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『機嫌のいいチームをつくる』吉井理人|「チームの絆」はいらない

リーダーシップ・組織 ✍ 吉井理人
約7分で読めます

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『機嫌のいいチームをつくる』
目次

千葉ロッテマリーンズを率いる吉井理人さんは、こう言い切ります。

「チームのきずなは必要ない」

飲み会も、優勝旅行の強制も、結束を固めるための恒例行事は要らない。そう説く監督が指揮したチームは、2023年にパ・リーグ2位まで浮上し、主催試合の観客動員は球団新記録となる約180万人を集めました。

『機嫌のいいチームをつくる』というやわらかい書名と、この突き放した一言は、一見かみ合いません。ですが読み進めると、両者は同じ設計の裏表だと見えてきます。

図解

監督とコーチは、別の職業だった

吉井さんはピッチングコーチから監督へ転じた人です。本書の出発点は、この二つが地続きの仕事ではなかったという発見にあります。

コーチは投手部門だけを見ていれば務まります。監督はチーム全体に加え、球団の経営陣やオーナー、スポンサーにまで気を配り、勝敗を含む結果すべてに責任を負う立場です。

やっかいなのは、監督のほうが現場の技術指導に長けている場合です。自分で手を動かしたくなる衝動をこらえられなければ、それはコーチの領分を侵す振る舞いになる。吉井さん自身、投手というもっとも得意な領域でコーチに任せきれず、一方的な指示を出してしまったことがあると振り返っています。

だから本書は、監督一人にすべてを背負わせない体制へ議論を進めます。戦略と分析に特化した役割、選手個々のスキルに寄り添う技術指導の役割、そして統計をチームの言葉に翻訳して届ける役割。

この三つに分けて配置する構成です。プロ野球の現場でこの分業を実際に組んだこと自体が、本書の実践的な価値だと思います。吉井さんが行き着いた答えは一貫していて、監督は前に出ず、裏方に徹するという一点に尽きます。

「自主性」から「主体性」へ

本書がもっとも鋭く線を引くのが、この二つの言葉の違いです。

自主性は、期待されている行動を、指示がなくても自分から実行できる力です。主体性は一段深く、自分の得意と不得意を自分の頭で見極め、直し方まで自分で考え、結果の責任も自分で引き受ける力を指します。

似て見えて、モチベーションの質がまるで違う。自分で決めて動く人は、集中の深さも持続時間も別物になります。一方、指示をこなすだけで来た人は、調子を崩すと「言われた通りにやったのに」と原因を外へ求め、自力での立て直しができません。

日本の球界には、真面目で指示に忠実な、自主性の高い選手が多いと吉井さんは見ています。ただそれだけでは、想定外の連続する実戦で通用しない。イチローさん、ダルビッシュ有さん、大谷翔平さんに共通するのは才能ではなく主体性だ、という見立てが本書の芯にあります。

だからこのチームにキャプテンは置きません。全員が主体性を持てば、状況に気づいた人がその場でリードすればいい。プレーの合間に試合が止まり、各自の役割も固定されている競技だからこそ、監視の負荷を特定の一人に集めておく理由がないという理屈です。

答えを渡さない指導

コーチの主な仕事は、技術を教え込むことではありません。選手が自分の強みに自分で気づくのを支えることだと本書は説きます。

この教え方の効果を、本書は数字で突き放します。上司が自分の成功パターンをそのまま部下へ当てはめても、それがフィットして伸びるのは100人にひとりほど。残る99人には、むしろ逆効果になりかねないという計算です。

代わりに使うのが5つの質問です。

  1. 今日の仕事で、良かったところはどこか
  2. その成果に自分で点数をつけるなら何点か
  3. 悪かった、改善すべきところはどこか
  4. 原因は何だと思うか
  5. 解消するために、次は具体的に何をするか

狙いは答えを渡すことではなく、自分の状態を自分で客観視させることです。質問の途中で相手の答えを否定しないこと、そして自分の武勇伝を語らないことがルールになっています。上司の成功談は、時代も適性も違う相手には響きにくいからです。

象徴的なのが、エース投手の小島和哉さんに起きた変化です。2023年シーズン中盤に調子を落としたとき、吉井さんは監督室で質問を重ねるだけで答えは言わず、ギターの演奏や競走馬のたとえを使って、もっと大胆に投げていいと気づかせました。小島さんは自分が慎重になりすぎていたことに自ら気づき、少しずつ調子を取り戻していきます。

この構造は、コーチという中間管理職への指導にも及びます。コーチが部下に答えを教えてしまったとわかったとき、吉井さんは「本人は自分でどうすると言っていたか」と問い返す。部下本人ではなく、コーチの質問の質のほうをマネジメントする発想です。

「機嫌のいいチーム」は仲良しクラブではない

「機嫌のいいチーム」というタイトルが指すのは、誰もが安心して発言でき、それぞれが勝利に貢献できている状態のことです。頭ごなしに否定される心配がなく、失敗への恐れも過剰ではない。

ただし放置や馴れ合いとは別物です。練習を怠るような当事者意識の低い選手は、周囲の信頼を失い自然に居場所をなくしていく。恐怖で縛るのではなく、プロとしての自律から生まれる緊張感を置く設計です。

