赴任してわずか2カ月。現地の代理店社長から面と向かって「もう日本に帰ってくれ」と告げられた駐在員がいます。1993年、30代前半でインドに送り込まれたばかりの糸木公廣さんです。
それから19年後、同じ人物が韓国法人の社長を退任する日、300人を超える社員がステージ前に列を作りました。一人ずつ抱き合い、涙を流しながら見送るのに1時間かかったといいます。
『日本人が海外で最高の仕事をする方法』は、この落差がどこから生まれたのかを追った一冊です。著者の糸木さんが東芝とソニーの現役時代に駐在したのは、インド、オランダ、韓国、ベトナム、ルーマニアなど9カ国。20年におよぶ赴任生活のうち、失敗込みの記録がそのまま書かれています。
先に断っておくと、この落差を作ったのは英語力ではありません。本書が繰り返し示すのは、言葉の巧拙より相手への関心の量がものを言うという事実です。海外赴任の予定がなくても、部署の違う相手、世代の離れた部下と働くすべての人に効く一冊だと思います。

「最高の仕事」は、成果ではなく人指向で測る
本書が定義する「最高の仕事」は、財務的な成果を最大化することではありません。現地の人々と一体になって任務をやり遂げ、しかもそれを楽しみながらやり遂げること。糸木さんはそう置きます。
この定義を支えるのが「人指向」という考え方です。相手を交渉相手や労働力として無機質に扱うのではなく、家族を愛し、誇りを持ち、時には傷つく一人の人間として見る姿勢を指します。
理念だけを聞くと、精神論に寄りすぎているように読めるかもしれません。実際、私も最初の数十ページはそう疑いながら読みました。ただし本書の大半を占めるのは、9カ国で七転八倒した実体験と、そこに伴う具体的な出来事です。
物流を止めた失敗も、部下から「帰れ」と迫られた顛末も、伏せずに書かれています。組織変革の材料に外部の研究書を使ったことまで明かす姿勢を含め、抽象論に逃げる余地の少ない構成になっています。
娘の絵のスタンプが動かした仕様書
出発点は東芝時代のクウェートです。糸木さんは電力プラントを一括で請け負う契約の仕様書承認を、現地担当省庁のイラク人サヒブさんから取り付ける役目を負っていました。40代後半のベテラン相手に、先輩社員たちでさえ手こずっていた交渉です。
当時の糸木さんは、プラントの専門知識も英語力も心もとない状態でした。打つ手がなく業務外の雑談を重ねるうちに分かったのが、サヒブさんが小学生の娘を溺愛しているという事実です。
糸木さんは娘さんの描いた絵を譲り受け、日本の下町のスタンプ屋に特注を出しました。その絵とアラビア語の名前を彫り込んだスタンプを、誕生日に贈っています。
サヒブさんは大喜びし、承認に必要な修正点を自分から教えてくれるようになりました。承認は取れ、帰国のときは一家そろって空港まで見送りに来たそうです。
この逸話から引き出せる法則はシンプルです。人は、自分の大切にしているものに関心を持ってくれる相手に心を開く。語学の巧拙が交渉の勝敗を決めるという前提が、この本では早々に崩されます。
尊重はできても、肯定はできない
インドでは、カースト制度の残る現場に直面します。ソニーの慣習だった全員での職場清掃を持ち込んだところ、現地社員は誰も動きませんでした。掃除は身分の低い者の仕事という感覚が根強く残っていたためです。
日本人の工場長が自ら掃除を始めると社員もしぶしぶ従いましたが、その様子を広報がビデオに撮ろうとしたとき、社員たちは撮影を思いとどまるよう懇願しました。
外部の人間に自分の掃除する姿を見られるのは恥だという理由です。糸木さんはカースト制を肯定していません。それでも撮影は取りやめました。
本書はここで線を引きます。現地の文化を尊重することは、その全部を良しとすることではない。違いを見ないふりをするのではなく、そのままの姿で認識し、壁ではなく相互理解の入り口として扱う。
この距離の取り方は、路上のチャイ売りが飲み終えた素焼きのカップをその場で割る習慣の解説にも通じています。誰が使ったか分からない食器を再利用しないための知恵であって、単なるポイ捨てではない、と本書は説明します。
似た構造の話は、のちのオランダにも出てきます。隣家の女性から、家の中を見せないでいると何かやましいことがあると疑われるから堂々とカーテンを開けておくべきだと助言され、糸木さんは日本人が誠実そうに見えて何を考えているか分からないと評される理由に気づきます。
窓をどれだけ磨いても、カーテンを引いていれば中は見えないのです。
この気づきがもっとも効いたのが9カ国目の韓国でした。上下関係が厳しく風通しの悪い会社で、現地社員は本社からの押し付けを警戒していました。糸木さんは社内ブログで弱みごと自分をさらし、役職者抜きの飲み会を延べ200人以上、30回以上こなして意見を聞いて回ります。
指示を出す立場から輪の外に立つのではなく、輪の中に自分から入っていく。その入場料が自己開示だった、と読み替えられます。
欧州の物流を止めた男が、なぜ右腕に選ばれたか
