「君の話、ちょっとふわっとしてるね」。
会議でそう言われたとき、何を直せばいいのか、はっきり言える人は多くありません。私もそうでした。「ふわっと」は曖昧な指摘で、直そうにも手の付けどころが見えないのです。
その「ふわっと」の正体に名前をつけ、直し方の手順まで示したのが『解像度を上げる』です。著者の馬田隆明さんは、東京大学産学協創推進本部でFoundXのディレクターを務め、数多くのスタートアップを支援してきた人。
優秀な起業家の「くっきりした思考」を間近で観察し、その共通項を4つの視点に分解しました。
深さ、広さ、構造、時間。この4つのどれかが欠けると、解像度は上がりません。そしてもう一つ、本書が他の思考本と決定的に違う主張があります。考えるだけでは、解像度は上がらない。行動が要る、というものです。
こんな人におすすめ
- 提案するたびに「で、結局なんなの?」「どういう意味?」と返されてしまう人
- アイデアを出しても「どこかで聞いたことある」「表面的だ」と言われがちな起業・企画担当の人
- リサーチや分析は得意なのに、なぜか現場の手触りがなく、説得力が弱いと感じている人
どれかに頷いたなら、本書はあなたの思考のどこがぼやけているかを、具体的に診断してくれます。漠然とした「頭の良さ」ではなく、欠けている部品を名指しできるのが、この本の効きどころです。
この本の核心――解像度は4つの視点でできている
本書のいちばんの強みは、「解像度が高い人」と「低い人」の違いを、感覚ではなく構造で説明したことです。
解像度とは、物事への理解の深さや思考の明晰さのこと。ディスプレイの画素にたとえられます。Full HD(1080p)は約207万画素、4Kは約829万画素、8Kなら約3318万画素。
画素が多いほど、世界がくっきり見えます。解像度の高い人は、顧客が課題に直面する頻度、使っている競合製品、その時の感情まで、一人の顧客像をありありと語れる。
話が簡潔で例が具体的、洞察がユニークで、次の一手が明確です。
逆に低い人は、話がふわっとして論理に飛躍があり、集めた情報がバラバラで、解決策が安易になります。同じ事実を前にしても、見えている画素数がまるで違うのです。
その差を、本書は4つの視点に分けます。
深さは、原因や要因を細かく掘り下げること。広さは、多様な原因やアプローチを確保すること。構造は、要素を分けて関係や重要度を把握すること。時間は、変化やプロセスを捉えること。このどれかが足りずアンバランスだと、解像度は上がらない、と著者は言います。
面白いのは、本書が「分かりやすさは毒になる」と釘を刺す点です。人には曖昧さを嫌う認知的完結欲求があり、複雑なことをつい単純化したがる。でも本当に必要なのは、複雑なものを複雑なまま捉える力なんです。安易にスッキリさせた瞬間、解像度は下がります。
そして、解像度が低いまま意思決定するのは「霧のなかで的が見えないまま、当てずっぽうに矢を射るようなもの」。人・物・金の資源は限られている以上、矢を射る前に霧を晴らす価値がある、というわけです。
さらに本書はビジネスの価値の源泉もはっきり書きます。大きな課題を選べば、解決策を磨いた分だけ価値が大きくなる。小さな課題では、どれだけ解決策を改善しても課題の大きさ以上の価値は生まれません。
だから業界選びや事業計画より先に、課題と解決策の解像度を上げよ、というのが本書の優先順位です。
行動なくして、解像度は上がらない
本書最大の特徴は、思考術の本なのに「行動」を強く推す点です。
高い解像度には「情報×思考×行動」の3つで至る。情報を食材、思考を料理人の腕とすると、行動は調理にあたります。食材を揃え腕を磨いても、調理しなければ料理は完成せず、味のフィードバックも得られません。
具体的には「内化」と「外化」を繰り返します。内化はサーベイやインタビュー、現場への没入で情報を取り込むこと。外化は言語化や図解でアウトプットすること。
この往復で思考が深まっていきます。しかも行動が起点になると、サイクルが回り始める。行動量を増やすと質の高い情報と思考が手に入り、それがまた次の行動を呼ぶ。
だから「自分の頭で考える」前に、まず動いて情報を集めるべきだと著者は説きます。
少し皮肉なデータもあります。MBAなどビジネス教育を受けた人がいるチームほど、行動を軽視して、かえってうまくいかない傾向がある、と。素人の発想が当たることは少なく、自分の頭だけで考え続けると陰謀論や間違った答えに行き着きやすい、とも書いています。
