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『自分の中に毒を持て』岡本太郎さん|迷ったら、危険な道に賭けろ

戦略・経営・事業 ✍ 岡本太郎さん
約8分で読めます

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『自分の中に毒を持て』
目次

進路でも転職でも、人は迷ったとき、たいてい安全なほうへ足を進めます。失敗の少なそうな道、見通しの立つ道、まわりに説明しやすい道。そして選んだあと、心のどこかで「ほっとした」と感じる。岡本太郎さんは、その「ほっとした」が一番危ないと言い切ります。

『自分の中に毒を持て〈新装版〉』は、「芸術は爆発だ」で知られる岡本太郎さんの人生論です。絵の描き方の本ではありません。社会の常識に合わせて、波風を立てず、ぬくぬくと生きようとする私たちに、強烈な平手打ちを食らわせてくる本でした。

優しく背中を押してはくれません。むしろ読むほどに居心地が悪くなる。その居心地の悪さこそが、タイトル通りの「毒」の効き目です。この記事では、その毒の中身を出し惜しみせず、編集部なりの読みも添えて分解していきます。

迷ったら、危険な道に賭けろ

本書の出発点であり、すべての主張の根になっているのが、この一点です。人は人生の岐路で、見通しのつく安全な道と、何が起きるかわからない危険な道のあいだで迷う。そして、たいてい安全なほうを選んでしまう。著者はそれを、運命に対する惰性と呼びます。

そのうえで、こう言い切ります。

危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。ほんとうはそっちに進みたいんだ。

迷うということ自体が、本当はそっちへ行きたい証拠だ。だから、あえてマイナスのほうに賭ける。「これをやったら駄目になるかもしれない」と感じることを、そのままやってみる。すると、自分の中でいのちがパッとひらく、と著者は言います。

これは机上の理屈ではありません。著者自身、若き日のパリで「安全な道をとるか、危険な道をとるか」と絶望的なほど悩み、危険なほうを選ぶと決めた。帰国後も批判を覚悟で原色の作品を発表し続け、生き方そのものをこの主張の実証にしてきました。

とはいえ、ここで一度立ち止まりたいと思います。「危険なほうが行きたい道」というのは、あらゆる選択に機械的に当てはまる公式ではないはずです。借金して全財産を賭けろ、という話ではない。

著者が言いたいのは、リスクの大小で選べという損得計算ではなく、自分の情熱がどこを向いているかを誤魔化すな、ということでしょう。安全を選ぶこと自体が悪なのではなく、本当はやりたいのに安全を口実にして逃げる、その惰性が槍玉に挙げられている。

そう読むと、この毒はぐっと使いやすくなります。

積み重ねるな、積みへらせ

世間では、人生は財産や知識を積み重ねていくものだとされます。著者はここから否定します。蓄積にこだわるほど、人は堆積物に埋もれて身動きが取れなくなる。本当に生きるには、逆に「積みへらす」べきだと言うのです。

過去の成功体験も、たまった知識も、社会的な地位も、いったん蹴飛ばす。何も持たない「無一物」になって、瞬間瞬間に新しく生まれ変わる。パリに約12年滞在した著者は、帰国後も「過去の自分」を頼らず、その都度ゼロから運命をひらこうとしました。

ここには現代的なヒントもあります。実績や肩書きが増えるほど、人は「これを失いたくない」という守りに入る。守るものが多いほど、次の挑戦のハードルは上がっていく。

過去の実績にしがみつくほど次の一歩が出なくなる——その感覚に心当たりのある人ほど、この逆説は重く響くはずです。蓄積を捨てよというより、蓄積に縛られるなという警告として受け取りたい一節でした。

最大の敵は、他人ではなく自分

本書を貫くもうひとつの軸が、自分自身との闘いです。著者の言う闘いは、他人や競合との競争ではありません。状況に甘え、自分を守ろうとする己。それこそが人生最大の敵だ、と。

仕事がうまくいかないとき、人は環境や上司や運のせいにしたくなります。でも本当の敵は、楽な道へ逃げ込もうとする自分のほうだと突きつけてくる。だから「自分に忠実」という言葉も、普通とは逆向きになります。

