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『MBA戦略思考の教科書』安部徹也さん|利益は「目的」じゃなく「尺度」だった

戦略・経営・事業 ✍ 安部徹也さん
約10分で読めます

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『MBA戦略思考の教科書』
目次

「一生懸命やってるのに、なぜか結果が出ない」。

そう感じたこと、ありませんか。タスクはこなしている。残業もしている。なのに、数字も評価も思うように伸びない。

本書を読むと、その理由がひとつ腑に落ちます。ビジネスという試合に、ルールを知らないまま参加しているのではないか、と。著者の安部徹也さんは、それを野球にたとえます。

バットの振り方を知らずに打席に立っても、ヒットは打てない。素振りの量を増やしても、フォームが間違っていれば当たらないのと同じです。ビジネスにも「最低限のルール」があり、それがMBA理論だというわけです。

MBAと聞くと身構えますが、要は「ビジネスで成果を上げるための基礎知識」のこと。本書は経営戦略・マーケティング・ファイナンス・人事・生産管理・会計という6分野のエッセンスを、1冊で俯瞰できる地図にまとめています。

しかも、それらをバラバラの知識としてではなく、「ミッションから現場へ」という一本の線で串刺しにして見せる。ここが本書の肝だと感じました。世の中には分野ごとの分厚い名著がいくらでもありますが、それらを「自分はいま全体のどこを読んでいるのか」を見失わずに渡り歩くための地図は、意外と手に入りません。

本書はその空白を埋めにきます。

図解

戦略はピラミッドで組み立てる

具体論に入る前に、本書が示す全体像を押さえておくと、以降の話がぐっと立体的になります。

著者は、戦略を一枚岩ではなくピラミッドのような階層構造として描きます。頂点に立つのが「ミッション」、すなわち企業がなぜ存在するのかという目的。

そこから自社全体の方向を決める全社戦略、個別の事業で競争に勝つ事業戦略、マーケティングや財務といった機能別戦略へと、上から下へ降りていく。現場の一つひとつの打ち手は、本来この頂点とつながっているべきだという発想です。

そして見落としやすいのが、戦略は立てて終わりではないという指摘でした。実行したら必ずレビューを行い、計画とのズレを分析し、プロセスを遡って戦略そのものを修正する。

この「回し続ける」姿勢こそが精度を高めていく、と。立派な戦略書を一度作って棚に入れて満足する——多くの組織が陥るこの罠を、本書は早い段階で釘刺ししてくれます。

利益は「目的」ではなく「尺度」だった

最初に常識をひっくり返されたのが、利益の話でした。

ビジネスの目的は利益を上げること。多くの人がそう思っています。ところが著者は、ビジネスの本質を「利益の追求」と「社会貢献」の両立だと言い切る。利益はゴールではなく、社会に価値を与えられたかを測る「尺度」にすぎない、と。

利益はビジネスの「目的」ではなく、「尺度」だということです。

もとはドラッカーの考え方です。企業が社会に価値を与え、顧客から感謝され、その対価としてお金を受け取る。それがビジネスだという定義です。なぜこの区別が大事かというと、利益だけを追えば事業は続かなくなるから。

本書はわかりやすい例を出します。コスト削減のために工場の有害物質を川に垂れ流せば、一時的に利益は増えても、やがて公害という社会問題を起こして顧客の支持を失い、結局は店をたたむことになる。

短期の数字と長期の存続が、ここでくっきり対立します。

利益は通信簿の点数のようなものだ、と私は読みました。点数を上げること自体が目的になると、カンニングめいた無理が出る。本当の目的は「ちゃんと学べているか」のほうです。点数はそれを映す鏡にすぎない。そう捉え直すと、日々の売上目標への向き合い方まで少し変わってきます。

では、その目的を組織全体でどう共有するのか。本書が勧めるのが「SMARTの法則」です。ミッションを、具体的(Specific)・測定可能(Measurable)・達成可能(Achievable)・関連性(Relevant)・期限がある(Time-bound)という5条件を満たすビジョンへ落とし込む。

「頑張る」「社会に貢献する」といった抽象的なスローガンでは人は動かない。数字と期限がついて初めて、全員が同じ方向を向ける。理念と現場をつなぐ、地味だが効く処方箋でした。

「武器」をどこで振るか――強みは戦場を間違えると死ぬ

戦略パートの中心にあるのは、自社の強みをどこで活かすか、という問いです。本書はこれを「武器」と「戦場」にたとえます。

コア・コンピタンスと事業ドメインの関係は、言い換えれば、「武器」と「戦場」です。

コア・コンピタンス(他社が真似できない核となる強み)が武器、事業ドメイン(戦うべき市場)が戦場。どんなに鋭い武器を持っていても、戦場を間違えれば勝てない

本書はソニーとアメリカの鉄道会社を対比させます。ソニーは「ブランド」という武器を活かし、エレクトロニクスからエンタメ・金融まで戦場を広げて拡大した。

一方の鉄道会社は、自社を「鉄道」という狭い戦場に閉じ込めて衰退した。事業を「輸送業」と広く捉えていれば、自動車や航空という別の道があったかもしれない、と。

自分たちの仕事を何と定義するか。その一語が、見える機会の広さを決めてしまうわけです。

その武器が本物かは、5つの基準で点検します。簡単に真似されないか(模倣可能性)、ノウハウが流出しないか(移転可能性)、別物で代替されないか(代替可能性)、競合が持たない希少なものか(希少性)、短期で陳腐化しないか(耐久性)。

