読み終えた本の中身を、数日後に誰かへ説明しようとして言葉に詰まります。そんな経験がある人は多いはずです。スマホでニュースや記事を次々流し読みしたあと、何を読んだか思い出せないことも珍しくありません。
『読書する脳』は、この「読んだのに残らない」現象を精神論ではなく脳の作動原理から解き明かす一冊です。著者の毛内拡さんはお茶の水女子大学で神経生理学を研究する研究者で、紙とデジタルで読む行為そのものがどう違うのかを、実験データを積み重ねながら説明していきます。

紙とスマホでは、脳の使い方がそもそも違う
脳の使い方は、紙とスマホでまったく別物になります。本書の核になっているのは、同じ小説を紙とスマホで読ませて理解度を比較した実験です。昭和大学の研究チームが健常な成人を対象に行ったもので、読了後のテストの平均点は紙の方が明確に高かったです。字面はまったく同じなのに、記憶への残り方に差が出ます。
興味深いのは、点数だけでなく生理反応も記録されていたことです。スマホで読んでいる間、被験者の無意識のため息が減っていたといいます。ため息は脳の負荷を和らげる呼吸だとされており、それが減るということは、脳が休みなく働き続けていたことを意味します。
この違いを本書は次のように説明します。画面をスクロールする操作、視界の端をよぎる通知、光の刺激。
文章の中身とは関係のないこれらの処理が積み重なり、脳の交通整理を担う前頭前野が過活動に陥ります。読んでいる内容を理解する余力が、その分だけ削られてしまう構造です。
一方、紙の本を読むときの脳は、ページの厚みや指先の感触、文字がどのあたりに書かれていたかといった空間的な手がかりも同時に使っています。本書はこれを空間的ナビゲーションと呼び、頭の中に本一冊分の見取り図をつくる働きだと説明します。
この見取り図があると、あとで内容を思い出すときの負担が軽くなり、理解そのものに使える余力が増えます。
複数の研究を束ねたメタ分析でも、紙の優位は一貫して確認されており、しかもデジタル機器が普及するほどその差が縮まるどころか広がっていたという指摘もあります。使い慣れれば脳も適応するはずだという楽観は、データの上では裏切られています。
本書がもうひとつ紹介するのが、修道女を対象にした長期の認知症追跡調査です。101歳まで聡明に教育活動を続けたある修道女は、死後に脳を調べるとアルツハイマー病の特徴である老人斑が大量に見つかりました。
通常なら重い認知症の症状が出ていてもおかしくない損傷量だったにもかかわらず、生前の知性はほとんど損なわれていなかったといいます。研究者はこの現象を認知予備力と呼びます。
若いころからの読書や執筆の積み重ねが神経のネットワークを分厚くし、脳の一部が傷んでも別の経路で機能を補えるだけの余力を蓄えていたという説明です。
脳の物理的な損傷と、実際に発揮される知的な能力は、必ずしも一致しません。
脳はもともと「省エネ」を優先する臓器だ
脳は、できるだけ楽に答えを出すことを優先する省エネの臓器です。なぜ脳は、画面の刺激にこれほど弱いのか。本書はここで、脳という臓器そのものの性質にさかのぼります。
脳は体重の一部にすぎないのに、体全体のエネルギーのかなりの割合を消費する大食いの器官です。だからこそ、あらゆる場面で節約が働きます。
その代表がヒューリスティック、つまり経験則に頼った早い思考です。速いぶん偏りも生まれやすく、見たい情報だけを集めてしまう傾向や、変化を避けたがる傾向は、この省エネ設計の副産物として説明されます。
SNSの通知やショート動画に時間を吸い取られるのも、同じ仕組みの延長線上にある出来事だといいます。脳は快感そのものより、次に何がもらえるか分からない不確実な報酬に強く引きつけられます。予測できない刺激は、省エネ志向の脳にとって抗いがたい誘惑になります。
本書がとりわけ踏み込むのが、休息の中身についての指摘です。仕事終わりにぼんやりスマホを眺める時間を、多くの人は脳を休ませている時間だと思っています。
ところが何もしていないはずの安静時にこそ強く働く回路があり、それが過去の後悔や未来の不安を延々と繰り返す反芻思考の発生源になっているといいます。
これを鎮める方法として本書が挙げるのが、能動的に本の世界へ没頭することです。物語に集中する状態に入ると、反芻を生む回路が静まり、脳の緊張がほぐれていきます。
イギリスの大学で行われた実験では、わずか数分の静かな読書で心拍数や筋肉の緊張が下がり、音楽鑑賞や散歩よりもストレスの低下幅が大きかったという結果も紹介されています。
規模の小さな実験である点には留保が要りますが、読書が持つ鎮静効果の傍証として興味深いです。
「思い出す」工程を飛ばすと記憶は残らない
記憶に残すのは、読み返すことよりも思い出すことです。読んだ内容を実際に定着させる方法について、本書の答えは一貫しています。
