「トマトのリコピンが体にいい」とテレビで観て、その足でトマトジュースを買い込んだことはないでしょうか。
ありそうな話です。けれどその選択は、健康のためには逆効果かもしれません。ジュースへ加工する段階で、本当に効いていたはずの食物繊維の多くが抜け落ちてしまうからです。
『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』は、こうした「なんとなく体に良さそう」を一つずつ科学の網にかけ直していく一冊です。著者はUCLAの内科学助教授で医師でもある津川友介さん。
自身の感覚や経験ではなく、膨大な研究データだけを手がかりに「本当に病気を防ぐ食事」を割り出していきます。
読み終えてまず感じたのは、これは食事本というより「情報の読み方」の本だ、ということでした。何を食べるかと同じくらい、何を信じるかが問われる。そこが他の健康本と一線を画しています。

体験談ではなく、エビデンスだけで殴ってくる
本書が決定的に違うのは、著者の成功体験がほぼ出てこないことです。「私はこれで痩せた」「患者がこう良くなった」といった、健康本につきものの逸話がない。
代わりに前面に出てくるのが「エビデンス」、つまり科学的根拠です。それも著者は、複数の研究をまとめて分析した「メタアナリシス」という、最も信頼度の高い種類のものを重視します。
なぜそこまで厳格なのか。個人の体験は、その人には正しくても他人に当てはまる保証がないからです。たまたまその人の体質に合っただけかもしれないし、運が良かっただけかもしれない。著者は、何百万人ものデータで裏づけられた事実だけを「本当に効く」と認めます。
この厳しいフィルターを通すと、世にあふれる健康法の大半がふるい落とされます。残ったものだけが本書の結論になる。逆に言えば、ここに書かれていないものは「効くと証明できなかった」ものだと考えていい。
私はこの潔さに好感を持ちました。歯切れのいい断言の裏に、膨大な棄却作業があるわけです。
「成分が体にいい」という発想そのものが罠
最初に著者が壊すのは、私たちの常識です。鍵になるのが「成分信仰」、つまり食品そのものではなく中身の栄養成分にばかり注目してしまう発想の罠です。
リコピンが、βカロテンが、ポリフェノールが体にいい——こうした語り口は現代にすっかり染み込んでいます。しかし著者はここに待ったをかけます。
緑黄色野菜に含まれるβカロテンは、野菜から摂れば確かに病気予防になります。ところが、これをサプリメントとして成分だけ抜き出して摂ると、逆にがんのリスクや死亡率が上がってしまう。
喫煙者などを対象にβカロテンのサプリを調べたランダム化比較試験では、肺がんのリスクが下がるどころか上がり、倫理的問題から研究が予定より早く打ち切られたほどです。
果物とジュースの関係も同じ構図です。果物そのものは糖尿病のリスクを下げるのに、フルーツジュースにすると逆にリスクを上げる。日本の研究でも、ブルーベリーやブドウを食べる人ほど糖尿病になりにくい一方、ジュースでは逆の結果が出ています。
つまり、自然の食品は「成分の足し算」ではないということです。食物繊維やほかの成分が一体となって働いているのに、一部だけ取り出すと別物になる。だから著者の結論はシンプルです——成分ではなく、食品をまるごとで見ろ。冒頭のトマトジュースの話が、ここでつながります。
本当に良いのは5つ、避けたいのは3つ
厳しいフィルターを通して「健康に良い」と認定された食品は、たった5つに絞られます。
魚、野菜と果物(ただしフルーツジュースとじゃがいもは除く)、玄米などの茶色い炭水化物、オリーブオイル、ナッツ類。これだけです。
中心にあるのが「地中海食」という考え方。オリーブオイルとナッツ、魚、野菜と果物を組み合わせた食べ方です。スペインで約7500人を対象に行われたPREDIMEDという大規模研究では、地中海食のグループは脳卒中や心筋梗塞などによる死亡リスクが29%も低くなりました。
魚も強力で、1日60gほど食べる人は食べない人より死亡率が12%低く、心筋梗塞による死亡リスクに至っては36%下がるというデータがあります。
逆に「健康に悪い」とされたのは3つ。赤い肉、白い炭水化物、バターなどの飽和脂肪酸です。
ここで実用的なのが、肉を「赤」と「白」で分ける視点です。赤い肉とは牛肉や豚肉のこと。鶏肉はここに含まれず「白い肉」として、はっきりした悪影響はないとされます。
「肉は控えめに」と漠然と我慢するのではなく、牛豚を減らして鶏や魚に寄せればいい。何を減らし何に置き換えるかが具体的に見える。この粒度の細かさが、本書を「使える」ものにしています。
白米は、体にとってお菓子と同じだった
本書で最も衝撃的なのが、白い炭水化物をめぐる一節です。
科学的には「白い炭水化物=砂糖」と考えても良い。ごはん茶碗に盛られた白米を食べるのも、甘いお菓子を食べるのも、体にとっては似たようなものなのである
白米やうどん、白いパンは、精製の過程で食物繊維が取り除かれています。だから体内ですばやく糖に分解され、血糖値を急激に上げる。甘いお菓子と本質的に変わらない、というわけです。
数字も容赦ありません。白米を食べる量が1日1杯増えるごとに糖尿病のリスクは11%上がり、日本人女性のデータでは1日1杯の人に比べ、3杯で48%、4杯で65%もリスクが高くなります。
「これは欧米人の話で日本人には当てはまらない」という反論を、著者は日本人を対象にした研究で先回りして潰しています。
