「あと2日だから頑張ろう」
ミャンマーの村で学校を建てていたとき、著者がそう声をかけても、村人にはまるで通じなかったといいます。理由は単純で、彼らの言葉には「頑張る」という単語そのものが存在しないからです。
地球上の半分以上の国に、この言葉はない。著者の山納銀之輔さんは、その事実に殴られるような衝撃を受けたと書いています。
考えてみれば、これは小さな逸話のようでいて、私たちの生き方の前提を根こそぎ揺さぶる話です。日本で生まれ育つと、「頑張る」は無条件に正しい価値だと刷り込まれます。頑張る人は偉い、頑張れない人は怠けている。けれど、その物差し自体が世界の標準ではなかったとしたら、どうでしょう。
『天を味方につける生き方』は、6,400万円の借金、6回の自殺未遂、震災による村の全滅という壮絶などん底をくぐり抜けた人の記録です。著者は世界中の先住民やエコビレッジ(自給自足を目指す持続可能なコミュニティ)づくりの現場で、「本当の豊かさ」とは何かを掘り当てていきます。
念のため断っておくと、ふわっとしたスピリチュアル本ではありません。土の家を建て、イノシシを狩り、ゼロから村を立ち上げてきた人間の、生々しい一次情報の塊です。だからこそ強い。そして、だからこそ留保も必要になります。その両面を、編集部なりに整理して紹介します。

日曜の夜にざわつく人へ
この本がまっすぐ刺さるのは、毎月の支払いのために、本当はやりたくない仕事を続けている人です。職場では普通に振る舞えているのに、日曜の夜になると胸の奥がざわつく。そういう経験がある人は、決して少なくないはずです。
著者の言葉を借りれば、それは「無自覚のストレス」のサインです。自分でも理由がわからないまま心身がすり減っていく状態を、本書は丁寧に言語化してくれます。正体がわかるだけで、ざわつきは少し扱いやすくなる。それがこの本の最初の効能です。
もう一つ刺さるのは、お金は増えた、貯金もできた、なのに安心できない、という矛盾を抱えている人でしょう。著者は「お金を稼ぐほど、失う恐怖が生まれる」と言い切ります。増えれば増えるほど守るものが増え、不安も比例して膨らんでいく。
この逆説に心当たりがある人ほど、本書のページは重く響きます。
そしてもう一つ。人生でどん底にいて、もう打つ手がないと感じている人にも届く本です。著者は何度も死を覚悟した人だからこそ、「どん底って広いな」という言葉に妙な軽さと希望がにじみます。底に達した人間にしか出せない、不思議な明るさです。
問われているのは「豊かさの定義」そのもの
本書全体の主張を一言にまとめると、こうなります。日本人は、99%を手に入れるために、99%を犠牲にしている。
便利さや物質的な豊かさを手に入れる代わりに、私たちは食事、睡眠、愛する人との時間、心の平和を差し出している。しかも、差し出していることにすら気づいていない。本書はこの矛盾を、世界中の暮らしとの対比で容赦なくえぐり出していきます。
ここで著者が提案する出口は、驚くほどシンプルです。お金で「買う豊かさ」を、自分の手で「つくる豊かさ」に置き換えること。家も食べ物も自分でつくれるなら、たとえお金が紙切れになっても一生食べていける。その揺るぎない土台こそが、すべての安心の源だという考え方です。
編集部として補助線を引くなら、これは「収入を増やす」発想とは逆ベクトルの提案です。世のマネー本の多くが「いかに稼ぎ、いかに増やすか」を語るのに対し、本書は「そもそもお金に依存しなくていい状態をどうつくるか」を語る。
土俵そのものが違うのです。ここからは、その核となる考え方を順に見ていきます。
「頑張る」とは「やりたくないことを無理してやること」
著者は「頑張る」という言葉を、こう翻訳します。「やりたくないことを無理してやること」。
この定義に立つと、世界の半分以上の国にこの単語がない理由も腑に落ちます。やりたいことをやっている人は、そもそも「頑張って」などいないからです。
そして本書が突きつけるのは、「頑張る」国ほど、がんや病気、自殺が多いという指摘です。因果関係の厳密な証明があるわけではありませんが、相関として無視できない問いかけではあります。
ただし、ここは誤読しやすいポイントなので強調しておきます。好きなことに夢中になることは「頑張る」ではない、と著者ははっきり区別しています。時間を忘れて没頭する、とことんやり込む。それは「オタク(その道の専門家)になること」であって、無理を強いる頑張りとは正反対だというわけです。
