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『米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方』L・デビッド・マルケ|命令をやめた艦長が、最下位の艦を1年でトップにした

リーダーシップ・組織 ✍ L・デビッド・マルケ
約7分で読めます

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目次

原子力潜水艦サンタフェに着任したばかりの艦長は、乗員の一人にこう言われる。「言われたことをやるだけです」。所属部隊で最下位、士気は底、多くの乗員が一日でも早く軍を去りたがっている——そんな艦を押しつけられた著者L・デビッド・マルケ氏が下したのは、常識と正反対の決断だった。

もう二度と、自分から命令を出さない。原題は『Turn the Ship Around!』。そこから一年と経たずにサンタフェは高い成果を上げる艦へ変わり、艦長が去った後も十年にわたってリーダーを輩出し続ける組織になった。

編集部が読んで最初に唸ったのは、マルケ氏がテコ入れしたのが乗員の「やる気」ではなかった点だ。彼が組み替えたのは、命令する者と従う者に分かれた組織の構造そのものだった。

マルケ氏はこの転換を、命じる者と従う者に分かれた「リーダー・フォロワー」モデルから、誰もが意思決定を下す「リーダー・リーダー」モデルへの移行と名づける。

部下のやる気を上げるのではなく、全員をリーダーにする構造をつくる——標語としては勇ましいが、本書の凄みは、その一語を日々のルールへ翻訳してみせたところにある。

しかも舞台は、一つのミスが百三十五名の命と原子力艦を破滅させかねない、失敗の許されない環境。命令と服従が最も深く根づいた軍隊で実証された話だからこそ、その言葉には逃げ場がない。

「言われたことをやるだけです」——犯人は人ではなく仕組みだった

マルケ氏は着任前、別の潜水艦で権限委譲に一度失敗している。部下に裁量を与えたのに、やり直しと遅れが続出し、当の部下から「命令してくれるやり方に戻してほしい」と頼まれた。

彼の後年の分析はこうだ。「リーダーが命じ、部下が従う」という骨格を残したまま、権限だけを上乗せしたから失敗した。上っ面をなでていただけだった、と。

だからサンタフェで冒頭の一言を聞いたとき、彼は問題の在りかを見抜く。ダメなのは乗員の能力ではなく、命令する構造のほうだ。着任時に上官から使えない乗員は交代させろと言われながら一人も交代させなかったのも、犯人は人ではなく仕組みだ、というメッセージを全員に示すためだった。

できの悪い部下を入れ替えるのではなく、部下をできが悪く見せている仕組みを入れ替える——ここに本書の視点の反転が凝縮されている。

決定打になった事件がある。訓練中、マルケ氏がプレッシャーをかけようと通常の三分の二の速度に上げろと命じたところ、この艦の推進装置にそんな設定は存在しなかった。

ところが航海科長は、ありもしない命令をそのまま操舵手に伝えていた。理由を問うと、艦長が命じたのだから自分の知らない何かがあるのだろうと思った、と答えたという。

優秀な人間が誤った命令に盲従する。トップが一度誤れば全員が危険にさらされる。彼はこの日、二度とどんな命令も出さないと誓う。

命令をやめ、「これから〜をします」と宣言させる

変革の中心にあるのは、拍子抜けするほど地味な言葉のルールだ。乗員が上官に「〜してよろしいですか」と許可を求めるのを禁じ、代わりに「これから〜をします」と自分の意図を宣言させる。上官は問題がなければ「よろしい」とだけ返す。

このすり替えの妙は、責任の重心が動くところにある。許可を求める側は受け身でいられるが、意図を宣言する側は、自分が艦長ならこの判断は安全か、目標に沿うかを宣言の前に考えざるを得ない。

当事者意識という内面を説教で作るのではなく、そう振る舞うしかない言葉の型を先に配り、意識を後から追いつかせる——これがマルケ流の順序だ。行動を変えれば考え方はついてくる、という彼の信念がここに表れている。

許可を求める文化では、部下は上が決めてくれると待ち、失敗の責任も上に預けてしまう。意図を宣言する文化では、その逃げ道が塞がれる。実際、後に『7つの習慣』の著者コヴィー氏がこの艦を訪れたとき、乗員が下す判断の九割五分が艦長の関与なしに回っていたという。

言葉づかい一つで責任の所在を動かすという発想は、会議やメールの多い現代のオフィスにこそ移植しやすい。

編集部として一つ留保を付けるなら、この言葉のルールは上官が問題を見抜けることを暗黙の前提にしている。宣言を受ける側に技術的な判断力がなければ、危うい意図もそのまま「よろしい」で通ってしまう。だからこそ本書は、言葉だけでは足りないと畳みかける。

権限だけ渡せば事故る——技能と正しい理解という土台

マルケ氏は変革を三つの理念に整理する。決定権を現場へ降ろす「支配からの解放」、各自が正しく判断できる「優れた技能」、組織の目標を全員で共有する「正しい理解」。

彼はこの三つを、組織の日々のルールに埋め込むべき遺伝子コードと呼ぶ。理念を額に飾るのではなく、明日の手順書へ落とし込め、というわけだ。肝は順番で、知識も判断基準もない現場をいきなり解放すれば、待っているのは混乱でしかない。

