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『反脆弱性[上]』ナシーム・ニコラス・タレブ|「壊れない」は、強さの上限ではない

思考法・問題解決 ナシーム・ニコラス・タレブ
約7分で読めます

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『反脆弱性[上]』
目次

宅配便の箱に「取り扱い注意」のシールが貼ってあるとします。

このシールの正反対、つまり「思い切り雑に扱ってください」と書かれた荷物があるとしたら、中身は何でしょうか。

投資家であり思想家でもあるナシーム・ニコラス・タレブ氏は、この問いから一冊の理論を組み立てました。『反脆弱性[上]』です。乱暴に扱われるほど価値が上がる荷物があるように、変動や衝撃を受けるほど強くなる性質が、生き物にも組織にも存在する。

タレブ氏はそれを反脆弱と呼び、丈夫さの延長線上ではなく、まったく別の性質として位置づけます。

前作『ブラック・スワン』でタレブ氏は、稀な大事件を事前に予測することの無理を突きつけました。今回の主題はその先です。予測できないという前提を動かさないまま、どう構えを作るか。

会社員の生活は、この構えの話と無縁ではありません。中期計画、安定した給料、資格の勉強。私たちが安心の根拠にしているものの多くが、実は本書の言う脆い側に分類されます。読み進めるほど、自分の生活設計を疑いたくなる本です。

図解

こんな人におすすめ

3つ目に心当たりがある読者は、本書の後半で少し耳が痛い思いをするはずです。教科書で説明できる知識と、現場で損得を嗅ぎ分ける勘は別物だという指摘が、かなり容赦なく書かれています。

「壊れない」の先に、もう一段階ある

本書の出発点は、脆さの反対語が丈夫さではないという指摘です。

丈夫なものは衝撃を受けても壊れませんが、そこから何かを得るわけではありません。衝撃を受けるほど得をする性質こそが、脆さの本当の対極だとタレブ氏は主張します。世の中のものを三段階に分ける発想で、損をする側を脆弱、影響を受けない側を頑健、得をする側を反脆弱と呼びます。

この三段目の存在に、なぜ多くの人が気づかないのか。タレブ氏の説明はシンプルです。人は、ある場面で理解した法則を別の場面へ持ち込むのが苦手だから。筋トレの負荷が筋肉を強くすることは誰でも知っているのに、同じ論理を仕事やお金の話に当てはめようとする人は少ない。

生き物の体には、負荷を受けると次に備えて少し余分に強くなる仕組みが備わっています。骨も筋肉も免疫の働きも、この原理で動きます。壊れない状態を目指すことと、負荷から力を得る状態を目指すことは、似ているようでまったく別の設計だという点が、本書のいちばんの分かれ目です。

同じ原理は個体だけでなく業界にも当てはまる、と本書は視点を広げます。飲食店は驚くほど頻繁に潰れますが、だからこそ生き残った店の集合体である外食業界全体は、年々おいしくタフになっていく。個々の店の脆さが、業界という一段上の強さの材料になっているわけです。

裏を返せば、脆い個体を無理に延命させる仕組みは、この学習のサイクルを止めてしまいます。倒産しかけた企業をすぐ救済することの是非も、単純な情け話では済まなくなってきます。

三段階に分ける発想そのものは、言われてみれば当たり前だと感じる読者もいるはずです。リスクを取れば得をする、を言い換えているだけだと切り捨てることもできます。

それでも本書に説得力があるのは、この当たり前の直感を、後続の章で医療、経済、人事評価にまで一貫して当てはめてみせるからです。当たり前の話を、当たり前で終わらせない粘り強さが本書の持ち味だと感じました。

安定させようとする介入が、脆さを溜め込む

本書の中盤は、良かれと思って行われる介入への疑いに割かれています。

小さな山火事が起きるたびに見つけて消し止め続けると、どうなるか。本来なら燃えていたはずの枯れ枝や下草が地面に積もり続け、いずれ一気に燃え広がる大火災の燃料になります。

小さな変動をこまめに潰す行為は、変動そのものをなくしているのではなく、あとに先送りしているだけだというのが本書の見立てです。

医療や経済にも、これと同じ構図があるとタレブ氏は書きます。体の自然な回復力を無視して、副作用の強い薬を安易に処方する治療。小さな景気の波をならそうとして繰り返される利下げ。

どちらも目先の変動を消す代わりに、見えない場所へ大きな歪みを溜め込んでしまう。本書はこれを医原病と呼び、善意の介入がかえって害を生む構図として批判します。

なぜ人はこの手の介入をやめられないのか。理由の一つとして本書が挙げるのが、確認する頻度です。リアルタイムでニュースや株価を追うほど、実際の変化ではなくただのノイズに反応する割合が跳ね上がる、と本書は指摘します。

年に一度しか確認しなければ意味のある変化と誤差はほぼ半々ですが、四六時中確認する人が目にするものの大半はただの雑音だという計算です。

毎日のようにスマホでニュースを開く習慣そのものが、過剰な介入への入り口になっている。この指摘は、通勤中に何度もアプリを立ち上げてしまう読者ほど刺さるはずです。

ここで注意しておきたいのは、本書のいう介入がすべて悪いわけではない点です。タレブ氏自身、必要な介入と余計な介入をどこで線引きするかという基準までは踏み込みません。