ただし、炭水化物そのものが敵なのではありません。玄米や蕎麦、全粒粉などの「茶色い炭水化物」は精製されておらず、むしろ死亡率を下げ病気を防ぐ。茶色い炭水化物を1日70g摂るグループは、ほとんど食べないグループより死亡率が22%低いというデータもあります。
問題は「炭水化物かどうか」ではなく「白いか茶色いか」。ここが、糖質をまとめて悪者にする巷の糖質制限本との大きな違いです。糖質を抜くのではなく、質を入れ替える。
なお加工肉については、WHOの専門機関が「人に発がん性がある」と分類しており、ハムやソーセージを1日50g摂るごとに大腸がんのリスクが18%上がるとされます。
「日本食は健康」という思い込みも崩される
日本人がなかなか手放せない思い込みがもう一つあります。日本食は健康的だ、という信仰です。
著者は、この科学的根拠は実は弱いと指摘します。日本食は赤い肉やバターが少ない点では優れているものの、二つの大きな弱点を抱えている。白い炭水化物が多いことと、塩分が多すぎることです。
日本人の1日の塩分摂取量は平均12.4g。世界平均の10.1g、アメリカの9.1gを大きく上回ります。これが高血圧、脳卒中、心筋梗塞、さらには胃がんの引き金になりうる。
日本人が亡くなったり障害を負ったりする原因の第1位が食習慣、第2位が高血圧だというデータが、その深刻さを物語ります。
ここで地味だけれど効く指摘があります。みそ汁を薄めても、飲む量が同じなら体に入る塩分の総量は変わらない、というものです。言われてみれば当たり前なのに、私たちは「薄めれば安心」と錯覚しがちです。
だから著者は、薄めるより「みそ汁や漬物そのものをやめる」ほうが確実だと言い切ります。健康法が思い込みや気分で動きやすいことを、ここでも突いてきます。
我慢ではなく「置き換え」で続ける
ここまで読むと、好きなものを禁じられる苦行に思えるかもしれません。けれど本書の実践法は、我慢ではありません。
著者がはっきり否定するのが、食事の量を減らすダイエットです。空腹を理性で抑え続けるのは拷問に近く、長続きしない。だから多くのダイエットは失敗する、と。
代わりに勧めるのが「置き換え」です。食べる量はそのままに、悪い食品を良い食品に入れ替える。主食なら白米を玄米に、パンを全粒粉パンに、うどんを十割蕎麦に。
著者は「白米が主食でなければならないルールはない」とまで言い、白米の代わりに大皿一杯のサラダを主食に見立てる発想すら提案します。タンパク質なら牛豚やハム・ソーセージの頻度を落として魚や鶏肉へ。
間食ならジュースや菓子をやめて無塩ナッツや生の果物へ。
実際に始めるなら、いきなり全部ではなく一点突破がいいと思います。次に米を買うとき玄米か五分づき米を一袋だけ試す。一週間の夕食のうち二回を魚と先に決めておく。
野菜・フルーツジュースは冷蔵庫から外して目に入らなくする。意志力に頼るのではなく、環境のほうを変える。この発想は、行動を変えたい人すべてに通じる普遍性があります。
ついでに崩される、いくつもの「常識」
本書には、思わず手が止まる指摘がいくつも出てきます。卵は「1日1個なら大丈夫」と言われがちですが、著者は週6個までを勧める。1日1個以上食べる人は2型糖尿病のリスクが42%高いというデータがあるからです。
カロリーゼロのダイエット飲料も無罪ではなく、毎日飲む人は脳卒中や認知症のリスクが高いという報告があります。グルテンフリーはセリアック病でもない限り健康効果のエビデンスはなく、むしろ良質な茶色い炭水化物を減らしてしまう恐れがある。
高価なオーガニック食材も、一般の食材と栄養価は変わりません。
そして本書がただの食品リストで終わらないのは、見極め方まで渡してくれる点です。著者が勧めるのは、食材の英語名に「health」と「evidence」を足して検索し、ハーバードやメイヨー・クリニックといった信頼できる機関の情報を読むこと。
正解を暗記するのではなく、自分で調べられる力を持てば、情報が更新されても対応できる。背景には、省庁のガイドラインすら産業界への忖度で歪みうるという冷めた認識があります。
公平に書けば、本書にも限界はあります。科学的な正しさを突き詰めるほど、白米やみそ汁を愛する日本人の食の喜びとぶつかる。著者自身、幸福度と健康を天秤にかけて判断するよう補足し、高齢者には食事制限を緩めるべきだと例外も認めています。
完璧に守ることが目的ではない。その誠実さこそ、私がこの本を信頼できると感じた理由でした。
魔法の食材はありません。一回の食事で病気にも健康にもならない。ただ毎日の小さな選択が積み重なって、何十年後かの体を作る。だとすれば、明日の買い物で一つだけ、悪い食品を良い食品に置き換えてみる。テレビの「○○が体にいい」に飛びつくより、よほど確実な一歩になります。
合わせて読みたい
カロリーを減らしても、痩せない。 本書が言う「量を減らす根性論は失敗する」という指摘と地続きの話です。カロリーの量より質を見るという視点が、置き換え戦略の理解を深めてくれます。
カロリーではなく「時間」が体を変えていた 「何を食べるか」を扱う本書に対し、こちらは「いつ食べるか」という別角度から体を見ます。二つを合わせると、食事を整える地図がぐっと立体的になります。
「ファスティング」が、体と脳を変える科学 食と健康をエビデンスで語る姿勢が本書と響き合います。置き換えの先に、食べ方そのものを見直したくなった人への次の一冊です。
