自分が一度も使ったことのない商品を、性別も価値観も真逆の相手に売る。普通なら「無理ゲー」で片付けられる話です。
ところが、アダルトグッズに苦手意識を持つ女子大生が、男性向けオナホールのD2C事業を立ち上げ、販売初日にAmazonの売れ筋ランキング4位に食い込みました。そして創業からおよそ1年で、その事業をまるごと売却しています。
著者の神山理子さん(リコピン)が本書で解いてみせるのは、新規事業に挑むほぼ全員が最初にぶつかる壁です。「自分はこの市場の当事者じゃない。だから何を作れば売れるのか、見当もつかない」。
本書は、その壁を正面から越えるための思考プロセスを、生々しい実例とセットで、再現可能な手順にまで落とし込んだ一冊です。
読み始めてまず痛感するのは、これが机上の起業論ではないということです。著者にとって完全に未知で、しかも自分が当事者ですらない領域で、実際にヒット商品と事業売却まで到達している。だから手順の一つひとつに、現場で削られた具体性が残っています。

こんな人に効く本
自分がターゲットではない領域で、新規事業を作らされている人。 「私はユーザーじゃないから顧客の気持ちがわからない」と手が止まっている人ほど、本書には突破口があります。
スペック競争で大手に勝てず、消耗しているマーケター。 洗浄力や画素数のような数字で殴り合うのをやめ、戦う土俵そのものをずらしたい人に効きます。
D2Cを立ち上げたい初心者。 製造ハードルの低い市場の選び方から、Amazonの規約をかいくぐるパッケージ設計まで、手順がとにかく具体的です。
核心は「コンセプトで勝つ」
本書の根っこにある主張は、たったひとつに集約できます。開発者がターゲットと真逆の人間でも、顧客のインサイト(本人すら言葉にできていない本音)を深く理解し、コンセプトで勝負すれば、どんな領域でも売れるモノは作れる、というものです。
ここで言うコンセプトは、技術力やスペックの優劣ではありません。「何を解決するか」という定義そのものの独自性です。神山さんはこれを「コンセプト勝ち」と呼びます。
この発想がなぜ強いか。多くのプレイヤーは「良い商品を作れば売れる」と信じて、機能の改善に資源を注ぎ込みます。でも、機能が横並びになった成熟市場で勝敗を分けるのは、機能の差ではなく「買う理由」の差です。
同じ性能でも、解決する悩みの切り取り方が違えば、まったく別の商品に見える。著者はそこに賭けたわけです。
どこで戦うか――勝てる市場を選ぶ7つの基準
新規事業は、どんなに良いアイデアでも市場選びを間違えると勝てません。神山さんは、勝てる市場を見極める条件を7つ挙げています。全部を満たす必要はなく、あくまで目安として使うものだと断っています。
1つ目は、クリエイティブで勝負が決まる領域。デザインや感覚で「なんとなく」選ばれている市場には、明確な買う理由を投下する余地が残っています。
2つ目は、少し冒険でき、欲求が深い領域。失敗してもいいと思える価格帯で、なおかつ性欲や承認欲求のような根源的な欲求に根ざしている領域です。
3つ目は、未解決の重大な悩みが存在する領域。既存商品では満たされていない「かゆいところ」が残っている市場です。
4つ目は、他社が参入しづらい領域。自分の強みが活きる、あるいはコンプライアンス的に大手が入りにくいニッチです。
5つ目は、低コストで作れて高価格帯で売れる領域。製造工程が単純でオペレーションを組みやすく、相場が曖昧で利益率を確保しやすい市場です。
6つ目は、信頼できる販売チャネルがある領域。Amazonのように集客力と決済の信頼が担保されたプラットフォームを使える市場です。
7つ目は、定番ブランドが存在しない領域。使い捨ての絶対王者TENGAと正面から殴り合うのではなく、「洗って繰り返し使う」という空いたポジションを狙う、という発想です。
オナホール市場は、これらに広く当てはまる「アツい市場」でした。だからこそ、苦手意識を抑えてでも参入する価値があると判断した。この7基準は、業種を問わず「自分なら今どこで戦うか」を点検するチェックリストとしても使えます。
「なんとなく買い」の市場ほど、コンセプトが効く
7基準の1つ目、クリエイティブで勝負が決まる市場を、著者はとりわけ重視します。
こうした市場では、顧客は機能ではなくパッケージのイラストなどで「なんとなく」選んでいます。オナホールもまさに「パケ買い」が主流でした。好みのイラストで選ぶものの、いざ使うとサイズや刺激が合わない。そういう不満が放置されたまま市場が回っていたのです。
ここに明確な買う理由を提示できれば、新規参入でも勝率は跳ね上がります。神山さんが引く例がYOASOBIとiFaceです。YOASOBIは、芸術性で争われる音楽市場に「小説を題材にした楽曲」という明快なコンセプトで入り込み、大きな注目を集めました。
