本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『ありえない仕事術』上出遼平|「正しいこと」を追いかけた人が、なぜ壊れていくのか

生産性・時間術・習慣 ✍ 上出遼平
約7分で読めます

※ 本記事はアフィリエイトリンク(Amazonアソシエイト)を含みます。

『ありえない仕事術』
目次

書店にずらりと並ぶ「仕事術」の本を、著者は最初の数ページで「嘘ばっかりじゃないか」と斬り捨てる。書いたのは上出遼平、テレビ東京で『ハイパーハードボイルドグルメリポート』などを撮ってきたドキュメンタリーディレクターだ。

世界の辺境で人間の生々しさを撮り続け、人の心を動かしてきた技術が前半に詰まっているのだから、これは一見、王道のビジネス書に見える。

ところが本書は途中で正体を変える。前半で真っ当な仕事術を説いたあと、後半をまるごと一本のフィクション小説に切り替えるのだ。フィクションだと断る一行を境に、前半の理想を実践したはずの主人公が、掲げた正義に呑まれて破滅していく。

理論と、その理論を突き詰めた末の失敗を、一冊で同時に味わわせる。これが本書を「ありえない」たらしめている構造だ。編集部としてまず伝えておきたいのは、これは要点だけ抜き取ると半分死んでしまうタイプの本だということである。

図解

「善きこと」と「ご都合主義の正義」は紙一重、という核心

前半の仕事術の核心のひとつは、意外なほど倫理的だ。著者は「コスパを重視するのであれば、善きことをせよ」と書く。目先のズルや嘘は長い目で見れば必ず露見し、取り返しのつかない罰として返ってくる。

だから誠実に正しくふるまうことが、結局いちばん割に合う。道徳ではなく損得勘定から善を導くこの論法は、きれいごとが苦手な人ほど腹落ちするはずだ。

だが著者の本当の狙いは、その「正しさ」そのものに疑いの楔を打ち込むことにある。後半の物語で描かれるのは、「作品のため」「彼を救うため」という大義名分を掲げながら暴走していくディレクターだ。

善意で始めた行為が、いつのまにか自分の欲望や保身を満たす道具へとすり替わっていく。本書はこれを「ご都合主義の正義」と名づける。誰かのためを装いながら、実際は自分の成功のために振りかざされる正義のことだ。

本書が突きつけるのは「正しいことをしろ」という励ましではなく、「自分の正義を、常に疑え」という一段きつい要求である。善を勧める本は世に無数にあるが、善が人を壊す瞬間まで一冊のなかで見せきる本は、そう多くない。ここに本書のいちばんの凄みがある。

成功の外に幸福を置き直す──「欲望の整理」と生存権の奪還

各論に入る前に、著者はまず「成功すれば幸せになれる」という前提を壊しにかかる。ビジネスの世界を、勝者と敗者が絶えず入れ替わる闘技場(コロッセオ)に見立てるなら、勝者の足元には必ず敗者の山があり、勝った先には次の戦いが待っているだけだ。

常に勝ち続けることなど誰にもできない。ならば、その土俵から一歩下りる選択肢があっていい、というのが出発点になる。

そこで提案されるのが「欲望の整理」だ。高級車やタワーマンションといった他人由来の成功像をいったん手放し、自分が幼い頃からどんな瞬間に喜びを感じてきたかを丁寧に観察する。

手に入れるべきは成功の形ではなく、幸せを感じ取る「心」のほうだと著者は言う。人生の最期をミミズの観察に費やしたダーウィンを引きながら、成長も生産性もない、ただ食べて糞をするだけの存在でも構わない、とまで言い切る。

会社に生かされる状態から抜け、自分の足で立つことを、著者は「生存権の奪還」と呼ぶ。

面白いのは、その修行の場を退屈な「雑魚作業」に見いだす点だ。誰でもできる面倒な仕事こそ最高に割の良い鍛錬で、愚直にやり切れば周囲の信頼が積み上がり、いざという時に踏ん張る忍耐力が育つ。

心も筋肉と同じで、負荷をかければ太く強くなるが、限界を超えれば壊れる、という比喩でそれを語る。ただし、この筋肉論は一歩間違えば「つらい仕事を我慢しろ」という古い根性論に堕しかねない。

著者がかろうじてそこに堕ちないのは、限界の手前を見極めろと同時に釘を刺し、そのうえで「すべての原因は睡眠不足にある」と断じるからだ。ミスも不機嫌も人間関係のもつれも、辿れば大半は寝不足。

レジリエンスという流行語も、要は寝ろ、に尽きる。精神論に見えて、最後は身体の管理に着地させるところが現代的でいい。

「世界は自分に無関心」から始める、人を振り向かせる設計

ここからが各論、マス・コミュニケーションの技術になる。その土台に置かれるのは、身も蓋もない一文だ。あなたにも、あなたの商材にも、まして社長になど、世界はいっさい興味を持っていない。

自社の商品や自分の企画を「面白いはずだ」と思い込むのは、ただの驕りだと著者は言う。この残酷な事実を認めるところからしか、相手に届くコミュニケーションの設計は始まらない。

では、無関心な相手をどう振り向かせるか。鍵は「入口は欲望によって開かれる」という原則にある。知りたい、安心したい、驚きたい、他人の不幸を覗きたい——人間の根源的な欲望を正確に捉え、そこから逆算してコンテンツをぶつける。

