日本人は、ドイツ人より年間350時間も多く働いています。
なのに、1時間あたりで生み出す価値は、ドイツの3分の2ほどしかない。1日8時間換算でいうと、私たちは年に40日以上も余分に働いて、それでも負けている。
最初にこの数字を見たとき、正直けっこう落ち込みました。残業を頑張っているのに、頑張りが価値に変換されていない。働いている時間の長さと、生み出している成果の大きさが、まるで噛み合っていないわけです。
著者の隅田貫さんは、ドイツの老舗プライベートバンク「メッツラー社」で働いた日本人。日本の銀行とドイツの銀行、両方を内側から知る人です。だから本書は、ありがちなドイツ礼賛でも、机上の比較文化論でもありません。
会議、メール、上司と部下のやり取り。日常のビジネスシーンに現れる「生々しい違い」が、当事者の体温で描かれています。そして著者が出す結論は、思っているよりずっとシンプルでした。
差は制度じゃない。一人ひとりの「意識」だ、と。ここがこの本のいちばんの肝だと思います。

この本の前提――「消費者の国」と「労働者の国」
まず、土台になる視点の違いを押さえておきます。
著者によれば、ドイツは国民を「労働者」と捉え、その権利を守ることを優先してきました。対して日本は国民を「消費者」と捉え、「お客様は神様」を追求してきた。
24時間営業も、過剰なまでのきめ細かいサービスも、消費者を喜ばせるためのものです。便利で、ありがたい。けれどその便利さの裏側で、提供する側にまわった労働者がじわじわ消耗していく。
気づけば、消費者である自分が、別の場面では消耗する労働者になっている。私たちは消費者と労働者の二役を、同じ社会の中で同時に演じているわけです。
象徴的なのが言葉だと著者は言います。ドイツ語の「Arbeit(アルバイト)」の語源は「苦役」「奴隷」。労働は美徳ではなく、あくまで生活の手段。
だから日曜・祝日には仕事をせず、家族との時間を最優先する。店の営業を制限する法律まであり、休む日はきっちり休む。労働観そのものが、根っこから違うのです。
労働を「美徳」と見るか「生活の手段」と見るか。この一点が、その後のすべての差につながっている。このフレームを最初に置いてくれるから、以降のエピソードが腑に落ちます。
残業が多い人は「仕事ができない人」
一番ガツンときたのが、評価の逆転です。
日本だと「あの人、遅くまで頑張ってるね」が褒め言葉になりがちです。でもドイツでは逆。残業ばかりしている人は、「決められた時間内に仕事を終えられない人」と見なされることがある。
著者がメッツラー社で受けた洗礼が印象的で、入社初日、始業時刻を過ぎても社員はのんびりコーヒーを飲み、夕方にはさっさと帰っていく。日本の銀行の常識からすると、ありえない光景だったそうです。
長く働くことではなく、短い時間で成果を出すことが評価される。だから彼らは無駄を徹底的に削ります。
そのカギになるのが「割り切り」です。本書には、こんな一節があります。
頑張ってこなすのではなく、頑張って絞り込むのです。
ポイントは、頑張る方向が違うこと。日本人は「全部を頑張ってこなす」方向に努力しがちですが、ドイツ人は「何を捨てるかを頑張って絞り込む」方向に努力する。
社内用の資料に満点はいらない。100点を目指すのではなく、重要度の低い仕事は70点で素早く切り上げる。そして優先順位の低いものは堂々と翌日に回す。
プライベートを犠牲にしてまで今日片付ける、という発想をそもそも持っていない。ここで効いてくるのが「決断は今する、作業は明日に延ばす」という感覚です。
夕方に振られた急ぎでない仕事も、対応の方針だけ今のうちに決めて、実際の作業は明日のスケジュールに組み込む。即断即決と、意図的な先送り。この両立がうまいんです。
