朝、鏡に映った自分を見て、真っ先に嫌なところを探してしまう。スマホでSNSを開けば、気づけば自分の投稿についた「いいね」の数を目で追っている。
もし思い当たるなら、それはあなたの性格が後ろ向きだからではありません。中島輝さんに言わせれば、それは自己肯定感が少しだけ下がっている、というだけのサインです。
面白いのは、この本が最初に読者へ手渡すのが「もっと自信を持て」という号令ではなく、その正反対の許可だという点です。自己肯定感は、無理に高めようと頑張らなくていい。
むしろ高く保とうと力むほど苦しくなる。本書はこの逆説から出発します。以下では、その主張の骨格と、編集部として引っかかった点までを一緒に見ていきます。
「人生は10割これで決まる」と言う本が、力を抜けと勧める理由
中島さんは冒頭で、仕事も人間関係も恋愛も子育ても、その土台にあるのは自己肯定感であり、人生はそれで10割決まると言い切ります。
ここだけ切り取ると、よくある「自信を持て」系の本に見えます。ところが本書の核心はまるで逆で、自己肯定感は天気のように毎日上下するのが自然だ、という前提に立っています。
朝は機嫌よく家を出ても、通勤電車で不愉快な人に出くわし、職場で心ない一言を浴びれば、あっという間に下がる。それはあなたが弱いからではなく、誰にでも起きる当たり前の現象だ、というわけです。
だとすれば目標は「常に高い状態を維持すること」ではあり得ません。大事なのは、下がったことに素早く気づき、そこへ優しく手当てをすること。この視点の置き換えこそ、本書いちばんの発明だと編集部は受け取りました。
この説得力は、著者の経歴と不可分です。中島さんは25歳でパニック障害や過呼吸発作を抱え、10年ものあいだ実家に引きこもった経験を持ちます。独学の心理学とセラピーで35歳のときに立ち直り、その後はカウンセラーとして1万5000名以上と向き合ってきた人物です。
回復率95%、半年で800人以上が予約を待つ、と本書は自らを紹介しています。数字の真偽を厳密に検証する手立てはこちらにはありませんが、少なくともこれが机上の理論ではなく、いちど本人がどん底を這い上がった実践の記録である、という重みは伝わってきます。
下地としてもう一つ、著者はデータを差し出します。内閣府が13歳から29歳の若者に7カ国で行った調査で、「自分自身に満足している」と答えた日本の若者は45.8%。
アメリカの86.0%、フランスの82.7%、韓国の71.5%と比べると、日本だけが際立って低い。加えて、人はネガティブな感情をポジティブな感情の2倍から3倍の強さで感じるという心理学の知見も引かれます。
放っておけば心は自然とマイナスへ傾く。だからこそ意識的な技術で手当てする必要がある、という筋立てです。
曖昧な言葉を「6本の木」に分解した、この本いちばんの手柄
本書の骨格は、自己肯定感というつかみどころのない言葉を、6つの要素にほどいたことにあります。中島さんはこれを一本の木にたとえます。地面に張る根が自尊感情、つまり比較を抜きに「生きているだけで自分には価値がある」と思える土台。
太い幹が自己受容感で、長所も短所も含めて「これが自分だ」と認める力。ここが太ければ、嵐が来ても折れずにしなるだけで済みます。
そこから外へ伸びる枝が、挑戦のスイッチである自己効力感。日々を輝かせる葉が、自分の判断や直感を信じる自己信頼感。自分の意思で開く花が、人生の主導権を握る感覚である自己決定感。
そして実るのが、誰かの役に立っているという自己有用感です。中島さんはこの実の象徴として、左手に障害を抱えながら世界的な細菌学者になった野口英世を挙げています。
この分解の実用性は、木という比喩がそのまま診断の道具になる点にあります。6つはバラバラではなく、根が深く幹が太ければ枝葉が伸びて花や実を結ぶ。
どれか一つが弱れば全体が揺らぐ。だから回復の出発点は、いま自分のどの部分が弱っているのかを見立てることになります。
「自己肯定感が低い」と丸ごと落ち込む代わりに、「根は大丈夫だが花が枯れている」と部位で語れるようになる。この解像度の上がり方は、心の不調に言葉を与えたい人にとって確かな助けになります。
もう一段、中島さんはマズローの欲求段階説を発展させた「中島式6段階欲求説」も掲げ、他人からの評価を求める承認欲求のさらに上に、自分で自分を肯定する「肯定欲求」を置きます。他人の物差しから自分の物差しへ。この移動が、本書全体を貫く通奏低音だと言っていいでしょう。
落ちた瞬間は頭より体、即効テクニックの理屈
では実際に下がったとき、どうするか。ここで本書は「まず考え方を変えよう」とは言いません。沈んでいる最中に前向きな思考をひねり出すのは、そもそも難しいからです。心と体はつながっているのだから、動かしやすい体のほうから入れ、というのが基本方針です。
