今期の目標をすべて100%達成したと報告すると、渋い顔をされる会社がある。
Googleだ。全部の目標に届いたということは、それだけ低い目標を設定していたことになる。力を出し惜しんだと判断される。
この評価軸をGoogleに持ち込んだ本人が書いたのが『Measure What Matters』である。著者のジョン・ドーア氏はベンチャー投資家で、インテルのアンディ・グローブ氏のもとで目標管理の手法を学び、1999年、社員数がまだ30人ほどだったGoogleにその手法を伝えた。
手法の名はOKR。Googleはその後10倍成長を何度も繰り返し、Gmail、Chrome、Android、YouTubeなど10億人規模のプロダクトを次々と送り出した。アルファベットの時価総額はいま7000億ドルを超えている。
本書全体を通じて響くのが、次の一文だ。
「アイデアを思いつくのは簡単。実行がすべてだ。」
戦略の巧拙よりも、それを組織全体でやり切る規律のほうが成否を分ける。本書は手法書というより証言集で、Google、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、アドビ、ボノのONEキャンペーンなど、実際にOKRを使った当事者の言葉と、公開されたOKRシートの実物で構成されている。

こんな人におすすめ
期末の目標シートに向き合うたびに、前期と代わり映えしない文言を書き写している人に、まず読んでほしい。
- 期末の振り返りで、前期とほぼ同じ文言を書き写していることに気づいた人
- 他部署の優先事項を知らないまま、自分の案件がなぜか止まる経験をした人
- 今期の重点施策を数えたら7つもあり、結局どれも中途半端に終わった人
役職は関係ない。扱う事例の幅も本書の特徴で、従業員14人ほどの新興企業から、世界有数の規模を持つ財団まで並ぶ。個人が立てる3ヶ月サイクルの目標にも、そのまま縮小して転用できる設計だ。
判定できない目標は、目標ではない
OKRの土台はドラッカーのMBO、目標による管理だ。ただしMBOは年1回の設定で、目標は非公開、しかも給与に直結していた。この設計だと、社員は確実に届く範囲の目標しか書かなくなる。
1971年、インテルのアンディ・グローブ氏はこの構造を作り替えた。到達したい状態を言葉で示す部分と、そこに届いたかを客観的な数字で確認する部分を、初めて別々の要素として設計したのがOKRの原型である。
グローブ氏がインテルのCEOだった11年間で、同社は株主に対して年率40%を超えるリターンを出し続けている。ドーア氏はこの現場でOKRを学び、後にGoogleへ持ち込んだ。
構造そのものは単純だ。目標は何を達成するかを示す、具体的で人を鼓舞する言葉。主要な結果はそこへの到達手段で、必ず数字が入る。
本書が譲らないのは、期末に達成の有無を誰の目にも白黒はっきりさせられるかという一点だ。「英語力を上げる」は判定できないが、「四半期末までにTOEICのスコアを100点上げる」なら判定できる。
主要な結果に書くべきは活動ではなく成果でもある。「10回の会議を開いた」ではなく、その会議で相手に何が起きたかを測る。ここを外すと、単なる忙しさの記録になる。
数の上限もある。1サイクルの目標は3〜5個、主要な結果は5個以下、理想は3個程度。この上限が、次の「選ばない力」につながる。
選ばないと決める力
OKRの一つ目の効能はフォーカスとコミットだ。グローブ氏の言葉を借りれば、優れたマネジメントとは、同じくらい重要に見える無数の活動の中から本当に効くものを一つか二つに絞り込み、そこへ資源を集中させる力を指す。選ぶというのは、選ばないと決めることでもある。
学校と保護者をつなぐ連絡アプリ「リマインド」を共同創業したブレット・コプフ氏のもとには、先生たちからメッセージの繰り返し送信機能を求める声が強く寄せられていた。
