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『〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略』ジョアン・マグレッタ氏|「業界一位」を目指した会社から潰れていく

戦略・経営・事業 ✍ ジョアン・マグレッタ氏
約10分で読めます

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『〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略』
目次

新生ゼネラルモーターズが再上場を果たした日、CEOのダン・アカーソン氏は晴れやかに宣言しました。「最高の自動車が勝利しますように」。

株主も従業員も拍手したくなる、いかにも前向きな言葉です。けれどもマイケル・ポーターの理論を一度くぐらせると、この一言は祝辞ではなく弔辞に近い。

みんなが「最高」を目指して同じ土俵で殴り合えば、製品は似通い、品質の差は縮まり、最後に残るのは値下げ合戦だけ。誰も儲からない消耗戦の号砲を、CEO自ら鳴らしてしまっているからです。

『〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略』は、ハーバードでポーターの研究を長年そばで支えてきたジョアン・マグレッタ氏が、難解で分厚い原典を一冊に凝縮した本です。

原著『競争の戦略』は積み上げれば数千ページ。それを忙しい実務家が現場で使える形に翻訳し直した、いわば「ポーターの取扱説明書」と呼ぶべき一冊です。

本人がブランドを乱発しない学者だけに、その思想は引用ばかりされて誤読も多い。この本の値打ちは、誤読を一つずつ正しながら核心へ案内してくれるところにあります。

図解

この本が刺さるのはこんな人

会議で「うちも業界トップを目指そう」というスローガンが飛び出したとき、拍手しながらも胸の奥でかすかに違和感を覚えたことがある人。その正体不明のもやもやが、本書を読むとくっきり言葉になります。

競合がやっている施策をとりあえず真似して導入したのに、なぜか利益はびくともしなかった経験のある人。「ベストプラクティスの追従」がなぜ空回りするのか、本書は理屈で説明してくれます。

そして、市場シェアや売上の成長を律儀に追いかけているのに、現場はじわじわ痩せ細っている感覚がある人。本書は施策ではなく「追うべき数字そのもの」を問い直してくる、なかなか手厳しい本です。

競争の目的は「勝つこと」ではなく「儲けること」

本書の出発点は、競争という言葉の定義をひっくり返すところにあります。

ポーターに言わせれば、競争の目的はライバルを打ち負かすことではありません。利益を上げることです。当たり前のようでいて、この一文がすべての土台になります。

多くの経営者は無意識に「業界ナンバーワン」を目標に据えますが、全員が同じ「最高」を目指した瞬間、製品もサービスも横並びになり、顧客は値段でしか選べなくなる。

本書はこれをゼロサム競争と呼びます。誰かの勝ちが必ず誰かの負けになる、椅子取りゲームです。

象徴的なのが、かつての航空会社です。アメリカン航空がニューヨーク—マイアミ路線で無料の機内食を出すと、デルタ航空が即座に対抗する。結果、両社ともコストが余分に乗っただけで、利益は1ミリも増えませんでした。

ホテル業界も同じで、ウェスティンが独自開発の「ヘブンリー・ベッド」で差別化を狙った途端、ヒルトンもマリオットも追随して「ベッド戦争」が勃発。

寝具が豪華になったぶん業界全体のコストが上がっただけで、どこも一歩も抜け出せませんでした。

ポーターが推すのは、まるで反対側の発想です。他社とは違う価値を、違う顧客に届ける「独自性を目指す競争」。これなら勝者は一人に絞られません。ウォルマートが圧倒的な安さで攻める隣で、ターゲットが「安いけれどセンスもいい」という別の層をつかみ、両社がそろって儲かる。

ここがプラスサムの世界です。私たちが「競争=同じレースを速く走ること」と思い込んでいる限り、この発想にはたどり着けません。

利益はどこから漏れるのか、五つの競争要因

「儲かる業界」と「儲からない業界」の差はどこから生まれるのか。ここで登場するのが、ポーターの代名詞ともいえる五つの競争要因(ファイブフォース)です。

業界の収益性は、目の前のライバルだけで決まるわけではありません。新規参入者の脅威、サプライヤー(供給業者)の交渉力、買い手(顧客)の交渉力、代替品の脅威、そして既存企業同士の競争。

この五つの力が、業界の利益を四方八方から引っ張り合い、その綱引きの結果として平均的な儲けやすさが決まる、というのがポーターの見立てです。

実例で見ると腑に落ちます。パソコン業界では、マイクロソフトとインテルが基幹部品をブランド化して強力なサプライヤーに化け、PCメーカーの取り分を長年にわたって削り続けました。