本を閉じたあとに、自分の言葉で内容を書き出します。この能動的に思い出そうとする作業そのものが、記憶に関わる脳のネットワークを働かせ、情報を長く残りやすい形に変えていきます。
本書はこれを想起練習と呼びます。読みながら線を引いたりメモを取ったりする行為は理解の助けにはなりますが、あとで読み返すだけでは記憶の定着という点では弱い、という区別が本書の主張の芯にあります。
読み始める前の準備も軽視できません。アメリカの教育心理学者が提唱した読書法では、読み始める前に自分なりの問いを立てる工程が組み込まれています。あらかじめ問いを持って読むと、脳は答えを探す姿勢に切り替わり、ただ文字を目で追うだけの受け身な状態とは情報の入り方が変わってきます。
対照的に本書が警戒するのが速読です。スピードを極限まで上げると、脳は負荷を避けるために、自分がすでに知っていることや欲しいキーワードに合う部分だけを拾い集めるようになります。
速く読むほど、都合のいい情報だけを拾う偏りが強まる、という逆説がそこにはあります。著者が本当に伝えたかった、読み手の予想を裏切るような視点ほど、速読では取りこぼされやすいです。
「本を読んだことがない人でも、読書を通じて重大なものを創っている」
本書のはじめにに置かれたこの一文が、読書という行為をどう捉えるかの前提になっています。読書は情報を受け取るだけの行為ではなく、脳そのものをつくり変えていく作業だという見立てです。
もやもやを残したまま本を閉じていい
答えが出ないまま本を閉じることは、失敗ではなく、記憶と思考を働かせ続ける仕掛けになります。最終章で本書が扱うのは、読後感そのものの意味です。すっきり結論が出ないまま本を閉じることを、多くの人は失敗だと感じます。しかし本書はこの見方を覆します。
達成されなかった課題ほど鮮明に記憶に残るという心理学の知見をもとに、本書は未完了のまま残る疑問こそが記憶と思考を長く働かせ続けるきっかけになると説明します。
答えが出ないもやもやを抱えたまま本を閉じると、脳は無意識のうちにその隙間を埋めようとし、自分なりの解釈を組み立て始めます。他人が用意した結論をそのまま受け取るより、そこで得られるものは大きいです。
「問い」を持ったまま日常に戻ることが、読んだ内容を長く自分の中で発酵させる
これは著者の主張を要約したものですが、生成AIが忖度した答えをすぐに返し、SNSが承認欲求の回路を刺激してくる環境にいる私たちにとって、答えの出ない状態に耐えながら自分の頭で考え続ける力は、これまで以上に希少になっています。本書が読書を精神的な自由を取り戻す手段として位置づけているのは、この文脈があってのことでしょう。
明日からできること
昼休みに紙の本を6分だけ開き、スマホは手の届かない場所へ置いて読みましょう。本書が挙げる実践のうち、特にハードルが低いものを3つに絞ります。
- 事前の問い:読み始める前に、目次を眺めて自分なりの問いを2つ紙に書きます。「この本から何を学ぶか」のような漠然とした問いではなく、本文の中に答えがありそうな具体的な形にするのがコツです
- 書き出し:読み終えたら本を閉じ、白紙に内容を3点だけ自分の言葉で書き出します。本を開いたまま書き写すと、思い出す工程が抜け落ちて効果が薄れてしまいます
- 紙で6分:昼休みなど短い時間を見つけて、スマホを物理的に手の届かない場所へ置き、紙の本を開きます
6分は、実験で効果が確認された時間の長さに合わせた提案です。電子書籍を開くと通知や操作で前頭前野が過活動に入りやすく、狙いとは逆の結果を招きます。
読書を「情報を効率よく仕入れる行為」だと捉えているうちは、速く読むほど得だという計算が成り立ちます。だが読書が脳の配線を組み替える作業なのだとしたら、速さは指標として意味を持ちません。数日後にふと内容を思い出せる読み方のほうが、結局は近道になります。
合わせて読みたい
『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン スマホがなぜ脳の報酬系を強くハックしてしまうのかを、人類の進化史の側面から解き明かした一冊。本書が紙の読書を解決策に据えるのに対し、こちらは運動や睡眠を切り口にしており、あわせて読むと対処の選択肢が広がります。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆 『読書する脳』の中でも直接触れられている一冊。脳の省エネ志向という内側からの説明と、労働環境や効率至上主義という外側からの説明が組み合わさり、本が読めなくなる理由がより立体的に見えてきます。
『本の読み方』平野啓一郎 速読が思考の偏りを強めてしまうという本書の警告を、小説家の視点から実践的に掘り下げた一冊。行間を読むという作業が具体的にどんな手つきなのか知りたくなったら、こちらに手を伸ばすとよいでしょう。
