「お金が欲しい」と願ってきた。それなのに、一向に増えない。
この本は、その理由をあっさり言い切ってしまう。「儲けたい」と願うことと、「自分は儲けられる人間だ」と本心から信じることのあいだには、天と地ほどの差がある、と。
『CHANCE チャンス』は、中古車販売で行き詰まった29歳の青年・卓也が、フェラーリに乗る成功者・弓池と出会い、課題をこなしながら「幸せな成功者」へと変わっていく物語だ。
著者は犬飼ターボさん。成功小説という体裁をとりながら、心のあり方の話と泥臭い経営の話が同じ温度で並んでいる、めずらしい一冊である。
物語を貫く問いはひとつ。「あなたはビジネスで成功したいのですか。それとも人生で成功したいのですか」。この問いの意味が最後にわかったとき、成功という言葉の見え方が変わる。編集部としては、その一点だけでも読む価値があると感じた。

ビジネスの成功は、人生の成功の一部でしかない
弓池が卓也に最初に突きつけるのが、冒頭の問いである。ビジネスの成功か、人生の成功か。
弓池はこう説く。人生には「経済」「健康」「愛情」「精神」という4つの領域があり、これらは互いに密接に影響し合っている、と。卓也はこれを成功の本質と受け取り、自分のノートのタイトルを「成功のカニミソ」から「成幸のカニミソ」へ書き直す。幸せを伴う成功、という意味だ。
たとえ話がうまい。家を建てるとき、お風呂が好きだからとバスルームのことだけ考えて建てると、住みにくい家になる。お金を稼ぐことだけに集中して他の領域をないがしろにすると、人生全体のバランスが崩れ、結局ビジネスもうまくいかなくなる。
人格が卑しい人が経済で長く成功するのは難しいし、経済の問題が健康や愛情に影を落とすこともある。だから本書はまず、「人生全体を見ろ」と視野を引き上げる。
ここは見落とされがちな前提だ。多くの成功本が「どう稼ぐか」から入るのに対し、この本は「何のために稼ぐのか」を先に置く。順番が逆なのである。
「儲けたい」と願う人が、儲からない理由
ここが本書でいちばん面白い。
成功する人としない人の決定的な違いは、セルフイメージにある、と弓池は言う。セルフイメージとは、本当の自分は何者かという自己認識のことだ。「自分は成功にふさわしい」と本心から思っている人は、無意識に成功へ向かう行動をとる。
逆にそれが低ければ、無意識に成功を避ける行動をとってしまう。
「自分が本当は成功者だと思う人はそうなるし、路上生活者だと思う人はそうなる」。考えが言葉になり、言葉が行動になり、それが現実になる。これがこの世の法則だ、と弓池は説く。
では、自分は成功者だと思えない人はどうするか。普通は「思考から変えよう」とする。ところが本書の答えは逆だ。「行動、言葉、考えの順にすればいい」。
まず成功者の真似をして行動する。「私はできます」と言葉に出す。すると後から成功者の思考が身についてくる。卓也も、自信がないまま成功者の振る舞いを真似ることから始めた。考えを変えてから動くのではなく、動きと言葉から考えを変える。順番をひっくり返すのが本書の実践知である。
この発想は、現代の心理学でいう「行動から感情を変える」アプローチとも重なる。やる気が出てから動くのではなく、動くからやる気が出る。気分が乗らない朝でも、まず机に向かうと作業が進む、あの感覚に近い。
物語には負の見本も出てくる。バブル期に大金を使いながら家族を大切にせず、崩壊後にすべてを失って公園で暮らすようになった路上生活者だ。自分をそういう存在だと思った人が、そのとおりになった例として描かれる。
セルフイメージと並んで弓池が重視するのが、目標の立て方だ。願うだけでは現実は動かない。
弓池が示すのは3つ。1つ目は目標を明確にすること。漠然と「お金が欲しい」ではなく、具体的な状態をイメージする。2つ目は、達成可能な小さなハードルを次々に置くこと。
「成功するコツは一番近くにある小さなハードルを目標にしていくことだ」と弓池は言う。3つ目は、良いアイデアやタイミングが来たら、すかさず実行に移すこと。
卓也が最初に立てた目標も「2年以内に毎月100万円の収入を生むビジネスを確立する」という、遠すぎない一歩だった。ここに編集部は救われる思いがした。成功本にありがちな「10億円を稼ぐ」式の遠大な目標ではなく、手が届く距離に旗を立てる。挫折しにくいのは、明らかにこちらだ。
お金の扱いにも原則がある。不労所得を手に入れるルールは、投資が先で消費が後。車や持ち家のようなお金を生まない消費を我慢し、利益を生み続ける資産への投資を優先する。
弓池はアパートから年900万円以上の家賃収入を得ていて、それは「死んだ後も社会にサービスを提供し続ける仕組み」でもあると語られる。お金を使う順番を変えるだけ、というのが効く。
画期的なアイデアより、うまくいっている真似
ビジネスの作り方になると、本書は急に現実的になる。
起業というと、誰もやっていない画期的なアイデアが必要だと思いがちだ。だが本書は逆を言う。個人で確実に成功するなら、ホームラン(まったく新しい市場)を狙うより、ヒットを重ねるほうが近道だ、と。
すでに市場があり、大手の競争が激しくない領域を選び、うまくいっているやり方を真似て少し改良する。
不況への向き合い方も意外だ。ビジネスには「痛みを取り除くもの」と「快楽を与えるもの」がある。節約、医療、教育のような痛みを取り除くビジネスは、景気に左右されにくく、不況でも安定して儲かる。人は快楽を得るより、痛みから逃れることを優先するからだ。