IBMはこの構造悪化に早々と見切りをつけ、PC事業をレノボに売却しています。一方、セメックスというセメント会社は、買い手が強いアメリカ市場を避け、小規模な顧客が多いメキシコ市場を選ぶことで高いリターンを叩き出しました。

同じ事業でも、どの構造の中で戦うかで結末が変わるのです。

数字はこの差を残酷なほど明確にします。製薬大手ファルマシア・アップジョンの平均ROICは19.6%、鉄鋼のニューコアは約18%。ほぼ同じ水準です。

ところが評価は正反対でした。製薬業界の平均利益率は30%超なのにファルマシアはそれを下回り、鉄鋼業界の平均はわずか6%なのにニューコアは3倍を稼いでいた。

同じ18%が、背負った業界構造によって「劣等生」にも「優等生」にも化けるのです。だから五つの競争要因分析は、「この業界は魅力的か」を採点して終わりにしてはいけません。

自社の利益を一番圧迫している力は何か、そしてその力が最も弱まる場所はどこかを探すために使う。それが本書の指南する作法です。

競争優位とは、結局「価格かコスト」の差にすぎない

ここでポーターは、競争優位という曖昧な言葉に、はっきりした輪郭を与えます。

競争優位とは、競合より高い価格を取れているか、低いコストで運営できているか、あるいはその両方を実現していること。それだけです。組織の抽象的な「強み」や「企業文化」ではありません。

利益を生む経路は、価格を上げるかコストを下げるか、この二つしかない。身も蓋もないほどシンプルですが、この単純さこそが分析の刃を鋭くします。

ではその差はどこから生まれるのか。答えは企業の「活動」です。設計、生産、販売、配送、サポートといった一つひとつの活動の積み重なりを、ポーターはバリューチェーン(価値連鎖)と呼びます。

競争優位は、このチェーンの中で他社と違う活動をするか、同じ活動を違うやり方でやるか、その選択から生まれる。つまり優位とは才能や運ではなく、設計の産物だという考え方です。

デル・コンピュータが好例です。創業者のマイケル・デル氏は、販売代理店を一切通さず、部品を外部調達して受注生産する仕組みを組みました。注文を受けてから組み立てるので在庫を抱えずに済み、入金が支払いより先に来る、運転資金がマイナスになるほどのコスト優位を実現したのです。

売っているパソコンは他社と同じでも、その裏側の活動の組み方がまるで違っていた。価格の側でも同じことが起きます。フォードは高品質な新型フュージョンを投入して長年の価格劣位を逆転し、2010年第3四半期の純利益17億ドルのうち4億ドルを、値上げ効果だけで生み出しました。

戦略を成立させる五つの条件

ここからが本書の本丸です。ポーターは、卓越した業績を持続させる戦略には五つの条件が揃っていなければならない、と説きます。どれか一つでも欠ければ戦略は崩れる。逆にいえば、世の「戦略」を名乗る計画の大半は、この五つのどこかを満たせていないということです。

第一は、特徴ある価値提案。「誰に、どんなニーズを、どんな相対価格で満たすか」を明確に決めることです。エンタープライズ・レンタカーがわかりやすい。

空港で旅行客を奪い合うハーツやエイビスを横目に、同社は「事故や修理で地元で一時的に車が要る人」に狙いを定めました。だから店舗を空港ではなく市街地に置き、実用本位の車を安く貸す。

アメリカ人口の9割が同社の営業所から半径25キロ以内に住むと言われるほど展開し、業界リーダーへ駆け上がりました。狙う相手を変えれば、置く場所も並べる車も、すべてが変わるのです。

第二は、特別に調整されたバリューチェーン。価値提案を決めただけでは絵に描いた餅で、それを実現するために活動の組み合わせを他社とずらす必要があります。

ジップカーは「車は持たないが時々使いたい都市住民」に向け、ITで管理する時間貸しレンタカーを作りました。街中に置いた車そのものを「動く看板」にすることで、広告費まで削っている。

価値提案とバリューチェーンが地続きでつながっている好例です。

第三は、トレードオフ。本書がもっとも厳しいと念を押す条件です。戦略とは「何をやらないかを選ぶこと」だと言い切ります。すべての顧客を満足させようとすれば、結局どっちつかずの「二股(ストラドリング)」に陥り、優位を失う。

逆に、明確なトレードオフは模倣を防ぐ防壁になります。競合があなたの戦略を真似ようとすると、自分が今やっていることと矛盾が生じ、自分の価値を自分で壊してしまうからです。

