カーナビの指示どおりに走ったのに、着いた店は閉店していた。道中には「新店舗こちら」という手書きの看板があったのに、目には入っていても頭には残らなかった。
瀧内賢さんの『AIで「論理的思考力」を鍛える本』は、この体験談から始まる。ナビが示す道筋そのものは正確でも、正確なのはあくまで過去に記録されたデータだけだった、という話だ。
ChatGPTに相談して当たり障りのない答えをもらい、そのままタブを閉じた経験がある人ほど、この本の出発点にすっと立てる。
本書は七つの章で組み立てられていて、なんとなくの判断から抜け出す宣言に始まり、情報を整理する技術、伝える技術、原因を掘り下げる技術、実行と発想を補う技術、そしてそれらをAIに任せる技術、最後に意思決定の技術と実務事例へ進む。前半で人間が使う型を固め、後半でその型をAIに渡す作業へ移る、という構成を頭に入れておくと読みやすい。

AIが並べる、人間が選ぶ
著者の主張は終始一貫している。AIは過去の情報を整理する係で、人間はそこに意味を与えて決める係だ。
「AIが得意なのは『並べること』、人間が求められるのは『選ぶこと』なのです。」
クローゼットの片づけに例えるとわかりやすい。重複した服を見つけ、用途ごとに仕分けるのはAIが速い。ただ、どれに愛着があって手放さないかを決めるのは持ち主にしかできない。
この役割分担を支えるのがMECEという考え方だ。モレなく、ダブりなく全体を分ける技術で、著者はカフェの売上減少を例に説明する。客数の減少、客単価の伸び悩み、体験価値の相対的な低下という三つに分け、客数はさらに平日の来店減や近隣の新規出店へと枝分かれしていく。
いくら時間をかけて深掘りしても、見るべき論点そのものが最初から抜け落ちていたら、その努力は成果に届かない。深く考える前に、まず広く見渡す姿勢を、著者は繰り返し説く。
結論を先に置く、伝え方の型
分析の型と伝達の型は別物だ、と本書ははっきり分けて教える。この二つを混同したまま資料をつくると、自分では筋が通っているつもりでも、聞く側には結論がどこにあるのか見えない仕上がりになりやすい。
問題を枝分かれさせて深く分解するのがロジックツリーで、これは分析のための道具になる。結論を頂点に置き、その下に理由と根拠を積み上げるのがピラミッドストラクチャーで、こちらは相手に伝えるための道具だ。
結論、理由、具体例、結論という順で話す簡易版がPREP法にあたる。
本書は論理の基本を「結論、理由、根拠」という一本の式にまとめている。飲食店を例にすると、来店動機の作り直しと高単価商品への誘導という結論を先に立て、そのあとで具体的な商品案を理由として重ねていく形になる。
分析でたどり着いた中身を、伝達の型に組み替える作業を挟むかどうかで、同じ内容でも通る提案と通らない提案が分かれてしまう。会議で自分の意見が伝わらなかったと感じる場面の多くは、内容そのものではなく、この組み替えを省いたことが原因だと著者は見ている。
「なぜ」を五回掘って、原因を探す
本書がいちばん痛いところを突いてくるのがこの章だ。売上が落ちたから広告を増やす、成績が伸びないからとにかく量をこなす。行動としては素早いが、多くの場合、表面をなぞっているだけで根っこの原因には届いていない。
深さを担う道具がWHYツリー、いわゆるなぜなぜ分析だ。「なぜ」を三回から五回繰り返して底まで降りる。本書が取り上げる物流会社の例では、誤配送や伝票の入力ミスが積み重なっていた状況を三段階のツリーで分解し、行き着いた先は個人の不注意ではなく、業務の設計そのものに標準化が足りていないという構造的な問題だった。
広さを担うのがフィッシュボーン図で、原因を人、方法、機械、材料、測定、環境といった軸に分けて魚の骨のように並べる。工場の不良率が高止まりしている場面を例に、作業者の熟練度、手順書の古さ、設備の摩耗、仕入れ材料のばらつき、検査方法の甘さ、現場の温度や湿度という六つの軸へ切り分けていくと、単なる「気をつける」では終わらない具体的な打ち手が見えてくる。
行動につなげる段になると、事実と解釈と行動を順に並べる空・雨・傘という型が出てくる。事実を確かめないまま、適切な行動は生まれない。行動は、事実を観察し分析した先にしか立ち上がらない。数字を見ずに雰囲気だけで手を打つ人は、この真ん中の工程を丸ごと飛ばしている。
第7章では、アパレル通販や飲食店、地域の洋菓子店といった規模も業種もばらばらな事例が並ぶ。共通しているのは、売上の落ち込みをひとつの原因で片づけず、来店数や単価やリピート率へ分けたうえで、どこがいちばん傷んでいるかを特定してから打ち手を選んでいる点だ。
アパレル通販の例では、客数と客単価がともに落ち込んでいるように見えて、実際にはリピーターの離脱が主犯だったとわかり、初回購入者への追客に予算を寄せ直している。
