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『超訳 カーネギー 人を動かす』デール・カーネギー|正論で人は動かせない。カギは「自尊心」だった

コミュニケーション・文章術 ✍ デール・カーネギー
約7分で読めます

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『超訳 カーネギー 人を動かす』
目次

正しいことを言ったはずなのに、相手はかえって意固地になった。会議で筋道を立てて説明し、根拠となる数字までそろえたのに、納得どころか腕を組んで反論を始める。

こちらが正論であればあるほど、なぜか関係だけがこじれていく。多くの人が一度は味わうこの理不尽さを、デール・カーネギーの『超訳 カーネギー 人を動かす』は正面から扱う。

原著は1936年の刊行だ。本書はその初版のエッセンスを現代語に凝縮した「超訳」版で、細かな事例よりも原則を素早くつかめる構成になっている。九十年近く読み継がれてきたのは、書かれているのが小手先のテクニックではなく、時代が変わっても揺るがない「人間の習性」だからだろう。

以下では、本書が何を問題とし、どんな論理でそれに答え、明日から何を変えればいいのかを順に追っていく。

図解

正論が通じないのは、人が感情で動く生き物だから

本書の土台にある人間観は、一行で言い切れる。人は論理では動かない、ということだ。

カーネギーは、人間を感情の生き物であり、偏見に満ち、プライドと虚栄心に突き動かされる存在として描く。だからどれほど理路整然と説いても、相手のプライドを刺激した瞬間に話は止まる。

批判や非難が効かないのも同じ理由だ。人はどれほど間違っていても、まず自分を正当化する。本書は、凶悪犯ですら「自分は悪くない」と思い込んでいると指摘する。

正しさを突きつける行為は、相手の理性ではなく防衛本能のほうを起動させてしまう。

ここから本書は、人を扱う三つの土台を示す。批判も非難も不平も言わないこと。率直で誠実な評価を与えること。相手の中に、自ら動きたくなる欲求を起こさせること。

象徴的なのがリンカーンの逸話だ。南北戦争中、命令に背いて南軍を取り逃したミード将軍に激怒した彼は、痛烈な非難の手紙を書いた。だが投函しなかった。

非難すれば将軍は自己弁護に走り、軍全体が機能しなくなると見抜いていたからだ。その手紙は、彼の死後に発見されたという。

もっとも、この主張は冷静に受け止めたい。批判を一切するな、と読むのは早計だろう。要は、相手を追い詰める「非難」と、行動を具体的に正す「指摘」を混同するな、ということだと私たちは考える。感情を逆撫でせずに軌道修正するための入り口として本書が置くのが、次の「自己重要感」である。

人が最も飢えているのは「重要だと認められること」

人間が抱える欲求は多い。本書は食欲や睡眠欲など八つを挙げるが、その中で最も満たされにくいものがあるという。「重要な人間として認められたい」という渇きだ。

心理学者ウィリアム・ジェームズも、人間の本質の最大の特徴は承認を熱望する点にあると述べている。この渇きを誠実に満たすこと——それが本書の言う「人を動かす唯一の方法」だ。

ただし厳しい但し書きが付く。お世辞では通用しない。本書はお世辞と誠実な賞賛をはっきり分ける。前者は口先だけで利己的、後者は心がこもり相手本位。

かしこい相手ほど、その差を一瞬で見抜く。ここは現代の職場にもそのまま刺さる指摘だ。中身のない「すごいね」を連発する上司が信用を失うのは、部下が利己的な意図を敏感に嗅ぎ取るからにほかならない。

実業家チャールズ・シュワブも、人の長所を引き出す唯一の方法は褒めて励ますことだと信条にしていた。地位の高い名士でさえ、けなされたときより褒められたときのほうがよい仕事をする——この習性を、彼は徹底して使い切ったと本書は伝える。

賞賛の力は、とりわけ失敗の場面でこそ際立つ。ロックフェラーの共同経営者が南米の取引で会社資金の四割にあたる百万ドルを失ったとき、ロックフェラーはなじる代わりに、六割を回収できた手腕を心から褒めたという。

相手の自尊心を守ることが、次の挽回への意欲を引き出すわけだ。鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの墓碑銘は「自分より利口な人たちに恵まれし者、ここに眠る」だった。

専門知識ではなく人の重要感を満たす力こそが彼の武器だったことを、この一文がよく物語っている。

好かれる人は、主役の座を相手に譲っている

本書は「好かれる方法」を、いくつかの習慣に分解して示す。共通するのは、どれも自分を売り込むのとは逆向きだという点だ。

第一に、相手へ純粋な関心を寄せること。人は一日中、何より自分自身に関心を向けている。だから自分を宣伝する人より、こちらに関心を向けてくれる人を好きになる。

第二に、笑顔。言葉より雄弁に「あなたに会えてうれしい」を伝える。二十年しかめ面で通した株式仲買人が、毎朝笑顔をつくる習慣を始めただけで家庭に温かさが戻り、仕事の成果まで上向いた、という逸話は象徴的だ。

第三に、名前を覚えて呼ぶこと。人は自分の名前に最大の愛着を持つ。ルーズベルト大統領が身分に関係なく相手を名前で呼び、感謝を伝えたという逸話は、この習性を巧みに突いている。

第四に、聞き役に徹すること。人は話し上手より聞き上手を好む。あるディナーで植物学者の話を深夜まで聞き続けたカーネギー自身が、ほとんど何も語らないまま会話上手だと絶賛された、という一幕は示唆に富む。

