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『たいていのことは20時間で習得できる』ジョシュ・カウフマン氏|1万時間はいらない、必要なのは最初の20時間

学習・インプット
約4分で読めます

ギターを買った。教則本も揃えた。なのに、いつの間にか部屋の隅でホコリをかぶっている。

そんな経験、ありませんか。

私もそうでした。新しいことを始めようとするたびに、頭の中で声がする。「どうせ続かない」「才能がない」「そんな時間もない」。

その声の正体を、本書は一つひとつ分解してくれます。

著者のジョシュ・カウフマン氏は、世間に広まった「1万時間の法則」こそが、大人が新しいことに踏み出せない最大のブレーキだと指摘します。世界一を目指すなら膨大な時間がいる。でも、自分が満足できる「そこそこのレベル」でいいなら、本当はもっと短くていい。その「どれくらいか」という象徴的な数字こそ本書のタイトルに刻まれているわけですが、肝心なのは数字そのものより、その時間で何をするかの設計です。

「1万時間」はあなたの話ではない

まず、私たちを縛ってきた誤解をほどくところから始まります。

「何かを習得するには1万時間かかる」。マルコム・グラッドウェルの『天才! 成功する人々の法則』などで広まった言葉です。ただ、ここに大きな勘違いがある。1万時間というのは、競争の激しい分野で「世界トップクラスのプロ」になるための時間なんです。プロの音楽家、オリンピック選手、その世界の話。

私たちの多くは、ウクレレで世界一になりたいわけじゃない。好きな曲を1曲、人前で弾き語れたら満足。そのレベルに、桁違いの時間は要らない。

鍵になるのが「練習のべき法則」という考え方です。新しいことを始めた最初の時期は、学習曲線の傾きが一番急で、少し練習しただけで目に見えてグンと上達する。その後はだんだん緩やかになっていく。つまり「コスパ」が最高なのは、最初の数時間。本書はこの一番おいしい区間だけに焦点を当てている。この発想の切り取り方が、読んでいて気持ちいいほど合理的です。

本当の敵は「才能」ではなく「イライラの壁」

ここが本書で一番刺さった部分でした。

新しいことに挑戦するとき、私たちが本当に戦っている相手は何か。著者の答えは、頭の良さでも才能でもなく、「自分が下手くそで、それを自分でもよく分かっている」という感情的な不快感です。氏はこれを「イライラの壁」と呼びます。

始める前から、最初の数時間は不快なものになると覚悟しておくこと。

(本書より。表現は実際の訳文をご確認ください)

ギターを始めて最初の数時間。指は痛いし、コードは押さえられないし、出てくる音は雑音みたい。「やっぱり向いてないんだ」と思う、あの時期です。ほとんどの人は知的に難しくて挫折するんじゃない。この気まずさに耐えられなくて逃げ出す。

私がうまいと思ったのは、処方箋が「気合いで耐えろ」ではないところです。壁の存在を先に知っておけば、ぶつかったとき「これは予定通りだ」と思える。挫折を、根性論ではなく予測と設計の問題に変えてしまう。この一点だけでも、過去に三日坊主を繰り返してきた人には効きます。

「意志の力」を、練習ではなく環境に使う

本書には、超速スキル獲得のための具体的な手順が段階立てて示されています。スキルを小さく分解し、ほどほどに学び、邪魔を取り除き、そして練習する。その流れ自体はシンプルですが、各ステップに「なぜそうするのか」の理屈が添えられていて、ここは本書でじっくり辿ってほしいところです。

代表として一つだけ紹介します。著者は「練習を続けるには意志の力が必要だ」という常識をひっくり返す。意志の力は練習そのものに使うものではなく、練習を妨げる障害を取り除くために使うものだ、と。

たとえばランニングを習慣にしたいなら、前の晩にウェアと靴を玄関に出しておく。これだけで朝の「面倒くさい」が一段減る。気合いで起きるのではなく、起きやすくしておく。発想がまるごと逆なんです。「時間がない」への切り返しや、初心者は質より量を取るべきだという話(陶芸の授業の有名なエピソードが出てきます)も同じ筋で語られますが、その結論がどこに着地するかは、ぜひ本書で確かめてみてください。

どんな人に効くか

この本は「成長したい人へ」みたいな曖昧な本ではありません。最初の数時間の気まずさをどう乗り越えるか、その一点に技術を集中させた、極めて実務的な本です。

だから、やりたいことのリストばかり長くなって一つも始められない人、最初の「下手で気まずい」時期で必ず投げ出してきた人に、まっすぐ刺さります。逆に、その分野で本気でプロ・世界トップを目指す人には物足りない。著者自身がそこは住み分けています。

読んで、一つ肩の荷が下りた気がしました。私たちは長いあいだ「ちゃんとやるなら本気でやらなきゃ」という思い込みに縛られて、軽い気持ちで始められなくなっていた。満足のいく人生を送るのに、あらゆる分野で黒帯をとる必要はない。そこそこのレベルで、いろんなことを楽しめばいい。

ずっとやりたかったあのスキル。まずは短いタイマーをセットするところから、始めてみませんか。具体的な時間設定と、その先の進め方は、本書があなたの背中を押してくれます。


合わせて読みたい

『HIDDEN POTENTIAL』アダム・グラント 「才能がない」と思っていた人がなぜ伸びたのか、その仕組みを掘り下げた一冊。本書の「才能より練習」という主張を、もっと深く納得したい人にぴったりです。

『才能の正体』坪田信貴 才能とは結果が出てから作られる物語だと説く本。「自分には才能がない」という最後の言い訳を手放したいとき、本書の脳の可塑性の話と響き合います。

『なぜか結果を出す人が勉強以前にやっていること』チームドラゴン桜 自分に合わない学び方を、学ぶ前に直す本。本書の「学習とスキル獲得を分ける」「障害を先に除く」という発想と、きれいに補完し合います。


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