自分を大事に守ることではなく、自分にきびしく、残酷に挑むこと。「自分らしく生きたい」が、苦手なことから逃げる言い訳になっていないか——この問いは鋭いです。

この厳しさを象徴するエピソードがあります。著者は京都で禅僧2〜3千人を前に話したとき、臨済禅師の「仏に逢えば仏を殺せ」を引き、「その仏とは己自身であり、つまり己を殺せということだ」とぶつけた。会場が猛烈な拍手で沸いたといいます。

守りに入った自分を殺せ、というメッセージは、ここまで来ると一種の凄みを帯びます。自己肯定がもてはやされる今だからこそ、自分に甘えるなと言い切るこの姿勢は、かえって新鮮に刺さるかもしれません。

自信は捨てていい、未熟こそ力だ

自己嫌悪に苦しむ人へのメッセージも独特です。著者は、他人と比べて生まれる自信やプライドを「卑しい」と切り捨てます。自分を他と比べるから、自信などというものが問題になる。

大事なのは他人にではなく自分自身にプライドを持つこと。バカであろうと非力であろうと「それがオレだ」と堂々と押し出す。この比較に依存しない自己への信頼を、著者は「絶対感」と呼びます。他者の評価という相対的な物差しを手放し、自分の存在そのものを根拠にする感覚です。

だから気が弱いなら、変えようとせず「気が弱いんだ」と平気で認めていい。無理に強がるのではなく、弱さをそのまま引き受ける。そうすると、かえって自分なりに積極的になれるものが出てくる、と。SNSで他人の成功を眺めて落ち込む現代の感覚に、この視点はまっすぐ刺さります。

未熟さについても同じです。熟したものは無抵抗だが、未熟なものは世界全体を相手に運命をひらいていける。だから下手であること自体が、闘うエネルギーの源になる。

未熟さは克服すべき欠点ではなく、世界と格闘するための燃料だ。うまくなってからやろう、と先延ばしにしている人にとって、これは強い後押しになる発想でした。

意志は、決意した後から湧いてくる

「意志が弱くて続かない」という悩みにも、著者は通説をひっくり返します。普通は、意志が強いから行動できると考える。著者は逆だと言う。何かをやろうと決意して全身全霊でぶつかる。すると、あとから意志やエネルギーが噴き出してくる。順番が逆なのです。

ここで出てくるのが「捨てる主義」です。新しいことを始めたいけれど三日坊主が心配、という人に、著者は「三日坊主になるという計画を持っていてもいい」と言います。

惹かれるものがあればパッと手を出す。面白くなければ平気で放り出して、また別のことをやればいい。計画性や「続けなければ」という義務感を、最初から捨ててしまう発想です。続かないことを恐れて動けなくなるくらいなら、続かない前提で動いたほうがいい、という割り切りでした。

象徴的なのが、著者がスキーを始めたのは46歳だったという事実です。世間の常識では遅すぎる年齢ですが、本人はそんな計算をしていない。やりたいから、今やる。

そこに歳も損得もありません。意志を鍛えてから動くのではなく、動いてしまえば意志は後からついてくる——この順番の逆転は、行動できずに止まっている人への実践的な処方箋です。

「幸福」を疑い、「歓喜」を生きろ

本書でいちばん挑発的なのが、幸福をめぐる主張です。著者は自らを「幸福反対論者」と名乗ります。辛いことも心配なこともなく、ぬくぬくと安全な状態。それを幸福と呼ぶなら、自分は幸福だとヤニさがっているのは卑しいことだ、と。

代わりに求めるのが「歓喜」です。危険や死と直面し、それと闘うときに内側から燃え上がる強烈な生きがい。安住の幸福ではなく、燃える歓喜のほうを生きろ、というわけです。

ここに「出る釘は打たれる」という言葉も重なります。社会に合わせて頭を引っ込めれば叩かれずに済むが、それでは精神が死ぬ。だから自ら釘を突き出し、叩かれる痛みのほうを生きがいにする。

