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『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』ケリー・マクゴニガル|ストレスは「悪い」と思った人だけを蝕む

健康・メンタル ✍ ケリー・マクゴニガル
約8分で読めます

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『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』
目次

健康診断の帰り道、「最近ストレスが多いな、体に悪いだろうな」とため息をついたことはありませんか。

実はその「体に悪いだろうな」という思い込みのほうが、ストレスそのものより危険かもしれません。

スタンフォード大学の健康心理学者ケリー・マクゴニガル氏は、本書『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』で、ストレスを敵視する常識を真正面から覆します。

ストレスを「役に立つもの」と捉え直すだけで、体の反応も、健康も、寿命までも変わる。荒唐無稽に聞こえる主張ですが、彼女はそれを膨大な科学的データで一つひとつ裏づけていきます。

本稿では、その核心と根拠をできるだけ出し惜しみせずに紹介しつつ、どこまで信じてよいのかという留保も添えていきます。

この本がひっくり返す、たったひとつの前提

本書の出発点は、驚くほどシンプルです。ストレスそのものが害なのではなく、「ストレスは健康に悪い」という思い込み(マインドセット)こそが害になる、というもの。

マインドセットとは、現実の受け取り方を決める考え方や信念のことです。マクゴニガル氏は、この考え方が単なる気休めにとどまらず、ホルモンの分泌から長期的な健康、幸福感、さらには寿命までを左右すると主張します。

「『ストレスは健康に悪い』と思い込んだ場合に限って、ストレスは有害となる」(本書より)

この主張を支えるのが、1998年にアメリカで約3万人を追跡した大規模調査です。強いストレスを抱え、かつ「ストレスは健康に悪い」と信じていた人は、死亡リスクが43%も高まっていました。

ところが、同じように強いストレスを抱えていても「ストレスは悪い」と信じていなかった人々は、ストレスがほとんどないグループよりむしろ死亡リスクが低かった。

差を分けたのはストレスの量ではなく、ストレスへの解釈だったのです。試算では、この思い込みのせいで早死にした人はアメリカで8年間に18万2000人。

年間2万人を超え、全米の死因トップ15に並ぶ規模だといいます。

考え方が体を変えるという主張は、ストレスに限りません。本書が引くアリア・クラムのホテル客室係の実験では、「あなたたちの仕事は立派な運動だ」と伝えただけで、業務量は何も変わっていないのに体重も体脂肪も血圧も下がりました。

加齢を前向きに捉えていた人は、そうでない人より平均寿命が7.6年長かったという研究も紹介されます。考え方は、ただの気分ではない。体に刻まれる現実なのだ——本書を読み進めると、その実感がじわじわと迫ってきます。

もっとも、相関と因果を混同しないよう一言添えておきます。この種の疫学データは「思い込みが死を招いた」と直線的に断定できるものではなく、楽観的な人ほど運動や受診の習慣がよい、といった交絡も考えられます。

そこを本書は後述のホルモン実験で補強しにいくのですが、まずは「解釈が結果に効く」という仮説を、これだけの規模のデータで提示してくる迫力を受け取ってほしいところです。

ストレス反応は「闘うか逃げるか」だけではない

私たちはストレスというと「闘うか逃げるか(闘争・逃走反応)」しか思い浮かべません。でもマクゴニガル氏は、人間のストレス反応はもっと豊かなレパートリーを持っていると言います。

ひとつ目が、おなじみの闘争・逃走反応。身を守るための防御本能です。ふたつ目がチャレンジ反応。プレッシャーのなかで実力を発揮すべき時に起こるもので、恐怖ではなく集中力とエネルギーと自信を高めてくれます。

そしてみっつ目が思いやり・絆反応。ストレスを感じたときにオキシトシンが分泌され、他者とつながりたい、誰かを助けたいと感じる反応です。

「ストレス反応にはおなじみの『闘争・逃走反応』以外にも、このようなレパートリーがあるのです。」(本書より)

私たちが「ストレス=有害な暴走」と思い込んでいたものは、実は何種類もの賢い適応の集合だった。そう知るだけで、ドキドキする胸の見方は変わります。

ちなみに「ストレス=悪」という定説の発端は、内分泌学者ハンス・セリエがラットに極度の暑さ寒さや毒物を与え続けた残酷な実験でした。終わりのない拷問を受けたラットは免疫が落ちて死んでいったわけですが、人間が日常で受けるストレスは、その拷問とはまるで別物です。

出発点の前提がそもそも歪んでいた、という指摘には説得力があります。

回復力を分ける、2つのホルモンの比率

抽象的なマインドセット論を、本書はホルモンのレベルまで降りて裏づけます。ここが本書のいちばん面白い核心だと私は感じました。

ストレスを受けると、副腎から主に2つのホルモンが出ます。コルチゾールは糖や脂質の代謝を助け、脳と体がエネルギーを使えるようにします。

ただし慢性的に高すぎると免疫低下やうつの原因になります。一方のDHEAは脳の成長を助ける神経ステロイドで、ストレス経験を通じて脳が成長するのを後押しし、免疫を高めます。

カギになるのが、コルチゾールに対するDHEAの割合、すなわち成長指数です。この指数が高いほど、集中力や問題解決能力が上がり、困難から学んで立ち直る力が強くなる。

そして驚くのは、この比率がマインドセットで動くことです。クラムの実験では、「ストレスは役に立つ」という短いビデオを見てから厳しい模擬面接を受けた参加者は、「ストレスは消耗させる」と見た参加者よりDHEAを多く分泌し、成長指数が高くなりました。

