「別にいいけど……」
不満げなトーンで、友人がそう言った。ASDの傾向がある32歳の男性Gさんは、その言葉を字面どおりに受け取り、「じゃあ明日もよろしく」と返してしまう。友人は本気で腹を立て、良好だった関係はしばらくぎくしゃくした。
Gさんに悪意はまったくない。声に滲んだ不満という情報そのものが、彼の脳には届いていなかっただけだ。
精神科医の岩瀬利郎さんは、臨床30年以上、1万人を超える患者と向き合ってきた実践者だ。『発達障害の人が見ている世界』が試みているのは、「なぜできないのか」を意志の弱さではなく、脳の設計の違いとして読み替えることである。取り上げるのはADHDとASD。
当事者の目に、耳に、実際には何が映り、何が聞こえているのかを、豊富な症例をもとに描いていく。

こんな人に読んでほしい
- 部下や後輩に頼んだ仕事が、意図とまるで違う形で返ってきた経験がある人
- 家族や同僚が急な予定変更に強く動揺したのを、わがままだと感じたことがある人
- 何度注意しても遅刻や忘れ物が直らない相手を、根性や意識の問題だと決めつけそうになっている人
序章、第1章・第2章、第3章という構成そのものにも工夫がある。序章で医学的な背景を押さえ、続く2つの章で日常の困りごとを「周囲からどう見えるか」と「本人の内側で何が起きているか」の両面から描き、最後の章でその特性を強みに転換する。
読み終える頃には、同じ行動が最初とは違って見えてくる仕掛けだ。
脳の設計が違う、という説明の仕方
本書の立場は最初のページではっきり示される。
「発達障害は病気ではなく、脳の”特性”です」(p.14)
治療して治す対象ではない、という宣言が土台になっている。
岩瀬さんは、人の気持ちを想像し関係を築く脳の働きをまとめて「社会脳」と呼ぶ。ここに生まれつきの偏りがあることが、発達障害の正体だという説明だ。
偏りの出方は部位によって異なる。相手の感情を想像する眼窩前頭皮質が弱いと、表情や声色から気持ちを読み取りにくくなる。喜怒哀楽を担う大脳辺縁系が過敏だと、感情の抑えが利かず衝動的な言動に出やすい。
脳幹からの指令にブレーキをかける前頭葉が弱いと、ADHDに特有の多動や衝動性として表れる。自分の感情そのものをモニタリングする島皮質が弱いと、今どう感じているかを自覚し言葉にすることが難しくなる。
有病率の推定値も添えられている。国内ではADHDがおよそ20人に1人、ASDがおよそ100人に1人程度とされる。文部科学省の統計によれば、通級指導教室に通う子どもの数は2006年から2019年の13年間で大きく伸びており、ADHDは1,631人から24,709人へと約15倍に、ASDは3,912人から25,635人へと約6.5倍に増えている。
岩瀬さんはこの急増を、単純な患者数の増加ではなく、社会の認知が進み、これまで隠れていた困りごとが表に出てきた結果でもあると読む。診断基準には届かないが同じ生きづらさを抱える「グレーゾーン」の人々も、本書の射程に含まれている。
会話の8割は、言葉になっていない
日常会話で、言葉そのものが運ぶ情報はおよそ2割にすぎないと本書は説明する。残り8割を担うのは表情、声の抑揚、しぐさ、その場の文脈だ。岩瀬さんはこれを「メタメッセージ」と呼ぶ。
ASD傾向のある人は、この非言語の8割を脳内で自動的に処理することが不得手だという。結果として、会話の2割にあたる言葉の情報だけを頼りに受け答えをすることになる。冒頭のGさんが受け取っていたのも、まさにこの2割だった。
本書には、同じ構造の場面がいくつも並ぶ。26歳の女性Kさんは、先輩の仕事を手伝ったあとに「今回は私も色々と勉強になったわ」とトーンを落として言われ、額面通り「本当ですか、良かったです」と返した。
社交辞令への応答としては的外れで、先輩は嫌味を返されたと受け止め機嫌を損ねている。28歳の男性Tさんは、前夜の飲み会について部長本人に「自慢話が長かった、みんな引いてました」とみんなの前で伝えた。
内容に嘘はなく、事実そのものだ。それでもオフィスの空気は一瞬で凍りついた。12歳のR君は骨折の診察で医師に「じゃあ、指を見せて」と言われて固まる。
指は10本あり、どれを指しているのか本気で判断がつかなかった。
著者がここで矛先を向けるのは当事者ではなく、伝える側の言葉の使い方だ。
「“この言い方でわかるだろう”は禁物!」(p.64)
解決策として提示されるのが「結論・理由・要望」の3段階だ。断りにくい誘いを断る場面ならこうなる。結論を先に「今回は参加を見送ります」と伝え、理由に「体調を崩し気味で、今週は静かに過ごしたいんです」を添え、要望として「次回は早めに声をかけてもらえると助かります」と続ける。
言葉を三つに割って渡すだけで、察してもらう前提の会話よりずっと摩擦が減ると著者は言う。日本語の会話は、言葉を尽くさず察し合う「あうんの呼吸」を美徳としてきた文化でもある。
多数派には心地よい省略が、ASD傾向のある人には解読できない暗号として立ちはだかっている。
「怠け」に見える行動の内側
第2章でもっとも実務的だったのが、時間の扱いだ。就職活動中の21歳の女性Wさんは、10時の面接に向けてメイクに15分、着替えに10分、合わせて25分前に起きれば間に合うと計算し、結果は大遅刻だった。
ADHD傾向のある人は、作業に必要な時間の見積もりが実際より大幅に短くなりやすいと本書は説明する。約束を軽んじているのではなく、必要な時間そのものが短く見えているのだ。