目の前の変動を消すべきものか、それとも力に変えるために放っておくべきものかは、結局のところ読み手が現場ごとに判断するしかない、という手間は残ります。

損失に上限をつけてから賭ける

では変動を消せないとして、どう向き合えばいいのか。本書はまず、ストア派の哲学者セネカを引きながら、感情を殺すことではなく、下振れを減らしながら上振れの余地を残す非対称な構えこそがストア哲学の本質だと読み替えます。タレブ氏はこの人物像を、こう表現しています。

「現代の真のストア哲学者とは、恐怖を思慮深さに、苦しみを教訓に、過ちをきっかけに、そして欲望を実行に変えられる人だ」

この非対称性を仕組みに落としたのが「バーベル戦略」です。中くらいのリスクを避け、両端に賭けを集中させる考え方で、真ん中に何も置かないバーベルの形から名前がついています。中途半端なリスクを避けるのは、そこがいちばんリスクを見誤りやすい領域だからだと本書は説明します。

この骨組みは資産運用に限りません。安定した本業で生活の基盤を固めながら、余った時間のごく一部だけを新しい挑戦に使う。運動でも、負荷の軽い散歩と、限界に近い筋トレを組み合わせ、中途半端な強度のメニューを削る。同じ形が繰り返し登場します。

もう一つの柱が「オプション性」です。古代ギリシャの哲学者タレスの逸話が引かれます。彼はオリーブの収穫量を正確に予測したわけではなく、冬のうちに搾油機を安く借りる権利だけを買っておいた。

不作なら権利を放棄すればいいだけの、損失が限られた賭けです。結果は豊作となり、彼は搾油機を又貸しして大きな利益を得ました。

損失の上限だけを先に決めて、利益の上限は決めない賭け方。それさえ設計できれば、先のことを正確に理解している必要はないと本書は言い切ります。この一点さえ判断基準にすれば、複雑な予測抜きでも動ける、という主張です。

会社員として読むと、引っかかる点もあります。挑戦に回せる10パーセントの余力そのものが、収入や職種によって大きく違うからです。副業に回せる時間も貯えも乏しい人にとって、バーベルの片端はほとんど機能しません。

この非対称性は、まず安全側の9割を確保できて初めて成立する話であり、その前提を本書はあまり丁寧に扱っていません。

学校で習う知識と、現場で効く知恵は別物

終盤で語られるのが、理論と実践の順序についての指摘です。

大学の研究がまずあり、それが技術に応用され、現場に降りてくる。私たちはそう思い込みがちですが、本書は歴史の事例を並べてこの順序を疑います。蒸気機関は熱力学の理論より先に実用化されていましたし、実際に使われている新薬の多くは、基礎研究ではなく現場の試行錯誤から生まれています。

象徴的なのが、木材商人ジョー・シーゲル氏の逸話です。伐採されたばかりでまだ乾いていない木材を扱って財を築いた人物ですが、本人はその木材を指す業界用語を「緑色に塗った材木」だと勘違いしたまま商売を続けていました。

一方、木材の生物学的な性質や相場の理論を語れたはずのエリートたちは、読みを外して破産しています。

言葉で説明できる知識と、損得を嗅ぎ分ける実務の勘は、別の能力だということです。資格の勉強やセミナーに時間を使ってきた読者ほど、この対比は居心地が悪いかもしれません。ただ本書が言いたいのは勉強そのものの否定ではなく、説明できることと機能することを混同するな、という区別です。

皮肉なことに、この主張自体は一冊の理論書のなかで展開されています。タレブ氏もそこは百も承知のようで、だからこそ終盤の各章は、現場の実践者たちの逸話をこれでもかと積み重ねる構成になっています。

理屈で理屈の限界を語る書き方に、多少の据わりの悪さを感じる読者もいるはずですが、それも含めて著者の一貫した態度だと私は受け取りました。

今日から変えられること

本書のアクションプランは多岐にわたりますが、着手しやすいものを2つに絞ります。

一つ目は、情報を確認する頻度を落とすこと。ニュースやSNSをリアルタイムで追う習慣をやめ、1日1回にまとめるだけで、反応しなくていい変動に振り回される回数が減ります。

二つ目は、時間とお金の配分を棚卸しすること。中途半端なリスクに寄せている部分がないか数え直し、大部分を安全な形へ、ごく一部を損失の上限が決まった挑戦へ振り分け直します。

安定を求めて変動を消そうとするほど、見えない場所に脆さが溜まっていく。タレブ氏が本書を締めくくる一文は、この逆説をよく表しています。

「風はろうそくの火を消すが、炎を燃え上がらせる。それらは、ランダム性、不確実性、無秩序も同じだ。それらから隠れるのではなく、利用しなければいけない。」

不確実性から逃げる工夫を一つ減らし、利用する工夫を一つ増やす。そこから試してみる価値はありそうです。


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