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『世界のエリートが学んでいるMBAマーケティング必読書50冊を1冊にまとめてみた』永井孝尚|「差別化しろ」と「差別化するな」が同じ本に載っている

マーケティング・営業 ✍ 永井孝尚
約7分で読めます

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『世界のエリートが学んでいるMBAマーケティング必読書50冊を1冊にまとめてみた』
目次

「競合と違うことをやれ」と教わった数ページ後に、「違いなど気にしなくていい」と正反対のことを言われたら、たいていの読者は戸惑う。

永井孝尚さんの新刊は、その戸惑いを意図的に仕込んだ一冊だ。定番のポジショニング理論と、それを真っ向から覆す購買データ理論を、同じ本の中で正面からぶつけ合わせている。

『世界のエリートが学んでいるMBAマーケティング必読書50冊を1冊にまとめてみた』は、同じ著者による『MBA必読書50冊』の続編にあたる。前作が戦略から組織、起業論まで経営理論全体を横断したのに対し、本作はブランド、価格、サービス、コミュニケーション、チャネルと販売、市場と顧客という6つの切り口に絞り、「売る」ことに関わる名著だけを50冊、1冊5分で読める分量に凝縮した。

日本IBMで事業戦略の立案と実行を担ってきたマーケティング戦略コンサルタントが、なぜ相反する理論を無理に一本化しなかったのか。そこにこの本の値打ちがある。

図解

対立を隠さない、という設計

本書に並ぶのは、コトラーらが説く「差別化してポジションを築け」という定番理論と、購買データの分析から「差別化はさほど重要ではない」と主張したバイロン・シャープの理論だ。既存顧客の維持を利益の源泉と見る立場と、新規顧客の獲得こそが成長を決めるという立場も、同じページで隣り合わせにされる。

著者の姿勢はこうだ。

「現実には対立する理論Aと理論Bがあっても、前提条件次第でどちらも正しいことが多い」

つまりどちらの理論を信奉するかを競わせるのではなく、自分が今どちらの前提条件の中にいるかを見極める力を養うために書かれている。理論を暗記する参考書というより、状況を診断する練習帳に近い。

同じ発想は他の章にも顔を出す。既存事業を磨き込む「深化」と、未知の領域を試す「探索」を同時に回せという経営論も、一見すると矛盾した要求だ。花札から出発した任天堂も、秤の製造から出発したIBMも、探索をやめなかったから今の姿がある。

本書はこの手の一見矛盾する二兎を、律儀に両方載せてくる。

正直に言うと、この構成は読み手を選ぶ。一冊の中で著者の立場がぶれているように感じ、落ち着かない人もいるはずだ。それでも現場を見渡せば、コトラー的な差別化が効く商材と、シャープ的な想起の広さが効く商材は確かに混在している。

両方の理論を知らないまま、片方だけを振りかざすほうがよほど危うい。

「思い出されやすさ」で売れる時代

シャープの理論の核にあるのが、フィジカル・アベイラビリティ(買おうとした瞬間に手が届くか)とメンタル・アベイラビリティ(思い出してもらえるか)という2つの入手しやすさだ。

消費者がそのカテゴリを欲しくなる具体的な状況を指す「CEP(カテゴリ・エントリー・ポイント)」を、自社ブランドがどれだけ多く押さえているか。

競合との機能比較よりも、こちらのほうが成長には効くという主張である。

ロイヤルティという言葉も、ここでは疑いの目にさらされる。同じホテルブランドを毎回選ぶ客は、デロイトの調査によれば全体のわずか8%にすぎない。囲い込みによって顧客が固定されるという前提そのものが、実際のデータとはずれている。

値付けの章でも似た逆張りが登場する。害虫駆除サービスのある会社は、スペック競争から一歩降りて「効果がなければ全額返金」という保証を打ち出しただけで、競合の10倍近い価格を通せるようになったという

差別化の中身は機能ではなく、安心という一点でよかったわけだ。スターバックスがテレビCMも値下げもせずに顧客との距離を保っているのも、根っこは同じ発想らしい。

ただし本書はここで「だから差別化は無意味」と断じない。顧客と深く継続的に関わるビジネスなら絆の理論が効き、広く浅く選ばれる商品なら想起の広さが効く。

両方の理論を手元に置き、自社がどちらの土俵にいるかを判断材料にせよ、というのが落とし所だ。とはいえCEPを地道に増やすには継続的な広告投資と根気がいる。

理屈は明快でも、体力のない中小企業がすぐ真似できる話ではない点は割り引いて読む必要がある。

感動はいらない。手間をなくせ

サービスを扱う章は、日本の読者にとりわけ刺さる内容だと思う。中心に置かれるのが、マシュー・ディクソンらの『おもてなし幻想』だ。

「期待以上のサービスはまったく求めていない」

顧客ロイヤルティを左右するのは感動の量ではなく、サービスを受ける際の手間、つまりエフォートをどれだけゼロに近づけられるかだという。同じ説明を窓口ごとに繰り返させられたり、たらい回しにされたりする。そうした地味な摩擦のほうが、感動の欠如よりずっと強く顧客を遠ざける。