だから対策も意志の強さではなく仕組みの側に置かれる。本人の申告した所要時間を3倍にして予定を組み、集合時刻は実際より早めに伝え、準備は段階的なアラームで促す。
本書はこれを「見積もり時間×3の法則」と呼ぶ。
優先順位づけにも同じ苦手さが表れる。締切のある資料を後回しにして簡単な案件から手をつけ、時間切れになる30歳の女性Tさん。書類作業の途中でメールに気を取られ、パソコンの設定変更を始めてしまう25歳の男性Dさん。
仕事が重なると何から手をつけるか判断できず、画面の前で数時間動けなくなる30歳の女性Oさん。
背景にあるのがDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)と呼ばれる脳内の回路だ。ぼんやりしているときに働くこの領域の活動が、ADHD傾向のある人では定型発達の人より高いという。
目の前の会話や作業から意識が離れ、頭の中で別の思考が次々と展開する「マインド・ワンダリング」も、この回路の働きから説明される。
一方のASD傾向には、情報の重みづけが働きにくいという特徴がある。28歳の女性Fさんは、会議の発言を一字一句書き起こした長大な議事録を作り、上司から「長すぎる、要点だけまとめ直せ」と突き返された。
要領が悪いのではない。雑談も決定事項も同じ重さで受け取ってしまうため、「ここは省略していい」という取捨選択そのものが起きにくいのだ。片付けについても、本書は判断の問題として整理し直す。
「捨てるもの」「今必要なもの」「とりあえず取っておくもの」の3つに仕分け、対象の範囲も「今日は引き出しの1段目だけ」と区切る。「部屋をきれいにして」のような抽象的な指示は、むしろパニックを招くだけだと著者は指摘する。
叱るほど、脳は硬くなる
本書がもっとも強く警告しているのが、感情的な叱責の効果だ。ブレーキ役である前頭葉の働きが弱い相手を怒鳴っても、ブレーキそのものは強化されない。残るのは恐怖の記憶だけだ。
叱責が繰り返されると、うつ病や不安障害、睡眠障害、不登校やひきこもり、パニック障害、強迫性障害といった二次的な問題を招きやすい。これらは生まれ持った特性ではなく、後から積み上がったものだ。
一般的な生涯うつ病罹患率がおよそ100人に6人とされるのに対し、発達障害の当事者にはここへ、繰り返された失敗体験とそのフラッシュバックが上乗せされる。
「どうせ自分はダメだ」という自己否定の言葉の裏には、否定された記憶の積み重ねがあると著者は書く。当事者が落ち込んでいるとき必要なのは元気づけの言葉ではなく、まず聞くことだという。
第3章で、本はここまで積み上げてきた困りごとの見方を反転させる。同じことを繰り返しても苦にならない「同一性の保持」は、データの照合や契約書の校正、精密な検査に向く安定性になる。
旅先で見た風景をそのまま記憶する視覚的な記憶力は、大量の資料を扱う調査業務の武器になる。リスクを恐れない多動性・衝動性は、新規事業の立ち上げに向いた行動力になる。
常識にとらわれない不注意、いわゆるマインド・ワンダリングは、企画やクリエイティブの発想力になる。小学4年生の頃、自分の名前すら漢字で書けなかったという困難を抱えていた似鳥昭雄氏も、実例の一人として挙がる。
経営者としての実績を積み上げたあと、70代に入ってからADHDの診断を受けている。多動性から来る行動力を経営に注ぎ込んだ結果が、日本最大級の家具チェーンだという。
数値化された訓練で欠点を平均点に近づけるより、すでに得意な領域へ環境ごと寄せてしまう。本人にとっても組織にとっても、そのほうが早いというのが、この章の主張だ。
読みながら、引っかかった点も書いておきたい。本書が勧める環境調整の多くは、周囲の人間が感情をコントロールし続け、丁寧な対応を維持できることを前提にしている。
しかし上司も親も、常にその余力を持てるとは限らない。支える側が疲弊する状態はカサンドラ症候群として用語集に触れられるものの、支える側自身のケアや相談先についての記述は薄い。
薬物治療の扱いもコラムにとどまり、どこまで環境調整で対応し、どこから医療につなぐかの線引きは読者に委ねられている。
今日からできること
もう一つ、はっきりさせておきたいことがある。本書に出てくる会話例や行動の型は、著者が診療で重ねてきた症例からの抜粋であり、当てはまる項目が多いからといって、それだけで自分や周囲の人をADHDやASDだと判断できるわけではない。
発達障害の診断は問診や検査を経て医療機関が行うものであり、本を読んだ印象で本人や第三者に下せるものではない。生きづらさに心当たりがある場合も、まず頼るべきは専門機関だ。
そのうえで、すぐに試せる行動を3つ挙げておく。一つ目は、頼みごとを断るときに「結論・理由・要望」を分けて声に出すこと。「ちょっと忙しくて」で察してもらうのをやめ、事実として伝える。
二つ目は、相手が申告した所要時間を3倍にして予定を組むこと。「25分で行ける」と言われたら75分で見積もり、集合時刻は15分早く伝える。三つ目は、「片付けて」のような抽象的な指示を「引き出しの1段目だけ」のように具体的な範囲に言い換えることだ。
あのとき求められていたのは、Gさんに察する力をつけさせることではない。友人の側が、不満を表情に乗せるのをやめ、断る理由と次への要望を言葉にして渡すことだった。
相手を変える前に、自分の伝え方を変えるほうが、たいてい早い。「適当にやっておいて」と誰かに言いたくなった瞬間こそ、その言葉を数字や場所を含む具体的な指示に置き換える練習の機会になる。
