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長時間労働は、なぜ割に合わないのか

キャリア・働き方
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目次

週に70時間働いても、56時間のときと生産量はほとんど変わらない。

およそ100年前、第一次世界大戦中のイギリスの軍需工場の記録を分析すると、そんな結果が出てきます。上乗せした14時間分の労働が、ほぼ何も生んでいなかったことになります。

「あと1時間残れば、1時間分は進む」。忙しい時期ほど、私たちはそう考えて机に向かいます。その計算はどこで狂うのか。産出、判断、健康の3つの面から見ていきます。

49時間を過ぎると、1時間の価値が目減りする

成果は「働いた時間」と「1時間あたりの出来」の掛け算です。時間は数えられますが、1時間あたりの出来は目に見えません。

『TIME OFF』のジョン・フィッチ氏とマックス・フレンゼル氏は、忙しさを「成果を加味しない生産性の指標」と呼び、それが時間そのものとして捉えられるから厄介だと書いています。時間を足すと、成果も同じだけ増えたように感じてしまうわけです。

この感覚を産出データで確かめたのが、スタンフォード大学の経済学者ジョン・ペンカベル氏です。2015年に Economic Journal 誌で、冒頭の軍需工場の記録を分析し直しました。

元になったのは、英国の軍需労働者保健委員会の調査で、生理学者H・M・ヴァーノン氏が集めた記録です。信管の本体を削る作業をしていた女性約100人など、4つの作業グループについて、週ごとの労働時間と生産量が残っていました。

分析の結果、週49時間までは、生産量は労働時間にほぼ比例していました。49時間を超えると増え方が鈍り、63時間前後で頭打ちになります。70時間働いた週の生産量は、56時間の週とほとんど差がありませんでした。

日曜日の扱いも調べられています。週の労働時間が同じでも、日曜も働いて休みがない週は、生産量が約1割低くなっていました。

もちろん、これは戦時下の工場の手作業です。そのまま今のオフィスワークに当てはまるとは限りません。

では、現代の仕事ではどうか。オランダのコールセンターで、2008年から2010年まで332人のオペレーターを追った研究があります(Collewet と Sauermann、2017年)。勤務時間はシフト管理部門が需要予測で決めていたので、本人の調子とは関係なく長い日と短い日が生まれます。

結果は、勤務時間が1%増えても、応対件数は0.9%しか増えないというものでした。長く働くほど、1件あたりの応対時間が延びていたのです。

ただし、効果は小さめです。オペレーターの多くはパートタイムで、実働は平均週17.7時間でした。長い日ほど応対の質がやや上がる傾向もあり、件数の減少を一部打ち消しています。著者らは、フルタイムならもっと強く疲労が出るだろうと推測しています。

工場とコールセンター。時代も仕事も違う2つのデータが、同じ向きを指しています。時間を足しても、成果は同じ割合では増えません。

疲れた頭はミスを増やし、しかもそれに気づかない

産出が伸びないだけなら、まだましです。長く働いたあとの1時間は、ミスを生む時間にもなります。

1997年、オーストラリアの研究者ドリュー・ドーソン氏とキャサリン・リード氏は、40人を28時間起こし続け、画面上の動く目標を追う課題の成績を30分ごとに測りました。別の日には同じ人たちにお酒を飲んでもらい、成績の落ち方を比べています。

起き続けて17時間たったときの成績は、血中アルコール濃度0.05%のときと同じ水準まで落ちていました。多くの欧米諸国で運転が禁じられる水準です。24時間では0.10%に相当しました。

たとえば朝7時に起きた人なら、17時間後は深夜0時です。終電前に仕上げた資料は、軽く酔った頭で書いたものに近いのかもしれません。

厄介なのは、本人がそれを自覚しにくいことです。ペンシルベニア大学のハンス・ヴァン・ドンゲン氏らは2003年、健康な成人48人を実験室に泊め、睡眠時間を14日間制限しました。

毎晩6時間の床で過ごしたグループは、注意の途切れと作業記憶の成績が、一晩まったく寝なかった人と同じ水準まで落ちました。4時間のグループは、二晩の徹夜に相当しました。

それなのに、本人たちの眠気の評価は、最初に少し上がったあとほとんど変わりませんでした。成績が最悪になった14日目でも「少し眠い」程度です。

マシュー・ウォーカー氏は『睡眠こそ最強の解決策である』で、寝不足の人は自分の能力の低下を自覚できないと書き、長時間勤務を前提にした研修医制度を医療ミスの温床として批判しています。

その研修医制度を実際に変えて比べた研究があります。2004年に NEJM 誌に載った、ボストンのブリガム・アンド・ウィメンズ病院の集中治療室での試験です。

従来の勤務は、3日に1度24時間以上の連続勤務があり、週77〜81時間でした。これを連続勤務の上限を約16時間、週60〜63時間に変えた勤務と比べると、従来の勤務では研修医の重大な医療ミスが35.9%多く、重大な診断ミスは5.6倍でした。