それを体現しているのがマサイ族の在り方です。本書には、マサイの人たちは頑張らず、いつもリラックスしているという描写が出てきます。彼らは争わず、所有にこだわらない。
子どもたちがBluetoothスピーカー1台をめぐって喧嘩になったとき、平和が壊れることに気づいて自分からそれを手放した、というエピソードは象徴的です。
物が争いを生むなら、物を手放す。その判断の速さに、私たちが置き去りにしてきたものが映ります。
注目したいのは、著者がこれを精神論や根性論の否定として語っていない点です。嫌なことを我慢して続ければ、心も体もいずれ壊れる。だったらその時間を「夢中になれること」に振り替えたほうが、結果として才能も伸びるし幸せにもなる。
あくまで実利の話として展開されているところに、説得力があります。
全自動の法則|流れる泡のように生きる
本書の背骨にあるのが「全自動の法則」という考え方です。
森でホームレス同然の狩猟採集生活を送っていたとき、著者は川の淀みをじっと見つめていました。流れに乗った泡はすんなり下流へ進むのに、淀みにはまった泡はそこで腐っていく。川は人間界とそっくりだ、と気づいたといいます。
恐れや不安を手放し、リラックスして自然とともに生きると、必要なものが絶妙なタイミングで手に入る。著者はそれを「全自動の法則」と名づけました。
たとえば、森で「白いご飯が食いてえな」と独り言を言った翌日、たまたま合宿がキャンセルになって余ったご飯を、近所のおばちゃんが鍋ごと持ってきてくれた。
それで飢えをしのいだ、というエピソードが語られます。野生のイノシシは働いてお金を稼ぐわけでもないのに、毎日ちゃんと食べ、絶妙なタイミングでパートナーを見つけている、とも。
重要なのは、これを自然の中だけの特殊な話にしていない点です。著者は、資本主義の真っただ中でもこの法則は同じように働くと言います。恐怖から手を離してやりたいことをやっていれば、お金も人も自然と集まってくる、と。
ここは正直に言っておくべきところでしょう。論理的な裏づけを求める読者には、この章はスピリチュアルに聞こえるはずです。著者自身、実験データで証明するのではなく、あくまで自分の体験を軸に語っています。
だから編集部としては、これを「法則」という強い言葉のまま鵜呑みにするのではなく、「恐れで身を固めるより、力を抜いたほうが流れに乗りやすい」という実感ベースの知恵として受け取るのが、いちばん健全だと考えます。
それでも、効率や計画に縛られすぎた人ほど、この「淀みと流れ」のたとえは効くはずです。
買う豊かさから、つくる豊かさへ
なぜ著者はここまでお金から距離を取るのか。その鍵は「家」にあります。
著者は、日本人がお金に苦しむ最大の理由を、平均寿命26年しかない新建材の家のために35年ローンを組む仕組みにある、と指摘します。家1軒のために組むローンの平均は約4,000万円。
その返済のために、やりたくない仕事を何十年も続けることになる。つまり、家が人を縛っているという構図です。
数字で見ると、家の寿命の差は強烈です。住宅の平均寿命は、イギリスが140年、アメリカが103年、フランスが86年。それに対して日本はわずか26年。
世界遺産の建物の90%は漆喰でできていて、土や漆喰の家には1000年もつものもある、と著者は言います。安い素材で建て、短い周期で壊して建て替える。
そのたびにローンが発生し、人はまた働き続ける。
しかも現代の日本の家は、40坪あたりドラム缶1本分の接着剤などを使い、有毒なガスを出している、という指摘もあります。著者の世代では1学年に1人いるかいないかだったアレルギーが、今では子どもの3分の1に広がっている、というデータも挙げられます。
住まいそのものが健康を削っている、という主張です。
著者が率いる「レインボーピープル」(衣食住癒医のスキルを持つ専門家集団)は、自然素材を使えば村のベースを約半年でつくれると言います。家を自分でつくれれば、ローンの呪縛から解放され、その時間を愛する人のために使える。これが「つくる豊かさ」の核心です。