顧客の声だから、普通なら作ってしまう。だが彼は、この機能が会社の最優先目標に貢献するかを自問し、貢献しないと判断して棚上げした。
この判断のあと、リマインドは新学期シーズンの立ち上がりだけで新規ダウンロードが1日あたり30万件を超え、累計の送信メッセージ数は10億件を突破し、資金調達もシリーズCで4000万ドルに達している。コプフ氏は自分の目標を印刷して毎日目に入る場所に貼り、朝ごとに「今日やることはこの3つに効くか」と自分に問い直したという。
インテルにも同じ構図がある。1979年の暮れ、性能で先行するモトローラのチップに押される形になったインテルは、全社OKRとして「クラッシュ作戦」を打ち出した。
約2000人の社員の半数以上が部門の壁を越えて動員され、最終的に2300件を超える採用契約を獲得している。スティーブ・ジョブズ氏もかつて、革新の正体は山ほどの提案にノーと言い続ける仕事だと語った。
目標を全員に公開する
二つ目の効能はアラインメントと連携だ。OKRは社長から新入社員まで、全員分が社内で完全公開される。誰が何を最優先にしているかが、常に見える状態になる。
食事と運動を記録するアプリ「マイフィットネス・パル」は、利用者が3500万人規模に達したころ、部署ごとの温度差が表面化していた。マーケティング部門が最重要とする主要な結果を、技術部門はそもそも知らない。
当然、未達に終わる。OKRを導入して全員の目標を公開すると、組織図には表れない依存関係が浮かび上がった。18ヶ月をかけて足並みをそろえた結果、買収を経ても、全部門が顧客体験という共通の目印に向かう体制ができている。
インテュイットのIT部門も似た経緯をたどった。CIOのアティカス・タイセン氏は、周囲から「何をやっているか見えない」と不審がられていた自部門のOKRを、制約ごと完全公開した。
結果は逆説的で、進んでいない案件があっても優先順位と制約が明確だからこそ、IT部門は信用されるようになったという。
数字も裏付けとして添えられている。1000人規模で行われたアメリカの労働者調査でも、92%が、同僚に進捗が見えているほうが目標達成への意欲が高まると回答している。
一方で、会社の戦略と自分の役割を完全に理解していると答えた従業員は、わずか7%にとどまる。ただし、すべてがトップダウンで割り振られるわけではない。
全社の最上位目標を公開したうえで、部門や個人の目標のおよそ半分は現場が自分で立てる。Googleの20%ルールも同じ思想の延長で、技術者ポール・ブックハイト氏がこの制度で始めたメールプロジェクトは、当時のライバルの500倍以上のストレージを備えたGmailに育っている。
達成率70%が「大成功」になる理由
三つ目の効能がストレッチだ。ここが本書でいちばん常識とぶつかる。
OKRは目標を二種類に分ける。リリース期日や安全基準のような、100%の達成が必須の「コミットする目標」。もう一つが、10倍を狙うムーンショット型の「野心的な目標」で、こちらは達成率60〜70%を成功と見なす。
この二つを混ぜると、未達を恐れて全部を低く設定するか、絶対に必要な約束事まで気楽に扱うか、どちらかに転ぶ。
Chromeの陣頭指揮を執っていたサンダー・ピチャイ氏は、公開初年度の週間アクティブユーザー目標を、ゼロからいきなり2000万人に設定した。
1年目は1000万人前後で未達、2年目は5000万人を掲げて3800万人でまた未達に終わっている。それでもGoogleは責めなかった。問うたのは、なぜ届かなかったのか、何を変えれば壁を越えられるかだ。
OEMへのプリインストールや広告投資で手を打ち、3年目に1億1100万人へ到達している。
YouTubeも同じ発想で動いた。当時の新CEOスーザン・ウォジスキ氏と、指標設計を担ったクリストス・グッドロウ氏は、広告収益と直結してきた「視聴回数」を評価軸から外し、代わりに「1日の総視聴時間10億時間」という目標を掲げた。
