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『ハートドリブン』塩田元規|「助けてくれ」と泣いた社長から、会社は伸びた

リーダーシップ・組織 ✍ 塩田元規
約7分で読めます

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『ハートドリブン』
目次

塩田元規さんの名前は知らなくても、株式会社アカツキが手がけたスマホゲームを遊んだことがある人はいるかもしれません。上場企業のトップが自著でわざわざ明かすのは、成功の武勇伝ではなく、自分が社員の前で心を折った瞬間です。

借入は個人保証つきで5億円、創業を共にした仲間の半分近くはすでに離脱、開発中のゲームは5000万円の損失を出して頓挫。普通なら代表の進退が問われる局面で、塩田さんは弱さをそのまま曝け出し、メンバーに助けを求めました。

崩れていたのは会社の数字ではなく、社長自身が保ち続けていた「強さ」という仮面のほうでした。

そこから立ち直ったチームはヒット作『サウザンド・メモリーズ』を送り出し、会社は9期目に売上281億円、社員1000人規模まで育ちます。『ハートドリブン』は、この10年間を「感情をどう扱うか」という一本の補助線でつなぎ直した経営書です。

図解

こんな人におすすめ

いずれも、論理や制度だけでは説明のつかない場面です。本書はまさにこの領域を正面から扱います。

「感情価値」の時代というものの見方

塩田さんの立てる見立てはシンプルです。安全や便利さといった機能面の価値はすでに行き渡ってしまい、人がお金と時間を投じる先は心の動き、本書の言う「感情価値」に移っている、というものです。

根拠として引かれる数字が面白いところです。ゲーム市場の世界規模は調査会社Newzooによれば約15兆円(2018年時点)。攻略対象もクリア条件も強制されないのに、マインクラフトは累計1億7600万本フォートナイトは登録2億人という規模で人を集めています。

目的を果たすためではなく、その瞬間の感情を味わうためだけに人は対価を払う。塩田さんはこの構図を高級ワインや時計にも当てはめ、機能ではなく背景にある物語に代金が支払われていると説明します。

この発想は事業戦略にもそのまま接続されます。製品仕様を語る前に、なぜそれをやるのかという願いを言語化する。アカツキでは新規事業の設計シートに必ずこの問いを組み込み、全社で対話する仕組みにしています。

分かりやすい例が、スペックを一切語らず「Think different.」という一言だけを世に出した、復帰後のスティーブ・ジョブズ氏によるアップルの広告です。

機能で選ばれる前に、意志で選ばれる。そう捉えると、腑に落ちる話です。

もう一つの軸が「Doing」と「Being」の区別です。やっていること(Doing)と在り方(Being)が食い違うと、情報が透明な今の時代はすぐに見透かされる。

ワクワクを掲げながら社内ではいつも苛立っているリーダーがいれば、その矛盾は採用にも現場にも伝染していく。精神論というより、組織の一貫性についての実務的な警告として読むほうがしっくりきます。

余談ながら、塩田さんは物事を俯瞰するときに三つの目を使い分けると書いています。手元の課題を見る虫の目、組織全体を見る鳥の目、時代の流れを見る魚の目。

この三層を意識して読むと、感情価値という抽象論と、後段で出てくる会議や採用の生々しい実務とが、同じ一本の線でつながって見えてきます。サイモン・シネック氏の「Whyから始めよ」というTED講演が数千万回再生されているという事実も、本書は「順番を間違えている組織がそれだけ多い」証拠として引いています。

「助けてくれ」と言うまでの道のり

冒頭で触れた場面には、そこに至る経緯があります。創業3期目、成長を急ぐあまり社風に合わない即戦力人材を採用したことをきっかけに組織が崩れ、開発中のゲームで大きな損失を出し、借入は個人保証つきで膨らんでいきました。

塩田さんは当時、誰にも助けを求めなかったと振り返ります。理由は「リーダーは強くあるべきで、人を頼ってはいけない」という思い込みでした。

転機になったのが、外資系企業の役員を退いた夫妻との出会いです。ふたりに条件なく受け止められる経験をして、塩田さんは人前で初めて号泣し、そこからチームに自分の弱さを開示できるようになります。本書はここで一つの線を引きます。

「強くあろうとすることと、弱みを見せないことは違う」

強さを捨てろという話ではありません。取り繕うための鎧を脱げ、という話です。張り詰めた不安は言葉でごまかしても態度から漏れ、組織全体を萎縮させる。

逆に上に立つ人間が先に弱さを見せれば、部下の側にも「ここでは弱っていい」という許可が生まれる。この因果の説明は、精神論というより組織力学の説明として読めて、意外なほど筋が通っています。

回復の過程には、もう一つ静かなエピソードが挟まります。塩田さんはこの時期に一日だけ経営の前線を離れ、故郷である島根の実家に帰っています。中学生の頃に亡くした父ゆかりの場所を訪ね、母が書き残していた自分の成長記録に目を通し、「自分は条件なしに愛されていた」という事実を確かめ直した、と書かれています。

