」。

以来、頭から終わりまで主人公が強いままの作品が優先して書籍化されるようになった、と。ドラマの脚本会議でも、以前の回と同じ説明の重複が「視聴者は忘れているから大丈夫」として通されます。

飛ばされる前提の作品が作られ、飛ばしても分かるから飛ばされる。循環しています。

正しいアプローチ:何を等倍で観るかを、先に決める → 本書に出てくる大学生のCさんは、アニメを第3話まで等倍で観て「選別」します。行間を読まなくても展開で通じる作品は、以降を倍速に回す。

全部を丁寧に観るのは、供給量からして無理です。だからこそ、選別の基準を持っている人と、全部を等倍にしている人と、全部を倍速にしている人では、残るものが変わります。

著者自身の告白が、この記事でいちばん重い部分でした。8年以上倍速で観ていた作品を後年あらためて通常再生で観直したとき、ストーリーは把握していたのに、登場人物の心の変化も演出のリズムも、体感で半分も味わえていなかったことに愕然とした、と。

情報は取れていました。取れていなかったのは、それ以外の全部です。

おわりに

ロルフ・ドベリは『News Diet』で、1日のニュース消費に費やす時間を1時間半と見積もり、それが年に1か月分にあたると指摘しました。

減らすべき情報がある一方で、速く済ませてはいけない体験もあります。この2つを分ける基準は、たぶん人によって違う。

倍速で観る人を責めても、供給量も仕送りも社会の圧力も変わりません。変えられるのは、自分が何を等倍のままにしておくかだけです。


この記事で参考にした本

『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ コンテンツ消費の現在形』稲田豊史 → 倍速視聴を若者批判で終わらせず、供給量、可処分所得、生産性の圧力、作り手側の変化まで含めて構造化した一冊。著者自身が当事者だった点も効いている。

『News Diet』ロルフ・ドベリ → 情報の摂取量そのものを問い直す本。何を減らし、何を減らさないかを考える材料になる。


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