具体策はどれも身体的です。両手を握って上に突き上げる「ヤッター!」のポーズをとると、胸を張った姿勢がやる気に関わるテストステロンを増やし、ストレスホルモンのコルチゾールを減らすという研究が紹介されます。
8秒間かけて自分の体をぎゅっと抱く「セルフハグ」、朝いちばんに窓を開けて日光を浴びてセロトニンを促すこと。極めつけは順番の逆転で、楽しいから笑うのではなく、笑顔に似た表情をつくると脳が楽しいと勘違いする、と本書は説きます。
行動が先、気分は後。この逆順が即効テクニックの根っこにあります。
そして緊張をほどく合言葉が「ま、いっか。」です。完璧を目指して固まったとき、これを口にすると余裕が戻り、自分で決めている感覚がよみがえる。つらい気持ちを抱えたまま無理に続けなくていい、という自分への許可です。
編集部として一言添えるなら、これらは万能薬ではなく、あくまで急場の応急処置です。原因そのものが重ければ体操だけでは足りません。本書もそれを踏まえ、次に根本から育てる道を用意しています。
育てる3ステップと、いちばん実用的な「if-then」
根本から育てる筋道は、自己認知、自己受容、自己成長の3段階です。まず自己認知では、仕事や健康や人間関係といった項目の満足度を点数化する「ライフチャート」で現在地を可視化します。
付属のチェックシートは、12個の質問のうち10個以上あてはまれば自己肯定感が下がっているサイン、という目安を示します。
次の自己受容で効くのが、アドラー心理学の「課題の分離」です。目の前の悩みが自分の課題か相手の課題かを仕分け、相手が不機嫌なのは相手の課題だと割り切る。
これだけで対人ストレスはかなり軽くなります。過去についても本書は強気で、出来事そのものは変えられないが、その出来事への「意味づけ」は書き換えられる、だから過去は変えられる、と言い切ります。
ここはやや威勢がよすぎる断定にも読めますが、要は解釈の主導権を自分に取り戻せ、という実務的な勧めとして受け取るのが妥当でしょう。
最後の自己成長は習慣の話で、代表格が一日の終わりによかったことを3つ書き出す「スリー・グッド・シングス」です。脳の焦点をポジティブな側へ向け直す訓練で、新しい習慣は21日で定着するという目安も添えられます。
この3ステップの中で、日常でもっとも使い出があるのが「if-thenプランニング」です。「もしAが起きたら、Bをする」と行動を前もって決めておく手法で、たとえば「もし上司に怒られたら、深呼吸してトイレの鏡で笑顔をつくる」。
落ち込むパターンに対して、自動の回避ルートをあらかじめ敷いておくわけです。本書の斎藤さんという20代女性の例が示唆的で、彼女は「夜20時以降は食べない」といった高すぎる目標を掲げてはダイエットに失敗し、自己否定に陥っていました。
目標は高いほどいいという通念を本書はここで裏返し、高すぎる目標こそ自己否定の火種だと指摘します。彼女は「ま、いっか」で自分を許し、目標を小さく刻み、if-thenを取り入れて継続できるようになった、という流れです。
感情に飲まれないための、距離の取り方
最後の柱は、負の感情との付き合い方です。ポイントは感情を消し去ることではなく、感情と自分のあいだに距離をつくることに置かれます。
一つは「エモーショナル・スケーリング」。いまの不安や怒りを「10点満点で何点か」と数値化する手法です。点数をつけようとした瞬間、脳の理性を司る部分が働き、感情の暴走にブレーキがかかる。
「今の怒りは7点」と言えた時点で、もう半分は冷静になっている、という理屈です。もう一つが「脱フュージョン」で、ネガティブな思考と自分を切り離します。
「自分は最低の人間だ」と思ったら、「自分は最低の人間だ、と思った」と言い換える。思考をそのまま真実として飲み込むのではなく、外から眺める。このわずかな一手間で、感情の渦に巻き込まれずにすみます。
会社の期待と高い目標に押しつぶされていた40代男性・岩田さんの例では、マインドフルネス瞑想で負の感情を切り離し、自分への信頼を取り戻していきます。
気持ちが乱れたら10秒だけ目を隠して休む「10秒瞑想」でも足りる、と本書は現実的です。共通しているのは、我慢して抑え込むより、数値化する・書き出す・名前をつけることで感情をいったん自分の外に置く、という発想です。
こうして通して読むと、本書がくり返し差し出しているのは「揺れていい」という一つの許可に尽きます。自己肯定感は常に高く掲げておくべきトロフィーではなく、天気のように上下しながら、下がったら手当てして育てていく木のようなもの。
テクニック集としては既知の心理学の再パッケージという面もあり、目新しさより手堅さの本ですが、10年引きこもった著者自身がその木を育て直した当事者である、という背景が全体に地に足のついた実感を与えています。
まずは今夜、寝る前によかったことを3つだけ書き出す。中島さんが言うとおり、出発点はそれで十分です。
