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『カイゼン・ジャーニー』市谷聡啓さん・新井剛さん|現場を変えるのは、いつだって自分一人から

リーダーシップ・組織
『カイゼン・ジャーニー』

「あなたは何をしている人なんですか?」

カンファレンスで登壇者にそう問われた主人公は、言葉に詰まります。不満や知識はあるのに、何も行動していない自分に気づいてしまう。この一言が、すべての始まりでした。

『カイゼン・ジャーニー』は、市谷聡啓さんと新井剛さんによる、ソフトウェア開発の現場を舞台にした物語形式のビジネス書です。ただ、扱っているのはIT技術だけではありません。「誰かが変えてくれるのを待つ」のをやめ、自分から一歩を踏み出すための具体的な道のりが描かれています。

図解

こんな人におすすめ

この本の核心――影響の輪は、一人から広がっていく

本書を貫くメッセージは、ひとつの言葉に集約されます。

「いつだって始めるのは自分一人からだ。だが、君はいつまでも一人というわけではない。」

物語は「一人から始める」「チームで強くなる」「みんなを巻き込む」という3部構成で進みます。主人公の影響力が、自分自身からチーム、そして組織全体へと段階的に広がっていく。この拡大のプロセスそのものが、本書の骨格です。

そしてもうひとつの核心が「越境」です。自分のチームや役割、発注者と受注者といった「境界」にとらわれず、プロジェクトを成功させるために自ら境界へ踏み込む。本書はこの越境を、対立ではなく前向きなサイクルとして描き直しています。

第1部:たった一人から始める「見える化」

最初にすべきは、状況を見えるようにすることです。良し悪しの判断がつかないまま手を打っても、効果は期待できません。本書は一人でできる4つのプラクティスを勧めます。

1. タスクマネジメント 仕事を最小単位に分解し、背景・目的・期限を確認する。1日以内で終わるサイズに割ることで、進捗が見え、達成感も生まれます。

2. タスクボード 付箋でタスクを書き出し、「TODO」「DOING」「DONE」の3つに分ける。DOINGには必ず1つしか置かない。これで抜け漏れと、抱え込みが防げます。

3. ひとり朝会 仕事を始める前の5分で「昨日やったこと」「今日やること」「困っていること」を点検する。今日やらないことを判断する場でもあります。

4. ふりかえり 週末に活動を振り返り、学びを次へつなぐ。

このとき大事なマインドが「許可を求めるな謝罪せよ」です。完璧な許可を待っていては機会を逃す。怪我をしない範囲で、まず小さく試す。

ただし、一人のふりかえりには限界があります。自分の思考の枠の外にある問題には気づけない。主人公はここで、チームでのふりかえりの必要性に行き着きます。

第2部:チームの「共通理解」をつくる

仲間が増えてチームになると、今度は別の壁が現れます。価値観や期待がバラバラなまま忙しくなると、対立が起きる。本書はここで2つの強力なツールを提示します。

インセプションデッキ――「なぜここにいるのか」を言語化する

プロジェクトの目的や方向性を、10の問いに答えることで明らかにするツールです。「われわれはなぜここにいるのか」「やらないことリスト」などをチームで合意することで、What(何をやるか)に追われて見失いがちなWhy(目的)を共有できます。

ドラッカー風エクササイズ――期待のズレを消す

新チーム結成時に、4つの問いと1つの確認を行います。「自分は何が得意か」「どう貢献するか」「どんな価値を大切にするか」「メンバーからどう期待されていると思うか」を明文化し、最後にその期待が合っているかをすり合わせる。

「期待が合致したチームは、お互いに動きやすくて、背中を預けられる感覚が持てる。」

関係の質が、結果の質を生む

チームがギスギスし始めたとき、本書はダニエル・キムの成功循環モデルを持ち出します。

「『結果の質』←『行動の質』←『思考の質』←『関係の質』」

成果を焦って結果ばかり追うと、かえって悪循環に陥る。まずメンバー同士の「関係の質」を高めることが、遠回りに見えて近道なんです。そのために、チーム自身が働き方のルール(Working Agreement)を決める。リーダーが押し付けたルールは形骸化するからです。