原因を分けずに全方位へ手を打っていたら、限られた予算がどこにも効かないまま終わっていたはずだ。
プロンプトは条件から情報へ
第5章からAIの使い方が本格的に語られる。まず記述の順序が独特だ。命令、次に出力の形式、そのあとで文脈や役割、最後に素材データという順で書く。
枠を先に固めてから中身を流し込むので、AIが受け取った情報を枠の内側で処理しやすくなる。順番が逆だと、素材の量に引きずられて論点がぼやける。
要するに、第1章で学んだ「まず広く見てから深く掘る」という順番を、そのままプロンプトの組み立てにも当てはめている。
本書独自の仕掛けが、プロンプトの中に手順を番号タグで書き、最後に実行順を指定する方法だ。新規事業の検討なら、まず複数案をMECEに分類させ、次に各案を構造化させ、最後にコストや実現性といった軸で優先度を比較させる。
タグを重ねるたびに前の工程の結果が引き継がれるので、人間が途中で読み直して指示を出し直す往復が要らなくなる。
この仕掛けは、なぜなぜ分析を深掘りさせるときにも応用できる。普通に頼むと、AIは一段掘ったところで止まってしまいがちだ。そこで「三階層でMECEに分解して」「階層が見える形式で示して」と構造そのものを条件として指定し、そのうえで「さらに下の根本原因まで続けて」と重ねて頼む。
段階を分けて指示するだけで、掘り下げの深さが目に見えて変わってくる。
もっともらしい嘘を自信ありげに書いてしまうハルシネーションへの備えも同じ形で組める。データの出どころを明記させ、偏りを洗い出させ、前提とリスクを検証させ、最後に経験則との突き合わせをさせる。
AIの出力をAI自身にもう一段チェックさせる流れだ。バイアスを外す方法として、出した結論の逆側から見たときのリスクを聞き返す、という使い方も本書は勧めている。
文章が整っているぶん、感覚だけで読むとそのまま信じてしまいやすいのがハルシネーションの厄介さで、だからこそ検証の手順をあらかじめ型にしておく意味がある。
決めたら終わりにしない
第6章の主役は意思決定の型であるOODAループだ。観察し、方向を定め、決め、動く。一度決めて止まるのではなく、回し続ける点がPDCAとの違いになる。
本書には、社内で慎重派と積極派が対立して進まなかった海外進出の検討を、市場データをAIに読み込ませて事実整理からシナリオ比較まで一気に走らせ、段階的な案へ着地させた例が載っている。
慎重派が恐れていたリスクと積極派が見ていた機会を、同じ表の上に並べ直しただけで、議論の温度が変わったという。感情の対立が、比較できる土俵に乗った瞬間だ。
選択肢が増えるほど判断力が消耗して最後は適当に決めてしまう、という選択のパラドックスにも触れ、だからこそAIに候補を絞らせる意味がある、と著者は書く。
企画や判断をAIに送ったら、決めた直後に「逆の立場から見て、どんなリスクがあるか」を一度だけ聞き返す。本書が終盤で勧める、続けやすい習慣のひとつだ。
一方で本書は自分の限界も正直に認めている。AIが示す道筋は、これまで蓄積された情報の延長線上をなぞる傾向が強く、まったく前例のない発想を期待すると肩透かしを食う。
論理が通っていても提案が通らないことがある理由についても、著者は「正しい」だけでは人は動かず、そこに「意味がある」と感じてもらう必要があると釘を刺す。
理屈の側と、相手の心が動く側をどう橋渡しするかという具体的な手順までは踏み込んでおらず、そこは読み手の経験に委ねられたままだ。
読み終えて残るのは、フレームワークの名前そのものよりも、順番を守るという地味な習慣のほうだった。広く見てから深く掘る、分析してから伝え方を組み替える、決めてからもう一度疑う。
どれも目新しい発想ではないが、順番を飛ばした瞬間に努力が空回りする、という手触りが本書には繰り返し出てくる。次にAIへ何かを尋ねる前に、まず自分がどの段階の作業をしているのかを一度確かめてみたい。
合わせて読みたい
型そのものをもう一段掘りたい人へ、3冊を挙げておく。
『ロジカル・シンキング』照屋華子・岡田恵子 ピラミッドストラクチャーという型を体系立てて解説した、原典にあたる一冊。伝え方の精度そのものを底上げしたいなら、まずここから読むとよい。→記事を読む
『生成AIは最強ツールではなく、最強の相棒になる』 「AIが並べ、人間が選ぶ」という役割分担を、脳の働き方の側から捉え直した記事。道具としてではなく相棒として扱うという発想を補強してくれる。→記事を読む
『ChatGPTが思うように答えてくれない理由』 言葉の選び方だけに絞った内容で、本書が説く命令を先に置く書き方と重ねて読むと効果が増す。狙った答えが返ってこないときの見直し先になる。→記事を読む