2002年からの2年間、糸木さんはオランダで欧州全域の物流を統合するシステム導入を担当していました。現場の懸念はスケジュール優先で押し切られ、導入初日にシステムは完全にダウンし、ヨーロッパの物流が止まります。
社長への説明会で、プロジェクトを主導していた欧州人の幹部たちは目を伏せて黙り込みました。途中から加わっていた糸木さんが、経緯のすべてを説明し責任を引き受けます。そのあと欧州各地の販売会社20社以上を自ら回り、冷たい視線を浴びながら一社ずつ謝罪しました。
本人はキャリアが終わったと覚悟していたそうです。ところが後日、連絡が入ります。差出人は、あのとき糸木さんを誰よりも激しく責めたイタリアの販売会社トップでした。用件は、欧州販売組織のナンバー2を任せたいという打診。なぜ自分なのかと尋ねると、返ってきたのが次の一言でした。
「我々が求めているのは、頭がいいとか言葉が上手いとかいうような赴任者ではありません。困ったとき、逃げずに一緒に戦ってくれる人です。だから、あなたを選んだのです」
評価されたのは失敗そのものではなく、失敗の直後にどこに立っていたかです。矢面か、後ろか。それだけの差が、その後のキャリアを分けたことになります。
グローバル化は均一化ではなく、翻訳である
本社は手順もシステムも色も広告も、世界共通に揃えたがるものです。効率とコストを考えれば自然な発想でしょう。糸木さんの立場はここで逆を向きます。望ましいグローバル化とは、一つのものを共通化して広げることではなく、多様なものを受け止めたうえで国ごとに置き換えていく作業だ、と。
インドではこの置き換えが顕著に効きました。インド映画1作に平均10曲入る音楽と、聴きたい曲へ飛べるビデオCDの機能は相性がいい。コンテンツ不足を理由に発売を渋る本社に対し、糸木さんは自分たちでコンテンツも作ると提案し、ムンバイの版権元に2時間かけて交渉、無償で名作50本の版権を得ています。
東京で2週間近く自らチャプター編集と字幕付けをこなし、後に他社が真似る形式を作り上げました。
ベトナムでは逆に、機能をいっさい語らない広告で結果を出しています。液晶テレビが韓国勢に価格で劣勢だった状況で、競合が機能と画質を連呼する中、糸木さんは失われつつあるベトナムの原風景だけを描いた60秒CFを、本社と代理店の反対を押し切って放映しました。
旧正月商戦の期間にシェアは競合を逆転し、国営放送の年間ニュースランキングにまで選ばれています。
売り方と表現は現地に合わせ、事業の本質だけは共通に保つ。この線引きができているかどうかを、現地社員は本社の使い走りか現地の代表者かという目でずっと見ている、というのが本書の指摘です。
手放すときほど、設計がいる
韓国でオフィスの移転が決まったとき、糸木さんは移転先の最終選定とレイアウト設計を、若手中心の部門横断チームに任せました。経営側が選択肢を4カ所まで絞ったところで、あとは全面的に委ねる。
丸投げでも口出しでもない、中間の任せ方です。結果、世界拠点を対象にした満足度調査で、それまで最低評価だった執務環境の項目が最高評価に転じました。
同時に本書は、現地人材の重用に潜む落とし穴も指摘します。特定のリーダーが長く地位に居座り、組織が身内だけの領地と化す現象です。だから登用を進めるときは、任期や交代条件、その後のキャリアパスを最初にロードマップとして決めておく。
入口だけ設計して出口を放置しないという発想は、権限委譲一般に応用できます。
ベトナムでの工場閉鎖は、この手放し方の総仕上げに見えます。WTO加盟に伴う14年稼働工場の閉鎖と合弁解消。本社決定から実行まで4カ月しかない中、先人の助言は動揺を防ぐため閉鎖の事実を直前まで伏せるべきというものでした。
糸木さんは逆に、3カ月前の段階で全社員に正式発表しています。それまでの2年間で築いた信頼を賭けた判断でした。
閉鎖理由を貿易自由化という国際情勢から論理的に説明し、最大限の退職手当と一人ひとりの再就職支援を約束した結果、最後の3カ月間、労働争議もサボタージュによる遅延も一件も起きませんでした。
最終日の集合写真は、まるでお祝いの記念撮影のように、全員が笑顔で写っています。去り際にどう人を扱うかも、マネジメントの範囲に入る。本書が終始一貫させているのはこの一点です。
終章には「海外で仕事をする人が心がけるべき15条」がまとめられていますが、読み終えて残るのはリストの一つひとつより、糸木さんが20年かけてたどり着いた一行のほうでした。海外で働く意味は、語学が上達することでも海外生活に慣れることでもなく、異文化、異観点、異条件という「異なるもの」に出会うたびに、自分と組織を変えていける力を身につけることだ、と。
これは飛行機に乗らなくても手に入る力です。隣の部署でも、世代の違う部下でも、前提の違う相手はいくらでもいます。明日、次に会う相手に業務以外の質問をひとつ足す。本書から持ち帰れる最初の一歩は、それくらい小さくて構わないはずです。
「どんな国でも、そこに目を向けてこちらが微笑めば、必ず微笑み返してくれます」