世界のテレビ視聴時間のおよそ20%に相当する数字だ。4年間、推奨アルゴリズムの改善だけに絞り込み、小さなバグ修正を150件近く積み上げて、期限を前倒しで到達している。
視聴回数も広告収益も、結果として過去最高を更新した。
未達を隠さない仕組みも、この効能を支えている。目標は青、黄、赤の信号で管理され、遅れている目標は会議で「赤」として堂々と共有し、余力のある他部門がそこへ人や資源を差し出して引き取る文化がある。
ビル&メリンダ・ゲイツ財団はこの規律を慈善活動に持ち込み、ギニア虫感染症の報告症例数を2000年の7万5223件から2015年には22件まで減らしている。
ただし副作用もある。ハーバード・ビジネス・スクールの論文「暴走する目標」は、フォード・ピントの欠陥事故やウェルズ・ファーゴ銀行の大量不正口座開設を、一面的な数値目標が視野と倫理を狭めた例として挙げる。
本書の処方箋は、量の主要な結果に必ず質の主要な結果を対で置くことだ。「新機能を3つリリースする」なら「品質保証テストで各機能のバグを5つ以下に抑える」を隣に置く。
評価から切り離すと、人は縮まなくなる
ここまでの効能を一瞬で無効化する仕組みがある。目標の達成度を給与や賞与に直結させることだ。報酬がかかっていれば、人は誰でも確実に届く目標を書く。本書はこれをサンドバッギング、力の出し惜しみと呼ぶ。
グローブ氏の比喩は手厳しい。
「OKRという仕組みは、個人の仕事のペースを管理するためのものだ。自分自身のパフォーマンスを測るために、社員にストップウォッチを握らせるようなものである。勤務評定の根拠となるような正式文書ではない。」
ストップウォッチであって、通信簿ではない。Googleは徹底していて、人事評価に占めるOKRスコアの割合を3分の1以下に抑え、期が終わるとスコアはシステムから消す。報酬は周囲からのフィードバックと、その人が置かれていた状況を合わせて判断する。過去の業績を振り返って報酬を決める場と、未来の障害を取り除く場は、目的も日程も別に分けられている。
目標設定という筋肉には、動かすための腱がいる。本書はこれをCFRと呼ぶ。対話、フィードバック、承認の頭文字だ。管理職は部下1人あたり平均7.5時間を評定にかけているが、それでも、評定が企業価値を高めると答えた人事責任者はわずか12%で、時間を割く価値があると答えた割合も6%にとどまる。
アドビの人事トップだったドナ・モリス氏は年次評定を廃止し、四半期ごとの目標更新と継続的な対話に置き換えた。報酬の決定と目標の達成度を切り離した結果、自発的な退職率は31%減っている。
ギャラップの調査でも、上司と部下の面談頻度が高い職場ほど、従業員のエンゲージメントは3倍に高まるという結果が出ている。効いているのは、評価から目標を切り離す発想そのものだ。
本書が個人向けに勧める手順は単純だ。3ヶ月の目標を1つだけ書き、判定できる数字の主要な結果を3つ添える。この3ヶ月は絶対に手を出さないことを書き出し、リストで終わらせず該当の予定を実際にカレンダーから消す。
そして誰か1人と目標を交換し、毎週5分だけ進み具合を報告し合う。カリフォルニアの大学の調査では、目標を人と共有して毎週報告した人は、一人で抱えていた人より達成率が43%高かった。
終盤で本書が引くのはスティーブン・コヴィー氏の言葉だ。壁を掛け違えたはしごをどれだけ速く登っても、たどり着く先は間違った場所でしかない、という趣旨である。
OKRの役目は、登る速さを底上げすることではない。どの壁にはしごをかけるかを選び、その選択を組織全体に晒し、間違いに気づいた瞬間にはしごごと架け替える。それを支える道具だ。今期の目標を、上から3つだけ残すとしたら。
あとを全部消す勇気があるかどうかで、この本の実践度は決まる。
