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『PLG プロダクト・レッド・グロース』ウェス・ブッシュ|営業をなくすほど、なぜ売れるのか

マーケティング・営業 ✍ ウェス・ブッシュ
約7分で読めます

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目次

Slackを初めて開いたとき、営業担当者と電話で話した記憶がある人はまずいないだろう。誰かに誘われ、無料で触り、気づけばチーム全員が手放せなくなっていた——ZoomもDropboxも、たいてい同じ入口から広まっている。

この「勝手に売れていく」現象の裏にある戦略を、初めて一冊に体系化したのがウェス・ブッシュ『PLG プロダクト・レッド・グロース』だ。営業が製品を説明して売るのではなく、製品そのものに顧客獲得を担わせる。

「セールスがプロダクトを売る時代」から「プロダクトでプロダクトを売る時代」への転換を、実装レベルの設計図まで落とし込んだ本である。本書の強みは、掛け声で終わらず「どこを削り、どこに数字を置くか」まで具体化している点にある。

営業に頼る売り方が、なぜ利益を削るのか

本書がまず突きつけるのは、SaaSを取り巻く三つの地殻変動だ。一つ目は顧客獲得コスト(CAC)の高騰。開発ツールが安価になり参入障壁が消えた結果、競合が爆発的に増えた。

著者は過去五年でCACが五割上がる一方、ユーザーの支払い意欲は三割下がったと指摘する。売るコストが上がり売値が下がる、この挟み撃ちが従来モデルの利幅を静かに削っていく。

二つ目は買い手の変化で、B2Bの購買担当者の四分の三が「営業に説明される前に自分で試したい」と答えるという。三つ目は体験そのものの重みだ。Netflixに問い合わせてから観る人はいない。

登録し、その場で価値を感じ、納得して払う——この基準が当たり前になった時代に、旧来の売り方は重い足かせになる。

ここで見逃せないのが、営業コストの転嫁という論点だ。著者は「そのプロダクトを売るのにお金がかかればかかるほど、ユーザーはそれを買うのにもさらにお金が必要となる」と書く。

製品の価値とは無関係な販売コストを、結局は顧客が肩代わりさせられている。PLGは値引き戦術ではなく、価値と無関係なコストを売り方の構造から抜く発想だと捉えると、本書全体の狙いが見えてくる

ただしこれは短絡的な「営業不要論」ではない。著者自身、次に見る適性の線引きにはかなり慎重だ。

MOATで、自社がPLGに向くかを診断する

著者は「PLGはすべての製品に効く」とは言わない。泥の塊は磨いてもチョコレートケーキにはならない、という直截な比喩で、まず適性の診断を促す。その道具がMOATフレームワークだ。

Mはマーケット戦略。最安かつ最高品質で攻めるドミナント型、過剰サービスの市場をシンプルさで崩すディスラプティブ型、ニッチな課題に高く売る差別化型のどれかを見極める。

ドミナント型は広い市場を取るフリーミアム、差別化型はトライアルやデモが合う。Oはオーシャンの状態で、ここに落とし穴がある。SalesforceはクラウドCRMという新しい海にいたため、データを外部に預ける不安を丁寧に解く必要があり、あえて人手のかかる営業から入った。

新市場では啓蒙が要り、成熟・コモディティ化した市場ほどセルフサーブが効く。市場の成熟度によって最適解が逆転する点は、自社を当てはめる前に押さえておきたい。

Aはオーディエンスで、経営層を口説くトップダウンか、現場から広がるボトムアップか。複雑なSAPは前者、直感的なSlackやDropboxは後者で、PLGが輝くのは後者だ。

Tはタイム・トゥ・バリュー、新規ユーザーがサポートなしで核心的な価値、著者の言う「約束の地」へどれだけ早く至れるかを指す。

武器選びには釘も刺す。著者はフリーミアムをサムライの刀に喩え、使いこなせなければ自らの腕を切り落とすと警告する。無料プランはユーザーを爆発的に増やす一方でリソースを食い、課金の機会も奪う。

だからまずフリートライアルで検証してから、という順序を勧めている。派手なフリーミアムに飛びつく前に、この慎重さは実務家ほど噛みしめたい。

顧客が買っているのは機能ではなく「対価」だ

製品づくりの土台として著者が繰り返すのが、我々が売っているのは製品ではなく、製品を使って得られる対価(アウトカム)だという原則だ。対価には三つの層がある。機能的な対価(売上増やコスト減)、感情的な対価(安心や高揚)、そして社会的な対価(他者からの評価)である。

BIツールで考えると腑に落ちる。機能的な対価は経営指標が見えること。だがユーザーが本当に欲しいのは、データから好機を掴んだ瞬間の高揚であり、見栄えの良い報告書を経営層に出して同僚に一目置かれ、昇進することだ。

ここまで含めて訴えないと、製品は正しく届かない。B2Bの購買担当者はB2Cの消費者より感情的だ、という調査まで引かれている点は示唆的だ。理屈で買うと思われがちなB2Bこそ、実は感情と立場が意思決定を動かしている。

