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『Master of Change 変わりつづける人』ブラッド・スタルバーグ氏|「元に戻りたい」が、あなたを苦しめている

キャリア・働き方 ✍ ブラッド・スタルバーグ氏
約7分で読めます

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『Master of Change 変わりつづける人』
目次

大人は一生のうちに、平均で36回。

これは、自分の経験や見ている世界を根本から変えてしまう「人生を揺るがす出来事」に遭遇する回数だと本書は示します。約18か月に1回。結婚も、転職も、病気も、大切な人の死も、パンデミックも、ここに含まれる。数年に一度の例外ではなく、ほぼ絶え間なく訪れる「通常運転」だということです。

それなのに私たちは、何か大きなことが起きるたびに「早く元の状態に戻りたい」と願ってしまう。そして戻れないことに苦しむ。本書は、その「戻ろうとする力」こそが疲弊の正体だと言い切ります。

著者のブラッド・スタルバーグ氏は、神経科学や心理学の最新研究と、仏教・老荘思想・ストア派哲学までを横断し、一つの結論にたどり着く。変化に抗うのではなく、軸を保ったまましなやかに適応する「ぶれない柔軟性(Rugged Flexibility)」――これが最強の生存戦略だ、と。

図解

「タフであれ」と「しなやかであれ」を両立させる

「ぶれない柔軟性」と聞いて、矛盾を感じる人は多いと思います。ぶれないとは、タフで決意が固く、耐久性があること。柔軟とは、状況が変わってもしなやかに合わせていくこと。普通、この2つは相反します。

ところが本書は「これかあれか」ではなく「これであり、あれでもある」と考える。矛盾を矛盾のまま受け入れる非二元論の発想が、全体を貫く土台です。

ここが、私がこの本を面白いと思った最初のポイントでした。よくある自己啓発は「強くなれ」か「力を抜け」のどちらか一方に振れがちですが、本書はその両方を同時に要求してくる。

一見ずるい両取りに見えて、変化の現場ではむしろこの二重性こそが効くという主張に、妙な説得力があります。

本書はこの考え方を、マインドセット・アイデンティティ・行動という3段階で展開します。まず変化の捉え方を変え、次に変化に耐える自己を作り直し、最後に具体的な対処へ落とす。理論から実践へ滑らかにつながる構成です。

「元に戻りたい」が、あなたを苦しめている

最初の鍵は、変化のモデルを入れ替えることです。

私たちの多くは「ホメオスタシス」という概念にとらわれています。体温が37℃に戻ろうとするように、生体が元の安定状態へ戻ろうとする働き。サイクルで言えば「秩序→無秩序→秩序」で、混乱が起きても元に戻ろうとする。

本書が対置するのが「アロスタシス」、つまり変化を経て獲得する新しい安定です。サイクルは「秩序→無秩序→再構築された秩序」。元のXに戻るのではなく、新しいZへ進む、というモデルです。

著者の挙げる例で私が一番腑に落ちたのは、皮膚の「たこ」でした。ウエイトリフティングやガーデニングを始めると手の皮は荒れますが、皮膚は元のなめらかさに戻ろうと無駄に抵抗したりしない。

たこを作って、新しい環境にうまく対処する。心も同じで、挫折のあと以前の自分に戻ろうとするより、新しい自分として再出発したほうが長く繁栄できる、というわけです。

上下が反転して見えるゴーグルをつけられた被験者が、逆さまの視界に抵抗するのをやめて受け入れた途端に位置を把握できるようになった、という実験も同じことを言っています。

そしてここに、本書で最も有名な方程式が効いてきます。「苦しみ=痛み×抵抗」。痛みそのものは消せませんが、掛け合わさる抵抗を減らせば、苦しみは大きく下がる。

痛みレベル6に抵抗レベル7を掛ければ苦しみは42、しかし抵抗を3まで下げれば18まで減る。同じ痛みでも、抵抗の度合い次第で体感はここまで変わる、という話です。

理屈で知っているのと、数字で突きつけられるのとでは、納得の重みが違いました。

もう一つの式が「幸せ=現実-期待」。脳は予測マシンで、いつも「こうなるはずだ」と未来を見積もっています。だから古い期待にしがみつくほど、現実とのズレが苦しみを生む。変化が起きたら、現実のほうではなく期待値のほうを更新する。それだけで、しんどさは確実に減ります。

肩書を失ったとき、あなたは何者か

次のテーマは、変化に強いアイデンティティの作り方です。

鍵は「所有志向」から「存在志向」への転換だと本書は言います。肩書、財産、若さといった「持っているもの」で自分を定義するのが所有志向。これらは失いうるので、変化に弱い。

一方、自分の本質やコアバリュー、どんな状況でも対応できる能力といった「自己の深い部分」で自分を定義するのが存在志向。所有物は失われても本質は残るから、変化に強い。

パンデミックで会社が休業し、大好きな肩書を失って自分を見失ったマーケティングディレクターの女性が、「創造力と執筆への情熱」という自分の本質に立ち返り、子どもの頃の夢だった執筆事業を立ち上げて以前より充実した人生を手にした――そんな事例が、所有志向から存在志向への移行をくっきり示します。