象徴的なのが、タイのチェンマイで著者が開いた「土で家をつくるワークショップ」です。集まったのは、世界中の医師や弁護士といったセレブたちでした。お金で何でも買えるはずの彼らが、なぜわざわざ泥をこねに来たのか。
理由は「安心」を買いたかったからだといいます。彼らは泥棒を恐れ、高い塀と有刺鉄線の中で暮らしている。お金を持つほど、失う恐怖と人への不信が増えていた。
だから、自分の手で生活をつくり出す力を学びに来た、というわけです。お金で買えなかった唯一のものが「安心」だった、という逆説は、本書の主張をこれ以上ないほど鮮やかに裏づけています。
無自覚のストレスと、直感(センサー)を取り戻す
最後に、山に移れない私たち都会の住人への話です。
著者は、角張った無機質な直線空間そのものが「無自覚のストレス」を生むと言います。言われてみれば、自然界に直線はほとんどありません。満員電車、四角いコンクリートの建物、ビニールクロスに囲まれた部屋。その不自然さに、人は知らないうちに心身を削られていく、という見立てです。
ただ、著者はいきなり山に移住しろとは言いません。都会にいながらできることがある、と現実的な選択肢を示します。寝室の壁を漆喰にする。観葉植物を置く。
森のある公園や神社に行く。空を見上げ、風の音や星を感じる。それだけで、特別なヨガや瞑想をしなくても精神は整っていく、と。ここは過激な主張の多い本書の中で、いちばん誰でも今日から試せる部分です。
このリセットが取り戻すのが「直感(センサー)」だといいます。本書には、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学の研究として、匂いによる相性判断の正解率が、女性は70%、男性は2%(50分の1)だった、というデータが紹介されています。
理屈より先に、体は相手との相性を嗅ぎ分けている、という話です。
著者はここから、条件や損得で選ぶのではなく、自分のセンサーが「ピンときた方」「おもしろい方」を選べと説きます。そして、その究極の問いとして突きつけてくるのが、これです。
半年後に間違いなく死ぬとしたら、何をするか。(山納銀之輔『天を味方につける生き方』より)
その答えこそが、本当にやりたいことだ、と著者は言います。多くの人はお金や時間を言い訳に後回しにするけれど、死を覚悟したとき一番後悔するのは、やった失敗ではなく、やらなかったことだ、と。
耳の痛い問いですが、自分のセンサーが錆びついていないかを確かめる試金石として、これ以上ない一問だと思います。
移住しなくても始められる、小さな一歩
本書が示す実践は、エコビレッジに引っ越さなくても始められるものばかりです。編集部の言葉で3つに整理してみます。
ひとつ目は、自然に触れる「スイッチ」を週に一度入れること。週末に森のある公園へ行き、空を見上げ、スマホを置いて風や星を感じる時間をつくる。無自覚のストレスをリセットする、いちばん手軽な入口です。
ふたつ目は、「やりたくないのに無理してやっていること」を1つ書き出して手放すこと。嫌々続けている習慣や付き合いをリスト化し、まず1つだけやめる。浮いた時間を、損得抜きで夢中になれることに全部回す。これが「頑張る」を「夢中」に置き換える第一歩になります。
みっつ目は、小さな「手作り」を1つ生活に入れること。ベランダのプランターで野菜を種から育てる。添加物のない料理を一品つくる。「買う」を「つくる」に変えるその小さな営みが、あなたの部屋に置いた、自分サイズのエコビレッジになります。
最後に、留保も正直に書いておきます。本書には「病院が病気をつくっている」「学校は絶対につくらない方がいい」といった、かなりラディカルな断定が混ざっています。
論理の裏づけより体験の迫力で押してくるタイプの本なので、すべてをそのまま信じる必要はありません。都市インフラに頼って生きる私たちが、その全部を実践するのも現実には難しいでしょう。
それでも、読み終えると一つの問いが残ります。自分はいったい、何を手に入れるために、何を犠牲にしているのか。著者の「明日のために今日を犠牲にするなんてもったいない。
最高の今日が、最高の明日を作る」という言葉は、その問いへの、彼なりの答えです。まずは今日できる小さな「つくる」を1つ。始めるなら、それで十分な気がします。
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