「今年は売上を20%伸ばす」。これを戦略だと信じているなら、本書は少しばかり痛いところを突いてくる。著者のリチャード・P・ルメルトはUCLAアンダーソン経営大学院の教授で、世の中で戦略と呼ばれているものの多くを、目標とビジョンとスローガンを束ねただけの中身のない代物だと断じる。
厄介なのは、「うちにも戦略はある」と胸を張れる組織ほど、その戦略が空虚だと突きつけられる点だ。本書は戦略の看板を掲げた願望リストを一枚ずつ剥がし、実際に効く戦略がどんな骨格を持つのかを、豊富な事例とともに見せてくれる。
戦略とは「診断・方針・行動」がそろった一貫構造だ
ルメルトの主張は一行に凝縮できる。戦略とは願望の一覧ではなく、直面する困難を見極め、それに立ち向かうための首尾一貫した行動の設計図である。この議論の土台になるのが、著者が「カーネル(核)」と呼ぶ三点セットだ。
一つ目は診断。目の前で何が起きているのかを分析し、乗り越えるべき決定的な障害を絞り込む。込み入った状況を、扱える形へと解きほぐす作業と言い換えてもいい。
二つ目は基本方針。診断で特定した課題に、どんな角度から攻めるかという大きな方向づけである。細かな道順ではなく、行動が迷子にならないためのガードレールに近い。
三つ目が行動で、方針を実現するために資源を配分し、互いに支え合う具体策を組む段階だ。診断・方針・行動のどれか一つでも欠けていれば、それはもう戦略ではなく、戦略の格好をした別の何かにすぎない。
著者が引くのは倒産寸前だった1997年のアップルだ。当時のパソコンのシェアはわずか4%。復帰したジョブズは壮大な未来像を語る代わりに、複雑に膨れ上がった製品ラインが経費を垂れ流していると診断し、思い切って絞り込む方針を掲げ、パソコンをデスクトップとノートの各一機種まで削ぎ落とす行動へ突き進んだ。
一発逆転を狙うのではなく、まず出血を止める。派手さはないが、診断・方針・行動の三つがぴたりと噛み合っている。
このカーネルは、図にすれば数行で書けるほど単純だ。しかし単純であることと、たどり着くことは別物である。著者自身、診断には高い洞察と経験が要り、万人向けのマニュアルは存在しないと正直に認めている。
本書は考える枠組みは渡してくれるが、考える労力までは肩代わりしてくれない。ここを取り違えると、カーネルという言葉だけを覚えて、また新しい穴埋めテンプレートを一つ増やすことになりかねない。
悪い戦略の4つの顔と、それが蔓延する理由
本書が非凡なのは、悪い戦略を「良い戦略の不在」ではなく、独自の論理を備えた積極的な失敗として描くところだ。その顔は四つある。専門用語と美辞麗句で高尚に見せかけるだけの空疎さ。
本当の障害から目をそらす、あるいは問題設定そのものを誤ること。困難を越える道筋を欠いたまま、願望を戦略と取り違えること。そして重大な問題と無関係で、実行すら困難な目標を寄せ集めること。
空疎さの見抜き方はシンプルで、難解な言い回しを平易な言葉へ翻訳したとき、当たり前の内容しか残らなければ、それは中身のない飾りだったということだ。
著者は破綻したエンロンや、冗長なアメリカの国家安全保障戦略までも、悪い戦略の見本市として容赦なく並べていく。
農機大手インターナショナル・ハーベスターの例が痛烈だ。各事業部の計画を綴じ合わせた分厚いプランでシェア拡大を謳いながら、誰もが知っていた「余剰人員を抱えた非効率な組織」という最大の急所には、ついに手をつけなかった。
ここで著者は「成績不振は結果に過ぎない」と喝破する。売上の低下そのものを課題に据えるのは悪い戦略の典型であり、本当に課題とすべきはそれを引き起こしている原因のほうだ。住宅市場の変調を無視してシェア拡大へ突き進んだリーマン・ブラザーズの破綻も、根は同じ穴の狢である。
ではなぜ、悪い戦略はこれほど繁茂するのか。著者は三つの理由を挙げる。ある目標を選び他を捨てるという痛みからの逃避。ビジョンや価値観の欄を埋めれば戦略が完成したと錯覚させる、穴埋め式テンプレートの手軽さ。
そして信じれば叶うという式の安易なポジティブ思考が、厳しい現実分析を隅へ追いやること。悪い戦略とは、良い戦略を練り上げる重労働を自ら避けた末に残る抜け殻なのだ——この診断は耳が痛いが、多くの組織に当てはまってしまう。
この指摘は、本書が書かれてから時間が経った今こそ、いっそう重みを増している。ビジョンやパーパスを掲げること自体が目的化し、耳心地のよい言葉が独り歩きする場面は、むしろ増えたように見えるからだ。本書はそうした流行への、静かな解毒剤として読める。
強みを生む「テコ・鎖・近い目標・集中」の技術
第2部は、強みをどう作り出すかの各論である。概念は多いが、勘所は四つに絞れる。