だから技能と正しい理解が、権限委譲を支える二本の柱になる。

一本目の技能について、彼は逆説的な幸運を語る。自身がサンタフェの技術的な細部に精通していなかったため、細かく指示を出せず、乗員を信頼して頼るしかなかった。

結果、乗員が自ら学び、艦長に技術を教える文化が育った。上司が現場より詳しくないことが、かえって自走を促した——万能なリーダーほど組織の学習を止めうる、という示唆はなかなか痛烈だ。

二本目の正しい理解は、決定権を持つ人が増えるほど効いてくる。全員が同じ目標を見ていなければ、判断はバラバラに散る。マルケ氏は幹部一人ひとりと、任期の終わりまでに達成したい測定可能な長期目標を対等な立場で設定した。

さらに徹底したのが、監視の撤廃だ。上司が部下を細かくチェックする書類や手順は、お前を信じていないという裏の伝言を送り、当事者意識を削ぐ。休暇の承認から副長を外し、現場の上等兵曹が最終判断できるようにして、百年以上続いた海軍の慣行を書き換えた。

ミスを避ける組織は衰退する、という逆説

本書で最も反直感的な主張がこれだ。ミスを犯さないことを組織の目標に据えると、組織はかえってしぼんでいく。処罰を恐れた人間が、何もしない・何も決めないことを最大の成功と見なし始めるからだ。

だからマルケ氏は成功の定義を、失敗や批判がない状態から、優れた成果をあげることへ置き換える。狙いは前進なのに、副産物としてケアレスミスまで減っていった、という逆転が面白い。

では現場のミスはどう防ぐのか。きっかけは、優秀な兵曹が操作禁止の「赤タグ」を無意識に手でどけて電源を入れてしまった事件だった。彼は処罰覚悟で正直に報告する。

マルケ氏は一切叱責せず、監督者たちと再発を防ぐ方法を七時間半かけて話し合った。答えは再訓練でも監督者の増員でもなく、操作の直前に手を止め、これから行う動作を声に出してジェスチャーで示す——指差し呼称に近い習慣だった。

無意識のルーティンが招くミスを止め、隣の仲間が誤りに気づける状態をつくる。抽象語だった「チームワーク」が、初めて現場の動作として立ち上がった瞬間だ。

サンタフェは後に、原子炉操作検査で最高点を取る。ただし叱らないという選択は、正直な報告が処罰されない前提があって初めて機能する。心理的安全性を欠いた職場でこの一手だけを真似れば、隠蔽を見逃すだけに終わりかねない点は補って読みたい。

「説明」を「確認」に変え、完璧主義を手放す

もう一つの仕組みが、事前ミーティングの作り替えだ。従来はリーダーが手順を一方的に読み上げる「説明」で、聞き手は理解したふりで頷けば済んだ。マルケ氏はこれを、責任者がメンバーに質問を投げる「確認」へ変える。

質問されると分かっていれば、メンバーは事前に自分で勉強するしかない。準備の責任が、話し手から聞き手へ移るのだ。この小さな設計変更だけで自発的に学ぶ文化が定着した、という事実は示唆に富む。

完璧主義への釘刺しも鋭い。ある航海科長は規則を完璧に守った海図を仕上げたが、それは潜水艦が通れない浅瀬を通る、使い物にならない海図だった。完璧を求めると、部下は批判を恐れて時間をかけ、的外れなものを完成させる。

だからマルケ氏は、初期段階から三十秒ほどの短い対話をこまめに交わす方式に切り替え、手戻りと不満を大きく減らした。危機のときも同じで、百パーセント確実でない勘や懸念でも率直に口に出せる文化を育てた。

確実だと思い込むのは傲慢で、確実でないと言えるのは強みだ、と。会話量の多い司令室ほど、結果として安全になる。

一年で起きた地殻変動と、去った後の十年

抽象論に聞こえた人のために、数字を置いておく。着任前の一九九八年と改革後の一九九九年を比べると、再乗艦を願い出た下士官兵は三人から三十六人へ、乗員の残留率はゼロから百パーセントへ跳ね上がった。

昇進者も三十人から四十八人へ増え、全体の四割が昇進している。士官養成プログラムの受講資格を得た者も、一人から三人になった。だがマルケ氏が「本当の成功」と呼ぶのは、この一年の数字ではない。

彼が退任した後もサンタフェは七年連続で最優秀上等兵曹賞の受賞者を出し、戦隊で最も戦闘力に秀でた艦へ贈られるE賞を十年で三度受けている。彼の下で科長を務めた面々の多くが、自ら艦を率いる艦長へ昇進していった。

リーダーが去った後に組織がどう回るか——そこにしか本物の答えはない、という時間軸の長さが、本書を凡百のリーダー論と分ける。

一冊を貫くのは、リーダーの最大の敵は自分の内側にある、という視点だ。問題が起きた瞬間に解決策を叫びたくなる支配欲を抑え、部下に考える「間」を渡せるか。

マルケ氏は、自分を制することができて初めて支配する力を手放し、リーダーを生み出せると書く。命令をやめた艦長の三年間は、結局この一文に尽きる。

ただし念のため付け加えれば、これは失敗が命に直結する高練度の組織で起きた話だ。技能も規律もまだ薄い現場でいきなり全権を手放せば逆効果になりうる。

本書の価値は命令をなくせという結論そのものより、技能・理解・言葉の型をどう先に仕込むか、というその段取りの側にある。


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