会議で意見が割れ、空気が重くなった瞬間に、「まあ、そのへんで」と場を丸く収めた経験は誰にでもあるだろう。その手際のよさこそがチームの成長を止めている——本書はそう挑発する。対立をきれいに片づけるほど、集団は「そこそこ優秀なグループ」の位置で足踏みしてしまう、というのだ。
『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則』は、楽天大学の学長・仲山進也が、サッカー漫画『GIANT KILLING』を教科書に据えて書いたチームづくりの一冊である。
カリスマ監督もスター選手もいない「今いる顔ぶれ」で、下馬評をひっくり返す成果を出す。その道筋を、達海猛という一見むちゃな采配をふる監督の物語から読み解いていく。
漫画を下敷きにしているぶん理屈が場面として腹に落ちやすい反面、フィクションだからこそ都合よく運んでいる面もある点は、差し引いて読みたい。
「仲のいいグループ」は、まだチームではない
本書の出発点は、「グループ」と「チーム」をはっきり切り分けたことにある。仲山はジグソーパズルでたとえる。ピースを色や形で分類し、それらしく並べただけの状態が「グループ」だ。
役割分担はできていて、各自が持ち場を守る。ただし他人の仕事には口を出さない。表面は平穏だが、個々の力を単純に足し合わせた70点あたりで成果は頭打ちになる。
対して「チーム」は、ピースの凸凹をガチガチとぶつけ合わせ、ぴったりはまった状態を指す。この組み合わせ作業は必ず摩擦を生み、一時的にパフォーマンスを落とす。
だが、はまった瞬間に120点を叩き出す。ここから本書の合言葉が生まれる——70点のグループが、いったん赤点まで落ち、そこを抜けて120点以上のチームに化ける、という筋書きだ。
多くの組織はこの「赤点」の非効率を恐れ、組み合わせ作業に踏み込まない。だから70点で止まる。世の中の7〜8割はチームではなくグループのままだ、と仲山は見る。
仲がいいのに成果が伸びないチームは、失敗しているのではなく、成長の入り口で足を止めているだけなのかもしれない。
著者の立ち位置も説得力を後押しする。仲山は20人ほどのベンチャーだった時期の楽天に入り、数年で数千人規模へ膨らむ急成長を内側から体験した。通常なら数十年かけて起きる組織の「成長痛」を濃縮して味わったわけだ。この当事者感覚が、抽象論に流れがちなチーム論に体温を与えている。
チームは4つの段階を通って一つの生き物になる
グループがチームへ変わる道のりを、本書は4段階で描く。組織論では定番の枠組みだが、漫画の場面と重ねると一気に具体化する。
最初はフォーミング(形成期)。結成したてで、互いに様子見の段階だ。メンバーは指示を待ち、与えられた目標に向かって動く。次がストーミング(混乱期)。
各自が主張を始め、衝突が起きる。全体の力は一時的に下がり、例の「赤点」に沈む。ここが最大の関門になる。三つめがノーミング(規範期)。混乱を抜けて自分たちなりのルールができ、互いの動きが読めるようになる。
最後がトランスフォーミング(変態期)で、アシストが自動化し、チームが一つの生き物のように動きだす。
仲山はこの流れを細胞分裂になぞらえる。一つの細胞が二つに分かれるとき、丸いだけに見える初期こそ一番サボっているように映る。だが実際には、その時期に懸命にDNAを複製している。
ストーミングで数字が落ちて見えるのも、同じく次の飛躍のための仕込み期間なのだ、と。この見立ては、成果が一時的に下がったときリーダーが慌てないための、なかなか実用的な心の支えになる。
優秀なリーダーほどチームを弱くする――だから混乱を仕掛ける
本書でもっとも反直感的なのが、「優秀すぎるリーダーがチームの成長を止める」という主張だ。頭が切れ、的確に指示を出し、進捗をきちんと管理する。
一見、理想のリーダーである。ところがこのやり方では、メンバーから自分で考える機会も、主張する余地も奪ってしまう。すべてがリーダーの想像の範囲内で回るため、到達点は「優秀なグループ」止まり。
ストーミングへ進む隙がないのだ。達海はこの逆説を、思いどおりに進んで何が楽しい、自分の頭の中よりすごいことが起きた瞬間こそ面白い、という趣旨のセリフで突いてみせる。
だからこそ本書は、リーダーにあえてコントロールを手放すよう促す。チームをつくるとは、組織を管理して結果を出すことではなく、手綱を緩めてストーミングをくぐり抜け、想定を超える可能性を引き出すことだ、と定義し直す。
歴代のサッカー日本代表監督の対比がわかりやすい。「俺の言うことを聞け」型で結果を出したトルシエ、自由を与えたがストーミングまで至らなかったジーコ、「考えて走る」で選手同士の対話を誘発したオシム。
同じ「自由を与える」でも、混乱を成長へ変換できるかどうかで結末が分かれる。
この「混乱」を、リーダーは自然発生に任せず、自分から仕掛けにいく。達海は監督就任直後のキャンプで、初日のメニューに「自習」を命じた。何をすべきかを教えない。
選手もスタッフも戸惑い、チームに口論が走る。正解を与えず「問い」だけを差し出すと、メンバーの中に「自分なりの答えを持っている理想」と「まだ持っていない現実」のギャップが生まれる。
このギャップが、情報を取りにいくアンテナの感度を高める。教えられたものは他人のものだが、自分でつかんだものは自分のものになる。だから自律へつながる、という理屈だ。
