「言わなきゃよかった」と、口に出した後で悔やんだことはありませんか。
正しいことを言ったはずなのに、相手は不機嫌になった。良かれと思って指摘したら、関係がぎくしゃくした。中身は間違っていないのに、なぜか伝わらない。心当たりのある人は多いはずです。
はるゆきさんの『ものごとが好転する「伝え方」のすべて』は、その原因を一貫して「伝え方」に置きます。もの静かで口下手だった著者が、伝え方だけを研究し尽くして大手IT企業の最年少営業部長まで登り詰めた。その実体験から導いた、明日から使える言葉の技術が詰まった一冊です。
おもしろいのは、著者が「話し上手である必要はない」と言い切るところ。必要なのは流暢さではなく、相手の立場に立った言葉の選び方と順序。才能ではなく、誰でも再現できるノウハウだという立場を取ります。

この本の核心――正論ほど、そのままぶつけると嫌われる
本書の根っこにある考え方は、ひとつの主張に集約できます。同じことを伝えても、言葉の選び方しだいで相手の反応は変えられる、というものです。
ここで著者が鋭いのは、正論の扱い方です。頭ごなしに正論を押し付けられると、それがどれだけ正しくても、いや、正しければ正しいほど、相手はうんざりしてしまう。
正しいから伝わるのではない。正しいからこそ、ぶつけ方を間違えると反発を生む。
だから著者は、テクニックを並べる前に「相手を受け入れる態勢」を先に示すことを、すべての土台に置きます。
もうひとつ著者が言うのは、伝え方の本質は時代で変わらないということ。手紙、電話、メール、チャットと道具は移り変わっても、相手の気持ちに寄り添う言い回しの中身は10年後も同じ。だからこそ学ぶ価値がある、という見立てです。
本書はこの考えを段階的に技術へ落とし込みます。まず土台となる「受け入れ」と「分かりやすさ」、次に日常のやり取りで好感を生む言い換え、続いて論理と感情の両面から心を動かす技術、最後に評価と成果を一歩先へ進める応用。順に見ていきましょう。
まず「はい」から始める――受け入れと分かりやすさ
コミュニケーションの第一歩は「相手を受け入れること」だと著者は言います。
依頼を断りたいとき、人はつい「無理です」から入ってしまう。でも最初の一言を否定で始めると、それだけで関係にヒビが入る。
そこで勧められるのが、まず「はい」と受けること。たとえば手一杯のときに上司から仕事を振られたら、こう返します。「はい、分かりました。ただ、今ちょっと仕事量が多めなので、優先順位をご相談させてください」。
一度受け入れてから現状を伝え、代替案を出す。これだけで、実質は断っているのにお互い気持ちよく折り合える。
返事のテンポも見過ごせません。引き受けるか迷うときでも、間を空けず「はい。どのようなお仕事ですか」と第一声だけは即答する。返事が遅れると、相手は「迷惑だったかな」と余計な気を遣ってしまうからです。
言いにくいことを切り出す前には「クッション言葉」を挟みます。「こちらの都合になり恐縮ですが」「差し支えなければ」「念のためですが」。直球より、相手のショックがやわらぐ緩衝材になります。
分かりやすさについては、言葉のレベルを相手に合わせます。難しい言葉やカタカナ語を並べても賢くは見えない、と著者は釘を刺します。むしろ難しいことを平易な言葉で表現できる人こそ評価される。中学生でも分かるやさしい言葉を選び、身近な具体例を添える。それが信頼につながるという立場です。
報告では「結論ファースト」。要点や結果を最初に置く型です。結論を後回しにすると言い訳のように聞こえ、聞き手にストレスを与える。悪い報告ほど、結論から言う。ただし、家族や友人との雑談など共感そのものが目的の場では、結論ファーストは忘れてよいと但し書きも添えられています。
型を覚えるだけでなく、使う場面を見極める姿勢が一貫しています。
好かれる人の言い換え――ネガポジ変換と陽口