会議で空気を読んで黙ってしまった経験のある人には、ぐさりとくる一節です。

そして「成功は失敗のもと」という逆説も出てきます。世間では失敗が成功のもとと言うが、著者にとっては逆。成功して一人前になった気になることこそ危ない。

挑戦した上での不成功者と、挑戦を避けたままの不成功者とではまったく天地のへだたりがある。

本書は「成功しない人の割合は99%以上」とも指摘します。ほとんどが成功しないなら、結果で人生を測るのはそもそも無理がある。だったら、挑んだ事実のほうを誇れ、と。結果ではなく、自分の情熱に全存在を賭けて挑んだかどうか。そこにしか天地の差はない、という哲学です。

この流れで、著者は「爆発」という言葉も作り替えます。物がドカンと飛び散るイメージではない。全身全霊が宇宙に向かって無条件にパーッとひらくこと——結果も目的も求めず、今この瞬間に生命を燃やし尽くすことが爆発です。

著者にとって芸術とは、絵や音楽という職業ではなく、無償・無目的に生命をつき出して生きる、その生き方そのものでした。だから絵が下手でもいい。きれいで心地よい完成品より、不器用な素人が不安を乗り越えて作る下手なもののほうに、生きている夢が宿る。

これが著者の芸術観です。

全部を真似しなくていい、それでも残るもの

正直に言えば、著者の主張は極端です。命を懸けろ、危険に賭けろと毎日言われても困る。本人も、強靭な精神と圧倒的な行動力でそれを生き切った特別な人でした。だから全部をそのまま現実に当てはめる必要はないし、できもしません。

本書に散りばめられたエピソードも、あくまで極限の生の象徴として置かれています。作家の瀬戸内晴美さんは著者から「危ない方に賭ける」という生き方を聞いてショックを受け、以来それを実行して堂々と生きるようになった。

画家ゴッホは芸術に行き詰まってピストルを胸に撃ち込み、まる一日生き続けたのち「さて、いよいよ死ぬんだ」と言って亡くなった。著者自身も、小学1年生のとき書き順を頭ごなしに怒鳴る先生を信用できなくなり、1学期で学校をやめている。

どれも「安全に収まる」ことへの拒否で一貫しています。

それでも、この毒を日常に薄めて使う道はあります。たとえば二択で迷ったら、うまくいくかではなく情熱が向くほうを選ぶ。「いずれやる」と言わず、結果がダメでもいいから今すぐ手をつける。

三日坊主を恐れず惹かれたことに飛び込む。自己嫌悪に陥ったら、自分を世界のマメツブと見なして笑い飛ばし、また動き出す。全部やる必要はなく、まずひとつの小さな決断で試すくらいでちょうどいい。

読み終えて残るのは、具体的なノウハウではありません。知らない不安を前にしたとき、安全なほうへ逃げない姿勢。結果ではなく挑んだ事実を誇る感覚。比較をやめて、自分という存在をそのまま押し出す覚悟。残るのは覚悟だけです。

次に何かで迷ったとき、安全なほうへ手が伸びかけた一瞬に、この本の声がよぎるはずです。危険なほうが、本当は行きたい道だ、と。その一瞬のためらいを生んでくれるだけで、この毒は十分に効いています。


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『1日ひとつだけ、強くなる。』梅原大吾さん 本書の「成功は失敗のもと」という逆説と深く響き合う一冊。勝ちに執着するほど弱くなる、と説くプロゲーマーの哲学は、岡本さんの結果より過程を重んじる姿勢と同じ場所を指しています。

「やりたいことがない」が、実は最強だった 「何をしていいかわからない」人に、岡本さんは無条件に飛び込めと言います。やりたいことがない状態をむしろ強みと捉えるこのコラムは、本書の「捨てる主義」と同じ風を吹かせてくれます。

『勝ち続ける意志力』梅原大吾さん 一時的な成功で終わらない努力とは何か。本書が説く「全生命を賭けて遊ぶ」生き方を、現代の勝負師の言葉で読み直したい人へ。挑戦し続けることそのものに価値を見出す点で共通しています。


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