対象は1つの病院の2つの集中治療室で、観察者は勤務の割り当てを知っていました。それでも、実験室の課題より一歩進んで、実際の診療の場で長い連続勤務とミスの結びつきを確かめた点に意味があります。

長時間労働は、睡眠を削ります。削られた睡眠は判断を鈍らせ、しかも本人はそれに気づきにくい。夜遅くに下した判断ほど、その場では正しく見えてしまいます。

健康のコストは、あとから請求される

3つ目の代償は、何年もたってから表に出ます。

2021年、世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)は、長時間労働が原因の死亡を初めて世界規模で推計しました。2016年に週55時間以上働いたことによる死亡は、脳卒中が約39万8000人、虚血性心疾患が約34万7000人、合わせて約74万5000人です。

週35〜40時間の人と比べると、週55時間以上の人は脳卒中のリスクが推定35%高く、虚血性心疾患で亡くなるリスクが17%高いとされました。週55時間以上働く人は、世界人口の約9%にあたります。

この数字は、多くの観察研究をまとめた推計です。長時間働く人は睡眠や運動、食事も乱れやすく、その影響を完全には切り分けられません。特に心疾患については、影響は社会経済的な地位の低い層に限られるのではないかという研究者からの指摘もあり、脳卒中のほうが結果が安定しています。

それでも、WHOとILOは長時間労働を、仕事に由来する健康被害のなかで最も大きな要因と位置づけました。推計された仕事関連の疾病負担のおよそ3分の1を占めます。

『TIME OFF』の著者たちは、日本が「過労死」という言葉を生んだ国であることに触れ、労働倫理と対になる「休息倫理」が必要だと説いています。削った時間の請求書は、数年後に体へ届きます。

時間を足す前に、確かめておくこと

長時間労働をすぐにやめられる職場ばかりではありません。締め切り前に残業が避けられない週もあります。そのうえで、足した時間を無駄にしないための考え方を3つ挙げます。

誤解:あと1時間残れば、1時間分は進む → 長く働いた日の最後の1時間は、その日でいちばん出来の悪い1時間になりやすい。ペンカベル氏のデータでは、49時間を超えた分の上乗せは目減りしていました。

アプローチ:残業の前に「翌朝30分ならどうか」と比べる → たとえば夜8時に資料の見直しを始めるかどうか迷ったら、翌朝いちばんの30分に回した場合と比べます。同じ作業が朝のほうが早く終わるなら、夜の1時間は割に合っていません。

誤解:疲れを感じていないから、まだ大丈夫 → ヴァン・ドンゲン氏の実験では、成績が徹夜並みに落ちても、本人の眠気はほとんど増えていませんでした。自覚は判断材料として当てになりません。

アプローチ:自覚ではなく「起きてからの時間」で線を引く → 同じ実験の分析では、1日に起きている時間のうち約16時間を超えた分が積み重なるほど、注意の途切れが増えていました。これを目安にして、たとえば朝7時起きなら夜11時以降は、送信、承認、発注のような取り消しにくい判断を翌朝に回します。

もう1つは、週に1日、仕事を入れない日を先に決めておくことです。軍需工場では、週の労働時間が同じでも休みのない週は生産量が1割低くなっていました。この数字は手作業のものですが、休みを削っても取り戻せる量は思うほど大きくない、と考える材料にはなります。

今日できることもあります。自分の起床時刻に16時間を足した時刻を、カレンダーに「これ以降は判断しない」と書き込んでみてください。5分で終わります。

おわりに

長時間労働が割に合わないのは、根性や効率の問題だけではありません。1時間あたりの出来が落ち、落ちたことに本人が気づかず、その代償が何年も先に体へ回ってくる。この3つが重なっているからです。

次に「あと1時間」と思ったら、その1時間を翌朝の30分と比べてみてください。


この記事で参考にした本

『睡眠こそ最強の解決策である』マシュー・ウォーカー → 寝不足の人は自分の能力低下を自覚できず、長時間勤務の研修医制度が医療ミスを生んでいるという指摘

『TIME OFF』ジョン・フィッチ、マックス・フレンゼル → 忙しさは成果を加味しない指標なのに、時間として数えられるから厄介だという見方と、「休息倫理」の提案


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『睡眠こそ最強の解決策である』マシュー・ウォーカー|睡眠は健康の「柱」ではなく「基盤」だった 本記事で触れた「寝不足は自覚できない」という話の出どころです。睡眠が判断力や免疫、記憶にどう効くのかを、研究をたどりながら知りたい人に向いています。

『TIME OFF』ジョン・フィッチ氏&マックス・フレンゼル氏|休む技術が、AI時代の最強スキルになる 長時間労働の代わりに何をするかを、休息の側から考えた本です。削るべき時間がわかったあと、空いた時間の使い方を考えたいときに読めます。

「忙しいのに成果が出ない」のは、忙しさが勝手に増えるから 忙しさと成果がずれる原因を、仕事と作業の混同から整理したコラムです。本記事が扱った「時間の量」の次に、時間の中身を点検したいときに役立ちます。