日常のやり取りで相手に安心感を与える技術の中心にあるのが「ネガポジ変換」です。
否定的な言葉をそのまま使うと、相手は責められた、悪く言われたと感じる。そこで視点を変えて言い換えます。「優柔不断」は「慎重に考えられる」。「理屈屋」は「論理的・分析的」。「神経質」は「細かいところによく気がつく」。
注意するときも同じで、「ロックせずに離席しないで」という否定形ではなく、「離席する前にパスワードロックをしましょう」と肯定形にする。それだけで、相手は同じ内容を好意的に受け取ります。
物事には表と裏があり、どちらに光を当てるかでネガティブはポジティブに転じる。視点を少し変えるだけで世界は明るくなる、というのが著者の言い分です。
褒め方では「陽口(ひなたぐち)」という発想が出てきます。陰口の反対で、本人のいないところで、別の人との会話の中でその人を褒めること。
これが効くのは、褒めたという事実が人を介して本人に伝わったときです。人づてに「〇〇さんがあなたを褒めていたよ」と届くと、直接言われるより信憑性が増す。お世辞ではない本音だと感じられるからです。
ただし著者は正直に注意も促します。「本人に伝わるように」という計算が透けて見えると逆効果になる、と。普段から人の良いところを見つけて自然に口にする習慣がなければ使えない技術であり、テクニックには必ず使いどころがある、という抑制の効いた語り口です。
褒めるときの基本は具体性。「よく頑張ったね」では響きにくい。「スピーディーに対応していたのが良かった」と、褒める根拠を事柄で示す。そうして初めて相手は素直に受け取れます。
叱り方の軸は「事柄にフォーカスする」こと。「君が作った資料はミスが多い」と人を限定するのではなく、「資料にミスが多かったので見直そう」と事柄に向ける。人格ではなく出来事を扱う、という一線です。
心を動かす――事実9割・解釈1割と「私たち」
報告の質を決めるのが「事実9割、解釈1割」の黄金バランスだと著者は説きます。
主観や言い訳を排し、まず事実だけを端的に伝え、最後に解釈を一言だけ添える。たとえば「見積もりはもらいました。10万円でした」が事実、「他社からも見積もりを取るべきだと思います」が解釈。両者を混ぜないことで、報告がぐっと客観的になります。
中間報告も軽視できません。仕事上のトラブルの大半は、中間報告で防げると著者は言い切ります。
進行の3割・7割・9割のタイミングで共有し、残り1割は上司を巻き込んで一緒に仕上げると、不測の事態に対応しやすい。リモートワークなら1回1分、長くても5分で切り上げる。報告は事故を防ぐ装置であり、同時に相手の当事者意識を保つ装置でもある、という見方です。
距離を縮める技として独創的なのが、主語の使い分け。「私」を「私たち」に変えるだけ、というものです。
「私」と「あなた」という分離した関係が、「仲間である私たちが連携して問題に立ち向かう」構図に変わる。
「私たちの今後のスケジュールは」と言うだけで、相手に連帯感と当事者意識が芽生える。コストの低さに対して効果が大きい一手です。
褒め方では「タイミング褒め」も光ります。褒めどころが見つからない相手や、ミスを報告してきた相手に対して、内容ではなく「すぐに言ってくれたタイミング」を褒める。「このタイミングで言ってくれて助かった」と。行動を肯定することで、次回も速やかに報告してくれるよう促す効果があります。
最初のひとことで心を掴む――3つのフックと数字
営業や提案の場では、最初のひとことで相手の心を掴めるかどうかが分かれ目になります。本書はそのための切り口を3つ挙げます。
ひとつ目は強烈なメリット。出し惜しみせず、相手が得られる最大の利益を先に見せる。いちばんおいしい部分から始めるわけです。
ふたつ目はリスクの想像。放置したらどんな不利益が起きるかを自分事として考えさせる。保険の提案なら「もしご自身に何かあったとき、ご家族の生活はどうなるか」と問いかける。