守るルールは具体的です。人前で聞かれたくない話題は必ず1対1で伝える。大勢の前での叱責は、プライドと心理的安全性を同時に壊すからです。怒ることについても、効果があるとは考えていません。恐怖は短期的には利いても長続きせず、長い目で見ればミスを隠す組織をつくるだけだ、と。

そのうえで求められるのが表情の管理です。選手は想像以上に監督の顔色を見ていて、ミスの瞬間にリーダーが頭を抱えれば、焦りが伝染してチーム全体の出来が落ちる。だから吉井さんは、球場にいる間はすべての振る舞いを演技だと言い切り、失敗の瞬間ほど表情を変えないよう努めています。

その徹底ぶりを自分で破った記録も、本書は隠さず載せています。2023年7月のソフトバンク戦、緩慢な悪送球に感情を抑えきれず、ベンチの物を蹴って怒鳴ってしまった。

試合後、選手の前で感情を乱したことを詫び、翌日への切り替えを促しています。別の場面では、あえて感情を爆発させる演技を事前にスタッフへ伝えたうえで実行したこともあるそうで、演技と本気の境界が本人の中で明確に分かれている点が印象的でした。

判断ミスをその場で開示して謝る姿勢を、本書は心理的安全性を担保する最大の要因に位置づけています。

育成は、負けが決まる場面で使う

ここが本書でいちばん直感に反する主張でした。

若手は点差の開いた場面や消化試合で少しずつ慣らすのが親切だと思われがちです。吉井さんはそれでは伸びないと言い切ります。育つのは、そこで打たれればチームの負けが確定するという高負荷の本番だけだ、と。

丸腰で送り出すわけではありません。基準は「10回中4回は抑えられる」と客観的に説明できるかどうか。想定内の失敗ならチームの負けを避けられる状態をつくってから任せる、という手順を踏みます。

失敗した後の扱いも一貫しています。一度の失敗で代えることはしない。ただし同じ場面で3回続けて打ち込まれたら、実力不足か調子の問題と判断して配置を変える。

この一貫性があるからこそ、叱らなくても現場の緊張感が保たれます。一軍で結果の出ない若手を置いておける期限はおよそ2ヶ月、登録を一度抹消すると10日間は戻せません。

反対に、まだ自律した計画を立てられない新人には、主体性を求める前にまず基礎を叩き込みます。

うまくいかなかった例も本書は正直に書いています。2023年途中に加入した外国人選手が結果を出せず、コーチ陣から二軍降格を進言されたとき、吉井さんは自身がメジャーで異国の地から放出された経験を重ねてしまい、決断できずにいました。

データに基づく一貫した起用という自分の原則と矛盾が残った、という反省が続きます。

データ7割、勘3割。そして絆より現場の外の目

この意思決定の配分は、コーチ時代からずっと変わっていません。統計的な予測を大枠として先に固め、そこへ当日の空気や流れといった数字に出ない手触りを最後に混ぜる。

比率にすればおよそ7対3です。走塁の変化がその成果をよく表していて、盗塁の試投数は2022年の132個から2023年に73個まで絞られ、それでも成功率はリーグ最高の77.7%まで上がりました。

根拠のない挑戦を減らし、質だけを最大化した結果です。

データが崩すのは、むしろ業界の通説のほうです。「味方が点を取った直後の回は抑えなければならない」といった定説に、統計的な裏付けはないと本書は言います。

裏付けのない常識を信じ込むと、選手は力んで自滅する。9回より6回や8回のリリーバーのほうが難しいという逆説も、相手の上位打線が回ってくるタイミングで説明がつきます。

根拠を開示することは、メンバーへの説明道具にもなります。ある起用が裏目に出て失点に直結した試合でも、事前にデータの根拠が共有されていたため、チーム内から不満は出ませんでした。オープンにすることの実利が、いちばんよく見える場面だと感じました。

絆の話に戻ります。吉井さんが「絆はいらない」と言い切る理由は二つです。私生活まで上司の訓話に付き合わされるのはメンバーの負担でしかないこと。

そして特定の相手と親しくなると評価や配置に情が入り、公平さが崩れることです。代わりに置くのは、共通の目標への合意と最低限のルール、各自が自律して役割を果たす関係でした。

この設計を裏づける事例が、野球経験の乏しいスタッフを交えた全体ミーティングです。「意見の違いは違いであって間違いではない」と場を設定してから議論すると、栄養士のスタッフから「なぜ猛暑の昼間に二軍戦をやるのか」という、野球人には疑問にすらならなかった提案が出て、夜間開催への転換が実現しました。

本書はここで、アインシュタインの言葉とされる一節を引いています。

「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う」

絆で固めた内輪の空気ではなく、外の視点を制度として組み込む。それが、吉井さんの言う「機嫌のいいチーム」の正体です。

ただし、そのまま輸入できる仕組みばかりではありません。表情を崩さない自己統制も、7割の判断を支えるデータ基盤も、プロ野球という濃密な組織と、吉井さん個人の胆力に支えられている部分が大きい。

読む側は、どの手法が仕組みの話で、どの手法が本人の資質に近いのかを、区別しながら受け取る必要があります。


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