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『世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則』足立光・土合朋宏|熱心なファンを大事にする会社ほど、静かに縮む

マーケティング・営業 ✍ 足立光・土合朋宏
約7分で読めます

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目次

熱心なファンの要望に応え、その声どおりに商品を磨き込む。誠実な仕事に見える。ところが、その努力の先で売上の土台がじわじわ痩せていくとしたら、どうだろう。

本書が冒頭で突きつけるのは、この直感に反する事実だ。ロイヤル顧客の好みに寄せるほど商品はマニアックになり、数で勝る大多数のライトユーザーが静かに離れていく。

著者はこれを「縮小均衡」と呼ぶ。

『世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則』は、P&Gや日本コカ・コーラ、日本マクドナルドの現場で数々のV字回復を率いた足立光と、外資系映画配給会社でマーケティング責任者を務めた土合朋宏による、徹底して実務家目線の一冊だ。理論書というより、困った章だけ開けば処方箋が見つかる実戦マニュアルに近い。

マーケティングとは「商売そのもの」だと言い切る

著者はまず、マーケティングの定義を引き直す。広告でもブランディングでもデータ分析でもない。それらは手段の一つにすぎない、と。本書が置く定義はもっと広い。

人の心に働きかけて行動を変えること。目的のためにやるべきことを全部やること。そして、その成功が続く仕組みを作ること。この3つがそろって初めてマーケティングだという。

言い換えれば「商売そのもの」だ。担当の枠を超え、誰の仕事でもないが必要なことを拾って実行する。著者はこの姿勢を「大局観」と呼び、プロデューサーの視点に例える。

マーケティングを一部門の施策ではなく事業全体の設計とみなすこの立場が、本書のすべての主張を貫く背骨になっている。やや精神論に寄って聞こえるが、以降の各論はこの一点から降りてくるので、まずここを飲み込んでおきたい。

すべての設計図になる「戦略的コンセプト(ABCDE)」

著者が「マーケティング活動すべての中心」と言い切るのが、戦略的コンセプトだ。従来のターゲット・便益・信じる理由に2要素を足し、5つの頭文字で一貫させる。

A(Audience)は誰に届けるか。単なる属性ではなく、その層に確実に届くメディアがあるかまで含めて考える。B(Benefit)は機能的・情緒的な便益。

C(Category)はどの土俵で戦うか。ここが独特で、競合は売り手が決めるのではなく、消費者が「何と比べて選ぶか」で決まる。のどが渇いた人にとってコカ・コーラの敵はペプシだけでなく、お茶も水もコーヒーも含まれる。

本書は、新幹線の競合は飛行機や車ではなく「電話」だ、とまで踏み込む。会って話す必要が消えれば移動そのものが要らなくなるからだ。

D(Point of Difference)は差別点、E(Emotional Character)はビジュアルや言葉のトンマナ。日本の消費者はロジックより感情で動くから、この雰囲気を最初に固めないと広告もデザインも必ずブレる、と著者は繰り返す。

5つのうち、供給者目線をひっくり返すCと、後回しにされがちなEの扱いに、この本の癖がよく出ている。

熱心なファンだけを見ると会社は縮む

ここで冒頭の「縮小均衡」に戻る。罠を可視化する道具が、西口一希が考案した「9セグメントマップ」だ。顧客を認知・使用経験・使用頻度に加え、「今後も使いたいか」という意向の軸で9つに分ける。

あるアプリの調査では、積極的なロイヤル顧客はわずか5.4%。対して、そもそも知らない層が29.3%、知っているのに買わない層が40.8%を占めていた。

基盤を支えているのは、実は熱心な少数ではない。

どんな優良製品でも顧客は一定割合で必ず離れていくため、ロイヤル層の満足だけを追う戦略は構造的に縮んでいく。だから構成比の大きい未認知層や離反層に働きかけ、「ユーザーの新陳代謝」を回し続けることが成長の条件になる。スマートニュースの例がわかりやすい。認知率が競合に劣っていた同社は、「ニュースが読める」ではなく「毎日英語が学べる」「クーポンがある」という別の便益を提示し、まだ使っていない層を一気に取り込んだ。既存客を深掘りするより、外側を耕したわけだ。

王者と同じ土俵で戦わない「ゲームチェンジ」

後発が勝つには、リーダーと同じ便益で競ってはいけない。洗浄力を10%上げても王者は抜けない。そこで、重視される便益の基準そのものを書き換える。これが「ゲームチェンジ」だ。

紙おむつの事例が象徴的だ。1990年代、各社の品質が上がって「漏れない」の差が消えたとき、首位のパンパースは「漏れない」に固執した。そこへムーニーが「コンパクト」を、メリーズが「肌にやさしい」という別の物差しを持ち込む。

漏れに困っていなかった母親たちが移り、首位はシェアを大きく削られた。歯磨き粉のコルゲートは、効能別に細分化されすぎて迷う市場に「これ1本で全部」の万能型をぶつけ、発売2カ月で35%を取った。