この5つを抜けて初めてコア・コンピタンスと呼べる。一見強みに見えても、簡単に真似される技術や、数年で時代遅れになるノウハウは、本当の武器ではない。

これは会社の戦略だけでなく、自分のキャリアの強みを棚卸しするときにもそのまま効く視点です。

では武器と戦場をどう見極めるのか。ここで環境分析の道具が出そろいます。PEST(政治・経済・社会・技術というマクロ環境を漏れなく見る)、3C(顧客・競合・自社という業界環境を捉える)、そしてSWOT。

本書のSWOTには一工夫あり、内部の強み・弱みからではなく外部の機会・脅威から先に分析する。今の自社の制約にとらわれず「成功するために本来持つべき強み」から逆算するためです。

さらに「強みを活かして機会をつかむ」「強みで脅威を減らす」と具体策まで導くのがクロスSWOT分析。分析を分析で終わらせず、打ち手に変換する仕掛けです。

しかも著者は、強みと弱みは固定ではないと言い添えます。

強みと弱みは表裏一体の関係とも言えるのです。

人材不足という弱みも、見方を変えれば「結束力が高い」という強みになる。評価は視点ひとつで反転する——この身も蓋もない事実が、SWOTを杓子定規に埋める作業から救ってくれます。

業界の競争構造を読むには、ポーター教授のファイブフォース分析も登場します。売り手の交渉力、買い手の交渉力、代替品の脅威、新規参入の脅威、競合の程度。

この5つの力で業界の魅力度を測る。パソコン業界で、CPUやOSを握るインテルやマイクロソフトが「売り手」として強い交渉力を持つのはその好例です。

同じ市場にいても、力の源泉がどこにあるかで稼ぎやすさはまるで違う。複数事業を抱えるなら、市場成長率とシェアの2軸で事業を「花形・金のなる木・問題児・負け犬」に分ける事業ポートフォリオ・マトリクスで、金のなる木の稼ぎを花形や問題児に回し、負け犬は撤退を検討する。

選択と集中を、感情ではなく地図で判断するわけです。フレームワークの数は多いですが、まず「武器と戦場」という軸を握って読むのが理解の近道だと思います。

ドリルを買う人は、ドリルが欲しいわけじゃない

マーケティングの章で、一番有名な一節が出てきます。ハーバードのレビット教授の言葉です。

「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」

顧客はドリルという「モノ」ではなく、穴を開けるという「結果」にお金を払っている。この結果や満足を、本書はベネフィットと呼びます。製品のスペックを語る前に、顧客が本当に欲しい結果は何かを問う——マーケティングの出発点です。

そして本書はマーケティングの理想を「販売を不要にすること」だと言い切る。企業が「買ってください」と売り込むのではなく、顧客から「売ってください」と言われる状態をつくる、と。

営業力で押し込むのではなく、欲しがられる仕組みをつくる。発想の重心が、売り手から買い手へと移ります。

もう一つ常識が逆転したのが、ターゲットの絞り方です。多くの人は「対象を広げたほうが売れる」と考えますが、本書は逆。顧客を絞るほどヒットの確率は上がる、と説きます。

万人に受けようとすると、コンセプトが曖昧になり、結局誰の心にも刺さらない。極端に言えば、たった一人を想定してその人のためだけに作った製品こそが、多くの人の心を動かす。

SNSで「過去の悩んでいた自分」に向けて書いた文章のほうがなぜか広く届く、あの感覚に近い。

この流れを体系化したのがR-STP-4Pです。リサーチ(R)で市場を調べ、セグメンテーション(S)で分け、ターゲティング(T)で狙う顧客を決め、ポジショニング(P)で立ち位置を定める。

ここまでで「誰に売るか」が決まり、その上で製品・価格・流通・販促の4Pで「何を、いくらで、どこで、どう売るか」を具体化する。さらに本書は「5つの顧客価値レベル」という枠組みも示します。

お腹を満たすといった最低限の中核ベネフィットから、基本製品、当然備わると期待される期待製品、期待を超える膨張製品、未来の革新的価値である潜在製品まで。

すべての企業が最高レベルを狙う必要はなく、自社のコンセプトとターゲットの購買力に応じてちょうどいいレベルを選ぶのが現実的だ、と。過剰品質で利益を削らないための、冷静な視点です。