「ストレスは味方だ」と思うだけで、体は回復に有利なホルモンを多く出す。考え方が生理を変える、最もわかりやすい証拠です。先ほどの疫学データが「思い込みのせい」かどうか怪しいと述べましたが、このホルモン実験はその橋渡しになっています。介入によって生理指標が動いたのなら、解釈が体に効くという主張は、ずっと信じやすくなります。

「落ち着け」が、かえって実力を奪う

本書のなかで、すぐ試したくなる知見がひとつあります。プレッシャーの場面で「落ち着け」と自分に言い聞かせるのは、実は逆効果だ、というものです。ある調査では91%もの人が緊張への対処として「心を落ち着かせること」を挙げました。ところが、これがうまくいかない。

ハーバード・ビジネス・スクールのアリソン・ウッド・ブルックスは、スピーチ前の緊張した参加者に「私はワクワクしている」と声に出すよう指示しました。不安そのものは消えませんでしたが、プレッシャーに対処できる自信が湧き、審査員からは「説得力が高く、自信にあふれている」と評価されました。

「不安を感じても、それは興奮や、エネルギーや、やる気の表れだと思うことで、あなたは自分の実力を最大限に発揮することができます。」(本書より)

ロチェスター大学のジェレミー・ジェイミソンの実験も同じ方向を指します。GRE(大学院進学適性試験)を控えた学生に「試験中の不安はパフォーマンスを上げるストレス反応だ」と伝えただけで、学生はストレス指標が増えながらも高い点を取り、3カ月後の本番でもさらに成績を伸ばしました。

血管が縮こまる「脅威反応」を、力がみなぎる「チャレンジ反応」に変える。その分かれ目になる最大の要素を、本書は「プレッシャーに対処できる自信を持てるかどうか」だと言います。

だから本番前には、不安を消そうとするより、これまでの努力や自分の強みを思い出すことが効く。理屈で納得するより、一度自分の緊張の場面で「私はワクワクしている」と口に出してみたほうが、効き目を実感できるはずです。

ストレスのない人生は、幸せとは限らない

本書がもうひとつ揺さぶってくるのが、「ストレスのない生活こそ幸せだ」という願望です。

121カ国12万5000人を対象にしたギャラップ世論調査では、「昨日、大きなストレスを感じたか」の平均は33%でした。そしてストレス度指数が高い国ほど、幸福度も平均寿命もGDPも高いという、直感に反する結果が出ています。

逆に、退屈は静かに人を蝕みます。「非常に退屈」と答えた中年男性は、その後20年で心臓発作による死亡リスクが2倍以上になり、反対に「大きな生きがいのある人生を送っている」と答えた人は死亡率が30%低かった。

なぜこんなことが起きるのか。その答えは、マクゴニガル氏のストレスの定義に集約されています。

「ストレスとは、自分にとって大切なものが脅かされたときに生じるものである」(本書より)

どうでもいいことに、人はストレスを感じません。ストレスがあるということは、そこに大切なものがある証拠だ——本書が「ストレス・パラドックス」と呼ぶこの視点は、目の前のしんどさの意味をまるごと書き換えてくれます。

苦しい時こそ誰かを助けることにも、本書は効用を見出します。直前にストレスを与えられた人ほど見知らぬ相手を信用して賞金を分け合った「トラストゲーム」の話や、奉仕活動をする人ではストレスの多い出来事による死亡リスクの上昇が打ち消されたデトロイトの追跡調査が紹介されます。

バス運転手が自分の仕事を「市民の安全を守る安全大使」と捉え直しただけで燃え尽きを防げた事例など、「自分よりも大きな目標」を持つことの力にも踏み込んでいきます。

逆境を、成長の物語に書き換える

終盤、本書はトラウマや喪失といった最も重い苦しみに向き合います。ニューヨーク州立大学のマーク・D・シーリーが約2000名を調べたところ、逆境をまったく経験していない人より、中程度の逆境を経験した人のほうが、うつ病リスクが低く、健康上の問題も少なく、人生の満足度が高かった。

いわゆる「心的外傷後成長」です。

ただし、ここでマクゴニガル氏が慎重に釘を刺している点こそ、本書を安易な精神論から遠ざけています。

「苦しむことじたいには、よいことなどありません。トラウマじたいは成長の糧にはなりません。」(本書より)

苦しみそのものに価値があるわけではない。苦しみに立ち向かう自分の中に、成長が生まれる。著者はこの力を「ベネフィット・ファインディング」と呼び、決して他人に強要してはならないと言い添えます。

そして「人間なら誰でも失敗や挫折を経験する」という「コモン・ヒューマニティ」の認識が、孤立を防ぐと説きます。この誠実な留保があるからこそ、本書のポジティブさは空疎な励ましに堕しません。

どんな人に効く本か

この本が一番効くのは、「ストレスを減らさなきゃ」と思うほど苦しくなっている人だと思います。解消テクニックを探し続けて疲れている人、本番でいつも実力を出しきれない人、大きな喪失の意味を見出せずにいる人。

そうした人に本書は、ストレスを「消す」のではなく「読み替える」という、もう一段深い選択肢を差し出してくれます。

逆に、即効性のあるリラックス法だけを求めている人には、少し回り道に感じるかもしれません。本書が変えるのは、テクニックそのものより、ストレスを感じた瞬間の「解釈」だからです。

ドキドキしてきたとき、それを「弱っている証拠」と読むか、「大切なものがあり、体が助けてくれている証拠」と読むか。その小さな読み替えの積み重ねが回復力を育てる——という本書のメッセージは、読み終えたあと、自分の緊張の場面で何度も思い出すことになるはずです。

次にプレッシャーを感じたら、まず深呼吸ではなく、こう言ってみてください。「これは、私が何かを大切にしている証拠だ」と。


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