仕事の外側にある安心を土台に置き直してから経営に戻る、という順番自体が、本書のメッセージを体現しているように読めます。

「偽ダイヤ」を追いかけていないか

塩田さんが「偽ダイヤ」と呼ぶのは、学歴や役職、年収のように、他人に自分の価値を証明するために追いかけてしまうものです。厄介なのは終わりがないことで、目標を達成しても比較対象が更新され、渇望が消えません。

塩田さん自身、東証マザーズへの上場という誰の目にも分かりやすい成果を手にしていますが、公開価格を初値が下回るという逆風の中での上場で、その後も苦しさは消えなかったと明かしています。

本物と偽物を見分ける手がかりとして紹介される問いが鋭いところです。

「もし、自分が大切だと思っている人が全く関心を寄せなかったとしても、それを手に入れたいと思うだろうか?」

誰にも見せられなくても手に入れたいなら本物、そうでなければ他者からの評価を求めているだけ。読みながら自分の欲しいものを一つ思い浮かべると、案外答えに詰まる質問です。

なぜ偽ダイヤを追いかけてしまうのか。本書は幼少期に形成された思考の癖、心理学でいうメンタルモデルを「観念のモンスター」と呼び、それに気づく手がかりを示します。

同じ理由での対立や離脱が繰り返されるとき、それを相手や状況のせいにせず「自分の内側に反応のパターンがある」と認識するだけで、その支配力は弱まっていくというのが塩田さんの主張です。

頭の理屈より胸のざわつきのほうが正直だ、という指摘も添えられていて、意思決定の場面で一度立ち止まる価値のある視点だと思います。

感情を組織の仕組みに変える

「感情を職場に持ち込む」と聞くと、単なる甘えに見えるかもしれません。本書がその誤解を解くのが「理解と同意を分ける」という手順です。採用担当者から「正直、採用の仕事に飽きた」と打ち明けられた塩田さんは、説得もせず甘えるなとも言わず、まず相手の状態をそのまま受け止め、そのうえで自分がどう困るかという本音も伝えました。

決定権は相手に残したまま、理解と要求を切り分ける。この線引きが曖昧だから、多くの上司は部下の話をまともに聞くことさえ怖くなる、という指摘は身につまされます。

同じ発想は「違和感」の扱いにも表れます。論理的に説明できない「なんとなく気持ち悪い」という感覚を根拠不足として切り捨てず、そのままテーブルに載せて正体をチームで話し合う。

言葉にならない違和感は、放置すればただの気まずさで終わるが、拾い上げれば経営情報に変わります。感情の話に見えて、これはリスク管理の話だと捉えたほうが実態に近いはずです。

感情が枯渇していく仕組みについても、本書は具体的な型を示します。人は自分の欠落感を埋めようとして、無意識のうちに他者からエネルギーを奪う役回りを演じてしまう、という指摘です。

威嚇で従わせる、批判で優位に立つ、悲劇を演じて同情を引く、無関心を装って気を引く。この4つの型のうち、塩田さん自身が認めているのは「同情を引く」役です。

株価下落で批判を浴びたとき、自分でも気づかないまま大変さを周囲にアピールし、慰めを引き出そうとしていたと明かしています。抜け出す方法は他の場面と同じで、「今この役を演じている」と気づくことそのものだといいます。

アカツキ社内での実装も具体的です。役員会議の最初の1時間を雑談にあてる、オフィスで靴を脱いで過ごす、全社合宿で絵を描いたり自分の内面をキャラクター化して発表したりする。

ビジネスに直結しないように見える時間ほど本音が出て、結果的に意思決定の質が上がる。この逆説を、塩田さんは10年かけて検証してきたことになります。

明日から何を変えるか

試すなら三つに絞れます。会議の冒頭に一人1分のチェックインを入れて今の状態を共有すること。言語化できない違和感を「モヤモヤリスト」として出す時間をつくること。大きな決断の前に「大切な人が見ていなくても欲しいか」と自分に問うこと。どれも今日から始められる小さな手順です。

一方で、本書に学術的な厳密さを求めると肩透かしを食らいます。土台にあるのは経営者一人の体験と内省であり、組織モデルの体系的な検証や再現性のある方法論を求める人には、参照する情報量が心もとなく映るはずです。

塩田さん自身、組織の発達段階そのものはフレデリック・ラルー氏の『ティール組織』、日々の習慣化は『7つの習慣』に譲ると明言していて、本書はあくまで「一人の経営者が鎧を脱ぐまでの記録」に徹しています。

手法だけを他社の制度からコピーしても機能しないと釘を刺しているのも、この本の立ち位置をよく表しています。

それでも、理屈は分かっているのに変われないという人には、社長が人前で泣くところから会社が伸びたという生々しさが、抽象論より効くはずです。


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