「収入さえ増えれば、いつか楽になる」。そう思って働いてきて、貯金は増えましたか。
増えていない人が、たぶん多い。収入が増えると、支出も同じだけ増えるからです。本書はそこに切り込みます。
将来のお金を決めるのは、いくら稼いだかではなく、いくら残せたか。だから「稼ぐ」より先に「失わない」を覚えなさい――この一行に、私は本書の価値の大半が詰まっていると思いました。
著者のブライアン・トレーシー氏は、高校中退の皿洗いから億万長者になり、84カ国500万人以上に成功法則を教えてきた人物です。本書はその教えを32の法則に体系化しています。
法則の総数を聞くと身構えるかもしれませんが、読後に残るのは数字ではなく、いくつかの太い芯です。その芯を、書評者の目線で紹介します。

「成功には原因がある」という、地味だが効く前提
本書の土台にあるのは「すべては理由があって起こる」という古い考え方です。アリストテレスまでさかのぼる因果の発想を、お金と成果の文脈に引き直している。
これがなぜ希望なのか。成功が偶然なら、私たちにできることは何もありません。でも成功に原因があるなら、その原因を真似ればいい。すでに達成した人を調べ、同じ行動を繰り返せば、結果に近づける――そういう設計図として読むと、急に実用書の顔になります。
構成は2部立てで、前半が「思考を変える」マインドの話、後半が「収入を増やす」時間管理・貯蓄・投資の話。内面から外側へ、という順番そのものが著者の主張になっています。私が膝を打ったのは、ここで著者が「順番が逆だと一生変わらない」と言い切るところでした。
感情を切り替える「魔法の言葉」――前半の白眉
マインドのパートにはいくつもの法則が並びますが、ここでは一つだけ。私がもっとも実践的だと感じた「責任の法則」です。
著者の見立てでは、不幸の主な原因はネガティブな感情で、それは突き詰めると責任転嫁から生まれる。怒りや不満が湧くのは、状況や他人のせいにしている瞬間だ、と。
「ネガティブな感情を取り除く最も効果的な方法は、「自分に責任がある!」という魔法の言葉をすぐさま言うことです。」(本書より)
理屈としては「責任を引き受けた瞬間、感情は居場所を失う」というだけ。けれど、これを口癖にできるかどうかで日々の消耗はまるで変わってきます。自分の人生をコントロールできている感覚と幸福感は比例する、と著者は重ねます。
責任を取ることは、主導権を取り戻すことでもある――この接続が腑に落ちる人は多いはずです。
このほかにも、信念や「動きを止めて静かに座る」といった話が続きますが、そのあたりは本書で味わってほしい。前半は、自己啓発が苦手な人ほど一度くぐってみる価値があります。
紙に書いた瞬間から、お金は動き出す
後半、いよいよお金の話です。最初の鍵は拍子抜けするほど単純で、「目標を紙に書く」こと。
著者のデータでは、達成したい金額を具体的に決めるだけで、達成の可能性が数倍に膨らむといいます。明確さの基準も具体的で、「6歳児に説明できないなら、自分も理解していない」。この一文だけでも、自分の目標がいかにぼんやりしていたか気づかされます。
具体的なノート術や、答えを強制的に絞り出す発想法もいくつか紹介されますが、手順を全部なぞるより、まず一つ試すほうが早い。残りの型は本書で確かめてください。書評として言えるのは、ここで挫折する人の多くが「書く」という一歩すら踏んでいない、という事実のほうです。
時間とお金、二つの「複利」
後半で私がいちばん唸ったのは、生産性を複利でとらえる視点です。
時間管理の核は「価値の90%は最重要の3つの仕事から生まれる」というもの。残りは効率よくこなしても時間の浪費に近い、とまで言い切ります。そのうえで、毎月わずか2%ずつ生産性を上げ続けると、複利で効いて長期的に収入が桁違いになる――という計算が示されます。
具体的な倍率や、それを体現した生徒の話は本書のクライマックスなので、ここでは伏せておきます。
お金そのものも同じ理屈です。本書が「パーキンソンの法則」と呼ぶ罠――支出は収入に応じて膨らむ――を断ち切る方法は、これ以上ないほど地味。収入が入った瞬間、消費の前に一定額を別口座へ移す。「まず自分に払う」。10%が難しければ1%から始めていい、という優しさも添えられています。
そして投資の章で著者が最優先に置くのは、増やすことではなく失わないことです。
「お金に関して簡単なのは、失うことだけ」(本書より)
稼ぐのは釘で穴を掘るように難しく、失うのは砂に水を注ぐように簡単。だから守りが先。具体的な投資手法や、72で割るちょっとした計算術なども出てきますが、答えそのものは驚くほど穏当で、再現性があります。詳しくは本書で。
どんな人に効くか――そして効かない人
正直に言えば、本書は徹底して「すべては自分の責任」という立場に立ちます。だから個人の努力では動かせない構造的な貧困までは扱わない。そこは割り引いて読む必要があります。すでに先取り貯蓄とインデックス積立を習慣化できている人にとっては、新しさは薄いでしょう。
逆に効くのは、昇給したのに手元が増えない会社員、何から始めるか決めあぐねている人、うまくいかない原因をつい外に求めてしまう人です。お金の不安を「自分でコントロールできる行動」に変えたい――そう願う人にとって、本書は良い背中の押し方をしてくれます。
最後に、私がしおりを挟んだ一文を置いておきます。
「あなたより優れている人や賢い人はいない。単に彼らは先に法則を学び能力を開発しただけである」(本書より)
才能の差ではなく、学んだ順番の差。そう信じられるなら、今日できることは一つです。ノートを開いて、達成したい目標を書く。その先に何が待っているかは、ぜひ本書で確かめてください。
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『ユダヤ人大富豪の教え』本田健さん 億万長者の思考と習慣を物語で学ぶ一冊。トレーシー氏が法則として整理したマインドを、ストーリーで体感したい人に響きます。
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『JUST KEEP BUYING』ニック・マジューリさん 「いつ買うか」で悩む時間がムダだと示すインデックス投資の決定版。本書の「失わない投資=長期のインデックス」を、データで深掘りしたい人に最適です。