みっつ目は夢のある未来。実現したい理想を具体的にイメージさせる。「何もしなくても3か月ごとにお金が入る仕組みがあります」のように、明るい先を見せる。
3つに共通するのは、相手が「自分のことだ」と想像できる形に話を組み替えること。「私は〜した」という自分の実績ではなく、「あなたは〜できる」という相手のメリットへ視点を移すのが土台になります。
アピールの場では「数字」も鉄則です。頑張りや心意気やプロセスに価値がないとは言わないが、それらは言葉でいくら訴えても証明できない。だから数字で語る。
「業界で長い経験がある」より「累計契約社数1000社で業界1位」。語れる実績がなければ「月に10冊本を読む」のように活動量を数字で示す手もある、と現実的です。
自社の強みは「QCD」、すなわちQuality(品質)・Cost(コスト)・Delivery(納期)の3観点で整理すると網羅的ですっきりし、30秒で語れる。
商談の終盤では、メリットばかり並べず、あえて「失敗しないためのポイント」を伝える。損をしたくない心理を突くと同時に、売り込む人から導入後のアドバイザーへ立ち位置が変わり、成約率が上がる、という応用です。
「なぜ」を「なに」に置き換える――責めずに前を向かせる問い
本書でとりわけ効くのが、「なぜ」を「なに」に置き換える技術です。
部下が締め切りに遅れたとき、「なぜ遅れたの」と聞くと、相手は人格や能力を責められたように感じて萎縮する。同じことを「何が課題だったのかな」と事柄に焦点を移して問うと、被害者意識に陥らず建設的に答えられる。
元になっているのは、トヨタ自動車工業の元副社長・大野耐一さんが説いた「なぜなぜ分析」です。原因を5回掘り下げて根本に迫る手法を、対人関係向けにアレンジした発想だと著者は明かします。
機械や工程に向ける「なぜ」を、人に向けるときは問いの言葉を変える配慮がいる、という応用になっています。
ミスの報告を受けたら、まずかけるべきは「ねぎらい」。「早く言ってくれてありがとう」と先に伝えることで、ミスの隠蔽を防ぎ、リカバリーを早められる。責める前にねぎらう、という順番が肝心です。
リーダーには「断言する力」も求められます。責任から逃げるための曖昧な言い回しは信頼を損なう。判断材料がそろわないときは「今は判断すべきではありません」とはっきり言う。それもひとつの断言であり、頼りがいのアピールになる、という見方です。
技術以前の土台にも、本書は丁寧に触れます。人はまず見た目で、話を聞く価値があるかどうかを判断されてしまう。だから清潔感とTPOを整える。声のトーンやスピードは相手に合わせ、温かく思いやりのある響きを心がける。
会話は話すより聞くに徹し、相づちでリズムを作る。テキストでは「漢字2〜3割、ひらがな7〜8割」を目安にし、「有難う御座いました」より「ありがとうございました」と書く。
文字でのやり取りが増えた今こそ効く配慮です。
おわりに――送信ボタンを押す前のひと呼吸
本書の最後に置かれた、著者のいちばん伝えたい一文があります。
「この伝え方をしたら、相手はどう感じるか?」と考えること。相手の立場になって考えるのです。
クッション言葉も、ネガポジ変換も、タイミング褒めも、「なぜ」を「なに」に置き換える技術も、すべてはこの一点に支えられた応用にすぎません。技術の数を覚えることより、言葉を発する前に一度立ち止まって相手の受け取り方を想像すること。それが好転の起点になる、と著者は締めくくります。
次にメールを送る前、あるいは誰かに何かを指摘する前。送信ボタンを押す手を一瞬だけ止めて、「これを言われたら、自分はどう感じるか」と問い直してみる。たったそれだけで、結果は変わり始めるかもしれません。
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