頭でっかちへの、これは静かな戒めです。
「十分に言語化できなければ、まだ十分に考えきれていません。」
言語化の度合いが、自分の理解度のバロメーターになる。書いてみて詰まるなら、まだ解像度が足りないサインなんです。
深さ――症状ではなく「病因」を見る
ここから4視点それぞれの上げ方を見ていきます。まずは最も不足しがちな深さから。著者が起業初期に受ける相談の8割以上は、深さの足りないアイデアだといいます。迷ったら、まず深さに取り組むのが本書の推奨です。
カギは「症状」と「病因」を分けること。医者が腹痛の原因を調べず解熱剤だけ出したら、問題は必ず再発します。たとえば「売上が下がった」とき、すぐ「訪問件数を増やせ」と動くのは症状への対処です。「なぜ下がった?」→「顧客が減った」→「なぜ?」→「競合が値引きしている」と、Why so?を繰り返して病因にたどり着く。本書は思考をツリー状に展開し、その深さが7段以上(できれば10段)になっているかを目安にします。
深さを上げる行動の型も、数字つきで具体的です。まず大量の情報を集める「サーベイ」。関連する製品や事例を100ほど知っているかが一つの閾値で、300〜400まで知ると頭の中に地図ができてきます。
アストロスケールの岡田光信氏は、宇宙ゴミ除去の起業にあたり宇宙デブリの論文を1000本読み、主要な教授を訪ねて、起業に値するアイデアに辿り着きました。
次が「インタビュー」。ここで本書は、アンケートではなく必ずインタビューをせよと言い切ります。アンケートは浅く広く傾向を知るには向くものの、深い理解には役立たない。
対面なら複雑な情報を引き出せ、顧客の機微な反応や違和感まで観察できる。そこに、本人も気づいていない真の病因のヒントが隠れています。新製品づくりなら30〜50人に会ってようやく端緒が見え、約100時間かかる計算です。
さらに深いのが「現場への没入」。顧客と同じ現場で働き、観察する。本書は写真の枚数まで具体的で、1現場で100枚を超え、500枚に届かないようでは観察しきれていないと書きます。
注意したいのは、顧客に聞くべきは「欲しいもの」ではなく「事実(過去の行動)」だという点。要望は外れることが多く、そこから真の課題を推測するのは作り手の仕事なのです。
広さ――前提を疑い、視座を変える
広さとは、探索する範囲を広げ、より広い視野で課題を捉えること。深さで掘った穴を、横に広げるイメージです。
一つ目の型が「前提を疑う」。既成の枠組みを外すゼロベース思考や、「10倍の性能を出すには」と問うアプローチです。象徴的なのがイーロン・マスク氏。
「そもそもロケットは何でできているのか」と原材料の原価を計算し、当時のスペースシャトル価格の2%程度だと気づきました。業界の常識という前提を外したことが、安いロケットにつながったんです。
二つ目が「視座を変える」。高い位置から俯瞰したり、相手や未来の視点に立つこと。日常では、競合製品を実際に使う「体験」や、自分と違うコミュニティで「人と話す」ことが効きます。
「自分の頭で考えること」と「自分の頭だけで考えること」は違う、という指摘がここでも生きます。3Mで開発者を専門家・ゼネラリスト・ポリマス(博識家)に分けた研究では、社内のイノベーション賞を取りやすいのはポリマスでした。
複数領域の知識が、広い視野を支えるわけです。
構造――分け、比べ、関係づけ、省く
深さと広さで集めた要素を、意味ある形に整えるのが構造です。やることは「分ける・比べる・関係づける・省く」。
「分ける」は、渾然一体の物事を分解すること。「売上」をそのまま眺めず、地域別・年齢別・サービス別など、意味のある切り口で分けます。「比べる」は、分けた要素を同じ基準で比較し、ビジネスへの影響の重みを測ること。
グラフや表で視覚化すると、優先すべき要素や勝負すべきポジションが見えてきます。こうして、解けば全体が動く最重要ポイント「勘所」を特定する。LinkedInは初期のKPIに、サイト全体のPVではなく「ユーザーのプロフィールのPV」という切り口を選び、そこに注力して伸びました。
結果の8割は2割の原因から生まれる以上、その2割を見つける作業が構造なのです。