実際、卓也が引き継いだ整体院は、ダイエットコンサルティングを導入してから化ける。期間3か月で1人25万円、減量成功率95%、返金率2%以下という高単価サービスだ。
導入月には折込チラシ5万枚で来院10名・契約6名、店全体で売上350万円超、利益120万円。1か月目に30万円の赤字だった店が、ここまで変わる。
数字が具体的なのがありがたい。物語の説得力は、こうした「現場で回る数字」が支えている。著者自身が整体院やブローカー業で挫折と再起を経験しているからこその描写だろう。
売上は3つの掛け算、人は過去の行動で見抜く
売上の伸ばし方も明快だ。売上は「新規客数 × 顧客単価 × リピート率」の掛け算で決まる。
新規のお客さんを増やすことばかりに気を取られがちだが、それはコストも手間もかかる。それより、顧客の価値観を教育してリピート率を高めたり、セット販売で単価を上げたり、3つに均等に工夫を凝らすほうが、結果として楽に売上が伸びる。
決断の仕方には2つのパターンがある。日々の小さな挑戦は「構えて、撃って、狙いを定める」。完璧な計画より、まず撃ってから結果を見て修正するスピードを取る。
一方、多額の資金が絡む致命的リスクのある決定は、急がず、あえてネガティブになって問題点を洗い出してから決める。普段は即断でも、大きな決定はじっくり、という使い分けだ。
採用も本書らしい。面接では未来の抱負を聞かない。「人は言葉ではなく行動で判断する」からだ。「売上にどう貢献しますか」では理想論しか返ってこない。
だから「過去の職場で売上に貢献した場面」を具体的に掘り下げ、結果どうなったかを確認する。これは採用に限らず、人を見るときの普遍的なコツだと感じる。
スタッフが動かないときは、責める前に仕組みを疑う。手順がマニュアル化されていないから、安心して動けないのかもしれない。マクドナルドが一流シェフでなく短期研修のアルバイトで店を回せるのは、優れた仕組みがあるからだ、と本書は例を引く。
トラブルは、自分の心が引き寄せている
物語の後半、卓也はパートスタッフとの対立と解雇トラブルに直面する。
ここで弓池が説くのが、「すべては順調に進んでいる」という受け止め方だ。トラブルや失敗は、自分を成長させるために自ら引き寄せた「学ぶチャンス」だと捉える。
環境は自分の心を映す鏡であり、原因は自分の中にある。このトラブルも、卓也の他者を見下す心や虚栄心が引き寄せたものとして描かれる。
ここは好みが分かれるところだろう。「環境は心の鏡」という語り口がスピリチュアル寄りに聞こえる読者もいるはずだ。編集部としては、因果の真偽はさておき、「外側を責めず、自分の側に改善点を探す」という構えそのものは実用的だと受け取った。
大事なのは、ミスをした自分を責めないことだ。間違いに気づいた自分を、責めるのではなく褒めてあげる。ありのままの自分を許し、その失敗から学ぶことで人格が高まり、結果として環境も良い方向へ変わっていく。
一見理不尽な出来事も、すぐには意味がわからなくていい。未来の自分にとって良い意味があると信じて、心の「なぞなぞボックス」に保留しておく。そういう持ちこたえ方も示される。
人を勝たせた人が、いちばん大きく勝つ
そして本書最大のテーマが来る。「他の人の成功に貢献した時、最も大きな成功を手に入れる」。
お金儲けは、誰かが得をすれば誰かが損をする奪い合いだと思われがちだ。だが弓池はこの世の豊かさは無限だと言う。海の水の量のように、誰かが豊かになっても他人の豊かさが減るわけではない。だから他人の成功を心から喜び、助けることができる。
卓也は、周囲の協力者に感謝し、利益やロイヤルティを分かち合うことで、自分の成功も加速させていく。最終的に整体院は月100万円以上の利益を出す繁盛店になり、2号店を出し、年収は2000万円近くに達して、憧れの車を手にする。
奪い合いから分かち合いへ抜けたとき、成功のスピードが上がるという循環だ。
物語の終盤、弓池は脳の病で突然倒れ、亡くなる。卓也はそこで、弓池が自分から「失敗するチャンス」を奪わずに見守っていたことに気づく。手取り足取り教えて危険を取り除くのが良い指導者だと思われがちだが、本書は逆を言う。
あえて失敗させ、失敗から学ぶプロセスを経験させることこそ、相手を自立した成功者に育てる最高の愛情だ、と。弓池がアドバイスを安売りせず、課題を出し続けたのも同じ理由である。
簡単に教えすぎると、相手は実行しないからだ。
おわりに 今日からできる3つのこと
本書を一言で表すなら、「真の成功者になるために、自分の心を育てていく旅のガイドブック」だ。読み終えて手元に残る実践を、3つだけ挙げておきたい。
ひとつ、ネガティブな口癖を断定の言葉に変える。「できない」「ついていない」「したいと思う」をやめ、「します」「できます」「ついている」と言い切る。行動・言葉・考えの順で変えるなら、まず変えやすいのは言葉だ。
ふたつ、収入が入ったら、贅沢の前に「お金を生むもの」へ取り分ける。投資が先で消費が後。余ったら投資するのではなく、先に取り分けてから残りで暮らす。
みっつ、3か月以内に達成できる目標を、一つ紙に書く。大きな目標ではなく、一番近くにある小さなハードルを。書いて、毎日見る。
冒頭の問いに戻ろう。ビジネスで成功したいのか、人生で成功したいのか。最後まで読むと、これは二択ではないとわかる。人生の成功という大きな円の中に、ビジネスの成功が含まれている。
順番を間違えなければ、両方が手に入る。今日の小さな一歩で失敗しても、それは順調に進んでいる証拠なのかもしれない。
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