手間を消した実例として挙がるのが、掃除機メーカーが取っ手部分に相談窓口の連絡先を大きく明記した話や、ネット通販大手がスマートフォンだけで返品と交換を完結させている話だ。どちらも「感動させる」のではなく「引っかからせない」ことに投資している。

象徴的なのが、京都の宇治茶専門店のエピソードだ。冷たい緑茶に砂糖を添えてほしいと頼んだ客が「お茶への冒涜」だと断られる。店側の丁寧さへのこだわりが、喉が渇いている客本人にとっては単なる手間になっている。

おもてなしの美学と、顧客体験の設計は、実は別物なのだと気づかされる一節だった。おもてなしを美徳としてきた日本の商習慣に、この主張は静かに刃を向けている。

御用聞き営業から、教える営業へ

売り方についても、長年の定石が一つ覆される。顧客の課題を丁寧に聞き出してから提案する、いわゆるヒアリング型の営業は、もはや通用しにくいという。

理由は単純で、今の顧客は自分の本当の課題を把握できていないことが多いからだ。「うちの課題は何だと思いますか」という問いかけ自体が、相手の時間を奪う作業になりかねない。

代わりに本書が挙げるのが、顧客自身も気づいていない課題を専門知識で言い当て、対等な論客として導く「チャレンジャー・セールス・モデル」だ。加えてニール・ラッカムのSPIN営業術は、状況・問題・示唆・解決という4種類の質問を順に重ね、価値を顧客自身の口から語らせる技術として紹介される。

売り手が語るのではなく、買い手に語らせる。営業経験のある読者ほど、この一点は耳が痛いはずだ。

背景にあるのは購買の複雑化だ。今どきのB2B取引では、1つの契約に社内5人前後が関わるという。だから営業の役割も、単に売り込む人から、担当者が社内の合意形成を進めるのを手伝う人へと変わりつつある。

電気自動車メーカーが実店舗を販売の場から体験の場へ作り替えたのも、月額課金へ大胆に舵を切って数年の停滞を耐えたソフトウェア企業の話も、同じ流れの中にある。

売り切って終わりではなく、契約後の関係構築こそが本番だという発想だ。

指摘して終わらせないための伝え方にも触れられている。人の記憶に残るメッセージには、単純明快さ・意外性・具体性・信頼できる裏付け・感情への訴え・物語という6要素が共通するという整理だ。

厄介なのは、一度深く知ってしまった側は、知らない相手の理解度を想像しづらくなる「知の呪縛」に陥りやすい点だという。専門用語を並べただけの提案書が響かないのは、まさにこの罠にはまっているからだろう。

しかも人が新しい情報に関心を向け続けられるのはわずか数秒とされ、悠長に前置きを重ねている余裕は、そもそもないらしい。

事実を見ない組織は、必ず負ける

最終章が扱うのは、ここまでの理論をすべて無効化しかねない存在、つまり人間の頭そのものだ。ハンス・ロスリングの『FACTFULNESS』が紹介する実験では、世界の実態を問う3択クイズの正答率は、人間の世界平均でわずか9%

ランダムに選ぶチンパンジーの33%にすら届かない。組織の意思決定がいかに思い込みに引きずられやすいかを、数字で突きつけてくる章だ。

引かれる史実も重い。太平洋戦争中のある海戦で、現場からの戦果報告を上層部が検証せずに鵜呑みにし、実際にはほぼゼロだった戦果を前提に次の作戦を強行して大敗を喫した逸話が紹介される。感覚や希望的観測ではなく、十分なデータで適切に比較することの重みを、本書は歴史から引いてくる。

この不確実性への処方箋として示されるのが、ナシム・タレブの「バーベル戦略」である。資源配分の目安も具体的で、9割は最悪のシナリオでも会社が潰れないための備えに回し、残りの1割程度は、外れても傷が浅く当たれば大きいリターンを生む挑戦に充てる

中リスク中リターンに広く薄く張るのが、実は一番危ういという逆説がここにある。冒頭の両利きの経営と、この配分思想はきれいに重なっていて、本書の最初と最後が同じ骨格でつながっていることに気づかされる。

次の会議で、何を試すか

本書1冊で個々の名著を語り尽くせるわけではない。1冊5分という制約上、原著が持つ緻密な論証や適用の条件はかなり削ぎ落とされている。気になった理論があれば、本書を索引として使い、原典に手を伸ばすのが正しい距離感だろう。

前作『MBA必読書50冊』を先に読んでいる人なら、経営の骨格に「売る」という筋肉を足す読み方ができるはずだ。

それでも、対立する理論をあらかじめ両方知っておくことには実務的な価値がある。差別化とシャープの理論、どちらが自社に効くのか。次の企画会議では、答えを急ぐ前に、まず自分たちが今どちらの前提に立っているのかを言葉にしてみてほしい。

具体的には、次の3つを順に自問するところから始めるといい。自社の商品は顧客と深く継続的な関係を結ぶ側か、それとも広く浅く選ばれる側か。顧客が離れていく理由は、感動の不足ではなく手間の多さではないか。

そして自社の営業は、聞くことに偏っていないか。50冊分の理論を丸ごと覚える必要はない。この3つの問いに自分の言葉で答えられるようになるだけで、会議の空気は変わるはずだ。


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