ただし、ここは慎重に読みたい。コントロールを手放すという処方は、放任と紙一重である。土台のないまま権限だけ委ねれば、チームはただ空中分解する。
本書自身も、混乱を起こす前に「何のためにこの困難を越えるのか」というビジョンと「混乱には意義がある」という共通認識を仕込み、対立が個人攻撃に転じないよう安全を守れ、と釘を刺す。
混乱を歓迎せよという教えは、混乱を放置せよという意味では決してない。意図的なストーミングは劇薬で、心理的安全性という受け皿があって初めて効く。
順番を取り違えれば、成長痛ではなくただの内紛になる。
やる気は足し算ではなく掛け算で決まる
チームのエネルギーを、仲山は足し算ではなく掛け算でとらえる。ここが独特だ。いつもの状態を1.0とし、少しネガティブな人を0.9、少しポジティブな人を1.1と置く。
0.9の人が11人集まると、0.9の11乗でチーム全体は約0.31。1.1の人が11人なら約2.85。その差はおよそ10倍になる。掛け算だから、一人ひとりの小さな差が全体を大きく左右する、というわけだ。
むろんこの数字は厳密な実測ではなく、直感を刺激するための比喩にすぎない。ただ、ネガティブが伝染して場を蝕んでいく感覚には確かに覚えがあり、モデルの粗さを超えて腑に落ちる。
では何が人を1.1にするのか。本書はその正体を「自己重要感」——自分の存在は重要だと感じたい欲求——だと言う。ここで避けるべき言葉がはっきり名指しされる。
「なぜ○○したのか」だ。過去のしくじりに向けたこの問いは責任追及のにおいを帯び、相手の自己重要感を下げ、言い訳を生む「0.9のコミュニケーション」になる。
逆に、うまくいったときに「なぜあのとき、あんないいプレーができたのか」と尋ねれば、同じ「なぜ」でも相手の自信を引き出せる。問いの向きを未来と成功に変えるだけで言葉の効果が反転するという指摘は、明日すぐ試せる実用性がある。
救いがあるのは、結果が出ていなくても自己重要感は高められるという点だ。方法は「声をかける」「受け入れる」「見ている」「意味を与える」の4つ。
存在そのものを認めるこの働きかけを、本書はアクナレッジメント(存在承認)と呼ぶ。達海が、ミスを重ねる椿に「何度でもしくじれ。その代わり1回のプレーで観客を酔わせろ」と過去の事実を添えて声をかける場面は、この考えを象徴している。
凸凹を組み合わせる――強みは見つけ、弱みは活かす
チームワークの土台になるのが「凸凹力」だ。各自の凸(強み)と凹(弱み)を理解し、自分の凹を誰かの凸で補い、自分の凸で誰かの凹を活かす力を指す。
本書の鋭さは、強みと弱みを表裏一体でとらえた点にある。キャプテンの村越は、強すぎる責任感からチームのすべてを一人で背負い込み、本来の攻めを殺していた。
責任感という凸が、抱え込みという凹として現れていたわけだ。達海がキャプテンの肩書きを外すと、負担が軽くなり、リスクを取った攻め上がりからゴールを決める。
仲山は「弱みは見つかるもの。強みは見つけるもの」と書く。弱みは放っておいても目につくが、真の強みは本人には当たり前すぎて自覚しにくい。だからリーダーが見つけ、言葉にして手渡す必要がある。
ネガティブに出た弱みから才能を逆算せよ、という助言も実践的だ。抱え込んでフリーズする人には、裏返せば「責任感」という才能が眠っている。
採用の話も逆説的で面白い。エース級の人材は大きな凸を持つぶん凹も大きく、周囲が依存してチームが回らなくなる危険がある。だから「レベルを合わせて、タイプを散らす」のが強いチームの極意だという。
似たタイプばかり集めると、逆境で誰も強みを出せず全滅しかねない。自分の弱点を一人で克服しようと消耗するより、他人の強みと組み合わせ、浮いた時間で自分の強みを磨くほうが、結局は早い。個人の弱点克服を美徳とする発想への、静かな反論になっている。
明日、意見がぶつかってもすぐに収めない
チームが有機的に動くフェーズでは、「予測力」と「アシスト力」が鍵になる。予測力を支えるのは二つの式だ。「課題=理想−現実」で目的地と現在地のギャップを課題として可視化し、「判断=価値基準×インプット情報」で、同じ価値基準と同じ情報を共有すれば互いの動きが読めるようになる。
仲山は、価値基準を伝えるには「らしさ」そのものより「らしくないもの(NGゾーン)」を明確にするほうが効く、と説く。予測力が高まれば、「それは私の仕事ではない」という空気は消え、陸上リレーのバトンゾーンのように仕事の重なりが生まれる。
現場で試せる一手も具体的だ。「なぜ○○したのか」をチームのNGワードにする。自己紹介や短い日報でコミュニケーションの絶対量を仕組みで増やす。
今月の目標(理想)と今日の実績(現実)をホワイトボードに並べ、全員が同じ情報を持つ。ある会社が出荷作業に「おしゃべり禁止」という制約を課したら、身振りでの伝え合いや他部署からのアシストが生まれ、4時間の作業が1時間半に縮んだ、という逸話も添えられている。
制約は人を縛る道具にも、作業をゲームに変えて自発性を引き出す道具にもなる。
読み終えて残るのは、混乱を怖がらない態度の大切さだ。チームがギスギスしはじめると、私たちはつい元の平穏へ引き戻そうとする。だが仲山に言わせれば、それはさなぎが蝶になる前の成長痛かもしれない。
慌てて収めれば、70点のグループへ逆戻りするだけだ。明日、チームで意見がぶつかったら、今日だけはすぐに収めにいかず、もう一言だけ本音を引き出してみる。
案外そこから、チームは始まる。