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『「心」が分かるとモノが売れる』鹿毛康司|買った理由の95%は、本人も知らない

マーケティング・営業 ✍ 鹿毛康司
約7分で読めます

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『「心」が分かるとモノが売れる』
目次

新商品のグループインタビューで、参加者全員が同じ意見を口にした。目の前の商品を褒め、比較対象には手厳しい評価を返す。ところが会が終わる直前、司会者が一言添えた。「気に入ったものを1つ、持ち帰ってください」。

絶賛されていた商品には、誰も手を伸ばさなかった。数分前まで酷評されていた別の商品を、参加者同士がじゃんけんで取り合う騒ぎになった。

言葉と行動が、こんなにもきれいに割れる。この落差を長年見つめてきたのが、著者の鹿毛康司さんだ。元エステーの宣伝部長で、ポルトガル人の少年が青空の下で「消臭力〜」と歌うだけのあのCMを世に送り出した張本人でもある。

「人は理屈ではなく、心で動いています。」

『「心」が分かるとモノが売れる』が繰り返し立ち返るのは、この一点に尽きる。理屈で説明できる部分はごくわずかで、人を実際に動かしているのはその奥にある無意識のほうだ、という主張である。

図解

こんな人におすすめ

本書は入門書ではない。むしろ、ひととおりの理論を学び終えたのに壁にぶつかった人のための本だ。

心当たりがあるなら、後半で紹介する自己内省の技術がそのまま処方箋になる。

「ニーズ」と「インサイト」は別物だ

脳科学の知見として、人間の思考や行動の95%は潜在意識に支配されているという。本人が自覚し、言葉にできる領域はわずか5%にすぎない。

この5%を著者は「ニーズ」と呼ぶ。アンケートで「これが欲しい」と答えられる、表面的な要求のことだ。残る95%が「インサイト」。本人すら気づいていない、行動の奥に隠れた葛藤や本音を指す。

著者が教壇に立つグロービス経営大学院での一幕が、この差を鮮やかに見せる。「なぜMBAを目指したのか」と尋ねると、返ってくるのは「経営に携わりたい」「技術を身につけたい」といった立派な答えだ。

著者はその回答をそのままつなぎ合わせた歓迎動画を作って見せ、受講生を絶句させる。誰にでも思いつく建前でしかなかったからだ。

そこで「プライドを捨てて自分の暗闇と向き合え」という宿題を出す。届いたメールにあったのは、「このまま成果を出し続けられるか不安だ」「本当は居場所が欲しかった」という言葉だった。

人を動かす広告は、この後者からしか生まれない。アンケートの1行目を鵜呑みにする怖さが、ここに凝縮されている。

自社の事例に限った話ではない、という補強材料も本書は用意している。2004年、まだ知名度の低かったGoogleが米国の街中に出した匿名の看板には、社名も「採用」の文字もなく、ただ数学の問題だけが書かれていた。

理系の学生は難問を見ると解かずにいられない。答えにたどり着いた先で、求人広告が待っていた。書店員の投票で選ぶ「本屋大賞」も同じ構造で、仕掛け人の博報堂・嶋浩一郎さんは「自分ならもっといい本を選べる」という書店員の心を見抜いたからこそ、あの賞を仕立てられたのだという。

聞いても、本音はまず出てこない

やっかいなのはここからだ。「なぜ買ったのか」と本人に尋ねても、正確な答えは返ってこない。

著者が金沢旅行帰りの30代男性に取材した例がある。恋人と訪れた1人2万円の高級和食店を選んだ理由を聞くと、「ネットで調べて、電話対応も値段も良かったから」という筋の通った答えが返った。

ところが対話を重ねると、実際はタクシーの中で恋人が見せた金沢らしい外観写真に、価格を確かめる間もなく即決していたことが分かる。嘘をついたのではない。

人は理由を問われると、無意識にきれいな筋書きを後から組み立ててしまうのだ。

質問の立て方ひとつでも答えは歪む。1人暮らしの20代女性に「自炊は週何日」と聞けば「5日」、「外食は」と聞けば「週1回」と返る。ところが実際には毎日自宅で夕食をとっていて、残り2日は前日の作り置きだから数えなかっただけだった。

「外食」と答えた日も、実態は会社の人とのランチである。集計の欄を信じるほど、実像から遠ざかる怖さがここにある。

では1対1でじっくり聞くデプスインタビューなら本音が出るのか。著者の答えは同じく否だ。本人が自分のインサイトに気づいていない以上、直接尋ねても出てくるのは後付けの理屈でしかない。

だから著者が板チョコレートについて50代男性から話を聞くときも、味の感想は一切聞かない。祖母が買ってくれた幼少期の記憶や、いま実際にどう食べているかという事実だけを拾い、感情を色や動物にたとえてもらう。

浮かび上がったのは、夜中に一人でこっそり板チョコを頬張る姿だった。寂しさを埋め、自分を大人として立て直す。本人も知らなかった心理を見つけたのは、聞き手の観察眼のほうだったという。