著者はこれを「道路と小道」のメタファーでも語る。効率と最短を求める道路から外れるとパニックになるが、小道には「外れる」という概念がそもそもない。

人生を小道だと捉えれば、予期せぬ変化への耐性が上がるというわけです。

加えて本書は「流動的な自己認識」を勧めます。自分を一つの役割に固定せず、複数のアイデンティティを持ちながら(多様化)、それらを一貫したストーリーにまとめる(統合)。

仕事だけ、家庭だけに賭けすぎないほうが、一つを失っても崩れない。スピードスケートのニルス・ファンデルプール選手が、五輪準備期間でも週休2日を取って競技以外の活動を楽しみ、結果として北京五輪で2つの金メダルと世界記録を達成した話は象徴的です。

一点集中こそ強さだという通念を、静かにひっくり返してきます。

その軸となるのがコアバリューです。

人生にはコントロールできないものがたくさんあるが、できるものが少なくとも一つある。核となる価値観(コアバリュー)、すなわちあなたの根本にある信念や基本的な理念のことだ。

人生を川にたとえるなら、コアバリューは流れに方向を与える堤防だと本書は書きます。最も大切な価値観を3〜5つ選び、具体的な言葉で定義する。地盤が揺らぎそうなときは「どうすれば自分のコアバリューに沿って進めるか」と自問する。

実践方法は柔軟に変えても、核は守り抜く。これが「ぶれない柔軟性」の実体です。ニューヨーク・タイムズ紙が、発行部数を1995年以降6割も減らす業界の壊滅のなかで「独立性・誠実さ・好奇心」という理念だけは変えず、発信手段を紙からデジタル・ポッドキャスト・料理アプリへ大胆に組み替えて過去最高益にたどり着いた、という組織版の例まで出てきて、個人の話が一気に広がります。

パニックの前に、ひと呼吸おく技術

ここからが行動の話です。予期せぬトラブルが起きたとき、人はパニックになって本能的に「反応」してしまう。本書はこれを、自発的な「対応」へ切り替えろと言います。

人は反応する時は、①パニックになって、②前進するために闘おうとする。主体的に対応する時は、①間をおいて、②状況を整理し、③計画を立ててからようやく④進む。

具体的には4段階です。まず感情に名前をつけて間をおく(「私は今、不安を感じている」と言葉にするだけで、自分と状況の間に距離ができる)。

次に出来事と自分を切り離し、友人に助言するつもりで客観的に整理する。続いてコアバリューに沿って選択肢を評価し、最後は小さな一歩を「実験」として踏み出し、結果を見て調整する。

ここで武道の「残心」――目の前の標的だけに固執せず周辺にも意識を配り、広い視野を保つこと――が効いてきます。目標に集中しすぎると変化の前兆を見落とす、という指摘は耳が痛い人も多いはずです。

終盤の「疲労」の扱いも実用的でした。本書は疲労を二種類に分けます。心身が本当に疲れ切った「真の疲労」は休むべきサイン。一方、変化のあとやマンネリで気分が落ち込む「偽の疲労」は、休むよりむしろ小さく動いたほうが回復する。

一行書く、短い散歩に出る。その小さな行動が活力の好循環を生む――やる気が湧くのを待つのではなく、行動の側から意欲を作る「行動活性化」の発想です。

迷路のネズミに小目標ごとに報酬を与えるとドーパミンが出て進むが、ドーパミンを遮断すると完全にやる気を失う、という実験が根拠に置かれています。

ただし本書は、混乱のまっただ中で無理に意味や成長を見出そうとするのは逆効果だ、とも釘を刺します。心理的免疫システムが経験を消化するには数週間から数年かかることもある。

辛い時期は、ただ耐え、自分にやさしくし(セルフコンパッション)、他者に支援を求めるのが最善。意味は、時が来れば自然とやってくる。この抑制の効いた誠実さが、本書を単なる前向き本から一線画させています。

泥がなければ蓮は育たない。

おわりに

この本のいいところは、苦しみを否定しないことです。

「常に成長しろ」「ポジティブでいろ」とは言わない。痛みは消せない。意味はすぐには見つからない。それでいい、と認めてくれる。そのうえで、抵抗だけをそっと手放そうと提案してくれます。

私が一番ほぐれたのは、「元に戻らなくていい」という一点でした。変化のあと、前の自分に戻れないことを、ずっと失敗だと思っていた。でも、たこを作る皮膚のように、新しい自分になればいい。

そう考えると、肩の力が抜けます。変化に押しつぶされそうなとき、抵抗するのをやめてみる。そこから、新しい安定が見えてきます。


合わせて読みたい

『RANGE』デイビッド・エプスタイン氏 本書が「流動的な自己認識」を持つゼネラリストの強さを語る根拠として直接引いている一冊。一つの専門に絞らず幅を持つことが、なぜ変化に強いのかを科学的に補完してくれます。

『ミネルバ式 最先端リーダーシップ』黒川公晴さん 不確実な時代を生き抜く思考習慣を扱う本。本書の「ぶれない柔軟性」を、個人だけでなくチームを率いる視点へ広げたい人に響きます。

『行動科学が教える 目標達成のルール』オウェイン・サービス×ロリー・ギャラガー 意志力に頼らず小さな行動から変化を起こす科学。本書の「行動活性化」――やる気を待たず動く――を、目標達成の文脈で実装したい人におすすめです。


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