ここを読んで、私は自分が「全部に100点を取りにいって、結局どれも遅い」働き方をしていたと気づきました。割り切りは、雑とは違う。何に力を入れて何を捨てるかを、自分で決めているだけなんです。とはいえ、では70点でいいラインを実際にどこへ引くのか。
ここが難しい。提出先が社内か社外か、その資料が判断材料なのか記録なのかで、許される雑さは変わってきます。本書はそのあたりの線引きの感覚まで具体例で示してくれるので、自分の仕事に当てはめて考えやすいはずです。
「忖度」が、生産性を下げている
2つ目は、コミュニケーションの話です。
日本では「空気が読める」「気が利く」は美徳です。でもドイツのビジネスでは、忖度はむしろ生産性を下げる元凶として扱われる。相手の意図を勝手に推し量って先回りすると、頼まれてもいない作業が増えるし、読みがズレていれば丸ごと手戻りになる。
著者にも痛いエピソードがあって、郵便物を「ついでに」と秘書のデスクまで届けたら、「これは私の仕事であって、あなたの仕事ではない」と返されたそうです。
善意のつもりでも、相手の役割を侵すのはマナー違反。役割の境界が、日本よりずっとはっきりしているのです。
だからドイツ人は、わからないことをすぐ聞きます。質問するのはタダ、くらいの気軽さで。知ったかぶりで進めて後でやり直す、あのムダを、最初の一問で潰してしまう。
そして仕事を頼むときは「明日の15時までに」と期限を切り、さらに「なぜそのタイミングで必要なのか」という理由まで添える。以心伝心が通じない文化だからこそ、すべてを言葉にするわけです。
ここで著者が突いてくるのが、日本の「なるはや」文化の理不尽さです。そもそもドイツ語に「なるはや」に当たる言葉がない。そして日本では、曖昧に「なるはや」と投げた側ではなく、それを察しなかった側が責められる。
曖昧に頼んだほうが守られ、察せなかったほうが責められる。言われてみれば、おかしな話です。頼む側の言語化のサボりが、頼まれる側の負担にすり替わっている。
私が膝を打ったのは、「協調」と「同調」を取り違えているのではないか、という著者の指摘でした。意見が違っても、共通の目的のために力を合わせるのが「協調」。
波風を立てないよう、無批判に周りへ合わせるのが「同調」。日本で美徳とされる「和」が、しばしば後者にすり替わっている、と。会議で誰も反対しないのは、本当に同意しているからなのか、ただ空気に合わせているだけなのか。
この腑分けは、自分の職場を見る目を確実に変えてくれます。
失敗したとき、「なぜ?」と聞いてはいけない
3つ目が、失敗への向き合い方。これが一番、考え方を揺さぶられました。
著者が、ミスをしたドイツ人の部下に「なんでそんなことをしたの?」と問い詰めたときのこと。返ってきたのは、あなたの仕事は原因を問い返すことではない、事後処理にベストを尽くすのがあなたの仕事だ、という趣旨の切り返しでした。
上司である自分が、まず動くべき場面で犯人探しを始めていた。そう気づかされる場面です。
ミスが起きた瞬間に大事なのは、原因追及でも犯人探しでもない。まずダメージを最小限に抑えるリカバリーに動くこと。そして、悪い知らせを報告してくれたことに、まず感謝する。
ドイツでは、悪い情報ほど早くオープンにするのが鉄則です。失敗そのものより、失敗を隠すことのほうが企業に大きなダメージを与えるからです。原因の分析は、火が消えてからゆっくりやればいい。
著者は、ミスを「あってはならないこと」ではなく「起こり得ること」だと感じるように変わった、と書いています。
別の上司の言葉も、本書の精神をよく表しています。知りたいのは、どうやって前に進むかであって、前に進めない理由ではない、と。管理職が部下を叱咤して「できない理由」を並べさせても、士気が下がるだけ。
圧力で人を動かすのではなく、信頼と権限委譲で自発的な行動を引き出す。著者はこの転換を、寓話になぞらえた印象的な言葉で表現していますが、その呼び名は本書のいい場面なのでとっておきます。