iFaceは、デザインで選ばれがちなスマホケース市場に「握りやすく、衝撃に強い」という機能を打ち出してブレイクしています。
どちらも、「なんとなく良い」が支配する市場に、はっきりした買う理由を持ち込んだ例です。あなたの扱う商品も、顧客が惰性や雰囲気で選んでいる部分があるなら、そこは突破口になり得ます。
100人に会い、本人も気づいていない悩みを掘る
ここが本書の心臓部です。著者は当事者ではないので、自分の感覚は一切あてになりません。だから徹底したリサーチと、n=1のインタビューに賭けました。n=1とは、一人の顧客の深い欲求にとことん向き合うやり方です。
なぜ平均ではなく一人なのか。神山さんは、n=1から離れた途端に最大公約数的なアイデアしか出なくなり、思考が浅くなると言います。たった一人の強烈な悩みに張りつくことが、独自性の高いコンセプトの源泉になるからです。
これはアンケートの集計で「30代男性は概ねこう」と丸める発想の対極にあります。
準備として、ターゲット層が見ているメディア――FANZAやX、掲示板を毎朝チェックし、彼らの「世界観」と言葉づかいを体に入れました。そのうえで、マッチングアプリや友人を通じて100人近くに会い、インタビューしています。
インタビューで著者が一番大切にしたのは、本気で相手に興味を持つことです。誘導尋問を避け、前半は「どうして?」を繰り返してひたすら深掘りする。
後半は「ということは、こう思っていそうだ」と仮説を立て、その場で検証する。「ぶっちゃけどう思う?」と踏み込んで心理的安全性を高め、本音を引き出していきます。
人は本音と建前を使い分けるので、言葉を鵜呑みにはしません。たとえば著者は、性経験が豊富な人ほどオナホへの関心も高いだろうと予想していましたが、実際には逆でした。彼らは女性と過ごす時間が好きなだけで、オナホ自体にはほとんど興味がなかったのです。
検証の威力は、別の事例でもはっきり出ています。ボイストレーニング教室に通う人の動機を、周囲は「出会い目的」だと決めつけていました。著者が自分でアンケートを取ると、出会い重視はわずか2%。
98%が「自分と向き合って本気で歌が上手くなりたい」層でした。インサイトは決め打ちせず、必ず検証する。これが鉄則です。
思い込みの上に商品を作る怖さを、この対比が突きつけてきます。
良いコンセプトが満たすべき4つの条件
掘り当てたインサイトを、売れる形に変換するのがコンセプトです。神山さんは、良いコンセプトの条件を「性質」と「表現」に分けて整理します。
性質の条件は2つ。ターゲットがまだ解決できていない悩みを解決すること。そして、同じコンセプトの商品が市場にまだ存在しないこと。表現の条件も2つ。その商品の最大の特徴とユーザーの得(ベネフィット)がすぐにわかること。そして、1文で言い切れること。
コンセプトはかっこよくある必要はなく、一言で良さが伝わることが最優先だと言います。著者は「オナホの選び方がわからない」という悩みに対し、「使えば使うほど素材が形状変化して自分に馴染む育成型オナホール」というコンセプトを作りました。
「選び方がわからない」を「使うほど自分専用になる」で解消する。悩みと解決が一直線でつながっています。
ここでも検証は欠かしません。ターゲットが集まる秋葉原の路上でアンケートを取り(のちに警察に叱られたそうです)、自社のコンセプトを選ぶ人が90%を超えたことを確かめてから販売に踏み切りました。
相場3000円前後の市場で5000円台という強気の価格をつけられたのも、この裏づけがあったからです。コンセプトが効けば、価格は機能ではなく納得で決まります。
商品名は説明しない、一瞬で目を引く
良いコンセプトができても、検索結果の一覧で素通りされたら終わりです。だから神山さんは、商品名やキャッチコピーに独特のルールを置いています。
まず商品名。Amazonでキーワードを詰め込む小手先のSEOハックは勧めません。顧客にとって見にくく、長期的にはアルゴリズムにも評価されないからです。
それよりも、検索結果一覧で真っ先に目につき、瞬時に判別できる名前のほうが何倍も大事だと言い切ります。クリックされ、期待どおりなら買われ、結果としてSEO評価も上がる。
これが本質的な順番だという指摘は、検索施策の優先順位を考え直させます。
キャッチコピーで気をつけるのは3点。コンセプトの主旨からズレないこと。顧客がワクワクするゴール、つまりベネフィットを混ぜること。そして、多少情報を減らしてでも一発で気を引くこと。
文字数の目安まで具体的です。一瞬で識別できるのは13文字以下。14文字以上になっていたら削る。コピーで全部を説明する必要はなく、目を引いて「詳細を知りたい」と思わせ、商品ページへ送れれば十分だと考えます。
背景にあるのは、顧客が買うのはドリルではなく穴だ、という古典的な発想です。人はモノそのものではなく、それで得られる理想の未来にお金を払うのです。