とりわけ鋭いのは、人は他人の欲望それ自体を知りたがる、という指摘だ。行列やランキングが人を吸い寄せ、人気のあるものがさらに人気を呼ぶのはこのためだという。

振り向かせた相手を最後まで離さない仕掛けが「Q&A構造」である。まず問い(Q)を投げれば、人はその答え(A)を知りたい欲求に逆らえなくなる。

大きな問いの中に小さな問いを何層も入れ子にすれば、受け手は途中で降りられない。説を立て、検証VTRで確かめ、大物のコメントで受けるという構造で『水曜日のダウンタウン』がTVer再生一億回を超えた例が引かれる。

同時に警戒されるのが「前提知識共有幻想」の罠だ。自分の知っていることを相手も当然知っていると思い込むと、話は独りよがりになり感情は動かない。

適切な助走、つまり必要最低限の説明を欠かさないこと。結局のところ、作り手が自分をどこまで疑い続けられるかに、すべてはかかっている。

セリフを捨てて「状況」を作る──本音とリアルを引き出す技術

もうひとつ、著者が繰り返し強調するのが「リアル」の作り方だ。前提として著者は、身近な同質の仲間とばかり群れることを戒める。同僚と飲めば話題は愚痴と社内ゴシップに落ち着き、同じ景色を見た者同士からは同じ発想しか出てこない。

これを著者は「1×1=1」と表す。むしろ畑違いの人間と交わり、自分の話がまるでウケない居心地の悪さを味わうことが、新しい視点の種になる。ナチス収容所の極限を描いたフランクル『夜と霧』を引き、退屈きわまる状況すら豊かに変える力こそが創造性だと言う。

それは特別な職種の専有物ではなく、営業も単純作業も、価値を生む以上は等しく創造性を求められる、という捉え方も懐が広い。

肝心の「リアル」については、セリフを捨てよ、と説く。消費者は作り物の匂いに敏感で、台本で語らせた言葉はすぐ見抜かれる。だから、狙った表情や本音が自然と漏れ出る「状況」のほうを設計する。

設計図を持たず、その場にあるものを寄せ集めて組み立てる「ブリコラージュ」の発想だ。台本を書かず状況だけを整え、子どもの素の反応を撮る『はじめてのおつかい』が、その好例に挙げられる。

インタビューで本音を引き出したいときも理屈は同じで、鋭い質問を重ねるより、相手が語りたくなる場を用意するほうが効く。リアルは演出して作るものではなく、引き出すものだ、という発想の転換がここにある。

後半をまるごと小説にした、正義が暴走する追体験

そしてここまでの理想を、著者は自らの手で崩しにかかる。後半に置かれた物語は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患う男性を取材するディレクターの話だ。

「彼の人生を記録したい」「彼を救いたい」。その善意は、本人のなかでは本物のはずだった。だが作品を完成させたいという欲望が正義の仮面をかぶり、主人公は少しずつ一線を越え、ついには死の幇助、すなわち嘱託殺人にまで手を染めてしまう。

見事なのは、著者がここで「正義は危険だ」と一言も説教しない点だ。代わりに、主人公が正義の名のもとに化け物へと変貌していく過程を、読者にそのまま追体験させる。

人工呼吸器の装着を選ぶALS患者がわずか三割という現実、SNSの私刑、コロナ禍のクラスターといった逃げ場のない状況が周到に敷かれ、前半で「善きことをせよ」と説いた当人が、どんな理屈で崩れていくかを内側から見せられる。

言葉で「疑え」と論されるより、この転落を身体で通過させられるほうが、はるかに深く刺さる。誰もが手軽に正義を振りかざせる今の時代に、これほど居心地の悪い読書体験をわざわざ用意した意図は明白だろう。

前半の仕事術だけを持ち帰る読み方を、著者はあらかじめ封じているのだ。

確信した瞬間こそ、逆側から自分を点検する

では、この一冊を仕事にどう持ち帰るか。編集部として三つに絞りたい。ひとつ、自分の「欲望の棚卸し」を紙に書くこと。幼い頃から何に夢中になり、どんな瞬間に喜びを感じてきたかを言葉にし、他人の物差しではなく自分の物差しで幸せを測り直す。

SNSで見た誰かの成功を自分の目標だと錯覚した借り物の夢では、長くは走り続けられない。

ふたつ、企画は「相手は自分に無関心」という前提から逆算して組むこと。伝えたいことから始めるのではなく、相手のどんな欲望を刺激し、冒頭にどんな問いを置けるかから設計する。どれほど正しい中身でも、入口を相手の欲望で開けなければ、そのまま素通りされる。

みっつ、大きな決断の前に五分だけ、逆の立場から自分を点検すること。これは本当に相手のためか、それとも自分の実績や保身を正当化する大義名分になっていないか。

「正しいことをしている」という確信が強いときほど、人は自分を疑うことを忘れる。本書が最後に置くのは、効率でも成功でもなく、「何よりも大切なのは心」だという一文だ。

守るべきはいつも、目の前の誰かと、隣の誰かと、そして何より自分自身の心のほうにある。前半の理想と後半の破滅を一冊で通り抜けた読者に残るのは、自分のいちばん近い決断を、逆側からもう一度眺めてみるという、たった一拍の習慣なのだと思う。


この記事をシェア:

次に読む一冊

同じテーマを、もう一段深く考えるための一冊です。

生産性・時間術・習慣『秋本治の仕事術』秋本治さん|40年間、締切を怖いと思わなかった理由『秋本治の仕事術』(秋本治さん)の要約。締切が怖い。毎週それに追われて、終わった頃にはくたくた。漫画家といえば、そういう職業だと思っていました。