花王のビオレは、あえて黒いボトルに英語を並べた「USA Biore」として、おしゃれな海外品という別ポジションで当てている。

戦略を練るときの「ウォー・ゲーミング」も面白い。自社と競合のチームに分かれ、競合になりきって「自社が最も嫌がる攻撃」を考える手法だ。マクドナルドが淹れたてコーヒーを100円で出し、喫茶店の高収益ゾーンを直接突いたのは、その実践例とされる。

ただし、基準を書き換える便益が「顧客がもともと欲しかったもの」でなければ独りよがりに終わる。本書の事例が成功例に偏っている分、この前提は読み手が補って考えたい。

製品を変えずに売る「価値ある話題化」とメディアの逆算

現代人は1日に約3,000回も広告に晒されるという。モノも情報も余った時代には、話題にならなければ売れない。ただし単なる「バズ」は無意味だ。

話題が商品の便益に結びついていなければ、どれだけ拡散しても売上にはつながらない。かつての三菱自動車のCMはエリマキトカゲばかりが記憶に残り、何の広告か思い出せない。

逆に、あるお弁当用の煮たまごは中身を一切変えず、「味がしみた、くずれ煮たまご、1日100個限定の手づくり」と伝え方だけ変えて売上を伸ばした。

話題化を設計する視点が、電通の「PR IMPAKT®」だ。対立・最上級や初・社会性・人情・数字・時流の6要素を、企画段階から仕込む。マクドナルドがビッグマックにベーコンを挟み「これはビッグマックなのか?」と対立の問いを投げたのはその一例。

関西の呼び方をめぐる「マックかマクドか」も、サントリーが元号の切り替わりにザ・プレミアム・モルツへ一切手を加えず「新時代に乾杯」と発信したのも、同じ構造だ。

中身を変えずに会話を起こしている。ここで著者が挿す事実が効く。新商品や期間限定品より、既存のレギュラー品のほうが利益率は高い。だから定番を話題化して伸ばすほうが、経営はずっと安定する。

逆に、普及ブランドに「プレミアム」を冠した高級版を出すやり方は成功率が低い、と釘も刺す。

メディアの設計順にも同じ逆張りがある。代理店はふつう高額なマス広告から提案するが、本書は逆から組めと説く。まずコントロールでき無料の「オウンドメディア」(店頭、パッケージ、自社サイト、マクドナルドならトレイマット)で何を伝えるかを決める。

次に安価で信頼を得やすいPRやSNS。マス広告は最後に、足りない認知を埋める補完として検討する。オウンドからアーンド、ペイドの順で組むほど、投資対効果は上がるという主張だ。

データより「N1」、価格は理想の売価から逆算する

締めに、本書はビッグデータやCRMにも冷静な距離を置く。自社の購買データは顧客行動のごく一部しか映さず、同じシステムを入れれば競合とロジックまで似てしまう。

差別化のユニークな仮説を生むのは、あくまで人間の頭脳だ。だから5人の生身の顧客(N1)に会い、「なんとなく」の感情を聞き出すことに価値がある、と説く。

サントリーの「クラフトボス」はその好例だ。缶コーヒーは香りと苦みを一気に飲むもの、という業界の常識に対し、オフィスで少しずつ飲む使用機会の変化を捉え、軽い味の500mlペットボトルを先んじて出した。

製品ではなく「使う場面」を変えて、市場を丸ごと作ったのだ。

調査への構えも明快だ。仮説を検証するのが調査であって、仮説のない調査は時間と金の無駄。グループインタビューのような定性調査は参加者にバイアスがかかるため決定には使わず、仮説づくりのヒントに留める。

定量調査では必ず事前に基準値を決める。80%が好評でも前回が90%なら、それは失敗作だからだ。発想論も同じく実戦的で、アイデアの本質は「異なるもの同士の結合」。

油を捨てたいニーズと「化学的に固める」発想を結んだ「固めるテンプル」、ペットボトル茶に急須の濁りを重ねた「綾鷹」がその産物だとされる。行き詰まったら視点を180度変えて逆のメリットを探す「メラキアの法則」も紹介される。

価格の考え方も逆算だ。原価に利益を積むのではなく、理想の売価から原価を割り出す。「同じ物をいかに高く売るか」を考えるのがマーケティングだという。

パッケージが「唯一の消費者コミュニケーション」になる業界もあり、広告のないブリーチ市場でボトルにブライス人形を採用しただけで棚を独占したフレッシュライトの例は、伝え方の力を端的に示す。

そして本書を締めるのは「すべてのマーケティングは、テストマーケティングである」という一文だ。どれだけ綿密に計画しても市場で全部当たることはない。

ベストを尽くして実行し、失敗から素早く学んで直し続けるしかない。個々の手法には目新しくないものもあるが、それらを事業全体の設計図の上に並べ直したところに、この本の値打ちがある。


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