その土台にあるのが、役割の明確さと、思い切った権限委譲です。各人のアサインメントがはっきりしていて、任せたら口を出さない。だから決断が速く、報連相の頻度も日本よりずっと少ないそうです。
逆に言えば、役割が曖昧なまま権限だけ預けても回らない。境界の設計と委譲は、セットで効くということでもあります。
休むことに、罪悪感を持たない
ドイツ人は、年に30日ほど与えられる有給を、ほぼ使い切ります。著者が引く調査では消化日数は28日前後。一方の日本は付与20日に対して消化は半分ほどで、世界でも最下位レベル。しかも休むことに罪悪感を覚える人が多く、休暇中もメールを見てしまう人が少なくありません。
差を生むのは、休みへの感覚です。日本では月曜から金曜の「平日」が普段の日で、休日のほうが「特別な日」というイメージがある。ドイツは逆で、働く日のほうが特別。
だから休みは権利として堂々と使い切る。企業の側も仕組みで後押ししていて、就業時間外にサーバーを止めたり、休暇中に届いたメールを自動で削除したりする例が紹介されます。
意志の力に頼らず、強制的にオフを作る。ここが日本との大きな違いです。
そして著者は、何もしない時間こそが次の集中を生む、と言い切ります。スマホを置いて散歩する。そういう空白の時間が、次のアイデアや判断力の土台になる。
脳を休ませることには研究的な裏づけもあると示されていて、休むことはサボりではない、とはっきり書いてある。この一文を、私は付箋を貼って何度か読み返しました。
働き続けることが正義だと刷り込まれている人ほど、ここで一度立ち止まらされるはずです。
この本を、日本でどう使うか
正直に言えば、ドイツの働き方をそのまま輸入するのは無理があります。本書が描くのはエリート層やホワイトカラーが中心で、製造現場や接客業に同じ理屈は当てはめにくい。
著者自身もそう断っています。だから本書の価値は、制度のコピーではなく「意識の輸入」にあります。完コピするのではなく、考え方を一つずつ借りてくる。
その姿勢で読むのがちょうどいい。
私なりに、明日から試せる形に絞るとこうなります。毎朝、今日絶対に終わらせるべき仕事を3つだけ選び、それ以外は堂々と明日に回す。やることを増やすのではなく、やらないことを決める練習です。
人に何かを頼むときは「なるはや」を封印して、「いつまでに」「なぜそのタイミングか」をセットで言葉にする。そして帰宅後や休日に、スマホを置く時間を意図的に作る。
10分の散歩でいい。オンとオフの境界を、会社や空気任せにせず、自分の手で引く。
私が本書を読んで一番反省したのは、「自分の都合だけで仕事を頼んでいた」ことでした。「なるはや」で投げて、察してくれなかった相手にイラッとする。
その理不尽さに、ずっと気づいていなかった。著者がドイツでよく耳にしたという「それは意味があるのか?」という問い。その仕事に意味はあるか、本当に今日やるべきか、100点が必要か。
この一問を自分に向けるだけで、削れる仕事はけっこうあります。
長く働くほど評価が下がる国がある。その事実を知っただけで、月曜の朝の見え方が少し変わります。あなたの今日のタスク、本当に全部、今日やる必要がありますか。その答え合わせは、本書のページの中で。
合わせて読みたい
『不完全主義』オリバー・バークマン ドイツ人の「70点でいい」「堂々と先送りする」感覚を、もっと深く掘りたい人へ。全部やろうとする呪いを手放す技術が、本書と完全に地続きです。
『一点集中術』デボラ・ザック 「1日中働いたのに、何も終わっていない」を解決する一冊。短い時間で成果を出すドイツ流の集中力を、具体的なメソッドで補完してくれます。
『減速して自由に生きる ──ダウンシフターズ』高坂勝 本書の「家族ファースト」「会社にしがみつかない生き方」を、もう一歩先まで進めた実践記。働く時間を減らして人生を取り戻す、静かな逆転劇です。