Amazonでは、パッケージのサムネイルがすべて
販売チャネルの作り込みも徹底して実践的です。Amazonの検索結果はサムネイル画像がほとんどを占めるので、サムネイルになるパッケージで目を引くことが最優先になります。
ただし規約上、サムネイル画像に直接文字を入れることはできません。そこで著者は、パッケージそのものに大きく見やすいフォントでキャッチコピーを印字する手法を使います。
「なんとなくかっこいい」デザインは競合に埋もれるので、場違いにならず、かつ埋もれない一点を見極めるためにA/Bテストを繰り返します。
広告も、売上を立てるためというより、クリエイティブを検証するためのテスト予算として捉えます。広告の反応が悪いとき、真っ先に疑うべきは運用方法ではなく、商品ページやパッケージといったクリエイティブの質だ――この指摘は、広告改善を運用の小手先に求めがちな人ほど刺さるはずです。
オナホ系はAmazon内で広告配信できないため、著者はアダルト系メディアに掲載を依頼しました。メディア側も単価の高い広告案件が少なく収益化に困っていたので、すぐに取引が成立しています。
さらにヘビーユーザーのオフ会に直接参加して商品を配り、解像度の高いフィードバックとシェアを得ました。フォロワーの多いインフルエンサーより、その分野を極めた一般のヘビーユーザーのほうが、コミュニティ内では影響力が大きい。
これは多くの界隈に当てはまる、見落とされがちな真実です。
発想力は、極端な体験から育つ
良いコンセプトを思いつくには、消費者感覚を踏まえたうえで、これまでなかったものを生む大喜利力(クリエイティブ力)が要ります。神山さんは、これを日常の体験で鍛えてきました。
「常識的にできない」ではなく「どうやったらできるか」を考える。自分と対極の価値観を持つ人とじっくり話す。著者は消防士をナンパして話を聞き、お金が足りないとき自分は収入を増やそうと考えるのに対し、収入が安定した公務員は支出を減らそうと考える、という発想の違いを発見しています。
人が「面白い」と言ったものに全力で没入してみる、という訓練もしています。友人がハマっていたロシアの軍隊格闘技システマの教室に通い、常に呼吸が整いマインドフルになる感覚を、体験して初めて理解したそうです。
極めつけは、自分の購買行動の言語化です。著者はメラノCCの酵素洗顔を買った理由を自己分析し、肌への効果ではなく、チューブ入りで個包装のゴミが出ないという手間の少なさが決め手だったと気づきます。
なぜこれを買ったのかを問い続けることが、最も身近で安上がりなマーケティングの訓練になるわけです。これは今日から、財布の中身ひとつで始められます。
評価されているうちに売る、そして休む
最後は出口と自己管理です。市場は常に変化し、チューニングを続けないと利益はじわじわ減っていきます。だから著者は、事業会社から買収の打診を受けたとき、「評価されているうちに売ろう」と判断し、創業から約1年で事業を売却しました。
黒字でも持ち続けるのが正解とは限らない、というM&Aの基本を、自分の事業で実践してみせたわけです。
もうひとつが過労への警戒です。立ち上げ当時、著者は朝6時から夜22時まで1日16時間働いて体調を崩しました。クリスマスの夜にオフィスで2000個のオナホを梱包し、家に帰れずガスが止まって2週間冷水でシャワーを浴びた、という逸話まであります。
成功譚の裏側にこの消耗が描かれているのが、本書の誠実なところです。
そこから得た式が「成功=努力の質×努力の量」です。量を増やしすぎて質がマイナスになれば、結果もマイナスに転じる。熱中しているときほど自分のヤバさに気づけないので、「結果を出すこと」より「頑張ること」にムキになっていないか、意識的にブレーキをかける必要があると言います。
おわりに――今日からできること
この本がいちばん壊してくれるのは、「自分は当事者じゃないから無理」という思い込みです。著者は当事者でないどころか、苦手な領域に飛び込みました。それでも勝てたのは、自分の感覚を信じる代わりに、100人に会い、路上でアンケートを取り、本音を掘り続けたからです。
最初の一歩はささやかでいい。自社の商品が「なんとなく」で選ばれていないか棚卸しする。ターゲット一人に一対一で会い、「どうして?」を繰り返して未解決の悩みを一つ言葉にする。商品名やコピーを他社と並べて、一瞬で識別できるか・13文字以下に削れるかを目で確かめる。
世の中にはいろんな価値観の人がいる。それを学び続ける限り、自分がユーザーでない市場でも、売れるモノは作れる。まずは、あなたが当事者でない誰か一人に会って、「どうして?」と聞いてみることからです。
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