自分の商品に当てはめながら読むと効く章でした。

黒字なのに潰れる会社がある

ファイナンスの章で一番ぞっとしたのが、黒字倒産の話です。

携帯電話会社のウィルコムは事業自体は黒字でした。それなのに手元の現金が底をつき、継続を断念した。会計上の利益と、実際に使える現金は別物なのです。

だから財務諸表は、財産状態(ストック)を示す貸借対照表、一定期間の儲け(フロー)を示す損益計算書、現金の出入りを示すキャッシュフロー計算書の3表をセットで読む。

利益が出ていても、キャッシュフロー計算書を見れば現金が枯れかけているのが分かる。この一点を知っているだけで、決算書の見え方が変わります。

ただし、財務諸表は眺めるだけでは意味がありません。

財務諸表はただ単に眺めるのではなく、数値を加工し、比較・分析することで企業の問題点が浮き彫りにされます。

本書が勧めるのは4つの比較です。自社の過去と比べる趨勢比較、業界平均と比べる標準比較、ライバルと比べる競合比較、目標と比べる目標比較。同じ数字でも、何と並べるかで意味が変わる。比較の角度を持って初めて、数字が課題を語りはじめます。

本書のいいところは、実在企業の数字を並べる点です。自社で作って売るユニクロ(ファーストリテイリング)は原価率を約49%に抑え営業利益率9.43%、仕入れて売る三越伊勢丹は営業利益率2.60%。

同じ小売でも、ビジネスモデルが利益構造をここまで変える。さらに、お金には時間的価値があるという話へ進みます。今日の100万円と1年後の100万円は同じではない。

金利5%なら3年後の1億円の現在価値は約8638万円。だから「今日の8500万円」と「3年後の1億円」を比べるには、時間軸を揃えて計算しなければならない。

この考えを使うのがNPV(正味現在価値法)で、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引き、資金調達コストを示すWACCを上回る見込みなら投資する。

投資判断を「感覚」から「計算」へ引き上げてくれます。

なお本書は生産・プロジェクト管理にも触れ、ここで個人にも刺さる一節が出てきます。

人は決められた時間や予算があれば、限度いっぱいまで消化する傾向がある

パーキンソンの法則です。締め切りを1カ月後にすると、1週間で終わる仕事もギリギリまで引き延ばしてしまう。だから工程の安全余裕を過大に積まない。これは会社の生産管理だけでなく、自分のスケジュールにもそのまま効く戒めでした。

管理する人と、革新する人

最後の柱が人と組織のマネジメントです。ここで本書は、マネジャーとリーダーは別物だと突きつけます。

マネジャーは「管理」し、リーダーは「革新」する。

マネジャーは秩序を守り現状を維持し、「いつ・どのように」を短期で考える管理者。リーダーは新しい秩序を生み現状に挑戦し、「何を・なぜ」を長期で問う革新者。混同されがちですが、役割は180度違う。変化の激しい時代には、管理だけでは足りず、自ら方向を切り拓くリーダーが要る、と。

そのリーダー像を象徴するのが稲盛和夫氏のJAL再建です。「うちが潰れるわけがない」と危機意識を欠いた組織に、小グループの独立採算制(アメーバ組織)を導入し、社員一人ひとりに数字への当事者意識を植えつけた。

結果、倒産からわずか2年で過去最高益を上げ、再上場へとV字回復させた。著者がリーダーの最終形態として挙げるのは「利他の精神」。私心を捨て人のために努力することで支援を得て、一人では届かない成果に繋がるという考えです。

組織を扱ううえで本書が強調するのが、シナジー(相乗効果)。ヒトやモノをうまく組み合わせれば1+1が3にも4にもなる。逆に、不公平な評価はやる気を壊す。

人は自分の労力への報酬を他人と比べて公平でありたいと感じる(エクイティ理論)からです。そして組織の形に正解はない、とも言います。外部環境が変われば組織も変えるべきだというコンティンジェンシー理論です。

「今までこうだったから」に固執しない——これが組織戦略の前提になります。

本書のいちばんの効きどころは、知識を「点」では持っているのに線でつながっていない人だと思います。利益は尺度、強みは戦場で活きる、顧客が買うのは結果、黒字でも現金がなければ潰れる、管理ではなく革新する——単体では聞いたことがあるはずです。

それが「ミッションから現場へ」という一本の線で串刺しになったとき、景色が変わる。逆に各分野の専門書を読み込んだ上級者には物足りないでしょう。

著者自身「導入部分に過ぎない」と認めています。それでも、地図を持たずに専門書を開いても自分が今どこにいるか分からない。まず全体像という地図を手にする——その役割を、この一冊はきれいに果たします。

一生懸命やっても結果が出ないと感じているなら、努力の量ではなく、戦略の地図を疑ってみる。そこから、変わりはじめます。


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『付加価値のつくりかた』田尻望さん 本書の「ベネフィット」と「値下げで利益が変わる構造」を、キーエンスの実例で掘り下げた一冊。値下げに頼らず選ばれる仕組みのつくり方が、利益=価値の対価という本書の主張と響き合います。

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