この対価をどう値付けするか。著者はスプレッドシートの数値だけで価格を決めるやり方を否定し、SaaS企業の約七割が価格調査を一切せず憶測で決めていると指摘する。

入口はバリューメトリクスの設定だ。送信メッセージ数やデータ量のように、ユーザーが得た価値の量に連動する課金単位を選ぶ。「理解しやすい」「価値と連動する」「使うほど増える」の三条件を満たすと、多く価値を得た人が多く払い、得ていない人は払わずに済む。

この納得感が、アップセルと解約防止を自動で回していく。目安は、ユーザーが最低でも十倍の価値を得るように設計する「十倍ルール」だ。裏を返せば、価格を憶測で置いている限り、良い製品ほど安売りして自分の首を絞めかねない。

値付けは営業の後工程ではなく、製品設計と地続きの問題だと本書は突きつける。

オンボーディングの摩擦は、売り手が負う「負債」だ

本書で最も痛いのがここだ。新規登録者の四〜六割が一度きりで二度と戻らない(インターコム調べ)。原因は、宣伝した価値と実体験した価値のズレ、「バリュー・ギャップ」にある。

そしてこのズレを、著者は強い言葉で名づける。アビリティ・デッド、ユーザーが成果を得られないたびに売り手が負う「負債」だ。

メール認証、過剰な入力欄、複雑な初期設定。摩擦の一つひとつが借金であり、放置すれば利子のように離脱を膨らませる。証拠は鮮烈だ。グラフィックツールのSnappaは、登録時のメール認証で二十七%が二度とログインしないと気づき、そのステップを丸ごと削除しただけで月間経常収益が二割伸びた。

世の製品のオンボーディング手順の三割超は本当は要らない、と著者は言い切る。機能を足すより不要な一歩を消すほうが収益を動かすことがある、というこの逆説こそ本書の実務的な核だ

対策は単純で、登録から最初の成果までの全手順を書き出し、緑(必須)・黄(後回し可)・赤(不要)で色分けし、黄と赤を容赦なく消す。作り手は客観性を失いやすいので、月に一度は自社製品を自分で買ってみる習慣まで勧められている。

ボウリングレーンで「約束の地」まで導く

摩擦を消すだけでは足りない。積極的に核心価値まで運ぶ設計が「ボウリングレーン・フレームワーク」だ。溝にボールを落とさないバンパーを思い浮かべてほしい。

中央に引くのは、無駄をそぎ落とした最短ルート「ストレートライン」。その両脇に二種のバンパーを置く。プロダクトバンパーは製品の中でユーザーを迷わせない仕掛けで、ウェルカムメッセージ、製品ツアー、進捗バー、チェックリスト、ツールチップなどがこれにあたる。

コミュニケーションバンパーは製品の外に出てしまった人を連れ戻す仕掛けで、行動に連動したメールや通知を使う。ここで著者は、経過日数で一律に送るメールをやめ、ユーザーの行動に紐づけて送れと強く勧める。

Canvaの設計は見事だ。「ポスターの作り方」で検索して来た人を、登録後すぐポスター作成画面へ飛ばし、吹き出しで操作を示し、プロフィール設定のような不要な手順を省いて、一分で完成体験まで導く。

これで価値を感じるまでの時間を半分にした。進捗バーが効く理由も面白い。ある洗車場の実験で、最初から二つ押印済みの十マスのカードを渡した組は、白紙の八マスの組よりほぼ倍の人が特典まで貯めきった。

実際に必要な押印数は同じなのに、である。「あと少し」と感じさせる初期の進捗が完遂率を押し上げる。この心理を、そのままチェックリストの初期状態に応用するわけだ。

リテンション・ファーストと、PLGを枯らせない組織

最後の落とし穴は、導入したPLGを放置して枯らすことだ。水をやらない植物と同じで、更新の主導権と責任を負うチームがないと仕組みは錆びる。著者は社内から集めた七人の専門チーム——開発者、UXデザイナー、プロダクトマネージャー、カスタマーサクセス、デジタルマーケター、そしてCEOとCPOかCTO——を勧める。

経営トップを入れるのは、社内調整とビジョンの後押しに欠かせないからだ。

このチームが毎月回すのが「トリプルAスプリント」。Analyze(分析)でサインアップ数・ARPU・解約率・ARRといったごまかしの効かない数字からボトルネックを探し、Ask(質問)でどのレバーを引くかを問い、Act(実践)で施策を一つか二つ実行する。

優先順位づけには、影響度・自信度・容易度で採点する「ICEメソッド」を使う。そして向かう先は、新規獲得よりリテンション・ファーストだ。成長の源泉は新規の数より、既存客が価値を感じ続けているかどうかにある——著者は、成長が解約率とARPUと顧客数の掛け算で決まり、顧客維持率を五%上げるだけで売上は二五〜九五%伸びると説く。

締めの警告が効く。チャーンは静かに進む。キャンセルボタンが押される何週間も前から、ログイン頻度が落ちる「アクティビティチャーン」として始まっており、ボタンが押されたときには、もう手遅れなのだ。

読後、多くの人が自社サービスに自分で登録し、認証と設定の連続にうんざりするだろう。その苛立ちの一つひとつが、著者の言う「負債」の手触りであり、改善の第一歩になる。


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