本書はここで踏み込み、「一部の顧客を意図的に不満にさせるのが、優れた戦略の特徴だ」とまで言い切ります。

第四は、適合性(フィット)。トレードオフで選んだ活動同士が、互いを補強し合っている状態です。ZARAが教科書的でしょう。流行を素早く服にするため、自社工場で小ロット生産し、自前のトラックで配送し、ハンガーに掛けたまま店に納品する。

一つひとつは一見コスト高な選択ですが、全部が「スピード」という一点でつながっている。結果、通常3か月かかるリードタイムを2〜4週間に縮め、年100回も新作を投入。

広告宣伝費は売上の0.3%未満(業界平均3〜4%、H&Mは約5%)、割引販売も10%程度(業界平均17〜20%)に抑えています。一つの活動ではなく、活動のつながり全体が利益を生む。

だから他社が一部だけ真似ても歯が立たないのです。イケアも同じで、巨大な店舗、フラットパック、顧客自身による持ち帰りと組み立てが噛み合い、「低価格」と「すぐ手に入る喜び」を両立させています。

第五は、継続性。戦略を腰を据えて続けることです。ここに本書のいちばん意外な主張があります。

逆説的だが、継続的な戦略は、組織の環境変化への適応能力とイノベーション能力を高める。(本書より)

普通は「変化の時代だから戦略も柔軟に変えろ」と説かれます。けれどポーターは逆を言う。核となる方向性を保ち続けるからこそ、何を変えるべきで何を守るべきかが見極められる、というのです。

ブレない軸があるからこそ、枝葉は大胆に変えられる。これは個人のキャリアにもそのまま響く逆説でしょう。

規模が大きい会社が勝つとは限らない

本書はもう一つ、根深い思い込みを崩します。「業界1位か2位になれ、さもなくば撤退せよ」というGEのジャック・ウェルチ氏流の規模信仰です。

ポーターによれば、収益性に必要な「十分な規模」は、必ずしも業界トップを意味しません。市場の10%程度で足りることも多い。証拠がBMWです。規模ではGMにはるかに及ばないのに、2000年から2009年の平均ROICは業界平均の1.5倍。

その間、巨大なGMはむしろ破産しました。トラックメーカーのパッカーも象徴的で、個人運送業者に絞ってカスタム機能やロードサービスを提供し、価格競争の激しい業界で10%のプレミアム価格を取り続けた。

1993年から2007年の平均ROICは31.6%(業界平均10.5%)。規模ではなく、絞り込みが利益を生んだのです。大きさそのものが利益を保証する、という直感は、ここで静かに反証されます。

成功を測る物差しを取り替える

ではどの数字を見ればいいのか。本書が唯一正しいと断じる指標が、ROIC(投下資本利益率)です。

市場シェアでも、売上成長でも、短期的な株主価値でもありません。投じた資本に対してどれだけ利益を生んだか。これだけが、資本の有効活用と競争の多面性をまとめて捉えられる物差しだとポーターは主張します。

それどころか、シェアや成長を最優先にすることは、戦略を壊し価値を破壊する危険な行為だと警告する。資本市場が強いる短期主義は、企業に「最高を目指す競争」へ走らせる「毒性」を帯びている、とまで踏み込みます。

測る物差しを間違えると、努力すればするほど消耗戦に近づく。だからこそ、何で勝ち負けを数えるかが戦略の根っこなのです。

理論を明日の仕事に落とすなら、入り口は三つあります。まず自社や自部門のROICを一度きちんと計算し、業界平均と並べてみる。市場シェアの数字をいったん脇に置くのが第一歩です。

次に五つの競争要因を紙に書き出し、自社の利益をいま一番削っている力を名指しする。犯人は顧客か、サプライヤーか、それとも泥沼の価格競争か。最後に主要な活動を書き出し、それぞれが価値提案にどう貢献しているかを線で結ぶ「活動システム・マップ」を描く。

線がつながらない活動や、価値提案と矛盾する活動が浮かんだら、それが戦略のほころびです。

本書を貫いているのは、「すべての人を満足させようとするな」という、ある種冷たい教えです。ターゲットを絞り、それ以外には勇気を持って「ノー」と言い、あえて一部の顧客を不満にさせる。

それができたとき、はじめて会社は真似されにくい場所に立てる。次の社内会議で「業界トップを目指そう」という言葉が出たら、心の中でこう問い直してみてください。

私たちは「最高」を目指しているのか、それとも「独自」を目指しているのか。その問いから、戦略は始まります。


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