そして本書が独自性を見るのが「省く」です。著者は、加えることより捨てることのほうが難しく、独自性は「何を捨てるか」に宿ると言います。レゴブロックを安定させる課題で、多くの人がコストの高い柱を「足す」選択をしたという実験もあります。
人は無意識に足し算をしたがるので、引き算のほうが差がつく。あえて提案から省けるかどうかが、構造を持っているかの指標になります。
時間――課題は動く的である
物事は時間とともに変わります。本書は「ビジネス上のイシューは動く的(ムービングターゲット)」と表現します。
一度解像度を上げて満足してはいけません。かつて成功した施策が効かなくなったら、顧客の課題そのものが動いた可能性を疑う。経時変化、因果関係、プロセスを捉えるのが時間の視点です。
時間は未来にも伸びます。アマゾンは製品開発の前に、完成して発表する時を想定した「プレスリリース」や「FAQ」を書き、ゴールから逆算する「ワーキング・バックワーズ」を実践しています。
理想を描くときは「予測が半分、意思や願いが半分」になる、と著者は言います。さらに遠い視座として、会議に一席を空けて未来の子孫が座っていると想定する将来世代の視座や、人類規模で俯瞰する宇宙の視座まで紹介されます。
課題が見えたら、解決策の解像度も上げる
ここまでは「課題」の話でした。価値は課題と解決策のフィットで生まれるので、解決策にも解像度が要ります。
課題には「Why so?」を、解決策には「How?(どうやって)」を問います。頭だけでなく、プロトタイプを作る「手で考える」、役割演技する「体で考える」も使う。
先ほどのプレスリリースを書く手法は、解決策が今どんなもので、どんな価値を持ち、何が足りないかを言語化するのにも効きます。ただし解決策がオーバースペックでも、課題以上の価値は生まれません。
課題に「ちょうど良い」解決策を探すのが筋です。
そして、考えた課題も解決策もあくまで仮説。行動(実験)で検証します。道具がMVP(実用最小限の製品)と「スケールしないこと」。飲食店向けのdiniiは、初期にアプリの裏側を作り込まず、開発者が電話で店に予約を入れる手作業で代用し、5日でMVPを検証しました。
「『欲しい』という言葉を信じるな。身銭を切ってくれるかを見ろ」
口で「欲しい」と言うかではなく、実際にお金や時間を払うか。そこに本物の切迫感が出ます。逆に、サービス開始前に約1800億円を調達したQuibiは、顧客の課題に合っておらず半年で終了しました。
資金より、課題と解決策のフィットが先なのです。なお、最初のそこそこ良いアイデアに約200時間、検証に200〜400時間、考え直しと再検証を含め合計で約1000時間。
多くの人が約2年かけている計算です。
明日から何を変えるか
本書の型は、今日の小さな課題から試せます。
1. 気になる課題に「なぜ?」を5回ぶつける 表面の症状で止まらず、Why so?を繰り返して病因まで降ります。5回続けるだけで、見える景色が変わります。
2. 頭の中のモヤモヤを、長い文章で書き出す これが外化です。言葉に詰まった箇所が、理解の浅いところ。書けないなら、まだ考えきれていません。
3. アンケートではなく、顧客5人に直接話を聞く アンケートは浅く広く向き。深さを得るなら対面です。相手の違和感や言いよどみにこそ、本当の課題が隠れています。聞くのは要望ではなく、過去にどう行動したかという事実です。
おわりに
本書を貫く、もう一つの言葉があります。「型があるから型破り、型がなければ型なし」。
数多くの型を粘り強く回すのは、正直しんどい。約1000時間という数字が、その覚悟を物語っています。それでも、解像度を上げることは「機会を認識する」手段であり、行動はそのまま「機会を創造する」ことでもある。動くから見え、見えるから動ける――この循環こそ本書の芯です。
次に「ふわっとしてる」と言われたら、落ち込む前に問い直してみてください。足りないのは、深さか、広さか、構造か、時間か。
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『自分のアタマで考えよう』ちきりんさん 「知っている」ほど考えられなくなる、という主張が、本書の「分かりやすさは毒」と重なります。前提を疑う「広さ」の視点を補強してくれます。
『具体と抽象』細谷功さん 世界の見え方を変える思考の往復運動を説いた本。本書の「深さ(具体)」と「構造(抽象化)」を行き来する感覚を、別角度から鍛えられます。