正直なところ、この聞き出し方は手順書に落としにくい。著者ほどの経験と訓練があってこそ成立する技術で、誰でもすぐ真似できるものではない、というのが率直な印象だ。検証調査をどう組み合わせるかについても、本書は明確な型を示していない。ここは自分で補うしかない部分だろう。

自分の心のフタを、先に開けておく

ここからが本書の核だ。他人のインサイトを探る前に、まず自分の心のフタを開けろ、と著者は言う。誰しも前向きに生きるために、弱さやコンプレックスに封をしている。著者はこれを「心のパンツ」と呼び、それを脱がなければ、同じ痛みを抱えたお客様の声を受け取る感度は手に入らないという。

例が具体的だ。寝たきりの老親向けの介護用消臭剤を作るとする。ニーズだけを見れば「ベッド周りの尿臭を消臭」とパッケージに書けば済む。機能としては正しい。

でも自分自身が老いへの恐怖や尊厳を失う不安に潜ったことのある人なら、寝たきりの本人が抱く「尊厳を守ってほしい」という悲鳴に気づく。生まれたのは、尿臭という言葉を使わない、ベッド脇に置いても様になる花瓶のような消臭剤だった。

この内省を鍛える手段が「24時間行動観察トレーニング」だ。前日の自分の行動を、理由を一切書かずに、目撃した事実だけで600〜800字にする。

「疲れていたから」は理由なので削除し、「棚の前で立ち止まり、手前の缶を戻して奥の缶を取った」だけを残す。1日10分、1ヶ月続けると、お客様の言動の裏にある心の動きが見えてくるという。

この方法が数字に跳ね返った例が、学習塾「ベスト個別学院」だ。2020年の一斉休校で入塾者は3月に前年比37%減、4月には58%減まで落ちた。

著者は完成していた平時用のCMを破棄し、黒板の文字とナレーションだけの簡素なCMに差し替える。5月の入塾者は前年比1.58倍に戻った。だが学校再開後、詰め込み授業に疲れた家庭が増え、7月に再び32%減へ落ち込む。

今度著者が潜ったのは自分の過去で、偏差値が50を切っていた高校生時代の記憶だった。そこから出た「いっしょに計画たてようか」という一言で、8月の入塾者は前年比2.17倍まで伸びている

同じ防虫剤でも、狙う心はまるで逆

インサイトは商品カテゴリでは決まらない。それを示す好例が防虫剤だ。

衣類用の『ムシューダ』が突いたのは「虫食い防止」ではなく、「虫を自分から遠ざけてくれる頼もしい存在」という心理だった。だからCMでは、タンスから距離を取って「出てきなさい」と叫ぶ演出になる。

一方、米びつ用の『米唐番』は同じ防虫剤でも訴えどころが正反対だ。食材を腐らせたときは「もったいない」と言う女性たちが、米に虫が湧いたときだけ「申し訳ない」と口にする。

幼い頃から教わる「お百姓さんが作った大切なお米」という感覚に根ざした、日本独自の心理である。

コンセント式の消臭剤でも似た逆転が起きた。「電子パワーでくまなく消臭」という機能訴求では売上が伸び悩んでいたが、インタビューで拾えた「うちはコンセントが少ない」の裏に「狭い部屋を見られたくない」という心を見つけ、「小さいのに部屋一面消臭」と訴求を絞り直すと、売上は倍増したという。

カテゴリが同じだからといって、突くべき心まで同じとは限らない。この腑分けの視点こそ、本書から持ち帰る価値のある思考法だと思う。

有事に問われるのは、企業の人格

本書の後半は、企業にも人格があるという主張を著者自身の経験で裏付ける。

原点は2000年の雪印乳業の食中毒事件だ。営業改革の担当者だった著者は、被害の出た大阪へ向かい、入院した子どもの家を一軒ずつ回って頭を下げ続けた。

あるお母さんから届いた手紙には、貧しい暮らしの中で母乳の出ない自分が、棚で一番高い雪印のミルクを精一杯買って与えてくれた、その雪印というブランドは母の愛情そのものだった、とあった。

「売り上げとは、まさに『お客様を喜ばせた総量』なのです。」

ブランドは企業の所有物ではなく、お客様の生活と記憶の中にある。この考えが、東日本大震災での決断にもつながる。震災当日、著者は本社と連絡が取れないまま、平時のCMを流せば人を傷つけると判断し、自社の枠をすべてACジャパンの公共広告に差し替えた。

5日後には会長の後押しを受け、正式な承認を待たずポルトガルへ飛ぶ。生まれたのが、12歳の少年が青空の下でアカペラで歌うだけのCMだった。除菌も効能も語らない。

それでも社会現象になったのは、便乗ではなく企業理念に根ざした覚悟が伝わったからだろう。

データは過去しか語らない。だからこそ不連続な局面で頼れるのは、突き詰めれば心の理解しかない。グループインタビューでじゃんけんが起きたあの場面も、種明かしは同じだ。参加者は商品Aを褒めながら、本当は何とも思っていなかった。褒め言葉は、興味がなかったことの裏返しだったのである。


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