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『歩くという哲学』フレデリック・グロ氏|歩くことは、スポーツではない

健康・メンタル
約4分で読めます

歩くことに「タイム」を持ち込んだ瞬間、何かが死んでいる

そう言われて、ドキッとしました。スマートウォッチで歩数を数え、何キロ歩いたかを記録し、達成感に浸る。私もそうやって歩いてきたからです。

フランスの哲学者フレデリック・グロ氏の『歩くという哲学』は、その出発点から私たちの前提を覆してきます。歩くことはスポーツではない。結果もスコアも関係ない、ただ足を交互に出すだけの子供の遊びだ、と。

本書はルソー、ニーチェ、ソロー、カント、ランボー、ガンディーといった偉人たちが「いかに歩いたか」をたどりながら、歩くことが私たちにもたらす自由や思考の正体を解き明かしていきます。読み終えると、近所を歩くという当たり前の行為が、まるで違うものに見えてくる。そういう本です。

この本が、静かにひっくり返すもの

本書の主張を一言でいえば「歩くことは現代社会の前提をひっくり返す行為だ」というものです。

私たちはスピードを善とし、効率を追い、何者かであろうとして生きています。歩くことは、その全部を一時的に剥ぎ取る。速さを捨て、目的を捨て、肩書きを捨てる。残るのは、二本の足で大地に立つだけの生き物です。

面白いのは、グロ氏がこれを否定的にではなく「解放」として描くところです。そして抽象論で語らない。歴史上の歩く人たちの具体的なエピソードを通して、身体の動きがそのまま思想の形になっていく様子を見せてくれます。自由、孤独、沈黙、遅さといったテーマと、偉人たちの足跡を交差させながら進む。体系的な哲学論文を期待すると肩透かしを食らいますが、その断片的な構成こそが「歩行」という主題に似合っています。

ここでは、私がとくに刺さった二つの章だけを取り上げます。残りの豊かさは、ぜひ本書で歩いてみてほしい。

急ぐほど、一日は短くなる

私たちは、急げば時間を稼げると思っています。三時間かかるところを二時間で済ませれば、一時間得をする、と。

グロ氏はこれを「スピードの幻想」と呼びます。なぜ幻想か。急いでいるとき、人は時間を細かく分割して詰め込もうとし、その結果、時間はかえって破れ散ってしまうからです。急ぐことの本当の対義語は、遅さではなく「焦り」だ。本書のこの一文に、私は予定をこなすだけの自分の休日を見透かされた気がしました。

逆に、ゆっくり歩くと時間は引き延ばされます。

歩いて過ごした一日は、もっと長い一日に感じられる。そういう日には、いつもより長く生きた思いがする。

時間に奥行きを与えると、空間にも深さが宿る。歩く「遅さ」とは、単にスピードを落とすことではなく、時間に寄り添うことなのだ、とグロ氏は言います。ちなみに本書の冒頭には、この逆説を体現する老登山ガイドの忘れがたいエピソードが置かれています。速く歩こうとした若者と、ゆっくり歩いた老人。先に頂上へ着くのはどちらか——その答えと理由は、本書で確かめてほしい。

足で考える、という発見

ここが、働く人にいちばん効く部分かもしれません。

哲学は机の上で頭を使ってやるもの。そう思われています。でも本書が紹介するニーチェは違いました。激しい頭痛や嘔吐に苦しみながら、毎日長時間歩き、歩きながら主著を構想していった。人は手だけで書くのではない、よく書こうと思うなら「足によって」も書かねばならない、と彼は言います。

対照的なのがカントです。毎日決まった時間に同じコースを歩き、「ケーニヒスベルクの時計」と呼ばれたほど規律的でした。ニーチェの激しい登攀と、カントの単調な反復。一見正反対ですが、共通点がある。歩くことの規則的な反復が退屈を防ぎ、精神に「空き」を作る。その空いた状態が思索を解放するのです。

この指摘は、私の実感とも重なります。座ったまま、画面に囲まれて絞り出した答えは、どこか薄い。行き詰まったらまず立ち上がって歩け——本書はそう背中を押してくれます。ソローやランボー、そして「自分は何者でもなくなる」という自由の三段階については、本書のなかでももっとも美しい論述なので、あえてここでは触れずにおきます。

どんな人に効くか

この本は、明快なノウハウ集ではありません。歩数や距離を記録し、運動の成果として歩くのが好きな人には、たぶん響かない。それを否定する本だからです。

逆に、スマホの通知から休日でも頭が休まらない人、「忙しい」と言いながら何も生み出していない気がする人、役職や肩書きに少し疲れている人には、深く刺さると思います。歩行という「無駄」が、なぜ豊かさになるのか。本書はそれを、説教ではなく散文の手触りで教えてくれます。

本書の終盤に、こんな問いがあります。私たちはいつも何かをしている。けれど、存在はしているのだろうか——。グロ氏は答えを指南書のようには示しません。ただ、二本の足で外に出れば、その問いと向き合う時間が手に入る、とだけ言います。

明日、スマホを置いて、目的もなく一〇分だけ歩いてみる。それだけで、世界の見え方が少し変わるかもしれません。


合わせて読みたい

『減速して自由に生きる ──ダウンシフターズ』高坂勝 「稼がないことを選んだ人の逆転劇」を描く本。スピードと成果から降りる選択を、本書は哲学から、こちらは生き方の実例から照らします。両方読むと「降りる勇気」が立体的に見えてきます。

「考えない時間」が最高の答えを出す──脳が本当に働くのは、手放した瞬間 ニーチェやカントが歩きながら思考した理由が、脳科学の側から裏づけられます。本書の「足で考える」という主張を、別角度から確かめたい人に。

自由な時間が増えても、幸せにはならない ソローの「利益と益」の話と深く響き合うコラムです。何が本当の豊かさかを問い直したくなったとき、本書の余韻を引き継いで読めます。


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