聞くことそれ自体が、最上の会話術になりうるのだ。

これらを貫くのは、会話や関係の主役の座を相手へ明け渡すという発想だ。自分の素晴らしさをアピールするのをやめた瞬間に、人はこちらへ近づいてくる。逆説的だが、承認を求める者ではなく承認を与える者のところに、人は集まる。

ただ注意したいのは、これらを「好かれるための計算」として使うと、本書が最も嫌うお世辞と同じ臭いが出てしまう点だ。関心も笑顔も、演じるほど空々しくなる。

技術として学びつつ、動機は本物にしておく——この両立が読者に課される宿題になる。

議論に勝つほど、人は遠ざかる

説得したいとき、私たちはつい議論で相手をねじ伏せようとする。本書はここに強い一撃を入れる。議論に勝つことはできない、と。負ければもちろん負け。勝っても相手のプライドを傷つけて恨みを買うのだから、やはり負けだ。議論の大半は、双方がより頑固になって終わる。

では間違いをどう正すか。頭ごなしに「あなたは違う」と言ってはいけない。むしろ「私が間違っているかもしれないので、一緒に考えたい」と切り出す。

自分の非を先に認めれば、相手の防衛本能はゆるむ。ある税務コンサルタントは、課税額をめぐって調査官と一時間議論しても決着がつかず、途中で争うのをやめて相手の仕事に敬意を示した。

すると調査官の態度は一変し、申告はそのまま受理されたという。権威を認められ、自尊心が満たされたからだ。

もう一つの鍵が、相手に「イエス」を重ねさせること。本書はこれをソクラテス式問答と呼ぶ。一度でも「ノー」と言わせると、人はプライドを守るために拒み続ける。

だから話の入り口では、意見の一致点だけを並べていくのが得策だという。土台にあるのは相手の立場に立つ力で、ヘンリー・フォードも、成功の秘訣は自分と相手の両方の視点から物事を見る能力にあると語ったと本書は紹介する。

この「同意から入る」技法は強力だが、使い方を誤れば誘導や操作にもなりうる。効くからこそ、目的の誠実さが問われる道具だと言える。

同じ原理は、敵対する相手を味方へ変える場面でも働く。ベンジャミン・フランクリンは、自分を嫌う有力議員の心を、珍しい蔵書を数日貸してほしいと丁重に頼むことで開いた。

借りた本を礼状とともに返すと、その議員は生涯の協力者になったという。人は自分が親切にした相手を好きになる——その習性を突いた鮮やかな一手だ。

敵をねじ伏せるのではなく、味方の側から呼びかける。この転換こそ、本書に一貫する姿勢である。

命令せず「自分で思いついた」と感じさせる

人は、他人に押しつけられた考えより、自分で思いついた考えを実行したがる。だから優れた説得は命令の形をとらない。あるファッションデザイナーは、有力バイヤーに百五十回売り込んで失敗し続けたが、やり方を変えた。

未完成のスケッチを持参し「どうすれば使えるものになるか教えてほしい」と助言を求めたところ、案は採用され、注文が続くようになったという。手柄を相手へ渡すことで道が開いた例だ。

反感を買わずに人を変えるにも順番がある。まず心から褒めてから、伝えにくい事実を告げる。注意する前に、自分の過去の失敗を先に打ち明ける。命令ではなく「こうしてはどうだろう」と提案の形で投げかける。

人前では叱らず、相手の顔を立てる。とりわけ本書が強調するのが、相手に良い評判や肩書を与えて、それに応えさせるやり方だ。待遇に不満をこぼす機械工に「サービス部門長」の肩書を与えたら不平が消えた、という逸話が引かれる。

人は、期待された自分になろうとする。その習性を、脅しではなく信頼の側から使うわけだ。

この章は本書で最も実践的だが、同時に危うさもはらむ。肩書や賞賛を「人を操るスイッチ」として扱えば、いずれ見透かされる。相手の成長を本気で願っているかどうか——その一点が、同じ手法を誠実な後押しにも、巧妙な操縦にも分ける。

家庭でこそ試される、地味な習慣

本書の後半は、意外にも家庭を扱う。ビジネスで成功しても家庭が荒れていれば幸せとは言えない、という発想だろう。うまくいかない家庭が壊れるのは、大事件のせいではなく「ささいなことの積み重ね」だと本書は言う。

だから鉄則はシンプルだ。小言を言わない。批判しない。他人にはていねいなのに、配偶者にだけ無礼になっていないかを疑う。料理でも服装でも、相手の努力を惜しみなく賞賛し、感謝を言葉と行動で伝える。

イギリスの政治家ディズレーリが、自分より十五歳年上の夫人を三十年にわたり褒め続け、人もうらやむ結婚生活を送ったという例を本書は引く。職場で使うのと同じ熱量を、最も身近な相手にこそ注ぐ。

これは裏を返せば、本書のテクニックが小手先ではないことの証明でもある。相手を思う姿勢が本物なら、それは会議室でも食卓でも同じように働くはずだ。

本書を貫く教えは、突き詰めれば一つに尽きる。相手の自尊心を、誠実に満たすこと。批判をこらえ、賞賛を惜しまず、聞き役に回り、手柄を譲る。どれも地味で、派手な即効性はない。

だが、この習慣の積み重ねが、無関心を協力に、敵意さえ味方に変えていく。明日誰かと向き合うとき、反論を用意する前に、相手のどこを本気で認められるかをひとつ探してみてほしい。

人が動くのは、正しさを突きつけられたときではなく、大切に扱われたと感じたときなのだから。


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