「問題がない」が、いちばんの問題

デイリースクラム(朝会)が「問題ありません」で終わるのは危険なサインです。

「『問題がない』が問題といっても良いくらい。」

問題が出てこないのは、みんなが気づけていないか、言えない空気になっている証拠かもしれない。そこで「ファイブフィンガー」を使います。今の状態を1〜5本の指で同時に表明し、本数の少ない人の声に耳を傾ける。隠れた不安をチームで早期に拾う仕組みです。

第3部:境界を越えて「みんなを巻き込む」

チーム内が整ったら、次は他部署や顧客との協働です。ここで起きるのは、方針転換やステークホルダーとの対立。本書は越境のための道具立てを揃えます。

むきなおり――未来から現在を正す

過去を振り返る「ふりかえり」に対し、「むきなおり」は未来のありたい姿から逆算して、現在の方向性を定め直すこと。プロジェクトの目的が変わったときに行います。本書では1泊2日の「むきなおり合宿」でインセプションデッキを見直す場面が描かれます。

仮説キャンバスとジョブ理論――本当に解くべき課題を見つける

顧客は機能を求めているのではなく、「用事を片付けるため」にプロダクトを雇用している。これがジョブ理論の発想です。仮説キャンバスで顧客の顕在・潜在課題や状況を整理し、自分たちの提案価値が本当にその用事を片付けるのかを検証します。

無茶な要望に対しても、対立せず「真の課題は何か」を共に問い直す。本書では、短期でのボット開発を迫られた主人公が、仮説キャンバスから「営業のシステムアクセス問題」という真因を見つけ、現実的な代替案にたどり着きます。

MVPとユーザーストーリーマッピング

膨大な要求をすべて作るのではなく、ユーザーにとって価値があり最小限の機能を持つ製品(MVP)を切り出す。本書では1日で20人にユーザーインタビューを行い、本当に必要なMVPを定義する場面が出てきます。

「ユーザーが手にして使えない限り、価値は生まれないからな。」

80%完成は、価値としてはゼロ。この厳しさが、アジャイルの精神を表しています。

モブプログラミングとハンガーフライト

新メンバーの教育やレビュー待ちのムダには、チーム全員で1台の画面に向かう「モブプログラミング」が効きます。

「全員が犯人であり、全員がヒーローなのだから。」

そして得られた学びは「ハンガーフライト」――現場の経験を語り合う勉強会――として組織に共有する。飛行機乗りが天候待ちに格納庫で経験談を交わしたことに由来する言葉です。学びを発信することで、変革が組織全体に広がっていきます。

明日から何を変えるか

本書の実践は多岐にわたりますが、立場を問わず始められる3つを挙げます。

1. 自分のタスクを見える化する 付箋で「TODO・DOING・DONE」のボードを作り、DOINGは1つだけにする。まず自分の足元から始めてください。一人でも今日からできます。

2. 週末に5分の「ふりかえり」をする KPT(Keep・Problem・Try)で1週間を振り返る。続けたいこと、モヤモヤ、次に試すことを書き出すだけです。

3. 新しい試みは「許可を求めるな謝罪せよ」で始める 会議の承認を待たず、怒られない範囲で小さく試す。やってみて初めて分かることが、現状を変える第一歩になります。

おわりに

私がこの本でいちばん励まされたのは、変革を「孤独な戦い」として描いていない点でした。

最初は一人かもしれない。でも、自分の見える化やふりかえりが周囲の目に留まり、共感する二人目が現れる。やがてチームになり、組織に広がっていく。

「世界を変えるのは、遠いどこかの誰かじゃありません。世界を変えるのは自分自身だからです。」

救世主は現れません。だからこそ、まずは自分の小さな一歩から。その積み重ねが、越境するチームへの旅(ジャーニー)になっていきます。


合わせて読みたい

『チームが機能するとはどういうことか』エイミー・C・エドモンドソン 心理的安全性とチーミングの理論を体系的に解説しています。本書の「関係の質」「問題がないが問題」を、学術的な裏づけとともに深めたい人におすすめです。

『最高のコーチは、教えない。』吉井理人 答えを教えず、考えさせて主体性を引き出す技術を説きます。本書のメンター役(石神・西方)の関わり方を、リーダーの立場から学べる一冊です。

『失敗の本質』 組織が同じ過ちを繰り返す構造的な理由を分析しています。本書が描く「越境」や「むきなおり」が、なぜ組織に必要なのかを反対側から理解できます。


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