まずテコ入れ(レバレッジ)。最も効く支点を見抜き、そこへ資源と行動を集中させると効果が跳ね上がる。ウォルマートが「大型店には人口10万人が必要」という業界常識を覆し、小さな町の店舗を物流網で束ねて地域全体を一つの巨大店として機能させた話が引かれる。
支点を見抜くには予測も要る。SUV全盛期に将来のエネルギー逼迫を読んでハイブリッドへ巨額を賭けたトヨタのように、来るべき不均衡へ先回りする眼力が問われるのだ。
次に鎖構造。最も弱い環が全体の性能を決めてしまう系のことで、そこが弱いままなら他をいくら磨いても総体は良くならない。だからイタリアの機械メーカーを再生させた経営者は、品質・営業・コストへ同時に手を出さず、一つずつ順に潰していった。
裏を返せば、強く組み上げた鎖は模倣されにくい優位になる。カタログ、独自の物流、郊外型店舗を組み合わせたIKEAは、他社が要素を一つ二つ真似ても崩れない。
強みが相互に噛み合っているからだ。
三つ目は近い目標。手が届く距離にある実現可能性の高い標的を据えることで、先が読めないときほど遠い未来の予測より足場固めが効く。技術者が立ちすくんでいたNASAのJPLが「月面への軟着陸」という具体的な目標を掲げ、全員の動きを噛み合わせた逸話が象徴的だ。
四つ目のフォーカスには、方針と行動を噛み合わせて力を束ねることと、狙う的を一点へ絞ることの二つの意味がある。利益率の低い大量生産を捨て、耐圧缶と小ロット短納期の顧客へ的を絞った缶メーカー、クラウン・コルク&シールは、35年にわたり株主資本利益率が平均19%と業界を圧倒した。
全部を狙わなかったからこそ、突き抜けられたのである。四つの概念に共通するのは、力を分散させずに一点へ束ねるという発想だ。捨てることでしか集中は生まれない、という思想がここに一貫している。
本書がネルソン提督のトラファルガー海戦やダビデとゴリアテまで引くのは、戦略が企業だけのものではないと示すためだろう。数で劣る側が相手の隊列を分断し、一点で局所的な優位を作って勝つ——この構図は、資源に乏しいスタートアップが大企業へ挑む場面とそのまま重なる。
慣性とエントロピーを警戒し、戦略を仮説として疑う
戦略の敵は競合だけではない。組織の内側にも潜んでいる。過去の成功や古いやり方に固執する慣性、放置すれば秩序が緩み目的意識が散漫になっていくエントロピー——リーダーの仕事には、外の脅威に備えることと同じくらい、この内なる緩みを検知して業務や組織構造を組み直すことが含まれる。
慣性には、業務のやり方に根ざすもの、組織文化に根ざすもの、権限委任の構造から生じるものがあり、いずれも一朝一夕には動かせない。凡百の戦略論が外部環境ばかりを語るなかで、内側の摩擦へ光を当てる視点は本書の実務的な美点だ。
そして慣性は、裏を返せば競合の弱点でもある。相手が古いやり方から抜け出せずにいるなら、そこは格好の攻めどころになる。
第3部で著者は、戦略を科学の仮説になぞらえる。良い戦略とは絶対確実な計画ではなく、こうすればうまくいくはずだという検証可能な賭けであり、実行という実験を通じて学び、間違っていれば軌道を修正し続けるべきものだ。だからこそ著者は、最初の思いつきを疑う姿勢を勧める。
人の判断の多くは反射的に湧いてくるもので、その第一感に飛びつくと死角を見落とす。尊敬する恩師や名経営者を頭に思い描き、彼らならどう突っ込むかと自問する「バーチャル賢人会議」は、自分のアイデアを自分で壊すための地味だが強力な作法だ。
みんなが大丈夫だと言っているという同調圧力への警戒も、あわせて説かれている。
枠組みは渡すが答えは渡さない——だからこそ読む価値がある
本書の知識は、そのまま日々の実務へ落とせる。まず手元の計画書を読み返し、「どうやって売上を上げるか」ではなく「前進を阻む最大の障害は何か」を一つか二つに絞って言葉にする。
そのうえで、今日からやらないことを一つ決める。すべての要求に応えるのをやめ、最も効く一点へ資源を寄せる——この順番こそが、願望を戦略へ変える最短路だ。
読後に残るのは、これまで戦略と呼んできたものの多くが実は願望だったという、少し苦い自覚である。著者は「良い戦略は必ずと言っていいほど、単純かつ明快である」と述べ、パワーポイントで延々と説明する必要などないと言い切る。
急所を見極め、そこへ力を集中する。言葉にすればそれだけだが、この「それだけ」を実行する難しさこそ本書の核心だ。
留保も述べておきたい。豊富な事例は説得力を生む一方で、成功例からの後付け解釈という危うさが常につきまとう。診断の質を最終的に読み手の洞察力へ委ねる構造は、再現性という点で重い宿題を残す。
鎖構造や近い目標といった概念も、個別には鋭いが、現場でどれを優先すべきかの判断まではやはり読者に手渡される。それでも、自分の計画書に紛れ込んだ願望を一つ名指しできるようになるだけで、本書を読む価値は十分にある。
まずは、その一語を探すところから始めればいい。
